4 熱情
息を貪るほどの深いキスを受けながら、冬樹は必死に朔夜を引き剥がす。
「待って・・・・・部屋で・・・・・」
「ダメ! 部屋まで持つかよ!!」
躊躇う冬樹を座席に押し倒し耳元で低く熱の篭った息を吐き出しながら告げる朔夜の声に背筋にぶるり、と悪寒が走る。
「・・・・・人が来たら・・・・・」
「見られても良いよ、冬が欲しい、愛してる・・・・・冬、もっと声、聞かせて・・・・・」
戸惑いが消せないまま服の中を弄るその手に抵抗ができない冬樹はおずおずとその背へと腕を回す。
ぎゅっと握った背を掴みながらも眉を顰めるそんな冬樹に朔夜は何度も顔へとキスを送る。
狭い車内で始める事じゃないのは充分朔夜だって分かっているけれど、男にしては細い腰を引き寄せ首筋へと顔を埋めた朔夜に冬樹は困った顔をしながらも、与えられる温もりは嬉しいのか次第におずおずとキスに答え出す。
ここはベッドでも、二人きりの部屋でもない。
いつ誰が通るか分からない、不自然に揺れる車の中を覗き込まれたら困るのは自分達だと分かっているのに、一度触れた温もりを離す事など朔夜には出来なかった。
もっと深く、より奥まで、ぴったりと繋がる為に邪魔な衣服を剥ぎ取る場所が車内である事は行為に没頭しだすと、すぐに頭の隅へと押しやられた。
苦痛と快楽が両極端だけれど同じ位置にある事なのだと、冬樹は高校二年の時に知った。
初めて他人と繋げた体、間違っている行為。
だけど、それでも、他人と深く交わるその行為に冬樹は感動した。同じ機能を持っているはずのその体を繋げる行為は非人道的だと後ろ指をさされてもおかしくないのだと分かっていても、初めて他人の温もりを知った感動だけはずっと記憶に残っているだろうとその時思った。
形にできないものを形にするため、もしくは言葉で現しきれない何かをもっと深く伝えるために繋げる体。
それは、「純愛が」とか「プラトニックが良い」とか騒いでいる人達には決して味わえない至福の時。
互いの鼓動を素肌ごしに感じ、すぐ間近に感じる熱も掛かる息も全てが愛おしい、と思えるそんな感情を与えてくれる。
そう、愛おしい、そんな感情を与えてくれた。一番好きな人と交わる事のできる人の体の神秘。
何度も与えられるキスに酔いながら、体中に熱を深く与えられ、冬樹を潤む目をこじ開け、上に乗る人を見つめる。熱く吐き出される吐息交じりの低い声で何度も囁かれる自分の名前、額に浮かぶ汗、自分の体を包みこむ温かい胸から響く同じ様に高鳴る鼓動。緩やかに動かされるから、少しだけ心に余裕が出来て、じっくりと真上の朔夜を見上げられる冬樹はほっ、と熱い息を零す。
そうして、視線に気づいた朔夜は微かに笑みを浮かべると冬樹へと顔を近づけてくる。
触れ合う唇から、体中から伝わる熱に冬樹は身を任す様に瞳を閉じた。
車からふらふらな体を支えられながら降りた冬樹はそのまま朔夜にほとんど抱えあげられエレベーターへと向かう。
一度点いた火はそう簡単に消える事はなく、エレベーターの中、互いの瞳が合った瞬間唇は何度も奪われる。奇妙な上昇感を感じるエレベーターの中、抱えられたまま何度も冬樹は朔夜とキスを交わしながら、指定した階に止まったエレベーターを降りた時にはもともと落ち着いてはいなかった息は更に荒くなっていた。
そんな冬樹をほとんど抱えたままの朔夜はひとつの扉の前で足を止めると無造作に扉を開き中へと足を進める。
何度も来た事があった。記憶の中、思い返した部屋の様子と見回す部屋の中にたいして違いは無い気がするけれど、どことなく違和感を感じ冬樹は思わず眉を顰める。
「・・・・・冬?」
「あ、っと・・・・・ごめんなさい・・・・・その・・・・・」
「変? 人が住んでる部屋じゃない?」
言葉を濁す冬樹を部屋の真ん中に置いてあるソファーへとゆっくり、と降ろしながら告げる朔夜の声に冬樹は驚いた顔のまま彼を見上げる。
言われて初めて気づく。
黒一色で統一された部屋の中にはテレビとビデオもそれを置いてあるローボードも黒、ソファーも黒の皮張り。リモコンと煙草の置いてあるテーブルは硬質なガラステーブルだから、部屋には寒々しい雰囲気が流れている。辺りには雑誌の一つも見当たらない。床はフローリング、だけど黒いラグがひかれているから冷たさだけが強調される。もっと昔は至る所に生活している物が溢れていた気がしたのに、今同じ場所にいるはずなのに、たった一部屋だけを見ただけだけど、モデルルームにいるみたいで少し落ち着かないまま冬樹は口を開く。
「あの、物で昔は溢れてたと思ってたのに・・・・・その、でも・・・・・」
何とかうまい言葉を見つけようとする冬樹の頭をぐりぐり、と撫でた朔夜は隣りへと腰を降ろし冬樹をぎゅっ、と抱きしめる。
「・・・・・朔夜?」
「冬が感じさせて、オレがここで暮らしてるって・・・・・帰って寝るだけの部屋を変えて・・・・・」
抱きしめた冬樹の耳元へとそっと囁く様に告げる朔夜を冬樹は何も言えないままただ抱きしめ返した。
抱きしめられているのに、まるで縋りついてる様な朔夜の頭へと手を伸ばした冬樹はゆっくり、とその頭を撫でる。
「仕事をする様になったら、外食しかしなくなって・・・・・部屋に帰るっていうより、寝に帰るそれだけになってた・・・・・」
ぽつぽつ、と語り出すその言葉に冬樹は更にきつく朔夜へと抱きつく。そんな冬樹を抱えながらその小さな肩に頭を摺り寄せた朔夜は話し続ける。
「いつの間にか、ただ寝るためだけの休憩所、ここはそんな場所になってた。・・・・・ここに戻ったら現実を突きつけられる・・・・・」
「・・・・・日々の暮らしは全部現実じゃないの?」
「現実、だよ。 不況だって散々言われているのに、仕事は楽じゃない。 仕事してる時はその事しか頭に無いのに、ここにいるとオレは一人だろ?」
「それは当たり前。 一人暮らしなんだから・・・・・」
「大勢の人がいる仕事場と違って、テレビ見てもビデオ見ても、音楽聞いてもそれが終わればここは静かすぎて余計に一人だって思い知らされる。」
「・・・・・朔夜?」
「一人になると思い出す。 忙しくて頭の隅に追いやれたはずの人。 初めてこの部屋に入れて、この部屋で触れた相手」
抱きかかえた顔を上げ言い聞かせる様に呟く朔夜に冬樹は何も言わない。
そんな冬樹の頬に手を伸ばし、ゆっくり、と撫でながら朔夜はゆっくり、と呟く。
「忘れるために部屋を片付けたのに、一人になると思い出す・・・・・・どんな風に触れて、どんな反応をしたのか・・・・・」
言いながら頬を撫でていた手がゆっくり、と下へと降りてくる。ズボンのベルトを外し、前を寛げる朔夜を冬樹はじっと見つめる。
「・・・・・オレを捨てた相手が幸せなのか、今どうしているのか・・・・・何度も思い出す。 触れ合った時の姿も声も温もりも・・・・・匂いも・・・・・・」
「忘れないで、忘れられないで良かった・・・・・だって、ボクも、そうされたくて・・・・・」
「冬!」
「・・・・・・忘れられなくて、毎日、毎晩思い出した。 どうされたのか、どうしたのか・・・・・姉さんの旦那になる人だって紹介されても、こうしたいって言われたら、ボクは、きっと・・・・・」
シャツへと手を伸ばしながら答える冬樹の言葉を遮る朔夜はその口を塞ぐ。
すぐにキスは互いの舌を絡める濃厚なキスへと変わり、互いの服を脱がしその肌へと触れ合う。
ソファーに押し倒され、ほとんどの服を床へと落とし抱き合う二人は何度もキスを交わしながら互いの顔を見合す。
「思い出させて忘れさせない。 二度と離さない、二度と否定の言葉は聞かないから・・・・・・」
「・・・・・・朔夜?」
「堕ちる所まで、堕ちても・・・・・離してやらない。 もう、戻れないなら、先に進むしか無いだろ? だろ、冬樹・・・・・」
「・・・・・・うんっ・・・・・・」
泣きそうな顔で頷く冬樹の体を腕の中抱きしめ直した朔夜は再びキスを送る。
交し合うキスは深く、舌を絡め唾液を啜り、そうして、互いの体へと手を伸ばす。
ソファーの上で再び火を点けた欲望は留まる事を知らず、互いの体を離す事が惜しいとばかりに、まるで初めて体を繋げた時の様に激しく熱く、長かった。
一度、バスルームへとシャワーを浴びるために向かったけれど、一度点いた火は消える事なく、脱衣所でも、浴槽の中でも外でも、冬樹は朔夜を受け入れた。何度も受け入れ、何度でも洗われたバスルームでも熱が冷める事なく、今までの飢えを満たすかの様に求め合う。体を拭く事さえもどかしく、離れている時間が惜しいとでも言うかの様に、濡れた体のままベッドへと縺れ合う様に倒れこみ、交わす会話もなく、ひたすらキスを交わし、抱き合う。
そんな飢えを満たすかの様な欲望がやっと落ち着いたのは夜がそろそろ明ける頃。窓の外に日が昇りかける頃、二人はぴったりと寄り添いあったままベッドの上、息を吐いた。
「冬、平気?」
「・・・・・うん、朔夜こそ・・・・・もう、若くないのに・・・・・」
「っ、バーカ・・・・・一つしか違わないだろ? だけど、何か、最高に凄かった・・・・・」
大きく息を吐き出し告げる朔夜に冬樹は顔を少しだけ赤くすると無言で頷く。
そんな冬樹を更に抱き寄せ朔夜はその赤い頬へと唇を押し付ける。
「これでも成長してるから、体力よりテクじゃね?」
「・・・・・何、それ。 中年男の言葉だよ・・・・・最高だったのは愛があるからだよ!」
「失礼な! オレには昔も同じくらいあったぞ!」
「・・・・・ちゃんと通じたからだと思う。 それに・・・・・」
「わかってる。 昔と違って、行為に対する考え方が良い方に一致したからだろ?」
言わなくても分かってくれる朔夜にこくこく、と頷いた冬樹はぎゅっ、と抱きつく。
「朔夜、大好き!」
「・・・・・愛してる、と言えよ・・・・・」
「愛してる!」
「オレも愛してるよ。 愛してる人にしかオレは触れられないし、オレを感じて欲しいのも、オレが触れたいのも、冬だけだよ。 だから、もっとずっと深く感じていて・・・・・」
告げると同時に甘く唇にただ触れるだけのキスを繰り返す朔夜に冬樹は抱きつく手に力をこめる。
それが濃厚へと変わるのに時間は掛からず、二人は何度目なのかもう数える事すらできない快楽の海へともう一度戻っていった。
R15だと思うのですが、どうでしょうか?
表現甘いな~と思いつつ、とりあえず、彼らに待っているものは何でしょうかね?




