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002 力の差


「大変だ、遅刻遅刻!」


 王都の街中を、一迅の影が吹き抜けていく。


 建物の、屋根も壁も関係無く、跳ぶ、登る、走る。


 雑然とした街中を軽やかな身のこなしで駆けていくのは、一人の少年だった。


 躍動する体に連動し、黒い癖髪をはためかせる、まだ幼さの抜けない童顔の少年。


 グランレトラ魔法学院の制服姿のまま疾く走る、ラトラルだった。


「すいません、遅刻しました!」


 平民街の頭上を疾風の如く飛ばし、ラトラルは目的地に辿り着いた。


 バイト先の大衆酒場、『ダイニング・サラマンドラ』である。


 入り口のスイングドアを押し開け、急いで駆け込んできた少年を、客達が笑って出迎える。


「よう、ラトラル! 今日も魔法学院から直行か!?」

「あんな貴族連中もいるようなところ、よく通ってられるな!」

「授業大変か? まぁ、まずは食え飲め!」

「ありがとうございます! でも、今から仕事なので!」


 厳つい風貌の男達が、酒の入ったジョッキを傾けながら言う。


「ラトラル、久しぶりね! 元気にしてた?」

「えっ、こんな可愛い子が働いてたの?」

「ちょっとこっちでお姉さんにお酌してよぉ」

「了解です! 先に準備してきちゃいますね!」


 夜仕事の女性達の席を横切ったら絡まれそうになる。


 そんな感じで、客人達を慣れた態度でいなしながら、厨房と併設されたカウンターへと辿り着く。


「やっと来たかい、ラトラル!」

「お疲れ様です、コメットさん」


 厨房から顔を出したのは女主人。


 ラトラル以上の長身で、大きな声の女性。


 太陽光のような赤髪に、深紅(ルビー)色の瞳。


 泰然とした態度と明朗な顔立ちだが、均整の取れた体型をしている。


 このダイニング・サラマンドラを切り盛りしている女主人、コメットだ。


「また追試でも受けてたのかい?」

「はは、まぁ、そんなところです」


 苦笑いを返しながら、ラトラルは俊敏にエプロンを装着する。


「さ、遅刻した分、バリバリ働いてもらうよ」

「はい!」


 元気良く返答し、ラトラルはウェイターとしての労働を開始した。




 ■ ■ ■




「ふぅ……最後のお客様が帰られました」


 営業時間が終わり、賑やかだった店内からもすっかり音が消えた。


 ラストまで残っていた酔っ払いの客人を見送り、ラトラルはカウンターの女主人――コメットにそう報告する。


「今日もご苦労さん……と言いたいところなんだけど」


 ラトラルを労いつつ、そこで、コメットは少し申し訳無さそうに告げる。


「すまないけど、ラトラル。最後にちょっと配達に行ってちょうだい」

「配達? はい、了解しました」


 料理の配達なんて、珍しい。


 そう思うラトラルの目の前で、コメットがパンケーキを焼き上げる。


 ダイニング・サラマンドラの名物で、昼営業では女性客に大人気の、ふわふわなパンケーキだ。


 コメットはパンケーキを紙の容器に入れて、配達用の平たい四角形の鞄に入れる。


「焼き立てのパンケーキを下町のこの住所まで持って行って欲しいんだよ。急な依頼なんだけど、ご贔屓のお客さんでさ。配達が終わったらそのまま帰宅で良いから」

「下町……あまり行った事が無いところですね」

「お世辞にも治安が良いところとは言えないからね、気を付けなよ」

「はい」


 パンケーキが冷めない内に、一刻も早く持って行かないといけない。


 ラトラルは、急いで出発の準備を開始する。


「……いつっ」


 そこでふと、ラトラルが小さく唸った。


「? どうかしたのかい?」

「……いえ、なんでもないです!」


 微かな異変に気付いたコメットが声を掛けるが、ラトラルは笑顔を返してさっさと配達に向かう。


「では、行ってきまーす!」

「あ……気を付けて行きなよー」




 ■ ■ ■




「……ふぅ、危ない危ない」


 仕事中は何とか誤魔化していたけど、気を抜いた瞬間顔に出してしまった。


 要らぬ心配をかけるわけにはいかない。


 ラトラルは、配達先に向けて走る。


 出勤の時同様、俊敏な身のこなしで家々の隙間を移動していく。


 片手で配達品を傾けないように持ちながら、器用に、そして軽やかに。


「よっと」


 屋根から屋根へと飛び移っていき、下町の薄暗い路地裏に着地をする。


「グルルル……」


 そこで、目前――闇の中に、煌々と目を光らせる何かがいる事に気付く。


 野良犬だ。


 腹を空かせて気が立っているのか、その目はギラギラと攻撃的に輝いている。


 痩せているが体格も大きく、牙も爪も鋭い。


 正に獣。


 そんな獣にとって、甘い匂いを漂わせるパンケーキを持ったラトラルなど、獲物以外の何者でもないだろう。


 今にも飛び掛かって来そうな気配を溢れさせている。


「ちょっとごめんよ」


 しかし、ラトラルは恐れていない。


 配達物を持った方とは逆の手を野良犬に向ける。


「【大地よ】【黑鉄(くろがね)よ】【矜持を背骨に】【決意を刃に】」


 瞬間、ラトラルの手中に光が発生する。


 魔法だ。


 魔法の発動を告げる、白い反応光。


「【戦神の加護をここに】【創造】!」


 光は形を成していき、やがて、ラトラルの手には一振りの剣が握られていた。


「グァッ!」


 その瞬間、野良犬が飛び掛かってくる。


 ラトラルは野良犬の動きに合わせ、最低限の動作で剣を振るう。


 刃の背が、犬の腹を叩いた。


「グゥッ!」


 その一撃で、野良犬は危険性を察知したのだろう。


 ラトラルに背を向けると、急いで逃げて行った。


「危ない危ない。悪いけど、これはお客さんの注文だから」


 そう呟いて、微かに笑うと、ラトラルは手の中の剣を見る。


「……野犬を追い払うくらいの力は、あるんだけどな」


 物憂げな表情で、呟く。


「……貴族には……自動生成魔法には、勝てないのかな」




 ■ ■ ■




「貴族式の決闘だ! 受けろ! もしも僕が勝ったなら、二度とハルカゼの魔法を使うな! そして、彼女に対する侮辱を謝罪しろ!」


 ――時は、数刻前に遡る。


 魔法戦闘試験の場にて、ラトラルはジェルマンに対しそう宣戦布告をした。


 勝った方が負けた方の要求に従う――貴族式の決闘だ。


「何様のつもりだ、旧型が」


 ラトラルの宣告に対し、ジェルマンは怒りの感情を滲ませる。


「!」


 瞬間、ジェルマンの自動生成魔法具――平べったい円形のペンダントの、所々に走った溝に赤い光が灯る。


 魔法具が起動する合図だ。


 ジェルマンの周囲に光の礫と火の粉が舞い、瞬時に炎の球体が複数生み出される。


 炎熱の弾丸。


 どうやら、ハルカゼの魔法を読み取ったことで、彼女の使用する『火炎操作魔法』を広く発展・応用して使えるようだ。


 ハルカゼの魔法が、模倣され、好きなように弄くられている。


 ラトラルの心に、苦々しい気分が渦巻く。


「貴様如きが、この僕に決闘を申し込むだと? それこそ侮辱に他ならない」


 吐き捨てると同時、ジェルマンの炎熱弾がラトラルに撃ち込まれる。


「……!」


 飛来する弾幕に、ラトラルは真っ向から立ち向かう。


 否、ただ正面からぶつかりに行ったわけではない。


 素早い身のこなしで、炎の弾丸を回避していく。


「なに……!?」


 ラトラルのスピードが想定外だったのか、ジェルマンは驚きの顔を浮かべる。


「……【大地よ】【黑鉄(くろがね)よ】【矜持を背骨に】……」


 身体能力でジェルマンの攻撃を回避しながら、ラトラルは詠唱を行う。


 疾駆の体勢の中で自身の武器創造魔法を発動。


 その手に、一振りの剣を生み出し、しかと握る。


「オオオオ!」


 そして、ジェルマンへと接近を果たすと、裂帛の咆哮と共に刃を振りかぶる。


「山猿が!」


 しかし、そこでジェルマンの周囲に火炎が発生した。


 まるで床から沸き上がるように燃え上がるそれは、さながら炎のカーテン。


 火炎で障壁を作ったのだ。


「ぐっ……」


 炎の衝撃と圧力を受け、ラトラルは吹き飛ばされる。


「ラトラル!」


 横たわったラトラルのもとに、ハルカゼが駆け寄る。


 悔しいが……強い。


 どれもハルカゼの魔法の模倣だが、威力が段違いだ。


 他者から奪い取った魔法と、魔晶から生み出される豊富な魔力。


 ただそれだけで、ジェルマンは高等魔法使いレベルの実力を誇示できる。


「ふん……知っているぞ、貴様が『ダンジョン』に潜っては魔獣退治で点数稼ぎをしていることを」


 障壁を成していた炎が弱まり、消える。


 床に這いつくばるラトラルを見下ろしながら、ジェルマンは肩に掛かった埃を払う仕草をした。


「泥臭く培った身体能力か。才能が薄いなりに必死に鍛え、多少は動けるようだが……圧倒的な魔法の力の前には、体力など無意味だ」


 ラトラルは唇を噛み締める。


 悔しいが、事実であることも今の一瞬で思い知らされた。


「……ふっ。それが、貴様の『武器創造魔法』か」


 その時だった。


 ジェルマンが自動生成魔法具を操作すると、その器具の中心から光線が放たれた。


 赤い光は、ラトラルが魔法で生み出した剣に触れると、一瞬で網のように広がり剣全体を包み込んだ。


「読み取り、分析完了」


 呟き、ジェルマンは手を伸ばす。


 瞬間、ジェルマンの手の中に光が走り、剣が創造されていく。


「!」


 ラトラルの『武器創造魔法』が模倣されたのだ。


「なるほど」


 ジェルマンは手中に生み出された剣を握り、二、三度振るうと。


「来い」


 そう、ラトラルを挑発する。


「くっ……」


 ラトラルは立ち上がり、ジェルマンに斬り掛かる。


 ジェルマンは受け太刀するように剣を構える。


 ぶつかり合う二つの刃。


 ――ラトラルの剣が、鈍い音と共に折れた。


「な……うぐっ!」


 驚き、動きを止めるラトラル。


 その脇腹に、ジェルマンが蹴りを食らわせた。


「なるほど。どうやら、貴様の魔法は、貴様程度の魔力ではナマクラしか作れないようだが、魔力の豊富な人間が使えば、名刀や業物と呼ばれるような武器を生み出す事も可能なようだな」


 再び床に伏したラトラル、駆け寄るハルカゼ。


 そんな二人の前で、ジェルマンは分析をする。


「だが、ならば最初から質の高い武器を所持していれば良いだけのこと。少なくとも、僕の家にはこの程度の剣はいくらでもある」


 手にした剣を放り投げ、ジェルマンは大手を広げて揶揄する。


「残念だ、ラトラル=ラドファイア。以前、貴様の魔法が有用なら使ってやっても良いと言ったが……これは要らないな」


 わざとらしく、残念そうに首を振るうジェルマン。


 周囲で観戦していたジェルマンの取り巻き達の間から、嘲笑が上がる。


「……っ」


 目の奥が熱くなる。


 悔しさ、怒り、あらゆる熱い感情が込み上げてくる。


 許せない。


 そう思うと同時に、実力差を理解したもう一人の自分が言う。


 ダメだ、敵わない――と。


「さて……貴重な試験の時間を邪魔するわけにはいかないし、小競り合いはここまでにしよう」


 黙って事の成り行きを見ていた教員達に目配せし、ジェルマンが言う。


 純人間側の教員は、口には出さないがジェルマンの味方だ。


 ウィズ側の教員も、上流貴族のジェルマンには容易く口出しできないのだろう。


「これでも尚、貴様にやる気があるのなら……明日、この場所で決闘を行ってやろう。どうする?」

「……やる」


 ラトラルは、蹴りを受けた脇腹を押えながら立ち上がる。


 痛めつけられ、屈辱を与えられ……それでも、一度言った宣言を覆す気は無い。


「僕が勝ったら、ハルカゼの魔法を二度と使用しないで欲しい」

「それは、あの大鳥の魔法かい?」

「全部だ。彼女の魔法を読み取り分析し、その結果生み出す事のできる『火炎操作魔法』、全てを使用するな。二度と、ジェルマンがハルカゼの魔法に触れる事を希望しない」

「……いいだろう」


 ラトラルの真っ直ぐな視線を受け、ジェルマンは静かに怒りを膨らませる。


「ならば逆に、僕が勝利した際の条件だが、負けたら貴様には学園を……いや、王都から消えてもらう」

「そんな……!」


 ジェルマンの述べた交換条件に、ラトラルは絶句し、ハルカゼは悲鳴に近い声を上げる。


「当然だ! 上流貴族たるこの僕の権利を制限しようというのだ、それ相応の対価を払ってもらう! 敗北したならば、その足でこの王都から出ていき、二度と踏み入るな! 今後一生、その汚らしい姿を僕の視界に入れる事を許可しない! それが条件だ!」

「……わかった」


 咆哮に近い怒鳴り声で捲し立てるジェルマンに、ラトラルは静かに頷いた。


 ジェルマンはほくそ笑む。


「決闘成立だ。ああ、そうそう。王都の外門は、真夜中には閉鎖される。逃げるなら早々に家へ帰って旅支度を始めた方が良いと、助言しておこう」




 ■ ■ ■




 ――その後。


 私闘による負傷、及び試験進行の邪魔をしたラトラルは、魔法戦闘試験を受けさせてもらえなかった上に所持点数の減点まで食らってしまった。


 教員の一部も、どちらかと言えば貴族のジェルマンの味方なので当然の末路だ。


 ハルカゼには色々と心配されたが、正直、どんな会話を交えたのか記憶にない。


 気付いたら一日の日程が終わっており、バイトの時間が迫っている事に気付き、急いで帰ったのだった。


「つぅ……」


 夜の静寂と闇に包まれ、ラトラルは表情を歪ませる。


 負傷の痛み、どうしようもない現実。


 理由は様々だ。


「……くそっ」


 悔しい。


 負けたくない。


 だからと言っても、勝つ方法が見付からない。


 悩み足掻き、それでも突破口が見えず、今はひとまず今やるべき事をするしかない。


 自分には現実を変える力も無いのだから。


「どうすればいいんだ……」


 出口の見えないトンネルの中を、もがき進む気分だ。


 そんな心持ちのまま、ラトラルは配達先へ向かって駆け出した。


 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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 是非、よろしくお願いいたします!

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