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2 波乱

2 波乱



やっと立ち直った朔夜はハンカチを握り締め必死に冬樹を探していた。

自分の事が嫌いでも、これから円満な家庭を作るためには春子の唯一の身内である冬樹と普通に接する事が第一条件だと思うから、フリだけでもして欲しかった。

彼から、きっちりとした了承を貰わなければ、春子が心配する。

今の朔夜はあの頃とは違うと分かって欲しかった。

「好き」だけで、世界が成り立たない事を知っている大人だ。

通り過ぎかけた公園のベンチに一人、ぽつり、と座る後姿にすぐに冬樹だと気づく。

後姿だけでもしっかり見極める事が出来る自分に内心苦笑を浮かべた朔夜はゆっくり、と公園へと入っていく。

夕方というにはかなり遅い時間で、公園には他に人がいる様には思えず、朔夜は気づかれない様に冬樹の顔が見える場所までそっと移動する。

冬樹はベンチに座ったまま、ぴくり、とも動こうとはしない。


はっきりした表情は薄暗いせいなのか見れないが、はっきり冬樹だと確信できた朔夜はどう切り出すべきか、どう出るべきなのか躊躇い立ち止まる。


「普通の・・・・・男女の恋愛がしたいから、終わりにして下さい」


冬樹はそう告げると引きとめようと名を呼ぶ朔夜の声も伸ばした手も振り払い走り去っていった。

それは、冬樹が大学に合格したと告げた冬の話。

暫く、呆然とした朔夜はそれから、言葉をゆっくりと理解した。

常識やモラル------気にしなかったつもりじゃなかったが、二人でいられる今が幸せでその先はその時に考えれば良いと思っていた。

普通の恋愛がしたいなら、最初からそう言って欲しかった。

世間に認められない恋愛だけど、幸せでいてくれるとずっと思っていたのに、全部一人よがりだと気づいたら飲まずにはいられなかった。

振られた事は多分ずっと覚えているし、忘れられない。

高校の同性しかいない、そんな環境だから、つい告白に頷いたそれだけなら、最初に告げて欲しかった。これは本気じゃないのだと、高校の間の遊びなんだと。

「好き」だけで世界が成り立たないのだと、振られて初めて知った。

「好き」には、嘘と真実があって、今まで両思いだと、身も心も結ばれているのだと思ったそれは実際はただの一人よがり、片思いのままでいたんだと気づかされた。

嘘でも「好き」が言えるのは誰でもだと、人間合わせる為に軽々しく口に出せる言葉だと知らされた。

朔夜は「大人」になったと再度自分に言い聞かせる。

春子の容姿に惹かれたのは、冬樹に、振られた相手に似ていたからだけど、彼女の押しの強さに流されたわけではない。自分の意思で決めたのだ。

彼女と付き合う事を、結婚を。

だから、将来の義弟に嫌われたままでいたくないから、朔夜は一歩、また一歩と冬樹へとゆっくり、と近づいて行く。




近づいてくる人の気配の顔を上げた冬樹は顔を上げ、そうしてそっと溜息を零す。


「先ほどはすみません・・・・・ボク、どうかしてました・・・・・」

「そんな事はどうでも良いよ・・・・・オレが言った事、了承してくれ。 最初はフリでも構わないから、春子さんの前でオレを避けるの止めて欲しい。 彼女がオレを連れてくるその日に限って、用事を作るの・・・・・一度や二度なら許せるけど・・・・・・あまりにわざとらしすぎるだろ?」


まっすぐに見てくる朔夜の視線から逃れる様に俯きながら、冬樹はこくり、と頷いた。


「・・・・・本当に分かってる? 言葉よりも態度で示してよ・・・・・」

「態度、ですか? わかりました」


言い募る朔夜に冬樹はおもわず顔を上げてから、苦笑して再び頷く。


「・・・・・・今更だから聞けるんだけど・・・・・」


沈黙が続いた後、歯切れの悪い朔夜の声に冬樹は首を傾げる。


「・・・・・・・普通の、世間に認めてもらえる恋愛がしたかったら・・・・・何で、最初に言わなかった?」

「何を・・・・・」

「そうであるなら、オレは友人である事を選んだと思うんだけど・・・・・」

「・・・・・その事はもう・・・・・」


問いかけに戸惑う冬樹の困った顔を見ながら朔夜は息を吸い込む。


「過ぎた話だから、聞ける事あるだろ? あの頃は冷静にはなれなかったし、そんな余裕もオレには無かったけど、今は、春子さんの弟って意識の方が強いから、何を言われても受け入れる覚悟はできてる。 だから、教えてよ! 同じ男に告白されて、頷いた理由、先に進んでも何も言わなかった理由があるだろ?」


一気に吐き出す朔夜の声に冬樹は唇を噛み締める。

別れる為、切り出した言葉が”普通の恋愛がしたい”、確かそんな言葉だったはずだから、多分からかわれたり、遊ばれたりしたのかと思われている事を冬樹は何となく悟る。

そんなつもりじゃなくても、きっとその方が都合は良いのだろうとも思う。

だから、理由として冬樹が告げるのはたった一言、それだけしか無いと思いながら、冬樹は口を開く。


「学生の、あの学校にいるだけの間の付き合いのつもりで、別れる時期も決めてました。 二度と会わない予定でした・・・・・まさか、姉の結婚相手になるなんて思いもしなかった。」


冬樹は用意していたと思わせる程にすらすらと告げる。

今まで、ずっとそう思っていたのだと思わせる、その言葉に朔夜は何度か瞬きを繰り返す。


「直接言われると結構くるね・・・・・最初から予定通りって、何だよ、それ・・・・・最初からそのつもりだって言えば良いのに、「好き」でも無い奴に合わせて面白かった?」


擦れた声で呟いた朔夜の声に冬樹は何も言わないまま、再び俯く。


「・・・・・真剣に告白したオレがバカみたいだったろ? オレに合わせるよりもさっさと断れば良いのに、受け入れるより、変態だと罵られた方がはるかにましじゃん・・・・・やっぱり、オレの一人よがりだったんだ・・・・・」


冬樹はきれそうな自分を必死に抑え、まるで自分に言い聞かせるかの様に言葉を紡ぐ朔夜の声を黙って聞きながら、拳を握り締める。


「・・・・・・二度と会わない人と再会して残念だね。 忘れていた事をほじくり返されるのが嫌で避けて当然だよな・・・・・・これで、最後だから聞いて良い?」


問いかける落ち着いた声に顔を上げる冬樹の目の前で朔夜は微かに笑みを浮かべる。


「オレって何?」

「・・・・・何、とは・・・・・」

「オレは大事な恋人だと思ってた。じゃあ、お前にとってのオレって何? 恋人でも友人でもない、ただの知り合い? 別れる日も決めてるのに、お前に惚れこんでるバカなヤツ・・・・・とか、思われてた?」

「・・・・・わかりません・・・・・別れる日も決めていたはずでした。 だけど、大事にされていたのも知っていたから・・・・・ボクは・・・・・」


冬樹は答えようとして言葉を止める。

大事にされていた、別れを告げるその日まで、確かに大切に包まれていた事を知っていた。

だから。


「・・・・・冬?」


声を途切らせ黙り込む冬樹に朔夜は眉を顰め名を呼ぶ。


「別れの日は卒業式だって、決めていました」


途切れた声を繋げた冬樹の言葉に朔夜は呆れた顔をする。


「は? それより前にオレ達、終わらなかった?」


合格発表の日だろ?と疑問を顔に出す朔夜から視線を逸らすと、過去の事だけど、と冬樹は重い口を開く。


「ボクが頷いたのは、あの高校にいる間だけなら、そう思ったから、別れを告げるのはボクからだと決めていました。 リミットは卒業式、高槻さんの卒業式の日に言うつもりでした。」


男子校という狭い世界から、共学へと行けば世界はぐんと広くなる。

だから、別れるタイミングはその時しか無い、そう思っていた。


「だけど、ボクは言えなかった・・・・・高槻さんの隣りは居心地が良くて、優しいその場所をボクは手放したくなかったんです・・・・・」

「・・・・・でも言っただろ? 一年も前から言う機会を探してたなんて、苦労かけたね・・・・・」


肩を竦め皮肉る朔夜に冬樹はぐっと手を更にきつく握り締める。


「ボクは、このままでも良いと思ってました。 あの日だって、言うつもりは無かったんです・・・・・だけど、受験生のボクには耐えられなかった。 寝ても覚めても、勉強より高槻さんを思うその生活がどんどん嵌っていくボクがいて・・・・・ボクは男なんです・・・・・」


先の保証すら見えない曖昧な関係しか作れない。どんなに気持ちが繋がっても決して、そこがゴールじゃない。


「だから、何? 自分大事の別れを選んだんだろ?」

「それは違います! 確かに、一理ありますけど、でもボクが大事にしたかったのは将来です。形で返せないものよりある方が信じられる。」

「何それ、それはお前の考えだろ? 形にしないと恋愛にならない? お互いを信用する事から恋愛って始まるんじゃないのかよ・・・・・・・過ぎた話だけど、考え方も違う事良く分かった。 壊れるのが運命なんだってそう思う。」


熱くなりそうな息を整えながら告げる朔夜に冬樹は唇を噛み締めると俯く。


「もう、二度と掘り返さないから、安心しろよ。 完全に吹っ切れたし、忘れられるから・・・・・」


そう言うと、ずっと手に持っていたハンカチを見つめた朔夜は息を吐く。


「これ、濡れてるし・・・・・今度、別なの返すから・・・・・」

「いらない、です・・・・・高槻さん、姉を宜しくお願いします。 どうぞ、お幸せに。」


その言葉に頭を振った冬樹は息を吸い込むと背を向ける朔夜へと頭を下げ言葉を紡ぐ。


「・・・・・ありがとう」


最後に礼を告げた朔夜が歩き出す。暗闇に見えなくなる背を見つめた冬樹はそっと、重く長い溜息を零した。


言わなければ、そう思っていたものをさわりしか告げずに終わらせた。

本当はちゃんと「好き」になっていた事も自分は何ひとつとして言えなかった。

居心地の良い場所だとは言ったけれど、安心できる場所とは言えなかった。

流されたとは思っていない。

バカみたいだとも思わないほど、真剣な告白をされたから、答えるのが礼儀だと思っていた。

それに、寝ても覚めても好きな人を考えるのは実は心地良かった。

自分が怖かったのは、同性である朔夜を好きでいた事ではなく、それに付随する行為そのものだった。

初めて体を繋げたその時から、予感はしていた。

手放せなくなる程、優しくされたし大事にされたから、同性同志の行為に嫌悪は沸かなかった。

逆にその行為にはまりそうな自分がそこにいた。男である朔夜に同じ男の自分が抱かれる、それは、冬樹の中にあるはずの男である自分を忘れる行為だった。

もっと楽に繋げる体であれば、何度も繋げた体の証が欲しかったのは実は冬樹の方だった。

自分が女であれば、例え、この関係が終わりを告げても残せるものがあったかもしれないと、一度でも考えた自分がいた事。

考えだすと止まらない、自分の中にある止まらない願望が冬樹には耐えられなかった。

普通の恋愛、そんなもの冬樹にも分からない。

男女の恋愛にも終わりが来る。永遠なんてありえないと分かっているのに、自分の望んだものが冬樹には分からなかった。


「朔夜ちゃん、好き・・・・・大好き・・・・・・」


ひっそり、と口に出した小さな呟き、そのまますぐに冬樹は膝を抱え、ベンチの上蹲る。

忘れてしまいたい事だけど、本当はずっと忘れる事のできなかった恋にやっと終止符がつけられたのだと思う。

自分で選択した別れを寂しいと思うのは本当に自分勝手だと分かっているけれど、この恋が記憶の底に埋もれる事を祈りながら、やっと涙を流せる自分を冬樹は許した。




書き上げるごとに短くなってますが、とりあえず、気にしないで下さい。

話の区切りが良い場所で切ると、どうも;

ではでは、また。

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