17 体育祭とエゴ
こんな時間になってしまった…スランプ続きます。
体育祭当日。
目が覚めて、カーテンを開ける。
雲ひとつない秋晴れだった。
「よし」
小さく呟いて、準備を始める。
制服に着替え、鏡の前に立つ。
髪型を整えて、しっかりとメイクをする。
今日はクラス全員が揃う。音羽も来るはずだ。
そう思うと、自然と気合いが入った。
♢
教室に着くと、ほとんどのクラスメイトが揃っている。
……音羽の姿は、ない。
あんにゃろう、三つのアラームはどうした?
心配になり窓の外を見ると、校庭にはテントが並び、色とりどりのクラス旗が風に揺れている。
「おはよー、ナルシー!」
稲葉が手を振ってくる。
「おう、おはよう」
「今日は気合い入ってんなー。外なのにそのふんわり感って事はスプレーいいの使ったな」
「当たり前だろ?走って崩れたら目も当てられない」
「はいはい」
稲葉が苦笑する。
前でふざけていた二見と、それを見ていた額賀がこちらに気づいて声をかけてくる。
「よー、成島ー」
「おはよう」
「マジで優勝できるか楽しみだな!」
「俺の競技、借り物競走だけどな」
「これ音羽さんは来るのかなぁ?結構ギャンブルな感じになってきたけど」
額賀の顔が、困ったような哀れむような表情になる。
「……さあな」
軽く受け流すが、視線が妙に意地悪い。
「成島くん、ちゃんとモーニングコールとかしたぁ?」
「何で俺なんだよ!」
反論しつつも内心思ってしまった。
なぜ気づかなかった!電話かければ確実だったのに!
♢
開会式が始まる。
全校生徒が校庭に並ぶ。
俺はクラスの列に並びながら、何度も入り口の方を振り返った。
——音羽は、まだ来ていない。
胸の奥がざわつく。
選手宣誓が始まり、応援団のエールが響く。
それでも、音羽の姿は見えなかった。
開会式が終わり、競技が始まる。
最初は3年生の100メートル走。
次は1年生の応援合戦。
そして、学年対抗の大縄跳び。
結果はわからない。俺は、ずっとグラウンドの入り口の方を気にしていた。
♢
4番目の競技が終わった。
次は、借り物競走だ。
「全校対抗借り物競走の選手は、スタート位置に集合してください」
アナウンスが流れる。
立ち上がり、スタート位置に向かう。
心臓の音が、やけに大きく聞こえた。
——父さんも母さんも来てくれた。音羽は間に合うか?
もう一度入り口を見た。
その時、門のところに音羽の姿が見えた。
黒髪を後ろでひとつに結び、眠そうにあくびをしながらジャージ姿で立っている。
——来た!
思わず笑みがこぼれる。
音羽がこちらに気づいて、小さく手を振った。
俺も、小さく手を振り返す。
「よーし、位置について」
先生の声。
スタートラインに並ぶ。
他のクラスの選手たちも、緊張した面持ちだ。
「用意……」
息を吸う。
「ドン!」
ピストルの音が響いた。
♢
一斉に走り出す。
最初の関門は、くじ引きだ。
ゴール手前に置かれた箱から、紙を引く。
俺は箱に手を突っ込み、一枚引いた。
紙を開く。
『美人だと思う人』
——は?
思考が一瞬止まる。
周りを見回す。
他の選手は、すでに校庭を走り回っている。
——音羽だ。
迷いなく、そう思った。
音羽のところへ全力で駆ける。
「音羽さん!」
大きな声で呼ぶ。
音羽が驚いたような表情で固まる。
「手、貸してくれ!」
息を切らしながら言う。
「え?」
「借り物!君だ!!」
音羽へと手を差し出す。
「……わかったわ」
覚悟を決めたような顔をして、音羽も手を伸ばす。
俺は音羽の手を取り、一緒にゴールに向かって走った。
周りから、どよめきが起きる。
「うわー、成島、音羽さん連れてきたー!」
「マジかよー!」
「すげー!」
声が聞こえるが、気にしている余裕はなかった。
ただ、音羽と一緒に走る。
音羽の手は、少し冷たかった。
でも、その感触が、不思議と温かく感じた。
ゴールテープを切る。
『はーい、二年四組お題発表お願いします』
「はい、お題は美人だと思う人でした」
放送に応えるとともに紙を掲げる。真横にいる音羽のことが見られそうにない。
『お題確認OKです。四組三位!!』
今日一日で一番盛り上がった三位だった。
「お疲れ様」
音羽が息を整えながら笑う。
「ありがとう。助かった」
「ふふ、美人だと思う人、ね」
「ああ。俺が一番美人だと思うのは音羽だからな」
さらりと言ってしまってから、血の気が引いた。
——何言ってんだ、俺。
言い訳をしようと顔を向けると、音羽の頬が赤い。
「……ありがとう」
小さな声。
その表情が、とても嬉しそうに見えた。
一方、俺の頭の中は真っ白だった。
「成島ー、音羽ー、戻ってきてー!」
二見が手を振っている。
「も、戻るか」
「ええ」
一緒にテントに戻る。
クラスメイトたちが、ニヤニヤしながら見ていた。
「ナルシー、やるじゃん」
稲葉が笑う。
「うるせえ」
顔が熱いまま、席に座った。
音羽も、隣に座る。
「まずいぞ、同志たちをどう抑えるか……」
道枝が少し離れたところで、ブツブツ言っている。
——やばい。
心臓が跳ねる。
何であんなこと言ったんだ。
美人だと思う人、なんて題だから仕方ないとはいえ。
いや、でも他にも選択肢はあっただろ。
保健の伊藤先生とか。
クラスの大山とか松永とか。
なのに、迷わず音羽のところへ行って。
あんなこと言って。
——俺、バカじゃないのか。
胸がざわざわする。
音羽は、どう思っただろう。
ありがとうって言われた気がするけど、どう受け取ればいいんだ?
社交辞令かもしれない。
内心では、引いてるかもしれない。
『失望したわ、成島くん』なんて思われてるかもしれない。
——この関係、壊したくなかったはずなのに。
どうしてあんなことを。
♢
競技が進んでいく。
次は、1年生の玉入れ。
その次は、3年生の騎馬戦。
そして、2年生の学年ダンスだ。
「よし、2年生は校庭に集合ー!」
先生の声が響く。
俺たちは、校庭の中央に集まった。
クラスごとに並び、ダンスのフォーメーションを作る。
音羽は、前列の中央にいた。
練習の時より目立つ位置に置かれている。
俺は後ろの方に並んだ。
音楽が流れ始める。
みんなで踊り出す。
練習の成果が出ているのか、前よりもだいぶ揃っていた。
でも、やっぱり音羽の動きは別格だった。
滑らかで、美しい。
一つ一つの動作が、音楽と完全にシンクロしている。
観客席から、歓声が上がる。
「音羽さん、すごーい!」
「かっこいい!」
声が聞こえる。
音羽は、特に気にした様子もなく、淡々と踊り続けている。
曲が終わり、大きな拍手が起きた。
俺も、思わず拍手していた。
——やっぱり、すごいな。
改めて、そう感じた。
さっきの俺の醜態がなければ、純粋に感心するだけで終われたのに。
♢
午前中の競技が終わり、昼休みになった。
クラスのテントに戻ると、みんなが弁当を広げている。
「音羽さん、お弁当持ってきた?」
女子の一人が声をかける。
「ええ」
音羽が小さな弁当箱を取り出す。
「一緒に食べよー」
「いいわよ」
女子たちが、音羽の周りに集まる。
俺は、少し離れた場所で弁当を食べていた。
稲葉と二見が隣に座る。
「今日の成島、攻めてたなー」
「うるせえ」
「でも、音羽さん嬉しそうだったぞ」
稲葉が笑う。
「……そうか?」
「そうそう。顔、赤くなってたもん」
二見が茶化すように言う。
顔が熱くなる。
「知るか」
本当に嬉しかったのかな。
それとも、困ってただけかもしれない。
わからない。
人の心なんて、読めない。
俺、勝手すぎたよな。
「成島?」
稲葉が不思議そうに俺を見ている。
「ああ、何でもない」
適当に答えて、弁当に視線を落とした。
食欲が、あまりなかった。
♢
午後の競技が始まる。
2年生の玉入れだ。
「イィヤアアアァァァ!音羽様、頑張ってー!」
さまざまなところから音羽に声援が送られる。事件性を感じる叫びだな?
道枝以外にも本当にファンクラブ会員がいたんだ。様付けしている。
音羽は、玉入れの選手として校庭に出ていった。
ホイッスルが鳴り、玉入れが始まる。
音羽が、次々と玉を投げる。
その動きは、やはり美しかった。
速くはないが無駄がなく、正確。
同じフォーム、同じ角度で球が飛んで、他の球にぶつかることがなければ、吸い込まれるようにカゴに入っていく。
「すげー」
「音羽さん、ほぼ入ってるじゃん」
周りから声が上がる。
結果、俺たちのクラスが一位だった。
「やったー!」
クラスメイトが盛り上がる。
音羽が戻ってくると、みんなが拍手で迎えた。
「お疲れ様、音羽さん!」
「すごかったよ!」
女子たちが声をかける。
音羽は、少し恥ずかしそうにしていた。
体育祭の練習のあたりから、音羽も女子の輪に入れている様子だ。
子供の成長を見守る親ってこんな気持ちなんだろうか?
♢
競技が全て終わり、閉会式が始まった。
結果発表。
俺たちのクラスは、三位だった。
「おしかったなー」
「でも、三位ってすごくない?」
「音羽さんのおかげだよ」
クラスメイトが話している。
閉会式が終わり、解散になった。
「じゃあ、片付けするぞー」
テントや道具を片付け始める。
音羽も、一緒に手伝っていた。
「音羽、重いだろ。俺が持つよ」
「ありがとう」
音羽が椅子を渡してくる。
一緒に片付けをしながら、ふと音羽が口を開いた。
「今日は、楽しかったわ」
「そうか。よかった」
「ええ。成島くんが走ってるところ、見られたし」
嬉しいがむず痒い。
でも、同時に、不安も込み上げてくる。
——やっぱり引っ張り出したのは迷惑だったかもしれない。
その上で、関わりのある俺に気を遣ってるだけか。
「俺も、音羽が踊ってるところ見られてよかった」
「ふふ、ありがとう」
音羽が笑う。
その笑顔が、妙に眩しかった。
でも、同時に、遠く感じた。
♢
片付けが終わり、教室に戻る。
荷物をまとめていると、音羽が隣に来た。
「お疲れ様」
「おう。お疲れ」
「今日は、ありがとうね」
「何が?」
「借り物競走、二人で走って楽しかった」
音羽の頬がほんのり染まる。
「ああ。いや、マジで美人だと思ったから連れていっただけだし」
また言ってしまった。
なんで俺は、こんなに軽率なんだろう。
「……嬉しい」
小さな声。
その表情が、とても柔らかかった。
胸のざわつきが、別の衝動に塗り替えられる。
人の心なんて、読めない。
でも、俺はやっぱり音羽が好きだ。
「そっか。なら、よかった」
言葉が、どこか空虚に聞こえた。
「じゃあ、また明日ね」
「ああ。また明日」
音羽が手を振る。
俺も手を振り返して、教室を出た。
廊下を歩きながら、不安がぶり返してくる。
——明日から、どんな顔して音羽と接すればいいんだろう。
不安が、じわじわと広がっていく。
自分の気持ちを、勝手に押し付けてしまった。
たまたま今回は嬉しいといってくれただけだ。
それだって音羽がどう思っているかも本当はわからないのに。
——好きってとんでもないエゴだ。
そう思いながら、俺は家路についた。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます
そもそも合鍵持ってるんだから起こして連れて行けば一番確実なのにね?




