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11 美容院といつも通り

夏休み最初の掃除回

夏休み初日、土曜日の朝が来た。


「ありがとうございましたー」


俺は見送る店員さんの声に軽く会釈して店を出た。


まさか美容院と定期掃除が被るとはなぁ。


せっかくの夏休みだし、去年に続き髪を染めてみた。


今回は刈り上げた部分とインナーカラーをストロベリーレッドに染め、スタイリングに合わせて欲しいイヤリングとイヤーカフまでつけている。


鏡で見た時は結構いい感じだと思ったけど、掃除するのに向いた格好ではない気がする。


なんて考えながら俺は音羽の家のインターホンを押す。


「はい」


「成島です」


「あ、入って」


エレベーターに乗り込み、最上階へ向かう。


普段も気をつけているが、明らかにしっかりとしたプロのヘアメイクをしていたら音羽は気合い入れすぎだと思うだろうか。


いや、別に音羽の反応を気にしてるわけじゃないけど。


エレベーターが開くと、玄関先で音羽が待っていた。


「おはよう、成島く——」


音羽の言葉が止まる。


俺をじっと見ている。


「……どうした?」


「……髪、染めたの?」


「ああ、夏休みだしな。さっき美容院行ったとこなんだ。どう?」


わざとらしく髪を触ってみせる。


音羽はしばらく黙って俺を見つめた後、小さく笑った。


「似合ってるわよ」


「マジ?」


「ええ。いつもより少し大人っぽく見える」


その言葉に、少しだけ嬉しくなる。


「だろ? テスト前からこの色いいなって考えてたんだよ。ほら、俺イケメンだからなんでも似合うけどさ」


「ふふ、相変わらずね」


音羽はくすりと笑って、リビングへ向かう。



俺は音羽の家のリビングで床を拭いていた。


三日に一度の掃除、初日だ。


「……」


いつもと同じように掃除をしているはずなのに、なんだか落ち着かない。


音羽はキッチンで料理の準備をしている。


包丁がまな板に当たる音が、規則的に響いている。


——『私、クラスで笑わせてるときより、こうして文句を言いながら付き合ってくれる成島くんの方が好きよ』


あれから数日。


音羽の言葉が、頭から離れない。


『好き』。


音羽はどんな気持ちでそんなこと言ったんだろうか。


いや、何か裏があるとかいうタイプじゃないのはわかっている。だが俺だって思春期の男の子だ……勘違いしてしまいそうになる。


「成島くん、そこの棚の上も拭いてもらえる?」


キッチンから音羽の声が聞こえる。


「あ、ああ。わかった」


俺は慌てて返事をする。


棚の上に手を伸ばし、雑巾で拭いていく。


ふと、音羽の方を見ると、彼女はエプロン姿で野菜を切っていた。


長い髪を後ろで結んで、真剣な表情で包丁を動かしている。


——いつもと同じなのに。


そう思った瞬間、自分の考えに違和感を覚えて視線を逸らす。


何考えてんだ俺。


「どうかした?」


音羽がこちらを見ている。


「な、何でもない! 掃除掃除!」


俺は慌てて棚を拭き続ける。


「……そう」


音羽は少し首をかしげたが、すぐにキッチンに戻った。



掃除が終わり、リビングのテーブルに座る。


音羽が料理を運んできた。


「今日は盛岡冷麺よ。暑いから冷たいものがいいでしょう?」


目の前に置かれたのは、透明なスープに浮かぶコシのある麺。キムチ、きゅうり、チャーシュー、ゆで卵が綺麗に盛り付けられ、氷まで浮かんでいる。


「うわ、冷麺か! 美味そう!」


「ふふ、食べて」


二人で食卓を囲む。


いつもと同じはずなのに、なんだか妙に音羽の存在を感じる。


「いただきます」


箸を取り、麺をすする。


ツルッとした喉越しと、コシの強い麺。冷たいスープが酸味と辛味のバランスが絶妙で、暑い日にぴったりだ。


「うまい! 麺のコシがすごいな」


「盛岡冷麺は麺が命なの。専門店から取り寄せたのよ」


音羽は嬉しそうに微笑む。


その笑顔を見て、少しだけ視線を逸らしてしまう。


「スープも手作り?」


「ええ。牛骨でしっかり出汁を取って、冷やしてあるの」


「そこまでやるのか……すごいな」


「そういえば、イヤリングも新しくしたの?」


音羽が俺の耳を見ている。


「ああ、イヤーカフとセットで新作買ったんだ」


「へえ。おしゃれね」


「まあな。学校じゃ禁止だから、休みぐらいしかつけられないけどな」


「成島くん、おしゃれに気を遣ってるのは知ってたけど、今までうちには付けてきていなかったわね?」


「当たり前だろ。掃除の日はひっかけたり落としたりしないようにしてる」


音羽はくすりと笑った。


「あなたのおかげで付けてきても大丈夫なぐらい綺麗になったわね」


その言葉に、ついついこちらも笑ってしまう。


「えー? またあの状況に戻るんでしょう?」


なんだか軽口で返してしまった。


「成島くん、当たり前のことを言わないで」


音羽がとんでもない返しをしてくる。


「そんなことないわって言って! そんなことないわって!」


「そう。仕方のないことだわ」


「仕方なくないだろ」


軽口を叩き合う。


いつもと同じやりとり。


なのに、音羽の声が、表情が、脳裏に焼き付いたような気分だ。


「成島くん?」


「ん?」


「ぼーっとしてるわよ」


「あ、いや……ちょっと暑くてさ」


「そう? エアコンは効いてると思うけど」


「ああ、大丈夫」


俺は慌てて首を振る。


音羽はぱちくりと瞬きをすると、何も言わずに食事を続けた。



食事を終え、二人でソファに座る。


いつもならここで少し雑談をして、俺は帰る。


「……そういえば」


音羽が静かに呟く。


「ん?」


「明々後日も掃除、よろしくね」


「ああ、わかってる」


「三日に一度だから、ちょっと忙しいかもしれないけど」


「まあ、どうせ暇だし」


俺はそう答えた。


音羽は少し微笑む。


「髪、本当に似合ってるわよ」


不意に言われて、少しだけドキッとする。


「あ、ああ……ありがとう」


「じゃあ、また明後日」


「ああ」


俺は立ち上がり、玄関へ向かう。


扉の前で振り返ると、音羽が見送っていた。


「気をつけてね」


「ああ、じゃあな」


扉を閉め、俺は夏の日差しの中を歩き出す。


——意識してしまう。


音羽のこと。


これがどういう感情なのかはまだわからない。


何か決定打があれば……


ポケットの中のスマホが、少しだけ重く感じた。



最後までお読みいただきありがとうございます。

盛岡冷麺美味しいですよね、関西だとコンビニ以外で食べるのはそこそこ貴重です。

スイカが乗ってる以外はとっても大好き。

でもあのスイカがきっと大事なんだろうな。

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