13 花火と思い
ここからは連載版のために進める物語
夏休みも二週目に入った頃、スマホに通知が届いた。
『成島くん、今週末の花火大会、一緒に行かない?』
音羽からのメッセージ。
画面を見つめたまま、しばらく固まる。
花火大会。
音羽と二人で。
『行く行く!じゃあ時間と場所はどうする?』
指が勝手に動いていた。送信してから、少し後悔する。
返事が早すぎたんじゃないか。ガツガツしてると思われないか。
『じゃあ18時に駅前で。浴衣で来てね』
音羽からの返信に、心臓が跳ねる。
浴衣で来てね。
指定があると言うことは音羽も浴衣姿なんだろうか。
想像しただけで、顔が熱くなった。
♢
リビングに降りると、父と母が夕食の準備をしていた。
「土曜日、花火大会行ってくるから」
「あら、友達と?」
母が振り返る。
「うん」
「いいねぇ、友達との夏祭り!楽しめよ愛己!?」
父が顔を上げる。
「……まぁ、楽しんでくる」
できるだけ軽く答える。
「好きな子とかいるのか?夏祭り一緒に——」
「ごちそうさま。部屋戻るわ」
話を遮って、席を立つ。
「あら、もう?」
「うん。宿題あるし」
背中に父の声が聞こえた気がしたが、聞こえないふりをしてリビングを出た。
♢
当日。
俺は自室で浴衣に着替えていた。
墨染の浴衣に黒い帯。去年悩みに悩んで買ってもらったやつだ。
鏡の前に立ち、何度も襟元を直す。
髪型も、いつもより時間をかけて整えた。アクセサリーも浴衣も髪色を映させるコーディネートに仕上がったはずだ。
「よし……」
自分に言い聞かせるように呟く。
大丈夫。我ながらスタイリングは完璧だ。
そう思い込まないと、緊張で潰れそうだった。
リビングへ向かうと、父と母がソファに座っていた。
「お、愛己! 浴衣姿いいじゃないか!」
父が立ち上がり、俺の肩を叩く。
「似合ってるわよ、愛己」
母が優しく微笑む。
「楽しんできなさい」
「うん、ありがとう母さん」
父が棚に向かって歩き出す。
——嫌な予感。
「愛己、これ持ってけ」
「いらない」
銀色の缶を差し出す父の手を、きっぱりと拒否する。
「いや、念のためだ、運命の相手との出会いがあるかもしれん。お前ももう高校生だし、相手のことを考えるなら——」
「考えてるから、持ってかない」
少し強い口調で言って、玄関へ向かう。
「あなた、しつこいわよ」
母の声を背に、俺は靴を履いた。
「いってきます」
「気をつけてね」
玄関を出て、深く息を吐く。
父さんは悪気ないんだ、わかってる。俺だって保健体育の授業は受けてるしそういうのが大切なのも、わかってる。
でも、ああいう話題を出されると、なんだか居心地が悪い。
音羽との関係を、そういう風に見られたくない。
——考えすぎか。
首を振って、駅へ向かった。
♢
駅前の広場。
すでに浴衣姿の人たちで賑わっている。
俺は約束の場所で、音羽を待っていた。
時計を見る。18時まであと3分。
人混みの中、ふと視線を感じて顔を上げる。
「成島くん」
声がした方を向いた瞬間、息が止まった。
音羽が立っていた。
薄い青色の浴衣に、白い花の柄。
いつもは低い位置で結んでいる髪を、少し高い位置で緩くまとめている。
「……」
音羽の隣に立つならもっと落ち着いた浴衣の方が良かったか?それとも、帯の代わりにコルセットでも合わせてモード系に——
——っていうかまずはかわいいねだろう!どうした俺!?
「どうかした?」
音羽が首を傾げる。
その仕草さえ、やけに可愛く見えた。
「い、いや……いいコーデで似合ってるなって」
「ありがとう。成島くんも素敵よ」
さらりと言われて、心臓が跳ねる。
「そ、そう?なんでも着こなせるからな!」
いつもの調子で返すが、声が上ずっている。
音羽はくすりと笑った。
「行きましょうか」
「ああ」
二人で歩き出す。
滲んだ汗に、夏の夜風が少しだけ涼しい。
♢
花火大会の会場へ向かう道は、人で溢れていた。
屋台が並び、焼きそばやたこ焼きの匂いが漂う。
「成島くん、何か食べる?」
「そうだな……りんご飴とか?」
「ふふ、子供っぽいわね」
「俺らだってまだ子供だろ」
軽口を叩き合いながら、屋台を巡る。
音羽はベビーカステラを買い、俺はりんご飴を手にした。
「一口ちょうだい」
音羽がりんご飴を指差す。
「ああ、どうぞ」
りんご飴を差し出すと、音羽が小さく齧った。
その仕草を見て、またドキッとする。
「美味しいわね。甘すぎないのがいいわ」
「だろ?」
音羽はベビーカステラを一つ取り、俺に差し出す。
「成島くんも食べて」
「あ、ありがとう」
受け取って口に入れる。
ふんわりとした生地と、優しい甘さ。
「うまい」
「でしょう? この屋台のは生地がしっかりしてたから」
「よく分かるな」
「職業病ね」
音羽が微笑む。
その笑顔を見ながら、俺はふと思った。
——こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
♢
会場に近づくにつれ、人混みが増えてきた。
ぶつからないように前を歩く音羽の後ろを、俺は少し離れてついていく。
音羽が髪をかき上げる仕草をする。
白いうなじが、提灯の光に照らされている。
綺麗だな、と思った瞬間。
変なことを考えている自分に気づいて、慌てて視線を逸らす。
——何見てんだ俺。
「成島くん」
音羽が立ち止まり、振り返った。
「ん?」
「手、繋いでもいい?」
「え」
「人混みで離れたら大変だから」
音羽が手を差し出す。
俺は少しだけ躊躇してから、音羽の手を取った。
柔らかい。
温かい。
前に肝試しで繋いだときより圧倒的に感覚が強くなっている。これが意識の違いなのだろうか?
「行きましょう」
音羽が歩き出す。
俺は繋いだ手を見つめながら、後に続いた。
しばらく歩くと、音羽の足が少し遅くなった。
「音羽さん?」
「ええ、大丈夫」
そう言うが、音羽の顔色が少し悪い気がする。
人混みの騒音。
屋台の匂い。
押し寄せる人の波。
感覚の鋭い音羽が苦手そうなもののど真ん中じゃないか!
「ちょっと待って」
俺は音羽の手を引いて、人混みから離れた。
会場から少し外れた、木々に囲まれた場所。
「ここなら少し静かだろ」
「……ありがとう」
音羽が小さく息を吐く。
「気づかれちゃったか」
「隠すものでもないしいいんだよ、むしろ気づけて良かった」
そう言って、少し照れくさくなる。
音羽は柔らかく微笑んだ。
「成島くん、本当に優しいのね」
「そりゃあな。気配り上手はイケメンの基本だからな」
「ふふ、相変わらずね」
音羽が笑う。
その笑顔を見て、俺も笑った。
「ここで花火見ようぜ。人も少ないし」
「ええ、そうしましょう」
二人で木の根元に腰を下ろす。
少しだけ離れた場所から、花火大会の音が聞こえてくる。
ドーン、という音と共に、空に大きな花が咲いた。
「綺麗ね」
音羽が空を見上げる。
「ああ」
俺も空を見上げる。
赤、青、黄色。
色とりどりの光が、夜空を彩る。
「成島くん」
「ん?」
「私、成島くんといるとすごく落ち着ける」
不意に言われて、心臓が大きく跳ねた。
「そ、そう?」
「えぇ、さっきまでが嘘みたい。」
音羽が俺を見る。
花火の光が、音羽の横顔を照らしている。
「だから、ありがとう」
その言葉に、胸が熱くなった。
——好きだ。
この人が、好きだ。
今すぐ叫び出しそうだ。
でも、言えない。
この関係を壊したくない。
「どういたしまして」
そう答えるのが精一杯だった。
音羽は少し不思議そうな顔をしたが、何も言わずにまた空を見上げた。
花火が次々と打ち上がる。
その音が、俺の鼓動とシンクロしているような気がした。
♢
花火大会が終わり、俺たちは駅へ向かって歩いていた。
人混みも少し落ち着いて、音羽の表情も穏やかだ。
「楽しかったわ」
「俺も」
「また、こういうの行きたいわね」
「ああ、いつでも誘って」
そう答えて、少しだけ勇気が出た。
「俺からも、誘うよ」
音羽が少し驚いたような顔をした後、柔らかく微笑んだ。
「もちろん。待ってるわ」
その言葉に、胸が温かくなる。
駅の改札前で、立ち止まる。
「じゃあ、また明後日」
「うん。気をつけて帰ってね」
音羽が手を振って、改札に入っていく。
その後ろ姿を見送りながら、俺は心の中で呟いた。
——いつか、ちゃんと伝えられるのか?
世の中のカップルたちはこれを乗り越えたのか?
この気持ちを伝えたのか?
ポケットの中で、スマホが軽く振動した。
音羽からのメッセージ。
『今日はありがとう。また明後日ね』
画面を見つめて、少しだけ笑った。
「ああ、また明後日」
小さく呟いて、俺は夜の街を歩き出した。
夏の星が、いつもより明るく見えた。
最後までお読み頂きありがとうございます。
音羽はストレスを感じると感覚が過敏になります。
ストレスってマイナスの印象ですけどいい感情も悪い感情もストレスになるんですよね。




