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黒猫の導き

 見たこともないような大きく古い屋敷が目の前に広がっていた。その建物は伝統的な日本建築の趣きを持ち、重厚な木製の門には、繊細な唐草模様が彫り込まれている。門の周りには敷石が整然と並び、その上を静かに風が吹き抜け、竹や松がさらさらと音を立てていた。


 おそるおそる門をくぐると、まるで時が止まったかのような庭園が広がった。庭園には手入れの行き届いた池や、苔むした石灯籠があり、背の高い松の木々が揺れている。私は古い石畳の道を歩き、屋敷の玄関に近づいていった。


 玄関の扉は重厚な木製で、先ほどの門にあった唐草模様が彫り込まれている。扉は開いており、屋敷の中が見える。覗き込むと、畳敷きの床に美しい障子があり、壁には掛け軸が掛けられているのが見える。格子窓から柔らかな光が差し込み、中は明るく見えるが、さすがに入るには躊躇する。


 足元にいた黒猫は、躊躇せず屋敷の中に進み、奥に見える階段の中段で振り向きニャーと鳴いた。早く来いと言わんばかりだ。


「お……お邪魔します」


 人がいる気配はしないが、ひとさまの家だ。一応声をかけるのが礼儀だろう。


 屋敷の玄関だろうか。広い土間には、中央に木製の階段が伸びており、壁には美しい日本の風景を描いた掛け軸がいくつも飾られている。私から見て左右に引き戸がある。天井は高く、豪華な行灯が柔らかな光を放っている。黒猫は私が中に入ったのを見ると、階段を登り2階の右手に見える襖の前に座り、もう一度私を見た。


 ゴクリと唾を飲み込みながら、慎重に足を進め、階段のギシっという音に不安を感じた。この階段、崩れ落ちたりしないだろうか。


「ニャー」


 無事に階段を登り一息つくと、黒猫は扉をカリカリ爪で引っ搔くと私を見上げた。


「ここに入りたいのね?でも……開くかな?」


 私はドキドキしながら引き戸の取っ手に手をかけ、ゆっくり引いた。ガラガラ……と静かな音を立てて襖が少し開いた。


「開いた……!」


 おっかなびっくり襖を押すと、黒猫がスルンと中に入り込む。

 中は十畳ほどの広さの和室で、中央に大きな鏡台があった。黒猫はその鏡台の前に座り、じっと覗き込んでいる。


「すごい大きな鏡……」


 鏡に近づき、放置された痕跡が残る白く曇った鏡面を見つめる。ふと、鏡台の前に置かれたネックレスに気づく。


「これ、綺麗……月の形をしている」


 ネックレスを手に取り、その美しさに見とれる。黒猫も興味深そうに鏡を見つめているが、その首輪にも同じ月の形をしたペンダントが付いていることに気づく。


「あなたも同じ形のペンダントをつけてるのね」


 その白くなった鏡面を手で拭くと、自分の顔が映った。その次の瞬間、鏡面が波を打った。


「?!」


 私の顔を映していた鏡面は、黒く波紋のように波を打ち始めた。


「なっ、なに?!なんなの?!」


 慌てて私は黒猫を抱き上げると、鏡から離れようと扉に向かって走った。だが、何かに体を引っ張られ、ぐっと鏡に引き寄せられた。


 ぶつかる!


 鏡にぶつかると思った私は、ぐっと衝撃に備えるように歯を食いしばった。

 しかし、私を襲ったのは予想外の出来事だった。鏡の中に入ったと思った途端に、体が落下していったのだ。


「ぎゃあああ!」


 周りは何もない黒い空間で、まるで星の見えない黒い夜空に放り投げ出されたようだ。落下していく私の視界に、鏡の鉄枠が見えた。

 その鉄枠の向こうに先ほどまで私がいた部屋、そして糸が切れたように倒れる私が見えた。


「えっ?!」


 私がいる!!

 必死に手を伸ばすが、無慈悲に体は落下していく。


「えええええええええええ?!」


 あっという間に鏡の鉄枠は見えなくなり、私は黒猫を抱きしめたまま落下し続け、意識が遠のいていく中、未知の世界へと飛び込むのを感じた。




---




 私の名前は松永まつながさくら。

 会社員の父に、パート勤めの母、大学生の姉と中学生の弟がいる。

 地元の高校に通う、どこにでもいるような女子高生だ。


 そう、確か……私は母にお使いを頼まれ、地元の神社に来ていた。

 この神社は私の父の友人が神主をしている場所で、私は子どもの頃からよく遊びに来ていた。境内ではいつものように野良猫たちがのんびりと過ごしている。

 母から頼まれた用事を済ませ、境内でお昼寝している野良猫の頭を撫でていた。


 そのとき、初めて見る猫が境内の隅から私を見ていた。

 いつからそこにいたのか、真っ黒の毛並みに紫色の瞳の猫だった。


「はじめまして、黒猫ちゃん」


 この黒猫は人に慣れているのか、私が近づいても逃げずに、おとなしく頭を撫でられていた。


「飼い猫かな? あなたの名前はなんていうのかな、紫色の目は珍しいね」


 黒猫といって想像する目の色は黄色だ。だがこの猫の目は薄い紫色をしている。

 首には銀色のチェーンに月の形をしたペンダントがついている。

 黒猫は撫でられるのを楽しんでいるようで、喉を鳴らしながら歩き出し、振り返ってはさくらを見る。そしてまた少し歩くと振り返り、さくらについてくるように促す仕草を見せる。


 そんな黒猫に興味をひかれた私は、ワクワクしながら黒猫を追いかけることにした。

 神社の裏手にまわり、山道を登っていく。その間も黒猫は振り返りながら先導していく。

 そうしてたどり着いたのが古ぼけた大きな屋敷だった。




---




 鼻をかすめる草と土の匂い。

 ゆっくりと目を開くと、ちょこんと揃えて座っている猫の前足が見えた。

 見たこともないほどの巨大な木々が茂っていて、その間を光が差し込んで幻想的な光景を作り出している。

 様々な形をした植物が生い茂り、色とりどりの花が咲いているのも見える。


「ここはどこ……?」


 思わず呟き、目の前に座っている黒猫を見る。

 あの鏡に吸われるとき、思わず黒猫を抱きしめてしまったけれど、落下しながらも離さなかったようだ。

 チャリ、という音に気付き手を開くと、鏡の前で見つけた月のペンダントトップのネックレスを持っていた。

 そして、その時に見えたものを思い出し、ゾクっとした。


 私……だった。


 落下しながらも見えた、あの鉄枠の中の光景。和風の部屋に、倒れる私。

 向こう側にいる私は死んだのだろうか?

 体育座りをして膝に顔をうずめ、目を閉じる。


 私は死んだの?じゃあ、ここにいる私はなんなの?ここは死後の世界なの?


「どうなってるの……?」


「ニャー」


 呟いた私に返事をしてくれた黒猫を見ると、じっと座り私を見つめている。


「ごめんね……私が道連れにしちゃったのかな……」


 きっと、私が抱きしめて離さなかったからこの黒猫も来てしまったのだろう。

 あのとき、向こう側に見えた私の横に、きっとあの黒猫もいて、一緒に倒れてしまったんじゃないだろうか。もしかしたら……死んでしまったんじゃないだろうか。


「ごめんなさい……」


 もう一度言うと、黒猫は喉を鳴らし私の手に頭をこすりつけてきた。

 涙が溢れて視界の中の黒猫の姿が歪む。




---




 どれくらい時間が経ったのだろうか。

 泣き疲れ、顔を上げる。


「よいしょっと……」


 ゆっくりと立ち上がり、辺りを見回す。

 私に寄り添って寝ていた黒猫も、私が立ち上がると起きて伸びをしている。


 向こう側の私がどうなったかはわからない……。けど今ここにいる私は、生きている

 いっぱい泣いたからか、目の前でグルーミングをしている黒猫を見ると、元気が出てきた。


 どれだけ考えてもどうなったかなんてわからない。だから、知るためにも帰らなきゃいけないんだ


 黒猫を抱き上げ、じっとその紫色の瞳を見て、決意表明をする。


「私、絶対あなたを連れて一緒に帰るから!」


 黒猫は、私の頬をざりざりと舐めてくれた。


「これも、返さなきゃ」


 月の形をした不思議な色合いに光るペンダント。なくさないようにしないと。

 制服のポケットに入れかけたが、思い直す。ポケットに入れて落としたら大変だ。

 ちょっと迷った末に、私はネックレスを首にかけた。




---




「そうだ、あなたの名前を決めなきゃね」


 黒猫を地面におろしながら考える。


「黒猫……黒猫だからクロ……くーちゃんでどう?」


 私の名づけセンスはゼロだ。

 黒猫のくーちゃんは周辺に咲いている花の匂いを嗅いで鼻をヒクヒクさせている。


「よろしくね、くーちゃん」


 声をかけると、くーちゃんは私を一瞬見た後、ぶわっと尻尾を太くし近くにあった茂みに威嚇を始めた。


「え……?」


 茂みがガサガサと揺れている。

 私はその異様な空気に、慌てて下がって茂みから距離をとる。


 ガサガサ、ガサガサと音を立て茂みから出てきたのは……狼だった。


「え……?」


 茂みがガサガサと揺れている。

 私の心臓が一気に跳ね上がる。一瞬で周囲の音が消えたかのように静まり返り、私の耳には自分の鼓動だけが響いている。

 ガサガサ、ガサガサと音を立て茂みから出てきたのは……狼だった。


「う、うそ……」


 目の前に現れた大きな狼に息を呑む。これまで本やテレビでしか見たことのない狼が、実際に目の前に現れるなんて夢にも思わなかった。

 その灰色の毛並みと鋭い目つき、力強い体躯に圧倒される。恐怖が全身を貫き、足がすくんで動けなくなる。


 頭の中が混乱し、考えがまとまらない。逃げるべきか、じっとしているべきか、わからない。

 くーちゃんは、私の前に立ちはだかり、低く唸りながら狼に向かって威嚇を続けている。

 狼は低く唸り声を上げ、ゆっくりと私たちに近づいてくる。


「お、落ち着いて……冷静にならなきゃ……」


 自分に言い聞かせるように小声で呟く。だが、目の前の狼から目を離せず、冷たい汗が流れる。

 に、逃げなきゃ……。そうは思うが、足が動かない。


「シャアアアアァア!」


 狼が更に一歩近づいたとき、くーちゃんが大きな唸り声を上げた。

 その唸り声で、狼は私からくーちゃんにターゲットを変えた。


「グルルルル……」


 狼は低く、喉の奥から絞り出すように唸り始めた。

 狼は一度姿勢を低くすると、牙を剥き出し一気に跳躍し、くーちゃんに向かって飛んだ。


「だっ、だめええええええ!!!」


 その瞬間、狼とくーちゃんの間で何かが光った。


「なっ、なに?!」


 あまりの眩しさに顔を背ける。視界の端に映る黄色い光がゆっくり収束していく。


「ニャ……?」


 くーちゃんが目を丸くして私を見つめているのが見える。


「えっ……?」


 自分を見て驚いた。私の右手が黄色く光っている。

 くーちゃんと狼の間にある光と私の右手の光は連動するように収束し消えた。

 狼のほうは驚いたまま後退し、戸惑っているようにこちらを見ている。


「伏せろ!!!!」


 そのとき、私の後方から大きな男性の声が聞こえた。


「?!」


 私の横から何かが飛んでいき、狼の腹に刺さった。


「ギャア!!」


 狼の叫び声が響く。狼の腹に刺さっていたのは剣だった。

 狼はヨロヨロと歩きかけたが、そのまま横倒しに倒れた。


「……」


 痙攣する狼を見ながら、恐怖と驚きの連続で私は声が出なかった。

 そのまま腰が抜けて地面に座り込んでしまった。


「ニャー」


 くーちゃんが来て私の顔を覗き込む。


「くーちゃん……良かった」


 まだ体の震えは止まらず、ようやく絞り出した声もかすれ、くーちゃんの頭をなでる手もぶるぶると震えてしまう。こんな恐怖を味わったのは初めてだったのだ。


「大丈夫か?」


 私の背後から先ほどの声の主が現れた。

 初めて見る、この世界の住人だった。

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