5 堕ちていく
玄関先呼び止められ振り向く冬樹の手を取り朔夜はにっこり、と笑みを向け告げる。
「冬、これ、持っていけよ」
掌に落とされた硬く冷たい金属がこの部屋の鍵である事に戸惑う顔を向ける冬樹の視線に気づかないのか朔夜は自分の携帯を取り出す。
「赤外線とかついてる? ついてないなら、番号とメアド教えて!」
「・・・・・朔夜、これは・・・・・」
渡された鍵を握り締めたまま呟く冬樹に朔夜は携帯へと向けていた顔を上げると笑みを浮かべる。
「これは、貰えない! これは姉さんに・・・・・」
「オレは冬にあげたいんだよ、悪いと思うなよ。 ほら、番号教えて、暇になったら即効電話して良いから・・・・・ね?」
まだ戸惑っているのか俯く冬樹の顔を上げ、朔夜はその唇へとキスを送りながら告げる。
「ボク、まだ学生だから、自由もきく・・・・・すぐに会いに行けるよ!」
鍵を握り締め、冬樹は真っ直ぐに朔夜を見上げ声を少し張り上げる。
「すぐに、って・・・・・真夜中や明け方、真昼間でも?」
「電話くれたら、メールでも良い。 すぐにでも行くから、ここで待てば良い?」
「そこまで常識無くないよ、オレは・・・・・でも、もうすぐ冬休みだよね、じゃあ、昼間とか良い?」
こくこく、と思いっきり頭を縦へと振る冬樹に朔夜は笑みを深くする。
「ねぇ、冬。 もう少し、ここにいろよ!」
「え? でも・・・・・姉さん・・・・・・」
「途中で会いましたって送ってやるから、ほら、靴脱いで、こっちにおいで・・・・・」
冬樹から離れると朔夜は両腕を大きく広げる。
そんな朔夜に少しだけ躊躇い戸惑う、冬樹は靴を脱ぐとふらふらと差し出すその腕の中へと収まる。ゆっくり、と抱きしめられ、その腕の中、冬樹はそっと微かな息を零す。
いけない事だと正しくない事だと理性では分かっているのに離せないモノや人がいる。
本能で求めるのは人間とは呼ばない、獣だとどこかの本に書かれていたのを冬樹は何となく思い出すけれど、それでも、自分に嘘をつく事が人間とは思いたくなくて、正直に本能だけで生きている獣に成り下がってもそれが羨ましいと思えてしまうそんな時が確かにある。
一番欲しいと願ったモノを手に入れる代償はきっと大切な人を傷つける事。
それでも、欲しかったのだと、誰かに認めても欲しかった。
温もりに包まれる中、冬樹は一人哲学もどきを語る自分を夢に見る。
そうありたくない字文を自分自身に諭され、語られる夢に目覚めの悪いだろう朝を子m返るこれから思うと苦笑しか浮かばない。
「冬?」
沈黙が気になったのか、少しだけ顔を近づけ問いかけてくる朔夜に冬樹は微かに頭を振りかけ近づく顔をじっと見つめる。
「朔夜は後悔しない? ボクとこうしている事・・・・・・」
何かを考えこんでいた冬樹のその問いかけに朔夜は口元を緩め笑みを浮かべる。
それは朔夜にとっては最愛の人となる予定であった、冬樹にとっては今も大切で大事な家族である彼女を裏切る自分達の心の迷い、不安、隠せない戸惑い-----------冬樹を抱きしめ直した朔夜は共犯者になった愛しい人を一人きりで悩ませないために今の自分の本音を吐き出す為に息を整える。
「後悔する暇が無いくらい冬樹を愛しているから、これからも・・・・・一人じゃ無理でも二人でいる事で強くなろう。」
「・・・・・・朔夜・・・・・・」
「今でもまだ春子さんを好きだと思う、けど、冬樹を二度とオレは離したくないんだ----------オレといるの嫌? 実の姉を裏切るのは怖い?」
息がかかるほど更に顔を近づけ問いかける朔夜に冬樹はただ大きく頭を左右にぶんぶん、と振る。
「嬉しい、よ…思って思われて・・・・・姉さんを騙してでも欲しかった。 あの人と結婚しても隣りにボクが立てる時間があるなら、それで良い!」
「冬樹。 あの人と・・・・・結婚、か。 今すぐオレは二人きりの世界に逃げたくなるよ・・・・・」
「・・・・・朔夜・・・・・」
「でも、実際に話は進んでいるし、今更どこにも逃げる場所なんて見当たらない・・・・・だから、きっと二人でいる今が現実逃避なのかもな・・・・・」
ぽつり、と呟く朔夜に冬樹はただ笑みを浮かべる。
返す言葉の一つも浮かばなかった冬樹は笑みを浮かべたまま、朔夜の胸元へと顔を寄せた。
二人でいる時間が日々増えていくのを冬樹は感じる。
再会して、思いを確認してからの逢瀬も今日で何回目なのか数える事は当に止めたので分からないけれど、日々生活の匂いを取り戻していく朔夜の部屋の中お気に入りになったソファーに寝転がり冬樹はぼんやりと考える。
主のいない部屋にすんなりまるで自分の部屋の様に寛ぎながら、毎日、この部屋に通い、たまには食事を作り部屋を片付け、そして今日の様にぼんやりと部屋の主を待っている。
『幸せ』という名のかりそめの生活を朔夜と二人で作りだす毎日への罪悪感がどんどん薄くなっていく。
子供のままでいる事は出来ないけれど、大人として常識を見る事も止め、今日も冬樹はこの世で一番大切な家族を裏切り、愛する人を待つ愚かな恋に溺れる若者だった。
「ただいま」
扉を開き入ってくる男の声にソファーに寝転んでいた冬樹はおもむろに起き上がると声の出た場所へと向かう。
「お帰りなさい・・・・・・今日もご苦労様です」
腕を広げてくれる朔夜へと抱きつき冬樹は耳元へと呟く。
すぐに顔中に降ってくるキスの温もりと抱きしめる腕の温もり。
「新婚家庭なら、この後はお決まりの文句が出るのに、ごめん、ボク、何もしてない」
唇へとキスを返し眉を八の字にして呟く冬樹に苦笑した朔夜はただぎゅっ、と抱きしめてくる。
他の言い方を思いつかないから直接話法、他人には聞かれたくない事でも二人きりの部屋だからごまかす必要も偽る必要も無いのだから、伝えるべき言葉ははっきり口に出す。
「朔夜、ご飯は?」
「・・・・・いいよ、後で。 それより、こっちが大事だろ?」
それでも、少しだけ戸惑う冬樹を朔夜は強引にソファーへと押し倒し、窮屈に縛ったねくたいを自力で緩めながら、唇へとキスを続ける。
「お腹、空いてない?」
「後で・・・・・冬、良い子にして・・・・・」
「ボクはいつも・・・・・・」
「良い子なら黙ってて! こうしたくて、どうしようもなかった!!」
ねくたいをさっさと取り外し床に投げ捨てた朔夜は冬樹の服を器用に脱がし、露になった素肌にも何度も唇を寄せてくるから、冬樹はそっと息を吐き、その背へとおずおずと手を回した。
会えば必ず体を合わせるのが当たり前になっている。
毎日通っているのだから、必然的に行為も毎日。
それでも嫌々ではなく同意の上の事だから、冬樹は今日も朔夜の腕の中、甘い声で啼く。
もうすぐ、姉の夫になる男に冬樹は身も心も囚われ、止める事すらできなかった。
結婚の話しは順調に進んでいる。
毎晩訪れてくれる朔夜と共に囲める夕食の時間が持てて、何も知らない春子は純粋に喜んでいる。
そして、大切な家族である弟と義理の兄弟になるはずの朔夜の仲が最近良くなった事を純粋に喜んでいる春子に冬樹は流石に罪悪感が湧くけれど、表情を取り繕う事にも慣れてきた。
結婚を喜び、純粋に姉の幸せを祝う弟、そんな自分の立ち位置を崩さない様にと会話になるべく口を挟まず、笑みを浮かべ取り繕うそんな自分に内心溜息を零すけれど、春子には知られたくない。
一緒にいる覚悟は出来ていても、まだ春子を傷つける覚悟は持てていなかった。
そんな冬樹に気づいているのか、春子のいる時は当たり障りの無い会話を朔夜はたまに振る程度でいてくれた。
「姉さんは?」
「風呂に行ったよ。 泊まっていけって強引に押し切られた。 春子さんのあの強引な性格だけは似てないよな?」
「・・・・・あれでも社会人歴長いから、女だからって、甘えさせてくれる仕事をしてないから、強いんじゃないのかな?」
「なるほど。 まぁ世間は年々厳しくなるからな・・・・・・・冬、行っていい?」
「姉さんの部屋には?」
「他人でありたいから、結婚前だからって客室用意された・・・・・だから、冬、返事」
「・・・・・・部屋、分かる?」
黙して語らずただ頷く朔夜にそっと身を預けた冬樹はそっと指で丸を作る。OKだと分かり、朔夜は笑みを浮かべるとさっきから賑やかなテレビへと目を向けると無言で指を伸ばしてくる。きゅっ、と指を絡められたのが分かり、冬樹は微かに息を吐く。
途端に聞こえてきた足音、だけど外される事の無い指はまだ絡まったままで、冬樹は気づかれる事が無いだろうかと、ドキドキと早まる胸の音を感じながらも離す事は出来なかった。
しん、と静まりかえる部屋の中、ひっそり、と息を殺して何度もキスを繰り返す。
朔夜が冬樹の部屋を訪れたのは深夜の一時を当に過ぎた頃。
冬樹は春子が寝ているのかどうかが気になり、何度も交わされるキスの合間も心なしか目がおどおど、と辺りを見回している。
「・・・・・大丈夫。 「おやすみ」の言葉を交わしてから、二時間以上経ってる。 寝てるはずだと思うけど、声はなるべく我慢して、ね。」
思わず声をあげそうになる口を手で抑えこみ耳元でひそひそ、と囁く朔夜に冬樹はただこくこく、と頭を振り頷く。
そうして、先ほどから、息を吐く間もなく繰り返し交わされるキスへと話は繋がる。
舌を絡める濃厚なキスを交わし同時に服の上からなぞるように肌を何度も手が伝う。ゆっくり、となるべく物音を立てない様に交わされる緩やかな行為のはずなのに、だからなのか冬樹の息がすぐに上がる。
朔夜の首と肩へと手を回し、きつく服を握り締める冬樹はキスに息も絶え絶えだ。
「大丈夫だから、落ち着いて・・・・・・ね」
「・・・・・んっ、朔夜・・・・・朔夜・・・・・」
囁く朔夜の声に必死に声を噛み殺しかすれた声で名を呼ぶ冬樹を深く抱きしめ背を撫でながら、朔夜は次のステップに進むために少しでも落ち着かせようと何度も唇を合わせる。
冷静に宥めているはずの朔夜が実はかなり興奮していたのだと冬樹が気づいたのは互いの服を脱がす時。
「朔夜・・・・・」
「・・・・・興奮しない方がおかしいだろ? スリルだけじゃない、別の意味でドキドキしてる・・・・・」
「・・・・・・うん、ボクも・・・・・・」
弁明する様に呟くその声に頷く冬樹を朔夜は抱きしめなおすと何度も続けるキスをまた送る。
いつもより、静かに---------そう、互いに意識しているのか、いつもより交わす言葉は少ないのにやたらとキスを交わす回数だけが多い。
服をするする、と脱がされ、舌と指で愛撫され冬樹は両手を朔夜の背に回したまま唇を噛み締める。
「最後まで、いくよ?」
乱れる息を堪える冬樹の耳元にそっと告げた朔夜は自分の服を手早く脱ぐと再び身を寄せてくる。
「冬、噛まないで、ちゃんと、塞ぐから」
ぺろり、と噛み締める唇を舐めながら告げる朔夜に力を少しだけ抜いた冬樹はすぐに侵入してきた舌を一気に受け入れる。息をも飲み込むほど深いキス、同時に探られた場所は一番深く互いが繋がる場所。びくり、と体を揺らす冬樹の唇をキスで塞いだ朔夜は何度か指でそこをたっぷり、解し、躊躇う事なく一気に身を沈めてくる。
「---------------っ!!」
声にならない叫びは朔夜の口の中で弾ける。
縋りついてくる手を握り締め、ちろちろ、と怯える舌を何度も絡め合わせた朔夜は冬樹が落ち着くのを待ち唇をやっと離した。
「冬、平気?」
「・・・・・・うん、動いて・・・・・平気だから・・・・・」
「愛してる、冬」
「ボクも、朔夜を・・・・・」
汗で張りついた髪の毛を払いながら、労わる様に覗き込む朔夜に冬樹は微かに笑みを浮かべる。その顔に再びキスの雨を降らせた朔夜はゆっくり、と腰を動かしだした。
いつもの倍、互いの息遣いがやけに響く夜だった。
久々の投稿になってしまいましたが、次の次くらいで終われるはずだと予想しつつ今回はこの辺で。
お読みいただきありがとうございました。




