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第二部:異変と深海への誘い

■ 最初の不協和音


空飛ぶ浮遊船での時間は、まるで最高のゲームイベント会場にいるかのようだった。

俺たちは、スタッツマン、メドウス、マッカルモントと完全に意気投合し、次々と新しいアトラクションやゲームを攻略していた。

スタッツマンの豪快なプレイ、メドウスの的確な分析、マッカルモントの予測不能な行動、そして俺の状況判断。それぞれの強みを活かした連携は、現実離れした空間での「ゲーム」を何倍も楽しいものに変えていた。


「くっそ! もう一回だ! 今度は絶対勝つ!」

スタッツマンが悔しそうに叫んだのは、船内の一角にある個室タイプの最新VRゲームブースで、対戦格闘ゲームに興じていた時だった。

目の前には、筋肉質なキャラクターを操作するスタッツマン。

俺はスピードタイプのキャラクターで、彼の攻撃を巧みにかわしながら隙を突く。

「おらおら、スタッツマン、その動きは読めてるぜ! いつも右にステップする癖、直しとけって言っただろ!」


VRゴーグル越しだが、スタッツマンの熱気が伝わってくる。

彼は顔を真っ赤にして、コントローラーを握る手に力がこもっている。

「うるせぇ! わかってても止められねぇんだよ! 今度こそ! これで終わりだ! 食らえぇぇぇ!」

必殺技らしき大振りの攻撃を仕掛けてくるスタッツマン。読み通りだ。カウンターの準備に入る。


「もらった! スタッツマン、どんまい!」

俺がキャラクターを動かし、技を繰り出そうとした、その瞬間だった。

ゴンッ!

それまで静かに浮遊していた船体が、何かに衝突したような、あるいは内側から何かが弾けたような、強い衝撃と共に大きく揺れた。

そして、低く唸るような、これまでとは全く異なる、不快な異音が船全体に響き渡る。


「うわっ!?」

スタッツマンがバランスを崩し、俺も思わずコントローラーを握りしめる手に力が入った。

同時に、VRゴーグル内の映像が激しく乱れた。

画面が砂嵐のようになり、ノイズが走る。キャラクターのモデルが崩壊し、まるでゲームがフリーズした時のように映像が停止した。


「バグか!? 重い処理が入ったのか!?」

スタッツマンが混乱した声を上げる。

「いや、この揺れは…船体からだ! ゲームの処理落ちじゃない!」

俺がそう言った時、視界が強制的に暗転した。

VRゴーグルが自動的に終了したのだ。


ゴーグルを外し、俺とスタッツマンは顔を見合わせた。

個室ブースの外からも、小さく悲鳴のような声や、動揺した声が聞こえてくる。

「…おいおい、今の揺れ、やばかっただろ、ヴァン!」

「なんだ、この音…ゲームの演出じゃねぇぞ!」

スタッツマンの顔には、ゲーム中の熱気は消え失せ、明らかな焦りと不安が浮かんでいた。俺も同じだ。

先ほどの揺れと異音は、ゲームの不具合などではなく、物理的な何かが起こったとしか思えない感覚だった。



■ 周囲との乖離


異変を感じた俺たちは、慌てて個室ブースから飛び出し、メインロビーへと向かった。

一体何が起こったのか、他の参加者たちはどうしているのか、確認する必要があった。

しかし、メインロビーに戻った俺たちが見た光景は、信じられないものだった。


さっきまでの揺れや異音など、全くなかったかのように、他の参加者たちはゲームアトラクションを楽しんでいたり、談笑したりしているのだ。

VRゴーグルを着けて何かに没頭している者、ゲーム筐体でスコアを競い合っている者、ソファでスマホを見ている者。皆、平静そのものだ。

「…は?」

スタッツマンが呆然とした声を上げた。

俺も目を疑った。

さっきの衝撃と音は、明らかに全員が感じるレベルのものだったはずだ。


「おいおい、マジかよ…!」

「なあ、お前ら! 今の揺れ、感じなかったのかよ!? なんか変な音もしなかったか!?」

スタッツマンが近くにいた参加者グループに詰め寄るように尋ねた。

彼らはキョトンとした顔でスタッツマンを見返す。


「え?揺れなんてありましたっけ?」

「なんのことですか?ゲームに集中してて気づきませんでした」

まるで、俺たちの感じたことが幻想だったかのような反応だ。

平田も、ロビーの端にいつものように無表情で立っているだけだった。

俺たちの動揺にも全く反応しない。


「…ヴァン…これ…」

「ああ…スタッツマン…」

俺はスタッツマンと顔を見合わせ、この状況の異常さを確信する。

他の参加者には感知できない、あるいは感知したとしても何らかの理由で無視している「異変」が、この浮遊船の中で起こっているのだ。

俺たちだけが、この「異変」の側に立たされているような、そんな感覚に陥った。



境界ボーダーラインの崩壊


何が起こっているのか理解できないまま、俺は本能的に窓の外に目を向けた。

空の景色は変わらず、青く、雲が浮かんでいて、美しい。

だが、よく見ると、何かがおかしいことに気づく。

遠くの雲や地平線。

よく見ると、同じ形の雲が不自然に繰り返されている。

山並みの稜線も、どこかテクスチャの継ぎ目が見えるような、不自然なパターンだ。


「…これ…まるで…」

鳥肌が立った。

まるで、ゲームの背景アセットを見ているかのようだ。

遠景のディテールが粗く、限られたパターンが繰り返されている。

さっきまで、あんな風に見えていただろうか? いや、もっと自然だったはずだ。


俺がその不自然さに気づいた、その時だった。

ドンッ!! ガガガッ!

先ほどとは比べ物にならないほど、強烈な衝撃が船体を襲った。

物理的な衝撃。

何か強固な「壁」に、高速で突っ込んだかのような。

船内中に軋むような音が響き渡り、照明が一瞬明滅する。


「うわあああ!」

悲鳴にも似た叫び声が上がる。

今度の衝撃は、他の参加者も確実に感じたようだ。

彼らの顔から平静が消え失せ、パニックの色が浮かぶ。

そして、窓の外の景色が、一瞬にして塗り変わった。


青かった空は、まるでゲームのグラフィックが一気に切り替わったかのように、瞬く間に消え失せた。

代わりに視界いっぱいに広がったのは、どこまでも続く、深い青色だった。

「なんだこれぇぇぇ!?」

「空が! 空がなくなった!?」

窓の外は、大海原だった。

それまで見上げていた雲はなく、眼下には広大な水面が迫っている。

浮遊船は、空中で何かを突き破った後、急速に高度を下げていたのだ。



深海アビスへのダイブ


浮遊船は容赦なく高度を下げ続け、巨大な水しぶきを上げて海面へと突入した。ゴーッという水の音が響く。

普通の乗り物であれば、この衝撃で大破してもおかしくないだろう。

だが、浮遊船は激しい水しぶきを上げながらも、信じられないほど船内の揺れが少ないまま、海の中へと沈み始めた。


窓の外の青色は、深くなるにつれて濃い紺色へと変わっていく。

船内に差し込む光も弱くなり、薄暗くなっていく。

明らかに海中を進んでいる。

パニックを起こしかけた参加者たちだったが、ここで再び信じられない光景を目にする。

平田が、何事もなかったかのようにアナウンスを始めたのだ。


「皆様、ご安心ください。この乗り物は、海上航行および水中潜航性能を備えています。目的地は深海にございますので、このまま潜航を続けます」

淡々とした、感情の読めない声。

まるで、単なるルート変更を告げているかのようだ。

そして平田は、スタッフに指示し、参加者たちに何かを配り始めた。

それは、一人一人に手渡される、見慣れないデザインのゴーグルだった。


「またゴーグルかよ…さっきのVRとは違うみたいだけど…」

スタッツマンが警戒したように呟いた。

配られたゴーグルは、VRゴーグルほど大袈裟ではないが、スポーツ用ゴーグルとも違う、未来的で密閉性の高そうなデザインだ。


「この先は特殊な環境となります。皆様には、こちらの環境適応ゴーグルを装着していただきます。指示に従い、速やかに装着してください」

平田の指示は冷静だが、有無を言わせぬ響きがあった。

そして何より驚くのは、他の参加者たちが、さっきまでのパニックが嘘のように、落ち着いた様子でゴーグルを受け取り、装着し始めたことだ。

まるで、事前にこうなることを知っていたかのように。


「おい、ヴァン、これ、マジでやばいって! 何でみんなこんなに落ち着いてんだよ!」

「訓練されてんのか、こいつら!?」

スタッツマンが小声で俺に訴えかける。

俺も困惑していた。

さっきの景色が一変した衝撃は、間違いなく全員が感じたはずなのに。

なぜ、この異常な状況をこうも簡単に受け入れられる?


「スタッツマン、落ち着け。分からない…でも、この状況で騒いでも仕方ない。何か目的があるはずだ…ゲーム攻略みたいに、状況を分析するしかない」

俺は自分にも言い聞かせるようにそう言った。

そして、平田からゴーグルを受け取り、手に取る。

表面はつるつるしており、冷たい感触だ。


「このゴーグル…環境適応って言ってたけど、単なる視覚補助じゃないな…きっと、何か情報処理をしてる…」

メドウスやマッカルモントは、この時点で俺たちの近くにはいなかったが、彼らもまた、このゴーグルを手に取り、同じように困惑しているだろうか。

いや、メドウスなら、このゴーグルの機能を真っ先に分析しようとしているかもしれない。

マッカルモントなら、この状況を

「海中ステージ突入かよ! 面白くなってきた!」

などと、どこか楽しんでいるかもしれない。

意を決し、俺はゴーグルを装着した。視界がゴーグルのレンズ越しになる。まだ何も変わらない。



■ ゴーグルが見せた異界


ゴーグルを装着して数秒後。

暗く、何も見えなかったゴーグル越しの視界が、一瞬にして鮮やかに「点灯」した。

そこにあったのは、俺が知っている「海中」とは、全く異なる光景だった。


深海特有の暗く冷たい青や黒の世界ではない。

驚くほど明るく、色鮮やかな世界が広がっていたのだ。

海底には、自然の地形とは思えない、巨大な構造物が林立している。

SF映画に出てくる未来都市のような、あるいはファンタジーRPGに出てくる古代文明の遺跡や海底神殿のような、人工的な建造物だ。


光を放つ植物らしきものが生え、見たことのない形状の生物が、まるでゲームのNPCのように、建物の間を悠然と、しかしどこか不自然なほど規則的に泳いでいる。

「うわぁっ…!!」

スタッツマンから驚愕の声が漏れる。

他の参加者からも、再びどよめきと、感嘆とも困惑ともつかない声が上がった。

彼らも、この光景を見てようやく、これが「ただ事ではない」と理解したようだった。


「なんだこれ…! なんだよこの海の中…!」

スタッツマンが窓に張り付くようにして叫んだ。

俺も、言葉を失っていた。これは、現実の深海ではない。

かと言って、完全にVR空間だとも思えない。

物理的な揺れや衝撃は間違いなく現実だった。だが、この視界は…?


「まるで…まるで別のゲームの世界だ…!」

「海底神殿…? いや、こんな技術、現実にあるのか?」

思考が追いつかない。

あまりにも非現実的すぎる光景だ。

しかし、このゴーグルを装着することで、この光景が見えている。


メドウスの言っていた「情報処理」とは、こういうことなのか?

海中の環境を、何らかのデータに変換して見せている?

あるいは、このゴーグル自体が、この「ゲーム」におけるHUDや視覚フィルターのようなものなのか?

船内は静まり返り、参加者たちは皆、窓の外に広がる異様な海中世界に釘付けになっていた。


空飛ぶ船が海に沈むという異常事態を乗り越え、辿り着いた場所は、想像を遥かに超える未知の領域だった。

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