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02 天才少女とナルシスト

前回に引き続き、短編成島くん日常譚 天才少女とナルシストの再編版です。

「はぁ? 何だチビ、彼氏ヅラしてんのか?」


「あはっ、マジだ!中坊かと思ったわ!」


二人は腹を抱えて大笑いする。身長が高ければ俺の美しさで人死にが出かねないことがわからないらしい。


「あーもう、うるさい」


音羽がイラついたように一言呟いた瞬間——


「ぎゃあああっ!!?」


一人が股間を押さえて倒れ込む。


「な、何してるの、音羽さん!!?」


俺は絶叫しつつ隣の美少女と目の前の男を交互に見る。


「おい、大丈夫か!!?」


金的された方のナンパ男を、もう一人が心配そうに支えている。こちらを見る者はいない。


「お、お音羽さんッ!逃げるぞ!!」


俺は音羽の手を強く握り、駅前の交番を目指して全力疾走する。


「……いや私は別に」


「いいから!交番まで走る!」


音羽の手は、冷たかった。


しばらく走り駅前の交番の灯りが見えたとき、俺は心底安堵した。


「ふぅ……大丈夫?」


「ええ、助かったわ……あなた、クラスの……えっと……」


顔は知っているが、名前が出てこないらしく、音羽は言い淀んでいる。


「あぁ、成島愛己です……名前を知らなかったとはいえ、この美しさは覚えてくれてたみたいで良かった」


格好つけたのはいいけど、俺また逃げただけじゃないか?


音羽ひとりでなんとかできそうだったし、俺って本当に必要なかったんじゃないだろうか。


思考はぐるぐる回るが、とりあえずなんとかこの場を繕っていかないと。


いやでも、この子は明日から俺を避けるようになるかもしれないし。


「成島くんね、ありがとう?」


音羽はどこか混乱しているようだ。ここは安心させたほうがいいだろう。


「気にしないでいいよ、いつだって困っている人を助けるのはイケメンの定め。どんな小さなことからでも君を助けるよ!」


音羽は少し逡巡し、こちらを見て微かに笑う。


「……ふーん、じゃあ、頼みたいことがあるんだけど、とりあえずうちに来てもらおうかな」


その言葉に、俺は目を瞬いた。


「え……?」


「どんな小さなことからでも、でしょう?」


音羽は少しいたずらっぽく笑った。冗談なのか本気なのか、表情からは読み取れない。



音羽に促され、俺たちは駅に直結したタワーマンションのエレベーターに乗り込んだ。


「えっと、何階?」


「最上階」


「おお、なるほど……」


簡潔な答えにもはや何も言えなかった。


エレベーターを出て、玄関を開けると、広々としたリビングに目を奪われる。しかしそこかしこに散らかった服や書類、なんらかのパッケージ、段ボールが山積みになり、足の踏み場はかろうじて存在している。


「どうしてこんなことに?」


「さぁ、気づくと歩きづらくなるのよね」


「そうなんだぁ……」


音羽の答えに適当な返事をするしかない。これは迷宮入りの難事件らしい。


「ここを掃除してくれたら、さっきのお礼込みで最高に美味しい料理を作るわ」


音羽は自信に満ちた笑顔でそう告げた。


音羽の料理の腕は知っている。プロが参加するような料理コンクールで優勝チームの一員として活躍したと、全校集会で表彰されていた。


だが、この部屋の惨状を作り出した本人でもある。衛生的に大丈夫なのか?


俺の心配が視線に出ていたようだ。目線の動いた先を見て音羽は眉を顰めて告げた。


「料理にこだわりを持つ人間として、キッチンは清潔を保っているわよ。それから、アレルギーなんかはないわよね?」


確かにリビングから見えるキッチンだけはプロ仕様で清潔。譲れない場所らしい。


「何でも食べられるよ! 掃除は任せろ!!」


俺はわざとらしく胸を張って掃除の準備を始めた。


ちょっと調子に乗ったかもしれない。


「よし、まずは落ちてるものの分類からだな!」


俺が宣言すると、音羽はキッチンから顔を出した。


「私は食材の仕込みがあるから、任せるわ」


「いやいや! ここだけはせめて手伝って!? 持ち主がいなきゃ無理だって!」


「……仕方ないわね」


渋々リビングに戻ってきた音羽と一緒に、山積みの服や書類、段ボールを分けていく。


「これは洗濯。これは必要な書類。こっちは捨てて……」


音羽が淡々と指示を出す中、ふと視線を感じた。


横目で見ると、音羽がこちらを見ている。すぐに視線を外したが、何を考えているんだろう?


「あっ……」


俺の手に、明らかに女性ものの下着が。


「~~~っ!? お、音羽さん!? こういうのはちょっと、その……」


「何? 洗濯に回すのよ。早く分けて」


「……ふっ。俺は動じない。イケメンは常に冷静だからな」


「顔、真っ赤よ」


「ち、違う! これは運動したせいでだな!」


動じていないふりを必死に繕う俺をよそに、音羽は何事もなかったかのように仕分けを続ける。


やがて洗濯物の山ができあがり、俺は洗濯機の前で唸った。


「え、これ……白シャツと黒服、一緒に突っ込んで大丈夫か? いやダメか……これは弱運転じゃないとダメ……うわ、何でこんなにタオルあるんだよ! こっちはネット入れないと痛むだろ……」


ぶつぶつ文句を言いながらも、仕方なく分けて洗濯を回す。


「文句ばっかり」


「違う違う! 僕の冷静な分析術なんだよ!」


「……まあ、いいわ。私は料理に戻るから」


そう言って音羽はキッチンへ引っ込んでいった。


残された俺は、洗濯を干して掃除機をかけ、また洗濯を干す――孤軍奮闘を強いられるのだった。



かなり時間はかかったが、拭き掃除まで終え、俺は大きく息をついた。


「よし、終わったぞ!」


音羽はキッチンから顔を出してリビングを一瞥すると満足そうに一言。


「こっちも仕上げるわ。手を洗って座ってて」


俺は言われた通りにリビングのソファに腰を下ろすと、音羽は手際よく配膳を始めた。


目の前には、ふんわりとした黄金色のデミオムライスが現れた。


「おお、オムライスか!」


つい反応してしまう俺に、音羽はくすりと笑った。


「頑張った時のご飯はこれって小さい頃からお決まりなの」


「いただきます!」


二人同時に手を合わせ、食事が始まる。


「めちゃくちゃ美味い。デミグラスソースがかかってるのに全然くどくない」


思わず口に出すと、音羽は嬉しそうに頷き、どんな工夫をしたか簡単に説明してくれた。


「えぇ、その為に手作りのデミグラスソースにしたもの。チキンライスも、ケチャップを減らしてフレッシュトマトとホールトマトを合わせたの。甘みと酸味がちょうど良く出るのよ」


「なるほど……なんか優しい味だな」


一口ごとに、作り手の気持ちが伝わってくるようだ。


食べ終わると、音羽は食器を片付けつつ、俺に向かって微笑む。


「今日はありがとう、成島くん」


俺も胸を張って答えた。


「また明日な」


「ええ、また明日」


音羽がそう言った瞬間、一瞬だけ目を瞬かせた気がした。何か意外だったのだろうか?


そう言い残し、音羽の家を後にした。


明るい夜空と夜景が、今日の疲れと達成感をやわらかく包み込んでいた。



新しい1日が始まり、教室の扉を開けた俺はいつもの調子で声を張る。


「おはよう、みんな! 今日もみんなを照らす太陽、成島愛己が登校したよ」


教室に入ると、ざわざわとした視線が集まる。まばらな挨拶が返ってくる中、音羽が微笑んだ。


「おはよう、成島くん」


俺は目を丸くして驚く。


「おお、音羽さん! 今日は早いんだね?」


すると、クラスの数人が口々に詰め寄る。


「ちょ、ちょっと待て! 成島ぁ! 音羽様が笑顔で挨拶いただくってどういうことだ!」


「そうだそうだ! ずるいぞ!?」


俺は胸を張り、ちょっとカッコつけて答える。


「え? ああ、昨日ナンパ男から音羽さんを守ったからさ。まぁ、俺ってみんなの太陽だから?」


しかし、音羽があっさり訂正する。


「助けに来たのはいいけど、馬鹿にされて私を連れて交番まで逃げただけよ」


教室中が笑いに包まれる。


さて、音羽さんが突っ込んでくれるとは思わなかったがおかげで空気はいいし、もう一つボケをしてもいいかもしれない。


そう思っていると、クラスメイトたちが慰めの言葉をかけてきた。


「音羽さんも成島くんも無事で良かったぁ」


「成島! 音羽様を無事連れてきたんだ、偉いぞ!」


あれ?


正直、心配ついでにバカにされるんじゃないかと思っていた。


別の意味でちょっと恥ずかしい。


その流れのまま、音羽が真顔で言った。


「で、掃除のことだけど……今日もお願いね」


俺は思わず椅子にもたれ、声にならない声を出す。


「え、まだあるの!? 昨日で終わったんじゃ……」


音羽は涼しい顔で返す。


「他の部屋もあるし、君だってまた明日って言ったじゃない」


俺は両手を広げてへたり込み、完全に力尽きた。


「……うわぁ……もう無理……俺、美少年なのに……」


するとクラスメイトが大慌てで駆け寄る。


「成島! しっかりしろ! 美少年ってほどでもないぞ! あと掃除ってどういうことだ!」


へたり込んだ拍子に頭を打ったらしく、目の前がぐるっと回る感覚を覚えながら、俺の意識は薄れていく。


「成島マジで気絶してるぞ!! 保健室!!!」


でも、悪くないな。


薄れゆく意識の中で、俺はそう思った。



最後までお読みいただきありがとうございます。

楽しんでいただけたら幸いです。


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