16 休み明けとその先
なんかすみません。
夏休みが終わり、掃除の頻度は週に一度に戻ったが勉強会は変わらず行っていた。
音羽が俺の隣に座り、ノートを開く。
「今日は何を勉強するの?」
「数学。この問題がわからなくて」
「見せて」
音羽が俺のノートを覗き込む。
やっぱり近すぎないか?勉強会を始めた頃は向かいに座っていたのに回を重ねるほどに向かいから斜へ、斜から横へと近づいて来ていた。
「ここは、こう考えればいいのよ」
音羽が説明を始める、前屈みになると更に距離が縮まってもう限りなくゼロだ!視線が、嗅覚が音羽に引っ張られる。
いや待て、変に意識してる場合じゃない!せっかく真面目に教えてくれているんだから、集中して聞かないと!
♢
しばらく勉強を続けていると、音羽がふと口を開いた。
「そういえば、体育祭ね」
「ああ。月末だな」
「借り物競走、午前中の早い時間よね」
「そうだな。確か、五番目の競技だったはず」
音羽が少し考え込む仕草をする。
「見たい」
「まぁ、普通に最近学校に来てる時間にくればギリギリ間に合うんじゃないかな?」
「……頑張るわ」
音羽の声に自信がない。
「最近マシになったとは言え、音羽さんや。自信を持って答えられる生活にしよう?」
「わかってる。でも、なかなか……」
「ちゃんと寝て、ちゃんと起きて。それから朝にアトリエに行かなければ遅刻しないでしょ?」
少し説教じみた口調になってしまう。
「ふふ、お母さんみたい」
「真面目に言ってんだぞ?」
「ごめんなさい。でも、ちゃんと頑張るから」
音羽が苦笑する。
その顔を見て、少しだけ安心した。
「まあ、借り物競走なんて大したことないし、無理しなくていいけどな」
「そんなことないわ。楽しみにしてるもの」
さらりと言われると、頑張らねばという気持ちになる。
「そ、そうか」
「ええ。成島くんが走ってるところ、見たいの」
その言葉に、胸がじんわりと温かくなった。
——俺も音羽に、見てもらいたいな。
そう思っている自分がいた。
♢
翌日の放課後。
体育館に2年生全員が集まっていた。
「よし、じゃあ学年ダンスの練習を始めるぞー!」
体育の先生が大きな声で言う。
ざわざわとした空気が、体育館に満ちる。
「今日はダンス実行委員が振り付けを教えてくれる。前に出てこーい」
数人の生徒が前に出る。
「じゃあ、まずは実行委員が通しでお手本を見せるから、よく見ておけよ」
音楽が流れ始めた。
流行りの曲だ、少しテンポが早い。
実行委員たちが踊り始める。
振り付け自体は難しくないがステップが早過ぎないだろうか。
「よし、じゃあ今から少しずつ教えていくぞ。まずはAメロから!」
実行委員が前に並び、ゆっくりと動きを見せていく。
「はい、右足から。ワン、ツー、スリー、フォー」
俺も周りと一緒に、見様見真似で動いてみる。
「成島、そこ逆ー!」
二見が笑いながら指摘してくる。
「二見!そういうお前はボックス踏みながらどこ行くつもりだ?」
笑いながら返す。
周りもバラバラで、やる気のムラを感じる。
「よし、もう一回通してやってみるぞ!」
音楽が流れ、みんなで踊る。
ダンス自体は嫌いじゃない、なんだか楽しくなってきた。
そんな中、ふと視界の端に音羽の姿が入った。
完璧に踊っていた。
滑らかな動き。
高いBPMに完全に乗っている。
さっき一回見ただけでこれか!
「音羽さん、すげー!」
「もう覚えたの!?」
「ダンス部のやつよりずっと早い」
周りから声が上がる。
音羽は特に気にした様子もなく、淡々と踊り続けている。
俺は、その姿に見惚れていた。
曲が終わり、先生が手を叩く。
「よし、列ごとに前の実行委員に教えてもらえ!一列余るから余った列は音羽、お前が面倒を見ろ」
「え……」
音羽が少し戸惑う。
「いいからいいから。みんな、音羽の動き見て覚えろよ」
「はーい」
音楽が流れ、音羽も前に出て指導する。
その動きは、さっきの実行委員とは比べものにならないくらい美しい。
一応練習はするが、あの列のやつらはもう音羽に夢中だ。
曲が終わると、大きな拍手が起きた。
「すごーい!」
「音羽さん、かっこいい!」
女子たちが声を上げる。
音羽は少し照れくさそうに、後ろに下がった。
俺も、思わず拍手していた。
♢
一時間ほど練習して、解散になった。
「お疲れー」
「疲れたー」
みんながバラバラに体育館を出ていく。
音羽の周りに、何人かの女子が集まっている。
「音羽さん、すごかったね」
「今度教えてもらっていい?」
「ええ、いいわよ」
「やったー!」
女子たちが嬉しそうに話している。
音羽は、少し疲れたような顔をしていた。
人が多いと、疲れるんだろう。
しばらくして、女子たちが去っていく。
音羽が小さく息を吐いた。
俺は、少し離れたところから音羽を見ていた。
——大丈夫かな。
そう思っていると、音羽がこちらに気づいた。
目が合う。
音羽が小さく微笑む。
俺も、小さく手を振った。
♢
更衣室で着替えて、教室に戻る。
荷物をまとめていると、音羽が教室に入ってきた。
「お疲れ様」
「おう。すごかったな」
「そう?ありがとう」
音羽が少し恥ずかしそうにする。
「一回見ただけで覚えるとか、どうなってんだ」
「慣れてるだけよ」
「それが才能ってやつだろ、カッコいいじゃん」
音羽が少し笑う。
「疲れてないか?」
「少しね。でも、大丈夫よ」
「無理すんなよ」
「ふふ、心配してくれるのね」
音羽が楽しそうに笑う。
その笑顔を見て、少しホッとした。
「じゃあ、また土曜日な」
「ええ。また土曜日」
音羽が手を振る。
俺も手を振り返して、教室を出た。
廊下を歩きながら、ふと思った。
——体育祭、楽しみだな。
純粋にワクワクするが、その一方でこうも思う。
音羽に追いつかなければ、自分の失敗が音羽の邪魔をしかねないなんて冗談じゃすまない。
♢
土曜日。
いつもの掃除の日。
俺は音羽の家のリビングで掃除をしていた。
「成島くん、お疲れ様」
音羽が飲み物を持ってくる。
「ありがとう」
冷たい麦茶を受け取り、一口飲む。
「体育祭、楽しみね」
音羽が言う。
「そうだな。音羽さんのダンス、またみんな驚くぞ」
「ふふ、恥ずかしいわ」
音羽の頬がほんのり染まる。
その表情が、やけに可愛く見えた。
「できるだけ選手宣誓から見られるようにするんだよ」
「わかってる」
「本当か?前日は早く寝ろよ」
「はいはい、お母さん。アラームも三つかけておくから」
音羽が笑う。
その笑顔を見て、俺も笑った。
——音羽に恥ずかしくないよう、頑張ろう。
その想いが、どんどん強くなっていく。
体育祭まで、あと少し。
窓の外を見ると、秋の空が広がっていた。
最後まで読んで頂き本当にありがとうございます
なんかもうスランプでもうね!ありがたいよね!




