20 試食会と命の危険
割と戻ってきた感じする。
勉強会が終わった。
いつものように、音羽がキッチンに向かう。
「今日は、いくつか試作をしたものの味見をして欲しいの」
音羽が振り返った。
「試作?」
「ええ。文化祭のカレーよ」
「ああ、レシピ考えてくれたんだ」
「色々作ってみたの。IHが3台までしか使えないから、3種類に絞らないといけないんだけど」
音羽がキッチンに向かう。
俺はリビングで待つ。
窓の外は、もう薄暗くなり始めていた。秋の日暮れは早い。
しばらくして、スパイスの香りが漂ってくる。
クミン、コリアンダー、ターメリック。
でも、前に作ってくれたスパイシーな料理たちほど複雑ではない。
もっと馴染みのある、カレーの匂いだ。
「成島くん、できたわよ」
キッチンに入ると、テーブルには小皿がずらりと並んでいた。
10個以上ある。
「すげー、こんなに?」
「昨日から色々試作をしてみたの。自分でもある程度絞ったけれど甘口候補が4種類、中辛候補が3種類、辛口候補が4種類」
音羽が少し誇らしげに言う。
その表情が、いつもより柔らかい気がした。
♢
「じゃあ、甘口から」
音羽が最初の小皿を指す。
「これはビーフカレー。一般的な欧風カレーをベースにしてるから、誰でも作りやすく食べやすいわ」
一口食べる。
——美味い。安定した味だ。
「次は、ポークカレー。玉ねぎを多めに炒めて、甘みを出してるの」
こっちの方が、少し深みがある。
「確かに甘みが自然だな」
「でしょ? でも、ポークだと好き嫌いがあるかもしれないわ」
「確かに」
「次は、牛すじカレー」
箸で持ち上げると、トロリと崩れそうになる。
口に入れると、程よい弾力があって、噛むほどに旨味が広がる。
「おお……柔らかい。煮込みすぎて崩れてないのがいいな」
「しっかり下茹でしておけば、長時間煮込まなくても大丈夫なの。りんごのすりおろしも入れてコクを出してるわ」
「これ、一番コクがある気がする」
「最後は、野菜カレー。ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎがメインよ」
食べてみる。
——優しい味だ。
「野菜だけだと、少し物足りないかもな」
「そうね。子供向けにはいいかもしれないけど」
♢
「じゃあ、中辛」
音羽が次の小皿を指す。
「これはチキンカレー。よくあるレシピのものね、市販のルーともそう変わらない」
オーソドックスな味。鶏肉が柔らかく、食べやすい。
「次は、インド風のバターチキンカレー。小麦粉を減らしてスパイスをより利かせてるわ」
鼻に抜ける香りが華やかで、少し大人向け。
「うーん、こっちの方が本格的だけど……」
「より料理ができる人じゃないと作れないわよね」
「そうだな。一般的なレシピの方が品質が安定してる」
「最後は、シーフードカレー。エビとイカを使ってるの」
食べてみる。
——美味いけど、少し癖がある。
「シーフード、好き嫌い分かれそうだな」
「ええ。それに、魚介は火の加減が難しいわ」
♢
「最後は、辛口」
音羽が次の小皿を指す。
「キーマカレー。これは合い挽き肉」
滑らかで、食べやすい。
「次は、牛挽肉」
しっかりとした肉の味がする。
「豚挽肉」
甘みと旨味のバランスがいい。
「豚が一番食べやすいかも」
「私もそう思うわ」
「あと、具材の大きさも2パターン試したの」
細かく刻んだものと、粗めに刻んだもの。
「粗めの方が、ご飯に合うな」
「ええ。食べ応えもあるし」
「最後は、ほうれん草カレー。サグカレーって言うの」
緑色のカレーだ。
食べてみる。
——独特の味だ。
「これ、美味いけど……本格的すぎるかも」
「そうね。慣れてない人には難しいかもしれないわ」
♢
全部食べ終わった。
「どれも美味い……」
「でしょ? 迷うわよね」
音羽が少し困ったような顔をする。
「でも、俺が選ぶなら……」
俺が少し考える。
「甘口は、牛すじが一番コクがあった」
「ええ牛すじね。手順も、下茹でさえちゃんとすれば後は簡単だし」
「中辛は、オーソドックスなチキンが食べやすかったな」
「スパイスカレーは調理行程も複雑だし好き嫌いが分かれそうだったものね」
「辛口は、豚挽肉で粗めに刻んだキーマが一番食べやすいし米が書き込める感じだった」
「成島くんも男の子ね」
音羽が嬉しそうに笑う。
「じゃあ、明日はその3種類で試してみましょう」
「ああ」
音羽が嬉しそうに笑う。
「クラスで試食会かぁ」
「ええ。みんなに食べてもらって、細かい調整をしていきましょう」
「大丈夫だよ。どれも美味いから」
「だめよ、最高なものを提供したいじゃない」
音羽が少し不満そうに言う。
「それもそうだよな、売り上げ一位狙うんだもんな」
俺が笑うと、音羽も少し笑った。
その笑顔が、やけに眩しかった。
♢
翌日、放課後。
調理室に、クラスメイトが集まっていた。
夕日が窓から差し込んで、調理台を照らしている。
「よし、じゃあ試作始めるぞー!」
稲葉が張り切っている。
「音羽さん、レシピお願いします!」
「ええ」
音羽がレシピを配る。
「じゃあ、3つのIHで全て別の種類に分けます。牛すじ甘口、チキン中辛、キーマ辛口の三種で調理班は分かれてください」
「了解!」
調理担当たちが三つのグループに分かれる。
稲葉がチキンカレーのグループに入っている。
佐々木さんも同じグループだ。
「よし、頑張るぞ!」
稲葉が気合いを入れている、空回りしなきゃいいけど。
♢
「じゃあ、まず玉ねぎを切るわね」
音羽が指示を出す。
「玉ねぎ、どれくらい?」
「レシピに書いてある通りよ。中サイズ3個」
「了解!」
二見が玉ねぎを取り出す。
「うわ、目にしみる!」
「泣くなよ、二見」
稲葉が笑う。
「お前、笑ってるけど涙出てるぞ、俺と佐々木に近寄るな」
「そんな酷いこと言われなきゃだめ!?」
ワイワイと笑いながら、玉ねぎを切る。
音羽は、各グループを回りながら、細かく指示を出している。
「玉ねぎは、もう少し薄く切った方がいいわ」
「鶏肉は、一口大にね」
「火加減は中火で」
プロの料理人とコンクールに出ていたのは伊達じゃない視野の広さだった。
——すごいな。
音羽の横顔、真剣な表情をしている。
でも、どこか楽しそうな。
クラスメイトと料理をしている時の音羽は、いつもと少し違う気がした。
♢
「成島、ぼーっとしてないでカップのスリーブにイラスト描いて」
同じイラスト担当の女子から声をかけられた、惚けすぎたのかもしれない。
「お、おう」
慌てて、グラフティを描き込む。
「成島、さっきから音羽さんばっか見てるよな」
二見が調理班から抜け出してニヤニヤしながら言う。
「みんなの雰囲気を見てたんだよ!調理に帰れ!」
「音羽見てたって」
「サボりをチクられたいのか?」
「最近俺にだけホント当たりがつえーよな!」
嵐は無事に去った。
♢
しばらくして、カレーが完成した。
「できたー!」
「いい匂い!」
みんなが盛り上がる。
調理室中に、カレーの香りが充満していた。
「じゃあ、試食しましょう」
音羽が言う。
みんなが、それぞれのカレーを少しずつ取り分ける。
「いただきまーす!」
一斉に食べ始める。
「美味い!」
「これ、マジで美味しい!」
「牛すじ、トロトロ!」
「チキンも柔らかい!」
「キーマ、辛いけど美味い!」
あちこちから、歓声が上がる。
「音羽さん、すごい!」
「これなら絶対売れる!」
「文化祭、楽しみ!」
みんなが口々に言う。
音羽は、少し照れたような顔をしていた。
でも、嬉しそうだった。
その表情を見て、胸がじんわりと温かくなった。
——よかったな。
♢
試食会が終わり、片付けが始まる。
「じゃあ、鍋洗うぞー」
みんなが手分けして片付ける。
俺も、鍋を洗っていた。
「成島くん」
後ろから、音羽の声。
振り返ると、音羽が立っていた。
「おう」
「手伝うわ」
「いや、いいよ。音羽はレシピ考えてくれたんだし」
「ふふ、でも片付けは一緒にやりたいの」
音羽が隣に並ぶ。
二人で、鍋を洗う。
「みんな、喜んでくれたな」
「ええ。嬉しかったわ」
「音羽、すごいな」
「そんなことないわ」
「いや、音羽はすごい努力してくれてる。」
「ふふ、ありがとう」
音羽が少し笑う。
その横顔を見て、ドキッとした。
——やばい、発作でも起こしたのかと思った。このままだと俺は音羽で死ぬんじゃないか?
自分の健康すら不安になる恋を俺はしている。
最後までお読みいただきありがとうございます。
文化祭って準備が一番好きです。




