24 快気と回帰
結構難産だったかも?
風邪で休んで三日目。
ようやく熱が下がって、体も動くようになった。
「愛己、あなたもう大丈夫?」
母さんが、心配そうに覗き込んでくる。
「うん、もう平気」
「無理しないでね。来週から学校でしょ?」
「わかってる」
月曜日には学校に行ける。
美玲にも会える。
看病に来てくれたんだよな。
あの日のことは、正直よく覚えていない。
熱でぼーっとしてて、夢と現実の境目が曖昧だった。
美玲が来てくれて、額にタオルを乗せてくれて。
水を飲ませてくれた気がする。
それ以外は、ほとんど記憶がない。
でも、そばにいてくれたことだけは覚えている。
♢
土曜日。
スマホを見ると、いつものグループメッセージが動いていた。
稲葉:「ナルシー大丈夫?」
二見:「生きてる?」
額賀:「死んでたら返信できないよぉ」
既読はついてるけど、俺は返信していなかった。
成島:「生きてる。来週から復帰する」
すぐに反応が来る。
稲葉:「よかった!」
二見:「成島復活!成島復活!」
額賀:「音羽さんが看病に行ったって聞いたけどぉ」
成島:「なんで知ってんの?」
額賀:「道枝から聞いたよぉ」
道枝、余計なことを。
二見:「マジで? こりゃいかんですよ」
稲葉:「音羽さんね、よかったなナルシー」
違うけど。
でも、否定する言葉が出てこない。
成島:「お前らの考えてるようなことはない」
額賀:「ふーん」
もういい。
スマホを置いて、ベッドに寝転がる。
——美玲、来てくれたんだよな。
ありがとう、ちゃんと言わないと。
♢
月曜日。
久しぶりの学校。
教室に入ると、稲葉が手を振ってくる。
「ナルシー、復活おめでとう!」
「おう」
席に着くと、二見が近づいてくる。
「ボケても相方が居なくてさ?寂しかったぜー?」
「そりゃなぁ」
「回復祝いにギャグ百連発いくか?」
「先生が来てもやり続ける覚悟しろよ?」
二見が、ニヤニヤしながら自分の席に戻る。
授業が始まる。
数学。
ノートを取りながら、ふと思う。
——三日分の遅れ、美玲に教えてもらおうかな。
いや、自分で何とかできるか。
でも、口実になるな。
そんなことを考えていたら、先生に当てられた。
「成島、この問題解いてみろ」
「え、あ、はい」
焦って教科書を見る。
わからない。
「わかりません」
「あー、前の授業体調悪かったんだっけか。じゃあ後ろの席」
助かった。
♢
昼休み。
購買でパンを買って、教室に戻る。
席に座ってパンを食べながら、窓の外を見る。
——美玲の料理、食べたいな。
そんなことを考えていると、額賀が話しかけてきた。
「成島くぅん」
「何だ、体調は本調子じゃないから尋問は拒否する」
「音羽さんの視線変わったよねぇ?」
「気のせいだろ」
「そうかなぁ温度が違わないかなぁ?」
額賀が、珍しく真顔だ。
「なんかこぉ、熱いというかぁ?それでいて粘っこいというかぁ?」
「お前は音羽さんの事をなんだと思ってるんだ?」
「まあいいんだけどぉ」
額賀が、自分の席に戻る。
そういえば、さっき廊下ですれ違ったとき、目が合った。
美玲が、小さく会釈してくれた。
いつもどおりのささやかな笑顔なのに。
そう言われると熱のある視線だったかも——流石に都合の良い妄想か。
♢
放課後の廊下を歩いていると、美玲とすれ違った。
「あ、美玲さん」
「愛己くん」
美玲が、立ち止まる。
「体調は大丈夫?」
「うん、もう平気」
「よかった」
美玲が、微笑む。
——綺麗だな。
そう思った。
「あの、看病に来てくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
「あんまり覚えてないんだけど」
「熱、高かったものね」
美玲が、少し笑う。
「でも、来てくれて嬉しかった」
「ふふ、そう」
美玲の笑顔。
胸が、温かくなる。
「じゃあ、また」
「うん、また」
美玲が、行ってしまう。
俺は、その場に立ち尽くしていた。
——土曜日が待ち遠しいな。
♢
家に帰ると、母さんが夕飯を作っていた。
「おかえり」
「ただいま」
「今日は大丈夫だった?」
「うん」
部屋に戻って、ベッドに倒れ込む。
スマホを見る。
美玲とのLINE。
最後のやり取りは、先週の予定確認。
何か送ろうかと思ったけど、特に用事もない。
結局、スマホを置いた。
——土曜日、楽しみだな。
そう思って、宿題を始めた。
♢
土曜日。
朝から少しドキドキしている。
今日は美玲のペントハウスで、掃除と勉強会。
昼過ぎ、ペントハウスへ向かう。
いつもの道。
エレベーターに乗りながら、教科書とノートが入ったバッグを確認する。
インターホンを押す。
「はい」
美玲の声。
——いい声だな。
「成島です」
「どうぞ」
ドアが開く。
部屋に入ると、美玲がリビングにいた。
「こんにちは」
「こんにちは、愛己くん」
美玲が、微笑む。
——可愛い。
そう思った瞬間、顔が熱くなる。
「今日もよろしくね」
「うん」
掃除を始める。
いつも通り、リビングから。
掃除機をかけながら、美玲の様子をチラッと見る。
キッチンで、何か準備をしている。
後ろ姿。
黒い髪が、ゆれる。
——綺麗だな。
そう思って、すぐに掃除に集中する。
♢
掃除が終わった。
「お疲れ様」
美玲が、お茶を出してくれる。
「ありがとう」
二人で、ソファに座る。
いつもの距離。
でも、今日は近く感じる。
「愛己くん」
「ん?」
「もう、無理しないでね」
「うん」
美玲が、俺を見ている。
その目が、優しくて。
——好きだ。
そう思った。
「じゃあ、勉強始める?」
「うん」
美玲がノートを開く。
「今週はどこまで進んだ?」
「数学が、ちょっと遅れてる」
「わかった。じゃあそこから」
美玲が、丁寧に教えてくれる。
俺がわからないところを、何度も説明してくれる。
——やっぱり、美玲に教わるとわかりやすい。
一時間ほど勉強して、一区切りついた。
「今日はこのくらいでいいかな」
「ありがとう、助かった」
「ふふ、どういたしまして」
美玲が、キッチンに向かう。
「今日の料理、何?」
「いいポルチーニが手に入ったからポルチーニのリゾット」
「ポルチーニ?」
「イタリアで珍重されるキノコで香り高いいいキノコ」
「松茸的な?うまそう」
「ちょっと違うけど楽しみにしてて」
美玲が、キッチンで料理を始める。
しばらくすると、キノコのいい香りが漂ってくる。
——すごい香りだな。
♢
リゾットができあがった。
「はい、どうぞ」
皿に盛られたリゾット。
茶色いポルチーニ茸が入っている。
一口食べる。
「うまい」
濃厚なキノコの香りとそれを包み込むチーズのまろやかさが、口の中に広がる。
「よかった」
美玲が、微笑む。
——この笑顔、もっと見ていたい。
食事が終わって、片付けを手伝う。
「ありがとう」
「どういたしまして」
そして、帰る時間。
「じゃあ、また」
「うん、また」
ドアを出る。
振り返ると、美玲が見送ってくれていた。
「気をつけて」
「うん」
エレベーターに乗る。
ドアが閉まる。
——すでに、寂しい。
帰り道、そんなことを考えていた。
音羽美玲。
綺麗で、優しくて、一緒にいると落ち着く。
——そばにいたい。
ふと、そう思った。
でも、それは特別なことじゃなくて。
いつもここにある、当たり前の気持ちだった。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
日常に帰ってきましたね。
クライマックスへ近づいていきます!




