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1 再会

ボーイズラブの意味が分からない方の閲覧はお止め下さい。

広い心の持ち主のみどうぞよろしくお願いします。

1 再会


忘れるのと忘れたいでは、大幅に意味が違ってくる。

ボクは後者。

忘れたい事がある、そして、それは忘れなくてはならない事でもあった。



暮崎(くれさき)家の朝はいつも慌しい。のんびり屋の弟である冬樹(ふゆき)がのそのそ、と起きてくる頃、いつも姉の春子(はるこ)は仕事場にいるはずだから。なのに、その日の朝食の席には珍しく二人中良く向かいあっていた。

「ねぇ、冬くん。 私、結婚する事、決めたから」

いつもと変わらないはずの朝。姉の春子は妙にハイなテンションでさらり、と告げる。

起きぬけで、まだぼんやりとしていた冬樹の頭は姉のいきなりの爆弾発言に一気に活性化しだした。

「結婚って・・・・・・誰と、いつ?」

「早くて夏かな? 年下だけどね、私の一目惚れなの・・・・・この人だよ」

驚いて咄嗟に告げる冬樹の目の前、姉は顔を赤く染めたままそっと写真を差し出してくる。妙に彼女の用意が良いのは最初から見せる気満々だったのだろうけれど、当の冬樹はそれには全く気づかないまま差し出された写真をまじまじと見つめる。

「・・・・・・この人、と結婚・・・・・・?」

「そう! 格好良いでしょ? まだ23歳、若いけど、がんがんおしまくりましたよ、私は!!」

「・・・・・・って違うだろ? 23歳って、3つも下だよ? 年下は好みじゃないって散々言っていたのに?」

「昔の私はバカだったわ。 愛に年齢は関係ないって良く分かったの。 明日会わせるから、彼との仲をダメにする発言は止めてね。 それだけは、ちゃんと伝えておきたかったの」

まだ、何かを言いかけた冬樹の言葉を遮り、しっかり釘を刺すのも忘れない姉は早々に「仕事だから」と部屋を出て行く。

一人、取り残された冬樹は渡された写真を手に、呆然と大きな溜息を零した。やけに部屋に大きく響いたその溜息を聞くものは誰もいなかった。



西日が差し込むゆったりした雰囲気を楽しめる、隠れ家的な喫茶店の角の席。目の前でにこにこ、と笑みを浮かべる男を見つめた冬樹は何と言うべきか必死に言葉を探していた。

「珍しい、というか・・・・・どういう心境の変化? お前の方から連絡なんて、今まであったか?」

「・・・・・・先輩・・・・・」

「いや、無いだろ? 連絡くれたのは今日が初! そうだろ?」

「先輩! そんな事より知っていたんですか?」

「・・・・・ああ、結婚? 春子さんも、30近い、そろそろ良いだろ?」

目の前で飄々とした態度でコーヒーに口をつける男を冬樹は思わず睨み付ける。

「・・・・・アイツに会った?」

「いえ。 でも、明日、会うらしいですよ・・・・・やっぱり、知っていたんですね?」

頭をばりばり、と掻き毟りながら、笑みを浮かべる男の目の前で冬樹は盛大な溜息を吐き出すと自分のコーヒーへと手を伸ばした。

「・・・・・冬は反対? 結婚なんて目出度いイベントだろ? たった一人の姉の幸せを祈ろうよ!」

「姉の幸せは祈っていますよ。 だけど、相手があの人なんて・・・・・ありえないでしょうが!!」

「自立するなら、良い部屋紹介するけど・・・・・なぁ、冬・・・・・終わった事だろ?」

「・・・・・もちろんです! 高校卒業と同時に連絡先すら知らない仲になりました。 それでも困ります! 姉には知られたくない、顔見知りである事も・・・・・あの人とボクの事も・・・・・・二度と会う事の無い人だと信じていました・・・・・それが、義兄ですか?」

一気に吐き出し告げた後、すぐに引き攣った笑みを浮かべる冬樹を男はじっと見つめたまま、そっと息を吐くと、口を開く。

「大げさだって。 言っとくけど、押したのは春子さんらしいぞ?」

「知っています・・・・・それでも、ボクはあの人が義兄になるなんて、耐えられません!」

「まぁ、気持ちが分からないわけでもないよ・・・・・姉の旦那になる人が実は元彼でしたなんて笑えない。 結婚式まで用事作れば? あいつと話す隙が無ければ良いんだろ? 一人身で寂しいオレが協力してやろうか?」

にやり、と笑みを浮かべ問いかける男の声に冬樹の沈んでいた顔に笑みが広がっていく。

「・・・・・・先輩! 今、初めて良い人に見えます!!」

「バカ!・・・・・でも、良いのか、そんな事したら、春子さんが・・・・・」

浮かれる冬樹を黙って見ていた男は目の前の後輩の姉の顔を不意に思い出し思わず問いかけを口にする。

「構いません! 結婚に賛成している事だけアピールしておけば、問題ないかと思います。 是非、協力お願いしたいです。 あの人が来る頃に連絡下さい! 夕飯時に来るはずなので、是非、ボクに協力して下さい!!」

「・・・・・本当に大丈夫なのか?」

自分で口には出したけれど、不安が隠しきれない男の問いかけに冬樹は笑みを返すと頭をこくこく、と大きく立てに振る。

「平気です、あと、部屋あてがあるなら、探して下さい・・・・・ボク、部屋出ます!」

「・・・・・・冬、徹底してるな・・・・・」

男の声に冬はただ笑顔を向ける。


中学、高校、そして大学でも世話になった先輩である明石輝一(あかしてるかず)は冬樹の事情を誰よりも理解してくれている先輩で最も尊敬している人ともいえる。

そんな輝一に尚も念を押した冬樹は彼と別れた。

忘れなくてはいけない事がある。

忘れてしまいたい事がたったひとつだけ・・・・・・。



「初めまして、高槻朔夜(たかつきさくや)と申します、どうぞよろしく・・・・・」

「こちらこそ、初めまして! 弟の冬樹です。」

きっちり、スーツを着た見慣れない姿の朔夜の堅い挨拶に同じ挨拶を返した冬樹はゆっくり、と頭を下げる。

「朔夜くん、冬くんも、もうご飯だから、早く食べよう!」

言葉は丁寧だけど、実はひんやり、と冷たい空気が流れているだろう二人に春子は呑気に声を掛けると、すぐに食事の用意をする為に台所へと向かう。

「高槻さんもどうぞ、姉の料理の腕だけはかなりのものですから、是非期待して下さい!」

「ひどーい、冬くん! だけって何? だけって・・・・・」

「・・・・・片付けが得意なら、完璧だったのに・・・・・残念だね・・・・・」

さらり、と答える冬樹に春子はぷっくり、と頬を膨らませる。そんな姿だけ見ると、とても、三人の中で一番の年上には見えない。

「朔夜くん! 本当に料理は冬くんのお墨付きだから、たくさん食べてね!」

朔夜を椅子に促しながら、笑顔を向ける春子に冬樹はひっそり、と苦笑を口元に浮かべ席に手を掛けたその時、携帯の着信音が部屋に響き出す。

「・・・・・ごめん、ボクだ! お二人はお先にどうぞ・・・・・」

言いながら、ソファーの上に投げ出したままの上着ポケットから携帯を取り出した冬樹はすぐに出る。

「もしもし? あ、はい・・・・・今から? えっと・・・・・わかりました、その変わり、サービスは期待しているから、うん、じゃあね」

「冬くん・・・・・出かけるの?」

会話を切るとすぐに問いかける春子へと笑みを向けた冬樹は上着を着込みながら口を開く。

「ごめん、学校の仲間との用事・・・・・高槻さんは是非ゆっくりしていって下さい・・・・・・ラブラブなお二人の時間を! じゃあ、行ってきます!!」

鞄を手にした冬樹はそのまま二人に手を振ると、すぐにバタバタと慌しく家を出て行く。

その日が、会いたくないとあれほど、願った高槻朔夜との再会一日目の出来事だった。


ちなみにその日、散々協力してやる、と約束してくれた輝一からの電話は一切無かった。

彼は冬樹の先輩であると同時に朔夜の親友でもあったから、一人きりの部屋の中、電話を前にずっとどうするべきなのか、考え中だったのだ。


「結婚? もちろん、賛成だよ。 でも、ごめん、今は色々忙しくて、ボクも今年卒業だし・・・・・」

姉、春子にそう告げて、散々逃げまくって早一ヶ月。

高槻朔夜とじっくり会う事なんて出来るわけが無いと一人、冬樹は溜息を吐き出した。そうしてから、最近溜息の数が異常に増えた原因を思い出し、消えない溜息を再び吐き出した。

結婚すれば、春子の旦那になる人は当然、実の弟である冬樹にとっては義兄になる人なのだから、避けてはいけないのだと分かってはいる。

「わかっているけど、嫌なんだよ・・・・・」

一人、愚痴る冬樹の声は小さく時間潰しの為に来ている喫茶店でがぶがぶ、とコーヒーを飲みながらひっそり、と零した独り言は誰にも聞こえない。

結婚式までにはどうにかしなければ、姉である春子に最悪な形で「初めまして」が嘘だとはばれたくないのに、これといった良い案は冬樹のどこにも思い当たらなかった。

だけど、会いたくない人なのだ。この先一生会わない人であって欲しかったのだ。

思い出したくない冬樹の過去に一番深く関わる、最重要人物。

忘れないといけない事に深く関わる高槻朔夜という人。

冬樹はやっぱり数える事をついに止めた溜息を吐き出しながら、窓の外をぼんやり、と眺め出した。


「相席、よろしいですか?」

「え?あの・・・・・高槻、さん?」

心地の良い低い声が聞き覚えありすぎて、慌てて振り向いた冬樹は自分の顔が引き攣るのを感じた。

そんな冬樹に構わず、目の前にいた男、高槻朔夜は冬樹の了解も取らずにさっさと目の前の席へと腰を落ち着けると訪れた店員に「コーヒー」とだけ告げる。

そうして、まだ呆然としている冬樹へとやっと顔を向ける。

「かなり、嫌そうだね、冬。 近い将来、義兄になる人にその顔はやめろよ!」

「・・・・・これは・・・・・何で、ここに?」

苦笑しながら告げる朔夜に冬樹は汗ばむ手をぎゅっと握り締め唇を噛み締める。

「仕事帰りに見かけたから。 信号待ちしてたところだったから、思わずUターンですよ・・・・・」

肩を竦め答える朔夜の目の前、冬樹は鞄を手にすると立ち上がる。

「・・・・・ボク、帰りますので、ごゆっくり。 ここのコーヒーはかなり美味しいのでお勧めです」

「待てよ! まぁ、座れよ、話したい事があるんだよ!」

立ち上がり帰りかけるのを手で制した朔夜の声に鞄を置いた冬樹は渋々とまた座りこむ。

「話って、何ですか?」

「・・・・・春子さんの結婚、反対しているのか?」

「結婚は賛成です、どうぞ姉と末永くお幸せに! だけど、ボクとは関わらないで下さい」

「・・・・・オレの義弟にはなりたくないし、なる気も無いって事?」

問いかけに答えない冬樹の態度が朔夜のその言葉を肯定している様で、そっと息を吐き出した朔夜は黙り込む冬樹をじっと見つめながら口を開く。

「春子さんと会ったのは、大学一年の冬・・・・・先輩のバイト先のBARだよ・・・・・」

「・・・・・大学、一年?」

微かに呟く冬樹に朔夜は微かに口元を歪めると一度伏せた目を再び上げる。

「そう。 タイムリーな事にオレとお前が終わったまさにその日の夜。」

皮肉な笑みを浮かべた朔夜に冬樹はびくり、と肩を震わせる。記憶が蘇りそうで思わず頭を振る冬樹に構わずに朔夜は先を続ける。

「強くもないのにヤケ酒飲みまくったその日、同じく失恋したと言った春子さんと意気投合。 別れた人間に顔も雰囲気もそっくりで、今思えば姉弟なんだから当然だけど、オレは春子さんの上にお前を重ねて見てた・・・・・その日から、何度もそこで会う様になって、名前聞いて、弟がいるって聞いて初めて気づいた。」

「・・・・・なんで、付き合ったんですか?」

乾いた笑みを浮かべる朔夜に握り締めた手に更に力をこめた冬樹は擦れた声を出す。

「会うたび、付き合おうと言われたから。 最初は断った、姉だって分かってからは強固に。 でも、断りきれなくなって、それから、結婚申し込まれてもまだ悩んでた・・・・・あの人と関われば、お前にも会う事になる。 わかってたけど・・・・・関わらない様にするから、あの人の前ではオレを嫌わないでよ・・・・・」

「・・・・・高槻さん?」

「春子さんの前だけで良い。 あの人の切実な思いを受けた時から、オレだって、お前に会うのが一番怖かったよ・・・・・」

ばしゃり、と派手に水をかける音に一斉に周りの視線が突き刺さるのが分かっているのに、立ち上がった冬樹は止まらなかった。

「ふざけんな! 姉ちゃんの前だけ? ボクに会うのが怖い? 会うのが怖かったら受けんなよ!」

押し殺した声で低く呻いた冬樹は呆然としている目の前の男を睨み付ける。

「ボクはあんたとは二度と関わらない。 結婚は賛成するけど、あの家にあんたが来る時、ボクはいないから! 二度と会いたくないのはボクの方だよ!!」

頭、ごめんなさい・・・・・・肩を揺らし吐き出した言葉と髪から顔からぽたぽたと零れ落ちる雫をそのまま呆然と自分を見る朔夜に冬樹はハンカチと自分の飲み物代を置き去り際謝罪する事も忘れずに店を逃げる様に出て行く。

そんな冬樹の後姿を朔夜は呆然と見送っていた。


後悔しても今更なのに、とんでもない事をしてしまった、ただそれだけが頭の中をぐるぐると駆け巡る。自分の中にあんな激しい感情が眠っているなんて、今の今まで知らなかった。

言われた事は至極最もで、逆の立場なら、そうするべきだと理解はしていたはずなのに、気づけば、濡れ鼠の朔夜の目の前自分は立ち上がっていた。

だから、言い訳の一つも浮かばず逃げる事しか頭には浮かばなかった。

元彼氏------嫌な響きだと冬樹は唇を歪める。

自分は生まれた時から男である事を否定した事も無いし、これから先もそうする事は無いだろうと確信もある。なのに、過去の過ちが本当に汚点になるなんて想像すらしていなかった。

姉の結婚相手がただの顔見知りの先輩であるならどれだけ良かっただろう。

ただの先輩、後輩のままでいれたのなら、冬樹はここまで悩まず、心から祝福できたはずなのに、心のどこかで結婚に反対している自分がいる事に冬樹は気づいていた。


地元ではかなり有名な進学率の高い男子校に入学した夏、上級生に告白された。

相手はもちろん、男。必死で告げる彼の姿に心動かされた冬樹だけど、それはここ、つまり男子校という閉鎖された空間にいるだけの間の事だと思っていた。つまり、彼の熱意もただの気の迷い、そう信じていたし、疑いもしなかった。

常識を誰よりも気にする冬樹を分かっていたのか、彼はデートスポットと呼ばれる場所に冬樹を連れて行こうとはしなかった。デートというよりも、誰が見ても友達、そんなスタンスでいられるそんな場所。気軽に遊べる、男同士でいてもおかしくない場所を選択してくれた。

初めてキスをしたのは、遊びに行った彼の部屋。

体を重ね、より深い関係になったのも同じく彼の部屋だった。

未知の世界に足を踏み入れるのを怖がる冬樹を優しく宥め、自分の快楽よりも、冬樹を気づかってくれた優しい人。

受験生のはずなのに、常に冬樹を優先してくれた。

キスをするのも、ただ触れ合うだけなのも、より深く体を繋げるそれも嫌いではなかった。自分も男、相手も男------同じ機能、同じくでこぼこしない体。だけど、不快だと思った事は一度も無かった。

付き合う事、それはとても幸せな気分を冬樹に与えてくれたけれど、同じ位、不安も増えていった。

男のくせに男に抱かれ喜ぶ自分が怖くて、いつか、気持ちが冷めたその時が怖くて、同じ性を持っている彼とでは愛という証が何ひとつ残らない、それが一番怖かった。

結局、不安が募った冬樹は大学合格を機に一方的な別れを切り出していた。

そう思い出せば、別れる理由も随分と身勝手なありきたりのものだと思い出す。

忘れたい、忘れてしまおうと何度も思っているのに、忘れられない事もあるのだと冬樹は知っている。

その時の彼が、高槻朔夜、冬樹に幸せと不安を教えた相手。


思わず過去を振り返った冬樹は頭を何度も振る。

時間が経つうちに忘れてしまうだろう、忘れてしまえるはずだと何度も誓ったはずだ。

でも、自分は別れを切り出すその日まで、確かに幸せだったのだと知っている。冬樹は唇を噛み締めると今にも泣きそうな自分を堪える。

自分から告げたのに、忘れてしまえるはずなのに、姉の幸せの隣りにいる人が彼である事が嫌な自分に気づきたくもなかった。

立っているのが怖くて、目についた公園へとふらふらと辿り着いた冬木はベンチへと腰掛ける。

忘れてしまえ、何もかも-------何度も自分へと告げながら唇を噛み締めた冬樹はとうとう堪えきれずに声を押し殺し涙を零した。



連載UPしました。

コツコツ、のんびりUPしていきますので、どうぞよろしくお願いします。


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