第3章: 笑顔の裏側
僕と七奈の関係は、音楽を通じてますます深まっていった。毎日のように音楽クラブで顔を合わせ、放課後には彼女と一緒に好きな曲を聴いたり、楽器を弾いたりする時間が楽しくてたまらなかった。七奈の笑顔はいつも輝いていて、彼女が心から音楽を楽しんでいることが伝わってきた。しかし、その笑顔の裏には、僕が知り得ない痛みが潜んでいることに気づき始めたのは、ある晩のことだった。
その日は、音楽クラブの活動が終わった後に七奈が
「家でちょっとだけピアノを弾くから、よかったら見に来て」
と誘ってくれた。僕は彼女の演奏を聴くのが楽しみで仕方がなかったし、彼女の音楽に対する情熱をもっと知りたいと思っていた。心を躍らせながら、指定された時間に彼女の家に向かった。
七奈の家に到着すると、彼女はいつものように明るい笑顔で迎えてくれた。家の中は温かみのあるインテリアで、落ち着いた雰囲気が広がっていた。リビングにはピアノがあり、その周りには音楽関連のアイテムが整然と置かれていた。彼女が
「今日は特別な曲を用意しているんです」
と言って、ピアノの前に座った。
演奏が始まると、部屋の中に流れる音楽は、まるで魔法のように僕の心を引き込んだ。七奈の指が鍵盤の上で踊り、豊かな音色が響く。その音楽には彼女の深い感情が込められているのが感じられ、演奏が進むにつれて心が次第に洗われるような気持ちになった。曲が終わると、彼女は少し疲れたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔を取り戻した。
「どうだった?」
彼女がそう訊ねると、僕は心からの賞賛の言葉を口にした。
「本当に素晴らしかったよ。音楽がこんなにも心に響くものだとは思わなかった。」
七奈はその言葉に照れながらも、嬉しそうに笑った。けれども、その笑顔の奥に、何か隠しきれない苦しみが見え隠れしているような気がしてならなかった。彼女が何かを抱えているのではないかと、ふと感じた。
その晩、家に帰る途中で僕は、七奈の演奏と彼女の表情を思い返していた。音楽が彼女の心を癒す一方で、その演奏が彼女にどれほどの負担をかけているのか、気になって仕方がなかった。彼女が何かに悩んでいるのではないか、そんな思いが頭から離れなかった。
翌日、学校で七奈にそのことを話そうと思い、昼休みに彼女に声をかけた。友達や部員たちが集まる中で、七奈と少しだけ距離を置いて話すことにした。
「七奈さん、昨日のピアノ、すごく良かったんだけど…ちょっと疲れてるように見えたけど、大丈夫?」
僕がそう訊ねると、七奈は驚いたように僕を見つめ、その後すぐに笑顔を作り直した。
「うん、大丈夫だよ。ただ、練習していただけなんです。」
彼女のその言葉には、僕が思っていた以上の隠し事があるように感じられた。けれども、彼女が話したくないことを無理に聞き出すのも気が引けたので、それ以上は追及しなかった。
それから数日後、七奈の体調が急に悪化し始めた。学校に来るのもままならず、音楽クラブの活動にも顔を出さない日が増えてきた。僕は心配になり、何度も彼女の家に電話をかけたり、直接訪問したりしたが、いつも「大丈夫だから心配しないで」と言われるばかりだった。
ある晩、音楽室で一人でいると、七奈のことが頭から離れなくなっていた。彼女が音楽を通じて自分の感情を表現しているのは理解していたが、その裏でどんな痛みを抱えているのかがわからなかった。音楽が彼女にとってどれほど重要なものであるかは知っているつもりだが、それが彼女の心を癒す一方で、どれほどの負担をかけているのかを考えると、胸が苦しくなった。
その後、七奈から再び家に来てほしいと連絡があった。僕は彼女の体調が少しでも良くなるようにと、心を込めて支える決意を固めた。指定された時間に彼女の家に到着すると、やはり体調がすぐれない様子で、ベッドで横になっていた。彼女の顔色はあまり良くなく、その姿を見ると心が痛んだ。
「七奈さん、大丈夫?」
僕がそう訊ねると、彼女は弱々しく微笑み、
「少しだけ休んでいるんです」
と答えた。どうしても心配を隠せず、
「何か手伝えることはありますか?」
と尋ねると、七奈は一瞬黙り込み、そして静かに言った。
「実は、私、少し前から体調が良くないんです。でも、どうしても誰にも心配をかけたくなくて…」
その言葉を聞いた瞬間、僕の胸が締め付けられるような感覚に襲われた。彼女がその苦しみを一人で抱えていたことを思うと、どうしても放っておけなかった。
「七奈さん、どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか?」
「言ってもどうにもならないと思っていたんです。ただ、音楽が私の支えになっているのは確かなんです。」
七奈がそう言ったとき、僕は彼女の手をそっと握り、決意を新たにした。音楽が彼女の心の支えになっていることは理解できるけれど、彼女自身がどれほど辛い思いをしているかを知ることができた。これからは、音楽だけでなく、彼女自身を支えるために全力を尽くすつもりだった。
「七奈さん、何でも話してくれれば、できる限りのサポートをするから。」
僕がそう約束すると、七奈は感謝の意を込めた目で僕を見つめた。
「ありがとう、蓮さん。そう言ってもらえるだけで、とても心強いです。」
その後、僕は七奈の家を訪れ、彼女の体調が少しでも良くなるようにと、できる限りのサポートをし続けた。七奈が元気を取り戻すために、どんな手助けでも惜しまなかった。彼女が音楽に対する情熱を持ち続ける限り、僕も全力で支える覚悟を決めた。
音楽が彼女の心の支えになり、彼女が少しでも楽になれるようにと願いながら、僕は彼女と共に過ごす時間を大切にしていった。七奈の笑顔の裏に潜む痛みを理解し、その痛みを少しでも軽くするために、心を込めて支えていくつもりだった。




