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03 寝室と台風

お掃除二日目ですね。

「おーい、ナルシー! 頭、大丈夫か?」


「おい言い方ってものがあるだろ、無事ですー」


友達に手を振りながら、俺は頭を押さえる。


「ところで、今日の授業、ノート見せてくれよ。俺、病院まで連れてかれたから1から4時間目までさっぱりだよ」


「あれ病院まで行ってたのかよ。ちょっと待ってな……ここにまとめてあるから」


友達はノートを差し出し、俺は中身をざっと確認する。


「悪い、明日には返すわ」


「怪我人が気にすんなよ、クラスどころか学年全体がザワザワするレベルの事故だったんだから」


「えぇ、俺が? いやでも俺の美しさが失われかねない事態だもんな」


「はは、そうだなーイケメン芸人の中ならかなりのイケメンだよな」


軽く冗談を言い合ったあと、友達は帰路に着く準備をする。


「じゃあ、俺はちょっと寄るところあるから先帰っててくれ」


「1人で大丈夫か? これ以上倒れたりすんなよ、まじ気をつけてな」


あたたかな言葉をかけてくれた友達の背中を見送り、俺は音羽の家へ向かう。


夕焼けに染まる通学路を歩きながら、まだ少し痛む頭をかきつつ、湧き上がる気持ちはただただ面倒くさいと言うものだった。



音羽のマンションに到着すると、最上階の部屋番号を押しインターホンへ手を伸ばす。


「……成島です。今日、掃除の件で伺いました」


「成島くん何かしこまってるの? 」


「いや家の人がきてるかもしれないじゃん?」


「あぁ……あの人はこないわ。とりあえず中に入って」


音羽の声が途切れた後、ベルが鳴りドアが静かに開く。


エレベーターに向かいながら、俺は小さく深呼吸した。駅直結で便利だけど、やっぱりこういう建物は緊張する。



最上階でエレベーターが止まり、扉が開くと、音羽が軽く手を振る。


「いらっしゃい、成島くん」


挨拶を交わしながら、リビングに通される。昨日掃除したばかりのはずの空間は、まだ整然としていて、新たなダンボールが一つ鎮座している以外は立派なものだ。


昨日の戦いを思い出すと、笑いが込み上げてくる。


「何をニヤニヤしてるの?」


「いや、昨日はこの広いリビングを掃除しきったんだって感慨に耽ってたんだよ」


音羽が怪訝そうな顔でこちらに質問してきたが答えは決まってる。この部屋の現状は実質勲章のようなものだ。


「そうなの?じゃあ、掃除する部屋に案内するわ」


音羽はそう言って、俺を寝室へ案内する。クールなやつだ、もう少し喜んでてもいいだろうに。



扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは脱ぎ散らされた衣服と毛布や掛け布団がベッドを囲うように絡み合っている。そこに化粧品や小物が巻き込まれて、ここで台風が発生したのだろうか。


「……わぁ、これが音羽さんの寝室かぁ。すっごーい」


思わず声が出る。頭でイメージしていたよりも、現実の竜巻の巣は圧倒的だった。


リビングよりは圧倒的に狭い、だがだからこそ積み上がった衣服やゴミの量は圧倒的な圧力を持って存在している。こういう部屋を汚部屋と呼ぶのだろう。


「えぇ、これを片付けてもらいたいの」


音羽は冷静に言う。けれどその表情には、少し楽しそうな光があった。


「おい、今笑ったか?これは1人でどうこうするレベルの掃除じゃないだろ! プロが5人はいるね」


「困ったわね、私成島くんしか頼れる人がいないのよ」


そんなわけはない、こんな部屋に住んで食材の取り寄せを毎日のようにしている奴が清掃を頼めないはずがない。


だが、音羽の目には先ほどとは違う暗い真剣さがあるのだ。本当に困っているのだと感じる。


俺は深呼吸して、覚悟を決める。


「よし……任せろ!」



まずは表面にある小物から順番に分類する。


ボロボロ出てくるリップとシャドウ、ライナーにマスカラ、どれもこれも有名企業の高級ラインナップだったものたちだ。


俺だって恥ずかしくないぐらいには化粧をするが自分が使っているものなんて子供のおもちゃに見える。


「げ、零れてる!もったいねぇ」


「あまり使わないから使えるもので欲しいものがあればあげるわよ」


「いいから仕分けてくれません!?」


「必要になったらいつも頼んじゃうから……」


「二度とそんな勿体無いことさせねぇ!!」


置き場を確保しざっくりと分けて表面に見えた小物たちを集め切った、使えるものが大概だ二度と舐めたこと言わせない。


布の端を見つけ解いていく、部屋に入ったばかりの時は下着に少しドギマギしたがもうただの布だ、何ならブラの金具が他の衣類に引っかかってわざわざ外すたびに小さなイライラを募らせてくる。


ふと視界の隅にモゾモゾしている音羽が見える。


「音羽さんや、一体何をしていらっしゃる?」


「色のついてるものが並んでる時に色の順番に並んでないと気になるの」


どうやら化粧品の並びをお気にされていらっしゃるようだ。


「まだいろんなところからポロポロ出てくるんだから後でいいでしょ!ご飯の準備してきて!!」


「でも1人でやる量じゃないのでしょう?」


「2人でも誤差だよ、できることやる!」


俺の言葉を受けて音羽はそそくさとキッチンへと退散した後で一気に仕分けをした方が効率的だろう。


申し訳ないがあの天才は戦力外だ。


俺は頭を押さえつつも、動じず作業を続ける。拾い上げた服から時折、化粧品の瓶や小物が転がり落ちていき賽の河原を思わせる。


やがて、巣の輪郭が少しずつ整い、床が顔を出す。


「ふぅ……これでだいぶ見やすくなったな」


肩の力を抜き、窓の光が差し込む寝室を眺める。やっとわずかに達成感が胸を温める。


「音羽さーん、仕分けの時間だよー」


音羽は寝室に顔を出して微笑むが、舞い上がった埃の匂いにやられたのだろう眉を顰める。あなたは毎日ここで寝てたんだぞ?


「あら、まだ私にも仕事があって良かったわ」


「いやいや、ないほうがいい仕事だからな」


胸を張って答える音羽に、俺は突っ込むしかなかった。



仕分けたゴミを部屋の外のゴミ捨て場に移動する。各階に年中使えるゴミ捨て場があるというのになぜこんなに散らかしてしまうのだろうか……ここまでくるとこれも才能に感じてしまう。


そうこうしていると洗濯が終わったらしい、でかい洗濯機は何でも洗濯できて羨ましい、さっき気づいたが紫外線殺菌とかも出来るらしい。宝の持ち腐れってこういうことを言うのかな?


洗濯物を抱え寝室へ移動する。


「音羽さんクローゼットの使い方決めるよー」


「成島くんあまりにも私を低くみすぎてるわ、棚に服を入れるぐらい理解してるわ」


「違うそうじゃない、たとえばこの棚には白い色のものを入れます。上から小さいもの、生地の薄いものから下に行くほど生地の厚いものを入れていく。これを色順に行なっていきます。できますね?」


「確かにわかりやすいわね」


よし、理解を示したぞ。畳み掛けるなら今しかない。


「じゃあ、俺が畳んで渡すからどんどん入れていってね」


バケツリレーのように畳み服を渡す。このために下着や服の畳みかたをネットで検索してマスターしたのだ。


ウォークインクローゼットはみるみるうちに服や布団類を飲み込み、それにつれて寝室に運び込んだ布の山は消え失せ、それでもまだ収納には少し余裕があるようだ。どんだけ広いんだここ。


「ひとまず人がちゃんと寝られる寝室になったねぇ」


「私はこれまでもここで寝ていたのよ、成島くん」


小物類は化粧台に所狭しと並んでいるが先ほど小棚を音羽が通販で頼んだらしい。届いたら俺が組み立てさせられるのだろうか?


いや今は掃除の成果に酔いしれていよう、きっとそれがいい。



「成島くん、ご飯にしましょうか」


音羽の一言で喋る前に腹の虫が返事をした。目を逸らしながら口でも返事をしリビングへ向かった。


キッチンから漂ってくるのは昨日嗅いだ香りに近い、だが圧倒的に芳醇な香り。


音羽がテーブルに置いたのは、柔らかく煮込まれた分厚い肉が濃厚なデミグラスソースに包まれたシチュー。


「すご……」


思わず息をのむ。前回のオムライスも感動したが、これはインパクトが違う。


「昨日のデミグラスソースが余ってたから、被ってしまって申し訳ないけどタンシチューよ」


「いただきます!」


スプーンでタンをすくい、一口口に運ぶ。


「うまい!昨日と全然違う!」


ソースの深みとタンの旨味が口の中で溶け合い、柔らかく煮込まれた肉が舌にしみわたる。


「本当に同じソースなのか?ずっと濃いし、なんかこう……風味豊かって感じだ」


音羽は嬉しそうに頷く。


「成島くんが帰った後タンと香味野菜をワインにつけていたの、そのワインをソースに溶かして煮詰めてあるのよ」


「なるほど……なるほど、それで……これは美味いわ」


俺はもう一口、さらにスプーンを運ぶ。


肉厚なタンはもう何の抵抗もせず口の中で解けていく。親に内緒でこんなに美味いものを食べていいのだろうかとすら思える。


「掃除の疲れが全部報われるな……」


「ふふ、喜んでもらえて嬉しいわ」


「これを味わうためならこき使われても許す価値のある料理だ」


「ずいぶん嫌な三ツ星ね」


今日一日の苦労が、音羽の手際の良さと料理の美味さで報われた瞬間だった。



「ごちそうさまでした」


深く息を吐きながら両手を合わせると、心からの満足感が声に滲んだ。


「お粗末さま。皿は下げるから、そのままでいいわ」


音羽は立ち上がろうとした俺を手で制し、自分で食器をまとめ始める。


「いや、せめてこれくらいは——」


「成島くんは客人なんだから。掃除で十分働いてもらったもの」


軽やかに立ち働く姿を見ていると、反論の気力も抜けてしまう。


彼女は皿を流しに運ぶと、すぐに戻ってきてタオルで手を拭った。


「本当に助かったわ。今日もお疲れさま」


そう言って柔らかく微笑む。


俺は照れ隠しに咳払いしながら立ち上がり、玄関へと向かった。


扉の前まで見送りに来た音羽が、ふと思い出したように言う。


「明日はいよいよアトリエの掃除ね」


「……まだあるのか」


思わず苦笑が漏れる。


「明日は大一番になるわ、悪いけれど朝からお願いね」


「さようなら、俺の土曜日……」


「料理で報いるから安心して」


その真剣とも冗談ともつかぬ口ぶりに、ため息まじりの笑いがこぼれる。


「わかったよ……でもアトリエって、そんなに散らかってるのか?」


「ふふ、申し訳ないわね。成島くん」


言葉と共に扉がそっと閉まった。


「前日に謝らないといけないほどかよ!?」


大変な一日だったが音羽との距離が少し縮まった気がする。


最後までお読みいただきありがとうございます。

たまにコツンと当たっただけで失神することありますよね。

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