7 果てに先にあるもの
「おはよう、春さん・・・よく眠れた?」
「朔夜君のおかげでぐっすりと・・・冬君はまだ寝てるのかな?」
「それは、もう・・・って、春さん?」
つい釣られる様に口を滑らせた朔夜の驚く顔を眺めた春子は微かに口元を緩め笑みを浮かべる。
「初めましては、嘘? 朔夜君と初めて会った時凄く驚いてたし、何となく様子もおかしかったから、ごめん・・・知られたくなかった?」
「・・・・・呑気に言って良いの? オレは昨日、妻になったはずの人の弟と寝てたんだよ?」
「冬君、高校の時良くお泊りしてたの。恋人ができたんだって少し嬉しかったのに、大学入ってぱったりお泊りも消えて冬君も何となく元気なくなってた・・・・・なのに、朔夜君と再会した頃から復活したから、ごめん! 何となく、想像してた」
「それで・・・・・冬凄いシスコンだから、責めるならオレだけにしといてよ! オレが迫ったからあいつは・・・・・」
「それでも相思相愛? なら責めないし嫌わないよ。冬君が傷つくのは私も嫌だから、せめて表向きだけでも私を大事にしてくれるなら、二人の事にも何も言わないよ」
「・・・・・春さん?」
「言ったでしょ、最初に・・・すごく好きな人がいるって。 だけど、その人親友の恋人で二人の結婚が秒読みだって言われてたから、なのに手を伸ばしてくれた彼のその手を取ってその日から私は凄く後悔したの。だって私は結局彼の浮気相手で本命になんかなれない・・・・・だから、冬君には幸せになって欲しいの。未だにあれを引きずってる私みたいになって欲しくないの!」
真剣な表情で告げる春子に朔夜は思わず黙り込む。初めて会った時、確かに失恋したと言っていたけれど、まさか恋人のいる相手と付き合っていたとは思わなかった。そんな恋愛をしていた、そんな風には見えなかったから。
「そんな相手別れて正解だよ! そんな酷い男の事なんていつまでも引きづる姉ちゃん似合わない・・・・・って僕・・・」
次に掛ける言葉に躊躇う朔夜の背後から聞こえた声に振り向くとそこにはどこから話を聞いていたのか拳を握りしめ立つ冬樹がいた。
「冬君、おはよう・・・・・話、聞いてたの?」
「ごめんなさい、幸せになれるはずだったのに、ボクが壊して・・・」
「冬! どこから?」
座れと隣りの椅子を引き促しながら問いかける朔夜に冬樹は「”責めるなら”かな?」と小さく呟き椅子へと大人しく座り込む。
「冬君、私は平気だし、冬君が幸せならそれだけで私は嬉しいんだよ?」
「・・・・・ボク、朔夜ちゃんも姉ちゃんも大好きなのに、なのに・・・」
「冬、出来ることならあるよ、俺たちにしかできない事!」
安心させるように肩を抱き寄せその背を撫でながら朔夜は耳元へと告げる。不思議そうな瞳を向けてくる冬樹に笑みを向けた朔夜はそのまま春子へと目を向ける。
「俺たちは互いを大切にしてるけど、もちろん春子さんも俺たちにとっては大切な人だから邪険にしようなんて思わない。 だから、女性の中では一番大切な人、それだけでも良いと思う、だろ、春子さん!」
「・・・・・それは・・・・・」
戸惑い呟く冬樹は朔夜から春子へと目を向ける。その視線に気づいたのか春子は笑みを深める。
「私はそれが良い。 女性の中では一番だなんて嬉しいじゃない! 私があなた達よりもっと大切な人ができるその日まで、よろしくね」
嫌悪も侮蔑の視線も言葉も感じられない春子に冬樹は姉が自分たちの全てを本当に認めてくれるんだと改めて認識した。優しさが溢れる言葉に胸が詰まる。
泣きそうになりそうな冬樹の背を撫でながら朔夜は春子へと笑みを向ける。
「是非、その時まで大切にします」
「よろしくね、冬君、朔夜君!」
崩れる事のない笑顔に優しく告げるその言葉に冬樹はこくこく、とただ頷く。
そうして冬樹は願う。
彼女が世界で一番幸せになれる相手とすぐにでも出会える事を心からそう願う。
誰もが祝福の言葉を告げる鐘の音が響くのはそれから数か月後の事。
幸福に包まれた姉の笑顔に涙が止まらなくなるその日が冬樹の世界に新しい鮮やかな色をつけた日でもあった。
短いですが、これにて冬樹の章は完結であります。
お付き合い下さってありがとうございました!




