005 一変する立場
――ジェルマンとの決闘から、既に五日が経過していた。
ラトラルは本日、久しぶりにグランレトラ魔法学園に登校している。
何故、そんなにインターバルが空いてしまったのか。
それには、やむを得ない理由があったのだ。
(……まさか、決闘の直後にその場で気絶してしまうなんて)
ジェルマンとの決闘に勝利した後、ラトラルは演習場内で昏倒してしまったらしい。
まるで、糸の切れたマリオネットのように、バタリと。
パニックになったハルカゼをはじめ、ウィズ側の生徒達により学院の救護室へと搬送――結局、大事には至らなかったが大変迷惑を掛けてしまったようだ。
何故、気絶してしまったのか――理由は明白だ。
ハイになって忘れていたが、ラトラルは決闘の直前まで数百年に及ぶ精神の旅をしていたのだ。
伝説のエルフの生涯の追想。
通常の人間が味わうであろうものよりも、数倍濃密な人生を短時間で経験させてもらったのである。
肉体はともかく、頭の疲労は相当なものだったようだ。
それから丸五日間、ラトラルは家で寝込んだ。
そして、体調が万全となった本日から復帰となったのである。
「おい、あいつ……」
「あのウィズが?」
教室へと向かうラトラルに気付き、廊下の端々から声が上がる。
噂は、学園中に広がっているようだ。
旧型魔法使いのラトラルが、最新の自動生成魔法を破ったのだと。
「あれが? 本当か?」
「ラトラル=ラドファイアって、確かウィズの中でも落ちこぼれの方の生徒だろ?」
「何でも、見たことも無い魔法を使ったらしい」
「しかも、自動生成魔法具で分析しようとすると誤作動を起こすとか……」
「どれだけ高度な魔法なんだ?」
「いや、決闘を行ったジェルマン殿が使っていたのは、最新式の自動生成魔法具だったらしいぞ」
「では、何か特殊な細工を施していた?」
「分析しようとすると魔法具が破壊される? そんなプロテクトを掛ける事が可能なのか?」
等々、純人間側の生徒達の間で交わされる会話が、耳に届いてくる。
驚嘆、疑念……そして、畏怖の入り交じった言葉の数々。
何より、ラトラルが歩けば、向かい側からやって来る生徒が道を空ける。
純人間側の生徒がだ。
その全てが、今までだったら考えられない反応だった。
(……なんだか、立場が変わったような……)
そんな空気の中を抜け、教室へと辿り着く。
「ラトラル!」
やって来たラトラルの姿を見て、ハルカゼが席から立ち上がり駆け寄ってきた。
「もう体は大丈夫?」
「うん、ありがとう、ハルカゼ。倒れてから目覚めるまでの間、君がちょくちょく家まで看病に来てくれたお陰だよ」
「べ、別に、恩人なんだから当然のことよ」
ハルカゼは、頬を薄桃色に染める。
「よう、ラトラル!」
そこで、ラトラルのもとに一人の生徒がやって来た。
背が高く、黒髪をセットした活発な雰囲気の男子。
ラトラルやハルカゼの同族――ウィズの生徒だ。
「みんな! 英雄のご帰還だぞ!」
「え、英雄?」
彼が声を上げると、ラトラルの周りにウィズ側の生徒達が集まってくる。
「ラトラル! この前の決闘、俺も観てたよ!」
「凄いな! あのジェルマンをぶっ飛ばすなんて!」
どうやら、ジェルマンを倒した影響か、多くのウィズがラトラルを英雄視しているようだ。
ラトラルを囲み、褒め称えるウィズ達。
「ラトラルがすげぇ奴だって、俺は前から思ってたけどな」
「よく言うわよ、調子の良い」
最初にラトラルへ声を掛けてきた男子生徒が言うと、ツインテールの女子生徒が呆れ気味に突っ込む。
「でも正直、スカッとしたわ。あたし達から魔法を盗んで調子に乗ってる純人間、しかも貴族をコテンパンにしてくれて」
ツインテールの女子生徒が、顔を薄く紅潮させ言う。
声も少し興奮混じりだ。
「なぁ、一体何をしたんだ? あの魔法、一体何なんだ? お前の魔法って、確か単純な武器を生み出すだけだったろ?」
「しかも、読み取りを行おうとした自動生成魔法具が逆に誤作動を起こすって、何か反発魔法でも仕掛けてたの?」
「ええと……」
「もう、みんな落ち着いてよ。ラトラルは今日が復帰日なんだから、あまり引っ張りだこにして困らせないで」
質問攻めに会いあたふたしているラトラルと、助け船を出すハルカゼ。
叛逆の英雄ラトラルを中心に、ウィズ達は色めき盛り上がる。
「ふんっ、調子に乗るなよ」
そこで、吐き捨てるような声が彼等に投げ付けられた。
罵倒の言葉は――ウィズ達の様子を遠目から見ていた、純人間側の集団からだった。
貴族の生徒やその取り巻き達が集まり、こちらを睨み付けている。
「偶然、運良くジェルマンを下したくらいで……すぐに化けの皮を剥いでやる」
「旧型共め、自分達が勝ったつもりか?」
「ジェルマンの使った第三世代自動生成魔法具は、あくまでも試作品だ。更に改良が加えられたものが、やがて我々の手元にも届く。そうなったら、お前の魔法も必ず読み取ってやる」
貴族出身の生徒達が言うと、先程まで盛り上がっていたウィズ達は水を打ったように静まり返る。
「そう、何よりまず……お前が標的だ、ラトラル=ラドファイア。お前のあの得体の知れない魔法も分析し、我等のものにしてやる」
「ふ……ふざけんなよ、盗人共! 勝手に人の魔法を盗むんじゃねぇ!」
「そうよ! ただでさえ、ウィズでもない存在がこの魔法学院にいることだって不快なのに! あたし達の魔法に指一本触れないで、汚らしい!」
「黙れ! 旧型の素材共!」
喧々囂々。
教室内は、ウィズと人間の言い争いへと発展する。
「好きにすればいいよ」
そんな中、ラトラルは純人間達へと言う。
「何か納得できない事が起こったなら……その時は、また決闘で白黒付けさせてもらう」
強気なラトラルの言葉に、純人間側はたじろぐ。
そこでタイミング良く教員がやって来て、言い争いは中断となった。
「………」
ジェルマンに勝利し、ハルカゼの尊厳を取り戻す事はできた。
だが逆に、純人間側を本格的に敵に回すことになってしまったようだ。
■ ■ ■
――さて、その日の夜。
「失礼します! ウィンさん、いらっしゃいますか!?」
ラトラルは、下町にあるウィンの家を訪れていた。
「おやおや、いらっしゃい」
相変わらず、雑然とした家の中。
銀髪のエルフは、ロッキングチェアに腰掛け書物を開いていた。
やって来たラトラルに視線を向け、快く迎え入れる。
「お礼を言いに来ました。すいません、色々あって遅れてしまって」
「その顔を見るに、どうやら決闘には勝てたようだね。安心したよ」
晴れ晴れとした表情のラトラルを見て、ウィンは微笑む。
「で、お礼ということは当然、手土産はあるんだよね?」
「勿論です」
ラトラルは、手にした配達用鞄を持ち上げる。
中から現れたのは、ダイニング・サラマンドラ女主人謹製のパンケーキだった。
「『パンケーキは最強の魔法』、ですよね」
「ふふふっ、よく分かってるじゃないか、ラトラル君」
言いながら、ウィンは手早く食器の準備を始めた。
■ ■ ■
ウィンがパンケーキに舌鼓を打っている間、ラトラルは彼女に決闘の顛末を説明した。
伝説のエルフの人生を追体験した事で、歴史書にも残っていないような戦いや魔法を見られた事。
それを切っ掛けに、自身の魔法を異質な力へと進化させられた事。
『古代魔法継承武器創造魔法』――【魔法喰らい】。
対魔法特化型の武器により、最新式の自動生成魔法具を相手に完璧な勝利を収められた事。
……一応、その後、脳の疲労から五日間寝込むことになった件も、お礼が遅れてしまった言い訳として語るしかなかったのだが。
ウィンは一部始終を聞いている間、ずっと柔らかな笑みを湛えていた。
「ウィンさん。先日は、僕に貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました。お陰で、絶対に負けられない戦いに勝つことができました」
ウィンが食事を終えたのを見計らい、ラトラルは深々と頭を下げる。
「いやいや、私は切っ掛けを与えたに過ぎないから。チャンスを生かし、自分の中で新しい力に変えたのは、君自身の功績だよ」
でも、大変だったんじゃない? ――と、ウィンは続ける。
「何せ、君の魔法があまりにも異質なものに変化したんだ。周りからも質問攻めに会ったんじゃない? 一体どうやってそんな魔法を生み出したんだ、とか」
「……皆には、決闘の前日の夜に魔法が突然変化したんだと、そう説明しました。少々強引かもしれませんが、今まで積み重ねてきた知識や経験が昇華されたのだと、それで納得してもらいました」
そこで、ラトラルは真剣な表情となる。
「僕があの夜体験した事や、ウィンさんの事は、内緒にしてあります」
「……まぁ、その方が私としても悪目立ちせずに済みそうで助かるけど、どうしてだい?」
ウィンが尋ねると、ラトラルは口籠もりながら言葉を繋げる。
「先日の追体験の中で……一つ、気付いたことがあったんです」
「うん」
「……伝説のエルフの記憶の中で、一人の女性を見ました。その女性の姿が、ウィンさんにとても似ていたのですが……」
ラトラルは、伏せていた目線をグッと持ち上げる。
「もしかしたら……僕は、ウィンさんとあの人にとっての、大切な記憶を見てしまったのでは」
「………」
「だとしたら、僕の都合のせいで踏み入ってはいけない領域に踏み込んでしまったのではないか、と……それが気掛かりで。だから、公言すべきではないと思いましたし、ウィンさんには謝っても謝り切れない事をしてしまったのではと」
「ふふっ、随分気を使わせてしまったね」
申し訳無さそうに言うラトラルに、ウィンは意に介さない様子で言う。
「気にしなくていいよ、私がそれで構わないと思ったんだ。これからは私とあのエルフと、そして君、三人の秘密にしよう」
「……はい」
「一つ聞いていいかい? あのエルフの記憶の中で、私はどういう風に見えていた?」
窓の外――夕闇に染まっていく空を見上げ、ウィンは尋ねてきた。
ラトラルは少し間を置いた後、答える。
「とても……とても、大切な人だと。そう思っていたと、感じました」
「……そう」
ふっと――ウィンは両目を閉じる。
きっと彼女にとっても、あの伝説のエルフは、同じくらい大切な人だったのかもしれない。
ウィンの表情が、どこか寂しく……でも、綺麗だと、ラトラルは純粋に思った。
「で、今はどんな感じだい?」
「え?」
一転し、明るい声で聞いてきたウィンに、ラトラルは思わず聞き返す。
「君の境遇だよ。何せ、ウィズの一市民が純人間の貴族を決闘で負かしたんだ。それで終わりとは思えないけど」
「……ええ、まぁ」
ひとまず、模倣されたハルカゼの魔法は削除させた。
ハルカゼ曰く、ラトラルが寝込んでいる間にジェルマンは頭を下げに来たらしい。
「決闘に関する約束は履行されました……ですが、ウィズと純人間の溝は、更に深まってしまったように思えます」
「思った通り。特に、君に対する敵視は更に強くなるだろうね」
「ええ」
「ま、私はあまり心配してないけど」
懊悩するラトラルの一方、ウィンはどこか楽観的に言う。
「君なら、どんな困難が立ちはだかったとしても何とかできそうだし」
「……どうして、そう言い切れるんですか?」
ラトラルが問うと、ウィンはニッと口元を緩ませる。
「経験と直感」
■ ■ ■
――翌日。
「おはよう、ラトラル!」
「ハルカゼ、おはよう」
登校途中出会ったハルカゼと共に、教室へ向かっている途中。
ラトラルは、見知った顔と出会した。
「……ジェルマン」
中庭の街路樹の一つ。
その木陰に、ジェルマンが立っていた。
「……ラトラル」
ラトラルの姿が認識すると、ジェルマンは強く睥睨してきた。
「体はもう大丈夫なんだね」
「当たり前だ。この僕が、不名誉な傷跡を体に残したまま人前に出られると思っているのか? 貴様等と違って、高価な魔法薬をいくらでも手に入れられる」
「不名誉って……よく言うわ。ラトラルに正々堂々負けたくせに」
ハルカゼが呟く。
聞こえたのか、ジェルマンは殺気の籠もった視線をハルカゼへも向けた。
ラトラルは、ハルカゼを守るように彼女の前に腕を伸ばす。
「……いいか、ラトラル=ラドファイア」
一拍の間の後、ジェルマンはラトラルへと視線を戻した。
「別に、魔法を学ぶ場所はここだけではない。僕がこのグランレトラ魔法学院を選んだのは、単に歴史と風格だけはあり、名が知れているからだ。魔法学院は別にもあるし、それこそ純人間のみが通える、自動生成魔法具に精通した能力を学ぶ学校も作られる予定だ。だが、僕はここから去るつもりは無い」
「………」
「今に見ていろ。僕が必ず、貴様を地獄の底に叩き落としてやる」
獣のように牙を剥き、ジェルマンは悪意に満ちた感情を突き立ててくる。
まるで、魔獣のようだ。
「ラトラル、行こう……!」
その常軌を逸した気配に恐怖を覚えたハルカゼが、ラトラルを引っ張って急ぎその場から立ち去る。
「ジェルマンの顔……普通じゃなかったわ、気を付けて」
「うん、大丈夫」
心配するハルカゼの一方、ラトラルは気にする様子も無くそう答える。
いや、気にしていないというより、他に気になる事があるかのような表情だった。
「どうしたの? ラトラル」
「いや……ジェルマンの魔獣じみた殺気を受けて思い出したんだけど……そういえば“合同演習試験”まで日が無いなと思って」
ラトラルの発言に、ハルカゼはポカンとする。
「じぇ、ジェルマンのあの様子を見て、全然違う事を考えてたの?」
「いや、僕としてはかなり重要な事なんだけど……おかしいかな?」
「おかしいというか……ああ、もう、ラトラルってちょっと天然? まぁ、前からそういうとこはあったけど」
斜め上な反応をするラトラルに毒気を抜かれたのか、ハルカゼは思わず苦笑を漏らす。
「でも……そうね、確かに。合同演習試験」
「うん、僕は前回の魔法戦闘試験も失格になって、受けさせてもらえなかった。もう、チャンスを無駄にできない」
――魔法使いの将来設計に関して。
魔法学院は六年制。
学院では、六年間の間にどれだけ実績を積むかで今後の進展が決まる。
在学中、功績を上げた生徒には“点数”が与えられ、この点数が一定数を越えないと卒業認定がされない。
そして、在学中にどれだけ点数を稼いだかが優秀さの指標にもなる。
この点数を獲得する大きなチャンス――その一つが、試験だ。
試験で優秀な成績を残せば、高得点を与えられる。
卒業までに獲得した点数が高い成績優秀者は、学院卒業後、様々な魔法分野に進出し、活躍の機会を与えられる。
極希に、学院にいる間に希有な才能を見せた者は、“引き抜き”によって一足先に前へ進むこともあるが……。
とにもかくにも、魔法学院の生徒にとって点数は重要だ。
ラトラルには、ある“目的”がある。
その為にも、点数を稼がなければならない。
「合同演習試験……生徒同士でパーティーを組み、ダンジョン探索を行う試験」
「うん」
即ち、プロの行う実際のダンジョン攻略を想定した試験だ。
王都の外れにあるダンジョン――学院が訓練場所に指定しているダンジョンが、試験の場となる。
ちなみに、学園ではダンジョンでの魔獣討伐、秘宝探索は“課外活動”として認められており、功績を上げれば点数に換算されるため、個人的に潜っている生徒も何人かいる。
何を隠そう、ラトラルもその一人だ。
「試験は合同だし……もしかしたら、試験の最中に純人間側の生徒がラトラルを妨害してくるかも……」
「気を付けないと、だね」
そう考えれば、懸念点が幾つも浮かんでくる。
「……よし」
ラトラルは、決心するように頬を叩く。
「僕、久しぶりにダンジョンに潜りに行くよ」
「え?」
「ここ最近は、アルバイトが忙しかったり、座学に集中してたりで、あまりダンジョンに行けていなかったし……」
自身の掌を見詰めた後、ギュッと拳を握る。
「今の自分の力が、どこまでダンジョンに通用するか予習しておきたいんだ」
そして、自分にだけ聞こえる声で、密かに呟いた。
「それに……“師匠”にも久しぶりにご挨拶しておかないと」
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