001 新型魔法使いと旧型魔法使い
王都の一角に、広大な敷地と荘厳な建築物からなる教育機関が存在する。
即ち、魔法使いを育成する学院。
名を、グランレトラ魔法学院。
「あ、もうこんな時間か……帰らなくちゃ」
鐘楼の大鐘が五度鳴り、夕刻が告げられた。
図書館で自習をしていた少年は、書物を鞄に詰め込み帰り支度を始める。
黒い癖髪に、まだ幼さの抜けない童顔の少年だ。
体型は中肉中背で、学院の制服を纏っている
名は、ラトラル=ラドファイア。
この学院の生徒である。
ラトラルは鞄を背負い、図書館を後にする。
「ふんっ、こんな時間に何者かと思ったら……“旧型”の、確かラトラル=ラドファイアだったか?」
廊下を歩いていたラトラルに、行き違い様にそう声を掛けてきたのは、左右後方に手下を従えた貴族の少年だった。
「……ジェルマン」
ラトラルは彼の名を呼ぶ。
ジェルマン=キスカーレ――上級貴族キスカーレ家の跡継ぎである彼は、伸ばした金髪の前髪を指でいじりながら、ラトラルに蔑みの目を向けてくる。
「はっ、旧型魔法使いの“ウィズ”……その上才能の無い奴はあくせくと努力するしかなく哀れだな」
「……そうだね」
手下二人と共に嘲笑を投げ掛けてくるジェルマンへ、ラトラルは愛想笑いを返す。
「だから、少しでも成長できるよう頑張っているよ」
それだけ言って、ラトラルは立ち去ろうとする。
「待て」
そんな態度が気に入らなかったのか、ジェルマンがラトラルを呼び止めた。
「お前の魔法は、確か武器を生み出す魔法だったか?」
魔法は、血筋や素養の関係により一人一人違う。
ラトラルの持つ魔法は、『武器創造魔法』。
自身の魔力から、武器や防具を具現化させる事ができるというものである。
ただ……ジェルマンも言うように、ラトラルには“才能が無い”。
才能とは即ち、魔力の総量だ。
魔力量の乏しいラトラルが武器を生み出しても、純粋に質が高くない。
それでも、魔力の少なさを練度でカバーできるよう、知識と鍛錬を積んでいるのである。
「どれ、見せてみろ。査定してやる」
そんなラトラルに、ジェルマンは言う。
「……どういう、意味?」
「お前の魔法に価値がありそうなら、僕も“使ってやっても良い”と言っているんだ。所詮は単純な創造魔法、僕の『自動生成魔法具』で簡単に再現できるだろうしな」
嗤うジェルマン。
ラトラルはグッと奥歯を噛み締める。
「やめなさい、あなた達!」
その時だった。
駆け付けてきた一人の女生徒が、ラトラルとジェルマンの間に立ち塞がった。
「ハルカゼ」
ラトラルは驚き、女生徒の名を呼ぶ。
赤褐色の髪を揺らし、腰に手を当てて堂々と立つ少女――彼女は、ハルカゼ=ノア。
ラトラルと同学年の生徒だ。
「これはこれは、急いで何の用だい? ハルカゼ=ノア」
ハルカゼを前に、ジェルマンはふっと薄ら笑う。
「ラトラルに何をしようとしてたの!?」
「ウィズ同士庇い合うか。美しい友情というか、負け犬共の傷の舐め合いというか」
ハルカゼが、ジェルマンを睨み付ける。
「彼に手出しするなら、あたしが許さない」
「傲慢だな。そこのラトラル程ではないが、君も“魔力総量が平均より低い”と聞いている。大した才能を持ち合わせていないのだろう?」
「……そういう情報はよく知ってるのね」
しかし、ハルカゼは「だからどうした」というように笑う。
「それでも、あたしの方が強い」
「………」
「明日の魔法戦闘試験で驚かせてあげるから」
「調子に乗るなよ、旧型風情が」
反抗的なハルカゼの態度に、ジェルマンは無表情になる。
「そこまで言うのであれば、魔法戦闘試験、楽しみにさせてもらうよ。願わくば、僕と君が直接戦う流れになれば好都合なのだけどね。身の程というものを教えられる」
そう言って、ジェルマンは手下達を引き連れ立ち去っていった。
「ありがとう、ハルカゼ」
ジェルマンの背中に「べー!」と舌を出すハルカゼへ、ラトラルは感謝を告げた。
■ ■ ■
「ラトラルも鍛えてるんだから、あんな人達、強気に言い返しちゃえばいいのよ」
「純人間の貴族に逆らうのは、僕には荷が重いよ」
校舎を出て、学園敷地内、野外演習場の隅にて。
ラトラルとハルカゼはベンチに腰掛け、改めて話を交えていた。
「ハルカゼ、僕を庇ってくれてありがとう」
「べ、別に、前からあの人が気に入らなかっただけ」
照れ隠しのように、頬を染めてそっぽを向くハルカゼ。
「……それに、同じウィズのよしみよ」
この世界には、魔力を持ち、魔法を扱う才能を持つ人間――『ウィズ』という種族が存在する。
ラトラルもハルカゼも、ウィズだ。
本来、魔法は魔力を持つウィズが研鑽と研究を重ね進化させてきた力だった。
しかし、この世界の大半を占める普通の人間――純人間が魔法を再現できる道具、自動生成魔法具を生み出したことで、誰もが魔法を扱えるようになった。
元々魔法学院はウィズだけの学校だったが、擬似的に魔法使いとなった純人間も魔法を学べるようにと門戸が開かれた。
『種族を越え互いに切磋琢磨、相互理解し、魔法と共にこの国の未来を築いてゆく』……そんなお題目で。
体に魔力を宿すウィズと違い、純人間は魔力を発生させられる鉱物――『魔晶』を使い、自動生成魔法具を扱う。
つまり、多量の魔力を発生させられる貴重な魔晶を持っていれば、それだけで強力な魔法使いとなれる。
そのためか、純人間の……特に貴族にはウィズを見下している者が多い。
一から努力して魔法を身につける者――即ちウィズを、旧型と呼び馬鹿にしている。
当然、魔法という自分達の文化に入り込んできた上に、誹謗を口にする純人間を快く思っていないウィズも少なくない。
最新の自動生成魔法具が次々に生み出されていくのに比例し、種族間の対立も強まっているのが現実だ。
「僕も、ハルカゼくらい勇敢だったらな」
「あら、誰がタイラントみたいに野蛮ですって?」
「言ってないよ」
軽口を交えて、ラトラルとハルカゼは笑い合う。
「でも、本当に大丈夫かい? 上流貴族のジェルマン相手に、あんな啖呵を切っちゃって」
心配するラトラル。
そこでハルカゼは、自信有りげな笑みを浮かべた。
「ねぇ、ラトラル。見てて」
ハルカゼはベンチから立ち上がると、野外演習場の中央へと歩き進んでいく。
そして、集中するように瞑目し、魔法の発動に入った。
「【万象の素】【四柱の一角】【力の化身】【嘶き駆け】【有り様を主張せよ】」
魔力を込め、呪文を唱える。
ハルカゼの周囲にオレンジ色の反応光が燦めき、空中に火の粉が発生する。
火の粉は徐々に威力を強めていき、やがて、複数の火焔の矢が空中に生み出された。
ハルカゼの『火炎操作魔法』だ。
自然界の炎熱を操り、形を与える。
「【破砕の矛】【赤色の羽】【燃え上がれ】【産まれよ】【天空の守護者】」
ハルカゼの詠唱は続く。
幾つもの火焔の矢が発生し、集まり――やがて、巨大な鳥の姿になった。
「凄い……」
ラトラルも思わず呟く。
炎で形成された鳥は、ハルカゼの頭上に滞空している。
「【撃て】!」
ハルカゼが指令すると、鳥の体から炎の矢が放たれた。
矢は演習場の地面に命中し、爆発と共に大穴を作り出す。
「その状態で、火焔魔法も撃てるんだ!」
「自分を守護させ、尚且つ遠距離攻撃の砲台にもなる」
ハルカゼは魔法を解除する。
炎と魔力の残滓が、輝きを残して散る。
「名前は、【火焔の親凰】」
額の汗を拭い、ハルカゼはラトラルの元へと戻ってくる。
「あたしの火炎操作魔法の傑作よ。試験に向けて、密かに完成させていたの」
「凄いよ、ハルカゼ!」
思わず、ラトラルはハルカゼの手を取る。
「これだけ複雑な魔法操作、自動生成魔法具でも模倣は不可能だ!」
感動を口にするラトラルと、いきなりの熱烈な行動に目を丸めるハルカゼ。
ラトラルもすぐに気付き、「あ、ごめん」と手を離す。
「思わず興奮しちゃったけど、本当に凄いと思うよ」
「ふふ……ありがとう」
ハルカゼは、嬉しそうに微笑む。
「ハルカゼの夢に、一歩前進したね」
「え?」
そこで、ラトラルの口にした言葉に、ハルカゼは驚きの表情となった。
「夢は凄い魔法使いになる事だって、前に言ってたでしょ」
「覚えてたんだ……」
「覚えてるよ、僕も一緒だって思ったから」
その言葉に、ハルカゼは再びハッとした表情になる。
そして、少しの間を挟んだ後……。
「あのね、ラトラル。聞いてくれる?」
そう、声のトーンを落として言った。
ラトラルは「?」と思いながら頷く。
「ラトラルも知ってると思うけど、あたしは魔力量が少ない……才能の薄いウィズなの」
「うん」
「でも、あたしのお母さんは凄い魔法使いだった。病気で体を壊してからは、家で療養して、そのまま最期を迎えたけど……そんなお母さんから、魔力は練度を高めれば質で量を覆せるって、そう言われて、勇気をもらって努力してきた」
「………」
「さっきの魔法も、お母さんが天国に旅立つ前に、一度見せてくれた魔法を参考に作り上げたの」
ハルカゼは、胸の前でギュッと拳を握る。
「明日の魔法戦闘試験、絶対に満点を取ってみせる。そして、いつかお母さんに認められるような凄い魔法使いになる。それが、本当のあたしの夢……ごめんね、なんだか、熱く語っちゃって」
「ううん、ハルカゼならきっと成れるよ」
ハルカゼの、心の底。
大切な話を聞かせてくれたのだと思い、ラトラルは真剣な顔で頷く。
ハルカゼも、そんなラトラルの言葉に「ありがとう」と微笑む。
そんなやり取りを交えた後、二人はそれぞれ帰路に着いた。
「………」
ラトラル達のやり取りを、物陰に潜み見ている者がいた。
その顔に、怪しい笑みを湛え。
■ ■ ■
――翌日。
「それでは、これより戦闘魔法試験を開始する」
グランレトラ魔法学院――屋内演習場。
この日、ラトラル達は魔法戦闘の試験に挑んでいた。
試験で良い成績を残せば、学院での評価の指標――“高点数”の取得に繋がる。
演習場内は緊張感と高揚感に包まれていた。
無論、ラトラルも意気込みは負けていない。
「今回の魔法戦闘試験は、二名ずつ、名前を呼ばれた者から前に出て順番に一騎打ちをしてもらう」
試験官の一人が説明を開始する。
ちなみに、試験官はウィズと純人間の教員が半々。
純人間の教員は、自動生成魔法の使い手である。
「魔法を使った直接戦闘。その勝敗で評価を決する。無論、我々が防護魔法を掛けるので負傷の心配はしなくてもよい」
簡単な説明がされ、早速、最初の二名が名前を呼ばれる。
「ジェルマン=キスカーレ、ハルカゼ=ノア、前へ」
呼ばれたのは、ハルカゼとジェルマンだった。
「ハルカゼ、頑張って」
「ええ」
ラトラルの応援に笑顔で応え、ハルカゼは前へと進み出る。
一方、取り巻きの純人間達に見送られながら、ジェルマンも優々と歩み出てくる。
「……ん?」
そこで、ラトラルはジェルマンの装着している自動生成魔法具を見て、違和感を覚えた。
自動生成魔法具は、首から掛けるペンダントのような形をしており、純人間は学院内で常に身に付けて
いる。
自動生成魔法具にも世代や機能で形状に差があるのだが、この日、ジェルマンが装着していたのは、いつもと違う自動生成魔法具。
ラトラルも、見たことの無い形のものだった。
「始め!」
そんな中、戦闘試験が開始する。
「行くわよ」
一対一の直接戦闘、しかも、その相手が因縁のジェルマン。
願ってもいない状況に、ハルカゼも初手から全力を出す構えのようだ。
自身の築き上げた極秘の奥義を披露せんと、詠唱を開始する。
その瞬間だった。
「ふっ」
冷笑と共に、ジェルマンが魔法具を起動させた。
刹那、ジェルマンの周囲で魔力の反応光が燦めき、真っ赤な炎が発生する。
「え……」
その光景に、ハルカゼは言葉を失う。
ジェルマンの頭上に生み出されたのは、巨大な火焔の大鳥。
「そんな、あれは……」
ラトラルも驚愕する。
その姿は正しく、昨日見た、ハルカゼの【火焔の親凰】だったからだ。
神々しい火の鳥の誕生に、試験官や生徒達の間にもどよめきが広がる。
「な、なんで……それは、あたしの」
「素晴らしいだろう?」
狼狽するハルカゼに向け、ジェルマンは胸元の魔法具を撫でながら言う。
「これが最新式――第三世代自動生成魔法具の性能だ! この自動生成魔法具は、一瞬で魔法を分析し映し取る。その上再現性も高く、実質どんな魔法をも行使する事が可能だろう!」
高らかに喋るジェルマンだが、今はそんなことどうでもいい。
問題は、ハルカゼの魔法が模倣されたという点だ。
あの魔法は、ハルカゼが長年密かに積んだ修練と研鑽により生み出されたものだ。
人前では見せていない……少なくともラトラル以外には。
(……もしも、模倣する瞬間があったとするなら……)
ハルカゼは昨日、ラトラルと別れた後、修練場で練習をしていくと言っていた。
ジェルマンが密かにハルカゼを尾行し、その現場に潜んでいたのなら……。
「この、盗人!」
怒りを露わに叫ぶハルカゼに、口端を吊り上げるジェルマン。
「そんな紛い物に、あたしの魔法は負けない!」
ハルカゼが、自身の【火焔の親凰】を発動する。
ジェルマンと同様の姿をした火焔の鳥が、ハルカゼの頭上に滞空する。
が――次の瞬間。
「矮小だな」
ジェルマンの頭上の大鳥が、両翼を広げた。
その全身が、更に盛大な火力で膨れ上がる。
「な……!」
閃光を迸らせた後には、ハルカゼの【火焔の親凰】よりも巨大で猛々しい大鳥を従えるジェルマンの姿があった。
広げられた両の翼は、あたかも火焔のオーロラ。
空間を焼き尽くさんが如く燃え盛る紅蓮。
外見だけで、内包された膨大な破壊力が伝わってくる。
ハルカゼの生み出した大鳥が、雛鳥に見える程に。
「そんな……」
「僕の持つ魔晶は、希少にして多量の魔力量を内包する『ヘルカイトの竜鱗』」
自動生成魔法具の中心にセットされた深紅の魔晶を、ジェルマンは撫でる。
「君のちんけな魔力で生み出す魔法も、更に強力な姿に変えられる」
刹那――ジェルマンの【火焔の親凰】が、嘴を広げた。
口腔より放たれたのは、火焔の砲撃。
そのたった一撃で、ハルカゼの生み出した【火焔の親凰】は、粉々に破壊された。
「そこまで!」
試験官が勝負を止める。
圧勝を見せ付けたジェルマン。
対し、オーディエンスはざわめきを続けている。
披露された第三世代の自動生成魔法具の性能を前に、その場の全員が未だ動揺しているのだ。
純人間達は新たな技術の進歩に興奮し。
ウィズ達は強力な魔法が容易く生み出された現実に青ざめる。
「ふっ、理解したかい? ハルカゼ=ノア」
そんな中、散り舞う火の粉の下でへたり込むハルカゼを、ジェルマンが見下ろす。
「自動生成魔法は、豊富な魔力で更に威力を上げられる。君達の魔力量は才能だが、良質な魔晶を手に入れられる上級貴族なら、財力にものを言わせて容易く最強になれる。魔力が高ければちまちました小細工など必要ない」
「………」
「……しかし、数年かけて努力し、作り上げてこの程度か」
「……!」
空中に舞うハルカゼの魔法の残滓を一瞥し、ジェルマンは「下らないな」と吐き捨てる。
そして、ハルカゼの横にしゃがみ込み、顔を寄せて囁く。
「時代遅れの旧型魔法使い種族、ウィズ……その上、魔力量が乏しく才能の無い君のような者がいくら努力しようが、時間の無駄だ。『母親に認められるような凄い魔法使いになる』……だったか? そんな子供じみた夢は諦めて、大人しく魔法の研究に勤しめ。僕の専属の魔法研究家にでもならないか? それならば、多少優遇してやらんでもない」
「………」
「光栄だろう? 僕達の栄華の“素材”となれるのだから」
「……っ……!」
その言葉は、侮辱以外の何物でも無い。
俯くハルカゼの頬を、涙が伝って落ちるのが見えた。
――その瞬間、ラトラルは動いていた。
足を動かし、ハルカゼの傍へ。
ジェルマンの前へ、進み出る。
「今は試験中だ。何の用だ? ラトラル=ラドファイア」
「決闘を申し込む、ジェルマン=キスカーレ」
その言葉に、一瞬にして場が静まり返った。
「すまないが……今、何と言ったかもう一度口にしてくれないか? ラトラル。僕の聞き間違いという可能性もある」
「決闘を申し込む、そう言ったんだ」
そんな中でも、ラトラルの意思は変わらない。
ジェルマンの言動。
ハルカゼの尊厳を踏みにじったこと。
その全てが許せない。
「貴族式の決闘だ! 受けろ! もしも僕が勝ったなら、二度とハルカゼの魔法を使うな! そして、彼女に対する侮辱を謝罪しろ!」
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
本作について、『面白い』『今後の展開も読みたい』『期待している』と少しでも思っていただけましたら、ページ下方よりブックマーク・★★★★★評価をいただけますと、創作の励みになります。
是非、よろしくお願いいたします!