6 宿屋にて
「おかえりなさい、レオリック、キーラン。あら、そちらは……?」
宿屋レゲンに入ると、明るそうな女性が声をかけてくれた。
「マリエル、ただいま戻りました。彼女は東の森で知り合った子で、さくらというんだ」
マリエルと呼ばれた女性は宿屋の受付なのかな。レオリックとキーランと顔見知りのようだ。
私は頭を下げ挨拶をする。
「初めまして、さくらといいます。よろしくお願いします」
「あら、丁寧にありがとう。私はマリエル、この宿の主人よ」
マリエルはにこっと笑うと、私の腕の中にいるくーちゃんを見る。
「よろしく、猫ちゃん。あなたも、ようこそ」
マリエルはくーちゃんの頭をなでると、レオリックとキーランに向き直る。
「森で知り合ったって言ったけど……大丈夫だったの? ヴァーグがいるんでしょ?」
「いたけど、レオリックがもうやっつけたよ。大丈夫」
マリエルはキーランの言葉を聞いて、安心した表情を浮かべた。
「そう、倒してくれたのね。怪我がなくて良かったわ。レオリック、ありがとう」
レオリックが頷いて応じる。
「それで、マリアル。部屋はあいてる?」
「さくらちゃんの部屋ね? ええ、大丈夫よ」
マリエルは頷くと、私に優しく微笑みかけてくれた。
「さくらちゃん、怖かったでしょう。でも、ここなら安心よ。ゆっくり休んでね。」
私は少し緊張しながらも、感謝の気持ちを込めて答えた。
「ありがとうございます、マリエルさん。」
「まずは、温かいうちに食べようか」
「いただきます!」
宿屋の食堂は木の温かみを感じさせる内装で、暖かい光がランプからこぼれ落ちている。この宿屋の主人の人柄が出ているんだろうか、シンプルながらもとても落ち着く雰囲気だ。
目の前の木のテーブルに並んでいる食事は、良い香りのする丸いパン、新鮮な野菜のサラダ、根野菜のシチュー。
見たことがない野菜もあるが、どれもとても美味しそう。
良かった。食文化は日本とあまり変わらないみたいだ。まぁ、箸はないみたいだけど……。
パンをちぎって口に運ぶ。わぁ、外はカリカリ、中はふんわり。ほんのり甘くて美味しい! おかずがなくても、これだけでいける!
ちぎっては食べ、ちぎっては食べ……止まらないぐらい、本当に美味しい!
次は、野菜のサラダ。緑の葉野菜、それにチーズがちりばめられ、黄色いドレッシングがかかっている。わくわくしながらフォークでサラダをすくい、口に入れる。
とても甘みのあるドレッシングだ。なんだろう……食べたことのある味だ。あっ、そうだ。はちみつだ!パンにもはちみつが入っていたのかな?
はちみつドレッシングがかけられたサラダも格別! これも止まらない美味しさがある~!
次に、根野菜のシチュー。こちらも蜂蜜が入ってるのかな? と思ったが、普通のクリームシチュー。だけど、とても優しい味がする。ジャガイモをスプーンですくい口に入れる。口の中で柔らかくくずれる。すごく、ホっとする味がする。
んー、幸せ!
ほっぺたが落ちそうになっていると、なんだか視線を感じ……顔を上げると、レオリックとキーランの二人がじーっと私を見ている。
「ごめん。なんかすごく美味しそうに食べるから、思わず見ちゃったよ」
顔を赤くしている私に、レオリックが笑いながら言う。
「気持ちはわかる。ここのメシは旨い」
キーランは頷くとパンを食べ始める。
ちなみに、くーちゃんはマリエルさんのご好意でお肉の切れ端をもらい、嬉しそうに食べている。
「本当に美味しいです。ほっとしますね」
「ああ。それに甘いだろう?ここは蜂蜜が特産品だからね」
レオリックはそう言うと周りにある工芸品をさす。
注意して見ると、確かに工芸品や壁にかかっている絵画なんかは全て蜂蜜を模しているようだ。
「明日には採蜜が始まる。もともと俺たちは、そのためにこの村にきたんだよ」
レオリックはそう言うと説明をしてくれた。
レストード村の南西の森では、ハニースティンガーと呼ばれる蜂のモンスターの生息地だということ。この季節にハニースティンガーが集めた蜂蜜の採蜜を行うこと。とても質の良い蜂蜜でリッチウッズの蜂蜜として有名なこと。低級クラスとはいえハニースティンガーはモンスターなため、冒険者の手を借りて行うこと。また、冒険者にとって金策になるのでこの時期レストードには冒険者が集まっていることなどを教えてくれた。
金策! ということは、私も参加して、宿屋代をレオリックに返して、なおかつ自分のお金で宿屋に泊まれるんじゃ?!
まずは、お金を持ってないと明日のごはんさえ、寝る場所さえない。
「私も参加することはできるのでしょうか?」
「そう、その事を話したかったんだが……さくら、冒険者になるのはどうだい?」
レオリックの言葉に驚く。
「冒険者……私がですか?」
「ああ。さくら、君がもし本当に別の世界の住人なら、元の世界に帰りたいだろう?」
「はい」
レオリックの言葉に頷く。家族に会いたい、友達に会いたい。学校のことも気になるし、くーちゃんを戻してあげたいと思う。
「それなら、なおさら冒険者が良いんじゃないかと思ったんだ」
冒険者であればクエストを受けお金を稼ぐことができる。そして帰るための方法を探すには、一か所に留まるより身軽な冒険者となり、情報を求めて捜し歩くことができるし、冒険者ギルドには情報が集まりやすい。
「なにより、この世界で生きていくために手に職をもつことは大事なことだと思う。冒険者としての経験は、戦闘技術や生存スキル、他の人との協力方法など、多くの実践的なスキルを身につけることができる。それはどんな状況でも役に立つはずだ」
レオリックは私の目を見つめながら続ける。
「冒険者としての生活は決して楽なものではないけれど、さくらには大きな目標がある。やっていけると俺は思うよ」
そこまでいうと、彼は私の顔を見て頷いた。
「冒険者……」
レオリックの言葉を反芻する。
思い出すのはヴァーグの姿だ。この世界に来て初めて出会ったモンスター。
元の世界でも、実際に見たことがない大きな狼の姿。牙をむき出し低く唸りながら、一歩、また一歩と近づいてくる。思い出すと体がぶるっと震えた。心臓がバクバクとなりはじめる。
正直に言うと、あんなモンスターを相手に戦っていける自信は全くない。
それに戦うにしても、二人はそれぞれ武器を持っているようだが、私は武器を持ったことがないし、扱える自信もないのだ。
「私、武器を持ったことがありません……。もったとしても、扱えるかも自信がありません」
不安を正直に吐露すると、レオリックはふふっと笑う。
「最初は誰だってそうだよ。それに……今すぐ決めなくたっていいんだ」
「え?」
「俺たちは当分この村にいるし、その間に色々なことを教えてあげられる。それに、明日だって討伐じゃなく採蜜をすればいい」
「そうだよ。ゆっくり考えよ」
キーランもそう言うと、いつのまにおかわりしたのか、2つ目のパンを口に放り込んでいる。
今すぐ決めなくていい……その言葉に少し安心する。
「いっぱい食べて明日に備えないと。蜂蜜は重いよ」
「キーラン、お前は何もなくてもいっぱい食うだろ」
「生きてるだけで腹は減るから仕方ないよ」
二人の会話を聞いていると、少し元気が出てきた。冒険者になるかどうかは、まだ決められないけど……。
「ありがとう、レオリックさん、キーランさん。私、とりあえず明日の採蜜頑張ります!」
二人は笑顔で応えてくれた。
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