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3 晴天の霹靂

3 晴天の霹靂


長い事ベンチに蹲っていた冬樹は聞こえてきた足音にそろそろと顔を上げ慌ててベンチから立ち上がる。


「帰ったんじゃ・・・・・・」

「そうするつもりだったんだけど、春子さんと会う予定があるから、ついでに送ろうかと・・・・・言うつもり無かったんだよな? 聞くつもりも無かったんだけど・・・・・」


歯切れ悪くぽつぽつ、と告げる朔夜の姿に冬樹は呆然と目の前に立つ男を見つめる。


「過去の事、ちょっと・・・・・・深く考えないで欲しい、です・・・・・」

「ねぇ、普通の相手、見つかった?」

「それは、その・・・・・すぐに見つかります、だから・・・・・」


近づく朔夜から逃れる場所も無く、思わず蹲る冬樹は必死にその場を取り繕う様に言葉を繋げる。

無理していると自分でも分かる。引き攣る様に浮かべる笑み、震える手を必死に抑えこみ冬樹は自分に呆れる。


「何で、座りこむかな? 過去の事なら過去形で、そして開き直れよ。 ほら、平気?」

差し出す朔夜の手を見つめ冬樹は必死に頭を振る。

「行って下さい! ボクは大丈夫だから、忘れていたはずなのに、ちょっと・・・・・だから、あの・・・・・」

「無理しないで、好意は受け取れよ! 他意や下心が無いから安心だろ? ほら、冬・・・・・捕まれって・・・・・」


「ボクは平気なんで、本当に大丈夫ですから・・・・・明日には平気になるし、今日はちょっと、姉ちゃんの結婚相手だって見せられたから、だけど、ボクは男だし、平気だから・・・・・」

「言い訳も弁解も過去だと割り切るならするなよ・・・・・男だから、何だってんだよ・・・・・」


支離滅裂な冬樹の言葉に朔夜はその言葉を途中で遮ると、両手を脇に伸ばし、有無を言うより先に立ち上がらせる。


「相変わらずの偏食? 前より身長伸びたのに、少し痩せた? 細くなりすぎだと、体格良い女に負けるよ?」

「・・・・・・あの・・・・・」

「ダメになるって、そういう意味かよ。 オレは女みたいだからでも、女の変わりにしたんでもなく、冬の体も心もしっかり男だって知ってて惚れたんだよ?」

「過去、の話です・・・・・よね?」


長い溜息を吐き淡々と告げる朔夜を窺う様に冬樹は小さな声で問いかける。


「どう、とれる? オレを振ったのお前だろ。 オレがまだ未練があろうと、この先、関係無い事だろ?」


にやり、と笑みを浮かべ告げる朔夜に冬樹は唇を噛み締め、俯く。そんな姿を見た朔夜は溜息を零しながら言葉を続ける。


「春子さんの一途なとこ羨ましかった。 オレは、普通に異性と恋愛したいと別れを告げる可愛い彼氏を引き止める術すら思いつかなかったから。『人は自分に無い物を補い高めるのがベストな関係』だってどこかで聞いた事あって、オレに無いものを持ってる春子さんが似合ってる、そう思った。」

「・・・・・高槻、さん?」

「男と女じゃ持ってるもんが違う。きっと男は女に足りないものを求めて、逆もまた然り。 引きとめ方なんて知らなかった。形が欲しいと願う人にいくら言葉で尽くしても意味は無いだろ?」


問いかけながら、腰へと回した手を離した朔夜は冬樹から一歩離れる。

手を伸ばせば届く距離なのになぜかその一歩が遠く感じる冬樹の前で朔夜は緩く笑みを浮かべすっかり日が落ちた、真っ暗な空を見上げる。


「でも、オレは忘れない。 冬に忘れられても、一生口に出す事が無かったとしても、オレの誇りとか見栄とか恥とか全部捨てて惚れたのが同性の冬だって事・・・・・嫌ってくれて良いよ、春子さんの事幸せにしたいのも本当だけど、オレは自分に嘘はつけないから。 冬の言葉は聞かなかった事にするから・・・・・」


初めは軽く流すつもりだったのに、長々と話した自分に苦笑を浮かべながら朔夜はそっと溜息を吐き出した。そうして、じっと見つめられる視線を感じ冬樹を見た朔夜は思わず驚きに目を開く。


「・・・・・・冬?」

「嫌えよ・・・・・人の気持ちを弄んだ最低なヤツだって、そうしてくれた方が・・・・・何で、何で・・・・・姉ちゃんだけが好きだって・・・・・」


ぼろぼろ、と流れる涙をそのまま泣きながら冬樹は呟く。

ごしごし、と擦っては溢れ出す涙を何度も擦り出す冬樹に朔夜は自然に手を伸ばしていた。

伸ばさずにはいられなかった。

言葉より先に一歩の距離を踏み出した朔夜は、たった一度、これほど愛した人は二度といないだろうと確信できる目の前の人を本能の命ずるままに優しく抱きしめた。



忘れたい事がある、それは忘れなくてはならない事。

------両親が亡くなった時、姉は大学進学を諦め就職した。

当事、中学二年の冬樹は頭も体も今より、もっと幼かった。

大学進学を諦め就職した姉が稼いで貯めたお金と親の保険金でその後、高校、大学へと冬樹が通う事になるなんて考えもしなかった。

ただ、両親がいなくなった現実だけが圧し掛かり、彼らのいない生活が寂しくて堪らなかった。

そして、そんな気持ちをずっと持ち続けたまま、高校に進学した冬樹はそこで年上の先輩に告白された。

卒業すれば、自然消滅するだろうと考えて、ほとんどノリで受けたはずなのに、とても優しくされ、大事にされた先輩と離れるのが怖くなった。

 だけど、一人前にはなりたかった。

その頃になると、自分が日々暮らしているお金や、高校での出費がどこから出ているのかわかってもきていたから、お金の心配はいらない、選択肢をより多くする為二にも大学に行く事を勧めるよ、と何度も進学を勧める姉の信頼にも答えたかった。

同性を好きになった自分が姉の信頼を裏切っているそんな気持ちがじわじわと湧いてきたのもその頃、そして、亡くなった両親にも申し訳なくて、そう思う自分が惨めで何もかも振り切りたくて何度も考えた結果、当然の様に淡々と別れを切り出した。

その後、始まった大学生活は勉強とバイト、辛うじてできた男友達との上辺だけの吐きたいで過ぎていき、ふとした隙に思い出すのは確かに恋していた人の事。

声も温もりも匂いも、いつまで経っても覚えている自分を早く忘れたかった。

忘れなくてはならないと、今まで以上に強く思ったのは姉の結婚相手だという、写真を見せられたその日から切実に願っていたはずなのに。

姉の幸せを祈っている、自分が苦労をかけた姉の幸せを祈っているのは本当なのに、その先にいるのが、彼だと思うだけで、心の奥底から祝えない。

声も温もりも匂いも、自分のものだった。それが自分の我が儘だと分かりすぎているから、自己嫌悪が止まらない。

自分から切り出した別れを何ひとつ巧く消化できていない自分を気づかされる、だから。


抱きしめる腕の中、躊躇いながら、それでも縋りつく冬樹を更に抱きこみ朔夜はそうしたままそっと溜息を吐き出す。


「抵抗、しないの?」


意地悪く耳元に唇を寄せ問いかける朔夜の腕の中、びくびく、と震える体をそれでも離しはしない。


「できないです。 だって、覚えてる、から・・・・・・ここがボクの安心できる場所だって、だから。このまま・・・・・突き放してくれれば・・・・・」

「そう、だね・・・・・春子さんに悪い、よね・・・・・」


冬樹の言葉に相槌を打ちながらきつく抱きしめる腕を緩めた朔夜はそのまま顔を近づけてくる。

声も言葉も無く、見つめ合ったのは一瞬、すぐに唇が重なり合う。

軽くそっと触れ合うだけのつもりが、長く深く止める事すら出来ず、二人は互いの背にしっかりと腕を回し貪る様に唇を交わす。


「・・・・・泣く、なよ・・・・・」

「そっちも・・・・・目が、濡れてる・・・・・」

「良い人、だったんだよ・・・・・なのに・・・・・・」

「最後で良いから、姉ちゃんを・・・・・・」


冬樹の唇を再び、自分の唇で塞いだ朔夜は携帯を取り出す。


「・・・・・朔夜、ちゃん?」

「帰ろう、冬。 後で電話しろよ、きっと無断外泊は心配かけるだろうし・・・・・」


冬樹の手を引きながら、朔夜はアドレスを呼び出す。呼び出し音三回鳴るか鳴らないかですぐに相手が出る。


「春子さん? 急な用事が入りまして、今日は無理です。 また、都合の良い日を連絡します、ええ、それじゃあ、おやすみなさい。」

「・・・・・朔夜ちゃん、何、考えて・・・・・」

「あれだけでさよなら? ありえないだろそれ・・・・・逃げるなら、今のうちだよ? オレが・・・・・・」


しっかり繋いだままの手をそのまま視線を逸らす朔夜の顔をしっかり見上げながら冬樹は空いてる手でまだ零れる涙を擦り、何も言わずに繋いだ手を握り返した。

ゆっくり、と朔夜の車の置いてある場所まで手を離さないまま並んで歩き出す。

そんな二人を見ていたのは、薄暗い夜空の浮かぶ月だけで、車に辿り着くまで、辿り着いても人一人会う事が無かった。


「ゼミの子達と盛り上がってて、友達のとこに泊まるね、うん、うん、平気。 ごめんね、今日も無理で・・・・・ううん、じゃあ」


車に乗ってから、終始無言で車を走らせる朔夜の横で冬樹は「帰らない」と姉の春子に連絡をした。

申し訳ない声で告げる冬樹に何も知らない彼女は明るい声で応対してくる。

通話を終え、嘘をついた自分の胸を抑え俯く冬樹はそっと溜息を吐く。


「どうだった?」

「・・・・・いつもと同じ。 「迷惑かけない様に、飲みすぎない様に気をつけてね」だって・・・・・」

「仮にも成人している男に掛ける言葉か?」

「・・・・・姉ちゃん、過保護だから・・・・・」

「・・・・・まぁ、な」


問いかける声に答える隣りで苦笑する朔夜に冬樹も肩を竦め笑みを浮かべる。


「降りたら、今なら引き返せるけど・・・・・どうする?」

「・・・・・どこへ? ボクは戻るつもりないからここにいるのに?」


エンジンを止め、降りようとドアに手を掛けた冬樹に朔夜は神妙な声で告げる。その声に振り向き笑みを向けた冬樹の呟きに朔夜は腕を伸ばしてくる。


「冬樹!」

「決めたのは、ボクだよ?」


名を呼ばれ抱きしめてくる朔夜の腕の中、冬樹はそっと呟く。


「オレもだろ? これが最後でも、一度きりでもない! 裏切っても欲しいモノがある、そうだろ?」

「・・・・・朔夜・・・・・」


耳元にはっきり、と告げる朔夜のその声に冬樹は小さな声で名を呟く。そんな冬樹を引き返す事のない様に、戻る道すら作らない様にきつく抱きしめる腕に力をこめながら朔夜は唇を求めてくる。深く、深く合わさる唇。

互いの背に手を回し、狭い車内で何度もキスを交わす。

そうして、目が合い、二人は気づく。

飢えるほど互いを求める自分と少しだけ未だに残っている良心に。

良心を踏み躙るかの様に互いをより強く抱きしあい、そうして、どちらからともなく互いの体を弄りだした。







とりあえずの一区切りの回であります。

いや、全然片付いてないのですが、とりあえず。

次回は要、閲覧注意なので、ちょっと間を置かせて下さい。

理由は活動報告にて。

では、また次回!

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