スーパーヴィランの華麗なるショーへようこそ
この世で最も素晴らしい悪とはなんだろうか。
悪の時点で最高もクソもない。最低だ、と常識と良識を掛け合わせた真人間からは怒られそうな言葉だが、僕にとっては確かに存在する。
それは「美学をもって悪を完遂する事だ」
例えば、無差別大量殺戮が美学であるなら通り魔や不意討ちといったチマチマした殺り口ではなく、ショーを行うように現れ、街ごと吹き飛ばすくらいして然るべきだ。
その結果、簀巻きにされて私刑に会うのもまた一興と言える。
では、逆にこの世で最も最低な悪とはなんだろうか。
ある人は「自分を悪とも思わぬこと」と言った。
ある人は「無知な者を自分の利益の為だけに利用すること」と言った。
なるほど、確かにどいつもこいつも悪だ。まとめて死んでしまえばいいと思う。
だが、僕の思う悪はもっと単純。
「悪に染まる覚悟の無い事」だ。
法やマナーを踏み倒し、人の尊厳を踏みにじった人でなしであろうとも守らなければならないもの。
簡単に言えば、「撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ」というあれだ。
それが悪に染まる覚悟なのだ。
しかし、どこぞのクソカス共はそんな覚悟も無しに無粋なキルを繰り返している。ヒーローと戦うヴィランをロケランで吹き飛ばし、助けてくれたヒーローにお礼と称して鉛玉を喰らわせる。
まさに下衆の極み。唾棄するべきカスだ。
だからこそ僕はそんな市民の皮を被ったテロリスト共を粛清する。正義を殺していいのは純粋な悪だけなのだ。
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『World Challenger's』
通称WCS。
天を突くような摩天楼が印象的な都市、ユナイテッドシティを舞台に圧倒的な自由度と美麗なグラフィックで遊び尽くせると話題だったオンラインクライムアクションゲームだ。
内容もシンプルでプレイヤーはヒーロー、ヴィラン、市民から好きな職業を選ぶ事が出来るようになっており、ヒーローとしてヴィランを倒し、市民を救うのもよし。
ヴィランとして現実では味わえない犯罪行為を繰り返すのもよし。
市民としてヒーローとヴィランが戦う光景を見たり、好きなヒーローやヴィランを支援して楽しむのもよし。
今までのVRゲームとは一線を画す自由度とグラフィックに発売当初は神ゲーと話題になったものだ。しかし半年後、WCSは唐突にクソゲーの烙印を叩きつけられた。
致命的なバグがあったのか?
違う。
能動的に動けるヴィラン側が有利過ぎたのか?
違う。
それではヒーロー側が強すぎたのか?
強いとは思うが、許容範囲内。そもそも事件が起きてからでなければ行動出来ないヒーローが多少優遇されるのは致し方ない事だ。
では正解は何か?
正解は残った職業である市民がぶっ壊れだった、だ。通常、市民はステータス面ではヒーロー、ヴィランの下位互換であり、差別点は下記の専用初期スキルだった。
[逃げ足] ヒーロー、ヴィランと敵対している時、10秒間移動速度が2倍になる。
[発見]半径10m以内に存在する知名度・中のヒーロー、ヴィランの位置を確認出来る。
[ヘルプ]半径1km以内のヒーローに助けを求める。ヘルプに応じたヒーローは全ステータスが1.5倍される。
サービス開始直後は「このスキルやばくないか?」と話題になったが「まぁ、市民だからこのくらいはね」となぁなぁになっていたが、それは失敗だった。
このスキルとWCSの目玉とも言える知名度システムを組み合わせる事で最低最悪なカスが生まれてしまったのだから。
知名度システムについて説明しよう。
ヒーローがヴィランを倒す、市民を救う。
ヴィランがヒーローを倒す、市民を倒す、建造物を破壊する、といった条件を満たすと得られるもので、知名度が高ければ高いほど特殊スキルを使用出来るようになる。
ただ一度デスすると知名度はゼロになってしまう為、知名度が高ければ高いほど慎重な行動が求められていくという寸法だ。
これだけ見れば、知名度システムで特殊スキルを得られない市民が不遇職ではないかと思うだろう。
しかし、前述したスキル[発見]によってそこそこの知名度を持つヒーロー、ヴィランに対して異常なまでの索敵能力を市民は有していた。
このスキルは当初、戦闘能力の低い市民がヒーローにヴィランの位置を教えたり、逆にヒーローの位置をヴィランに教える為のものだろうと考えられていた為、「強スキルではあるが許容しよう」とヴィラン側も黙認していた。
だが、そんな甘い考えは瞬く間に粉砕される。
それはヴィラン達が自分達の所有するビルの一室で憎きヒーロー共をどう処刑するかを和気あいあいと語っていた時。きっかけは唐突に会議室に叩き込まれたバズーカだった。
俺達の仲良し会議を邪魔しやがったのは一体何処のどいつだとブチギレながらリスポーンしたヴィラン達だったが、その目に映ったのはリスキルしようと満面の笑みとバズーカを向けた市民達。
避ける暇もなく第2、3、4射によってリスキルを決められたヴィラン達は負けじと即リスポーンするもそこからは悲惨だった。
人海戦術と[発見]を組み合わせた広範囲索敵で援軍の炙り出し。
[逃げ足]を駆使したロケラン引き撃ち。
戦況が不味くなると[ヘルプ]でヒーローを呼ぶ。
そうしてやってきたヒーロー達にヴィランと戦わせた挙句、隠れていた仲間がヒーローの脳天目掛けて不意討ちヘッショ。
そしてトドメに「キルしたのは隠れていたヴィランだ」と対立煽りまで決めたせいでヒーロー&市民VSヴィランで街を舞台にした戦争を起こす羽目になった。
ちなみにヴィラン側は当然ながら敗北。能動的に活動する事がヴィランの強みだというのに場所をバラされ、数の暴力で袋叩きにあってはどうしようもなかったのだ。
その影響もあってヴィランからヒーロー、市民に転職する者が後を絶たず、いつの間にかWCSは市民の皮を被ったシリアルキラーと体のいい暴力装置として扱われるヒーローで溢れかえっていた。
この現状に数少ないヴィラン側は運営に長文お気持ちメールを大量送付したが、返答は「貴重なご意見ありがとうございます。今後のゲームバランス改善の為の参考とさせて頂きます」のテンプレ文。
申し訳程度の調整として『ヴィランはデスしても知名度が下降しないように修正しました』という上方修正に見せ掛けたクソ調整を披露した。
これにはヴィラン側も堪忍袋の緒が切れて「知名度が中になると[発見]で位置バレするって仕様作ったのはテメェらだろうが!ニューロン死に絶えてんのかクソ運営!」と叫び散らかしたが、残念な事に修正されぬままこの現状が1年続いた。
こうしてWCSは無駄にクオリティの高いクソゲーとして話題になり、いつの間にか人々の記憶から消え去っていった。
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近未来を思わせる摩天楼……の地下に存在する薄暗い下水道の中、ランタンの明かりを頼りに歩き続けていると親愛なる隣人のネズミ一家と出くわした。ランタンを軽く振って挨拶をすると、こちらをチラリと見てどこかに走り去っていった。
走り去るネズミ達の背中を見つめながら何が悲しくてこんな下水道を、と自分でも思うがヴィラン達が[発見]から逃れる為にはこれしかない。
[発見]はクソ強ぶっ壊れスキルだが、二つだけ弱点がある。その内の一つは地上から12m程の地下である下水道が索敵範囲外になってしまうという事だ。その為、下水道は多くのヴィランが抜け道や住処として利用しており、今やヴィランの温床と化している。
一部の市民は下水道に潜ってこようとしたが、ヴィラン側の仕掛けておいた毒ガスに阻まれて居住区である深奥部には辿り着けていない。スキル[毒耐性]があれば、毒ガスの中を突っ切るという荒業も可能なのだが、市民では習得出来ない為、居住区に辿り着けるのは現状[毒耐性]を習得出来るヒーローのみ。
だが、市民の援護ありきでの戦闘ばかりで鈍ったヒーローなど日々憎悪を募らせてきたヴィランの敵ではない。
3日前もノコノコやってきた馬鹿なヒーロー共を毒ガスに見せ掛けた可燃性ガスの道を通らせて爆殺してやった。あの時はここぞとばかりに死体蹴り、屈伸煽り、エモート煽りをしたものだ。
素晴らしい思い出を懐かしみながら、更に歩を進めていると道の先に光が見えた。あそここそ下水道の最奥部にしてヴィランの居住区。我らがヴィランタウンだ。
2日ぶりの実家帰省にテンションが上がっているとどこからか降ってきた巨大な甲冑姿の怪物が目の前に立ち塞がった。
「ノワール氏!おかえりでござるよ!!」
「ただいま、テクノ侍さん。こちらの手筈は上々だよ。そっちはどうかな?」
彼はテクノ侍。WCSの元になったアメコミ漫画「World Challenger」の大ファンであるアメリカ人で頭脳明晰、日本語堪能なインテリだ。このキャラメイクと口調は好きなキャラクターを模したものらしい。
「こちらもいい感じでござる!いやはや、これも全てノワール氏のおかげでござるな!」
「まさか。僕はただ知り得た情報を提供しただけさ」
「いやいや!下水道の安全化、計画の立案、事前準備をほとんど一人でやってくれているではござらんか!」
「古参として当然の事さ。それにテクノ侍さんみたいにこのゲームを楽しもうとしてくれているプレイヤーが減るのは悲しいしね」
僕達の語る計画。それは腐敗したヒーローと腐敗の原因である市民を地の底に叩き落とし、ヴィランの持つ真の恐怖を脳髄に刻み込む為のもの。
名付けて『WCS救済計画』。この計画によって人々はヴィランの恐ろしさを思い知ることだろう。
「ノワール殿……!拙者、感激でござる!明日は必ず成功させましょうぞ!」
「そうだね、必ず成功させよう」
話しながらヴィランタウンに入ると、あちこちでヴィラン達が笑顔を浮かべながら作業をしている姿が見られる。そこにはかつてのリスキル地獄で引退しかけたメンバーもいた。
あんな目にあっても、まだヴィランとして悪の華を咲かせようとしているその心意気には感服するしかない。
これは改めて気合いを入れ直さなければ。
「うん、テクノ侍さんの言う通りいい感じだね。それじゃあ僕は仕上げに移るよ。皆、後はよろしくね」
最後の仕事をやり遂げる為、地上に戻ろうとすると足元に短剣が突き刺さった。
「待てよ、ノワール」
僕の足を止めたのはジャックポッター。ナイフを扱う事においては彼の右に出るヴィランはおらず、ヴィラン側最高戦力の一人だ。そんな彼に呼び止められては止まらざるを得ない。
「どうしたんだいジャックポッター」
「どうしたもこうしたもねぇよ。……お前、忘れてんじゃねぇんだろうな?」
怒気すら感じられるような物言いに空気がピリついたものに変わる。
なるほど、彼の怒りはよく分かる。僕だって大切な約束を忘れられていい気分にはならない。
「もちろん覚えているさ。君との約束を僕が違えた事があるかい?ただ、僕としてはその約束は明日のオープニングにすべきじゃないかと思うんだ」
「何……?」
「折角のショーなんだ。僕達だけで楽しむのは勿体ないだろう?だから上のお客様達にも見せてあげないかい?」
「お前……」
ジャックポッターの表情が怒りから驚きに変わり、そして邪悪な笑みへと変わった。
「ギャハハハ!やっぱりお前は最高だぜノワール!!お前ら!人間ベーゴマ大会は中止だ!捕まえておいたヒーロー共に追加で爆薬を巻きまくれ!明日までに人間ネズミ花火にして最高のオープニングを飾ってやろうじゃねぇか!!」
「人間ネズミ花火!?お前天才か!?」
「どうせならロケットブースターも付けちまおうぜ!オープニングは派手過ぎるくらいで丁度いいからなァ!」
「自分、発光塗料でペイントしていいすか!?」
「採用!クソだせぇスーツを最高にシャレた色に染め上げてやれ!」
うんうん、皆が一つの目的に向かって頑張る姿はいつ見てもいいものだ。文化祭準備をする高校生のように盛り上がる姿に涙すら浮かんできそうだ。
だが、残念ながら泣いている暇は無い。
僕には僕にしか出来ない大切な仕事があるのだから。
◇
「ノワールさん!お疲れ様です!」
「お疲れ様。今回の収支はどんな感じかな?」
「はい!今回はヒーロー側からの上納金で1500万、斡旋で2000万、ヴィラン討伐で100万、ヒーロー討伐で3500万、合計で7100万です!」
「うん、今回もいい感じだね。報告ありがとう」
「はい!失礼します!」
ヴィランタウンを離れ、市民カンパニー最大手『H&Vカンパニー』の社長室で報告を聞き終えた僕はひっそりとほくそ笑む。
カンパニーとは、ギルドやクランといったプレイヤー達の集まりの事で僕はこの機能を活用して会社に似た組織を設立した。それがこの『H&Vカンパニー』。表向きは無力な市民がヒーローと共にヴィランを倒し、街の治安を守るという理念を掲げており、加入したいというプレイヤーが後を絶たない大人気カンパニーだ。
最近では大手武器製造カンパニーと協力して良い武器を安く提供する事業も開始しており、ますます人気を高めている。
だが、その裏の顔はヒーローを出汁にして金をかき集める悪徳カンパニー。ヒーローを求める市民と市民の支援を求めるヒーローを繋げるという名目で高額な登録費、月謝、仲介料金を回収しまくっている。
その高額さにはプレイヤー達からクレームを貰う事はあるがその分、武器を安く提供するので了承して欲しいというと簡単に納得して貰えた。
ちなみに収入の6割とカンパニー名義で購入した武器の3割がヴィラン達に流れている上、提携している武器製造カンパニーもヴィランが設立したもの。我ながら素晴らしい事業だ。
「さてと、計画まで残り1時間と少し。そろそろ出ておこうかな」
今日は『H&Vカンパニーご愛顧感謝フェスティバル』という反吐が出そうな程にクソな催しを開く事になっている。
内容は今まで『H&Vカンパニー』をご利用頂いたプレイヤーの皆さんへの感謝を込めて武器製造カンパニーから仕入れた新製品を赤字覚悟で大安売りするというもので、トラブルを避ける為に事前予約制&受注生産となっている。
これだけ見れば、多くのプレイヤーに商品が行き渡るように考えられたものだが、もちろん本命は全く違う。今の腐り切った馬鹿共では、この事前予約が集客具合から逆算して警備が手薄になっている他カンパニーを割り出す為とは思いもしないだろう。
「まぁ、どうして僕が[発見]の対象外になっているのかにも気付いていないようじゃ、まだまだだよね」
高級安楽椅子から立ち上がり、社長室を出るとカンパニーのメンバー達が総出で待っていた。その姿に満面の笑みを浮かべながら僕は軽く手を振って会場へと向かった。
さぁ、ショータイムだ。
◇
「えー、こほん。皆さん!本日は『H&Vカンパニーご愛顧感謝フェスティバル』にお集まり頂き、本当にありがとうございます!我々『H&Vカンパニー』は皆さんを安全で楽しいゲームライフを送って頂くべく日夜努力してきましたが、ここまで大きな成果を上げられるとは思いもしませんでした!これも全て支援者の皆様のおかげでございます!改めて、本当にありがとうございます!」
10分かそこらで考えた上っ面まみれのスピーチから始まった『H&Vカンパニーご愛顧感謝フェスティバル』。地上から3m程高いお立ち台から見下ろすと圧巻の景色だ。報告によると2万人以上のプレイヤーが集まっているらしく、クソ運営の癖にサーバーの強度だけは大したものだ。
計画は現在も無事に進行しているようで僕の視線の先にあるビルの一角から「いつでも行ける」とモールス信号が送られてきた。
それでは早速始めさせてもらうとしよう。
「と、まぁ少しお話しましたが、皆さん長話はお好きではないと思いますので、この辺でお話の方は終わらせて頂きます」
会場からクスクスと笑い声が起き始めた。
掴みはそこそこと言ったところ。
だが、これは本命の前の軽いジャブだ。
「それではここでカンパニーのメンバーにも秘密にしていたサプライズイベントを行わせて頂きます!」
僕からのサプライズという言葉に会場のプレイヤー達が歓声を上げた。きっと秘密裏に開発していた新製品を発表するだとか、プレゼント企画をするとでも思っているのだろう。
まぁ、プレゼント企画に間違いはないが。
「そこで皆さんに質問です!皆さんは『H&Vカンパニー』の語源を知っていますか?……ふむふむ、『Hero&Victory』、『Happy&Victory』……なるほど!惜しいものもありますが不正解ですね!」
僕の言葉に参列しているメンバー達も頭を悩ませている。彼らにも語源は説明していないし、聞かれてもはぐらかしていたから当然だ。
「はい!時間切れです!それでは正解発表とさせて頂きます!正解は……」
仰々しく両手を大きく広げて仲間達に合図を送りながら声を張り上げる。
愉快痛快な最高のショーの幕開けだ。
「Happy&Villan!!」
僕の叫びと同時に会場に三つの流星が舞い降りた。何事かとプレイヤー達が目を凝らすとそれは全身に爆薬とロケットブースターを装備された挙句、七色にペイントされた情けないヒーロー達……いや人間ネズミ花火達の姿だった。
「んなっ!?」
「やべぇ!皆逃げろ!」
「巻き込まれるぞ!」
事の異常さに気付いたプレイヤー達は大慌てで逃げ出そうとするが時既に遅し。ロケットブースターによってドリル回転しながら会場に落ちていった人間ネズミ花火三連星は地上に激突すると同時に盛大に爆発した。これで500人くらいはデスしただろう。
だが、これはただのオープニング。ここからが本編スタートだ。
「ヒャーハッハッハッ!一般人にヒーローの皆ァ!!こーんにーちはー!!良い子の君達にヴィランの皆から素敵なプレゼントを用意したよォ!!」
「皆大好きグレネード!泣く子も黙るミサイル!ロマンがたっぷりバズーカ!心まで暖まる焼夷弾!さぁ!どれがいいかなァ!?」
「たーくさん持ってきたからおかわりが欲しい奴はドンドン教えてくれよなァ!!」
逃げ惑うプレイヤー達を嘲笑うように登場したクレイジーゴブリン、通称クレゴブさん率いる武装グライダー集団。彼らの役目は逃げ惑うプレイヤー達を焼夷弾で包囲し、爆撃しまくる事だ。彼らのおかげでプレイヤー達の目を引き、次の山場をより引き立たせる事が出来るだろう。
「の、ノワールさん!」
「ん?」
見ると壇上の前にカンパニーのメンバー達が殺到していた。
「どうしてこんな事を!?」
「貴方はこんな人じゃないはずだ!」
「元のノワールさんに戻ってくれ!」
わーお、なんて感動的なセリフだ。アニメや映画だったら「すまない、どうかしていたんだ……」なんてセリフが出てきそうだが、生憎とこれはゲームだ。そんなセンチメンタリズムなセリフを吐けるほど、僕は大人じゃない。
「うんうん、実に感動的だね。でも同時にとても薄っぺらいよ」
「へ────」
メンバー達は流れ弾のミサイルで全員吹き飛んだ。
人の心を動かすのは言葉ではなく、行動。ミサイルのおこなった素晴らしい行動には思わず心動かされてしまった。
「ノワール……!貴様ァ!」
壇上に五人のプレイヤーが怒号と共に現れた。どうやら今度はヒーローカンパニー最大手『ユナイテッドヒーローズ』のお出ましのようだ。
捻りのないネーミングセンスから分かる通り、彼らはヒーローとして非常にお粗末なもので、先程の人間ネズミ花火の素体になったヒーローも『ユナイテッドヒーローズ』所属だったはずだ。
そして僕の名を呼んだ男はスターマイン。『ユナイテッドヒーローズ』に所属する中では最強のヒーローだ。
「やぁやぁ、スターマイン。ヘルプが無いと何も出来ない無能なヒーローが僕に一体何のようだい?」
「抜かせ!信じてくれた仲間を騙し、人々の心を利用してこんなテロを起こした貴様を許しはしない!正義は必ず勝つという事を教えてやる!」
「おやおや、初心者ヴィランへのリスキルを黙認していた君が正義を語るのかい?君の正義とやらは実に自己中心的で幼いんだねぇ」
「……ッ、ヴィランは悪役だ!悪役がやられて何が悪い!」
「それは非常に良くないセリフだねぇ。君の言っている事は殺人犯の子供なら虐めていい、と言っているのと何ら変わりないじゃないか。ヒーローが聞いて呆れてしまうよ」
「なっ……!」
スターマイン。VR適性が高く、戦闘能力も高いプレイヤーだが、精神が余りにも幼いのが弱点だ。ヒーローを模したロールプレイをしたいのだろうが、心から正義に殉ずる想いの無い彼では心から悪に殉ずる僕達には勝てない。
その証拠にたったこれだけ話した程度で黙り込んでしまっている。思った通り彼では僕達のライバルはなりえない。
やはり彼女で無ければ僕達の熱情は晴らされないのだ。
「……だが、どうして[発見]されなかった!まさかチート……」
「その言葉を使うのはやめた方がいい。証拠も無いのにチートを疑うのはヒーロー以前にゲーマーとして恥だよ」
「……っ!」
「まぁ、気持ちは分かるけどね。じゃあタネ明かしをしようか」
スターマインを前にして僕はゆっくりと壇上を歩く。あくまで余裕は崩さず、まだまだ策はあるんだぞと挑発するように。
「[発見]の仕様は知っているね?」
「半径10m以内に存在する知名度・中のヒーロー、ヴィランの位置を文字通り発見するスキル。そうだろう」
「完璧な解答をありがとう、スターマイン。じゃあ[発見]対策に知名度・小のヴィランがテロを起こして失敗したのは覚えているかな?」
「覚えている。最初は上手く行ったが、テロ中に知名度が中になってしまったせいで失敗したという……まさか!?」
どうやらタネはバレてしまったようだ。どうせなら最後まで言いたかったが、バレてしまったタネをいつまでも引っ張るのはエンターテイナー失格だ。
「そう、僕は知名度・大のヴィラン。スーパーヴィランの前では一般人なんて、ただ利用するだけの家畜って訳さ」
「有り得ない……!ヒーローですら知名度・大のプレイヤーは数える程しかいないんだぞ!いくらデスしても知名度が減らないとはいえ、街中の[発見]を掻い潜って知名度を大まで上げるなんて不可能だ!」
「日常的に爆薬を乗せた車をミサイル代わりにカンパニーに突っ込ませたり、マンホールから毒ガスを垂れ流したりすれば案外いけるよ。クソ運営に修正されなきゃ、もっと上げられたんだけど」
「イカれてる……!」
「おかしな事を言うね。ヴィランがマトモな訳ないだろう?」
僕を化け物でも見るような目で見つめるスターマインに苦笑しつつ、次の行動を決定する。コメディにおいて長々と会話をするのは悪手だ。つまらなくなりそうなら、早々に次に移るのが一流なのだ。
「それにしても君はつまらないね。彼女が去ってからは君が代役をしているようだけど、未だに君は彼女の50m後ろを走っている。こんなつまらない相手をさせられる僕の身にもなって欲しいよ」
「なんだと……!?」
「まぁ、しょうがないんだけどね。高潔な心、絶対的な力、美しい容姿。ゲームの中だとしても出来すぎなくらいに彼女は完璧だった。そんな彼女に追いつこうとするのはとてつもない苦行だからね」
かつて存在した最強のヒーローの話をチラつかせると、スターマインは苦虫を噛み潰したような表情で僕を睨む。図星を突かれたからといって睨むのはやめてもらいたいものだ。
彼女に追いつこうと走り続けた僕と半ば諦めたスターマインとでは既にどうしようもないまでの差がある。弱者からの羨望の視線など気分が悪くなるだけだ。
「さて、もう充分話せたし、君達にはここで残らず死んでもらおうかな」
「ハッ……!グライダー部隊は既にヒーローと武装した市民の相手で手一杯!援軍も無しに俺達を相手にして勝てると思うなよ!」
「そんな気は毛頭ないよ。僕は昔から戦闘が苦手だしね。でも、そのセリフはヒーローらしくないな。だから君は彼女に届かないんだよ」
「黙れ!行くぞ皆!」
ヒーロー達が戦闘態勢に移る。スターマインは立体的な高速移動を得意とし、スキル[空中歩行]と[超加速]を併用したコンボは大抵のヴィランであれば反応すら出来ずにタコ殴りにされてしまう。知名度・大の僕も正面からやり合えばタコ殴りにされるだろう。奥の手の特殊スキルも発動に時間がかかるので使用は難しい。
だが、彼のコンボなど完全上位互換を半年前に受けている。あれに比べれば彼のコンボなど子供の遊びのようなものだ。
念の為、周囲を見渡しておくとグライダー部隊は地の利を得たようで、愉快な笑い声を上げながら爆弾を振りまいている。
ここで僕が瞬殺されると彼等にも迷惑を掛けてしまう。それは嫌だし、何より彼女の下位互換などに負けていては僕はいつまでも彼女に勝てない。
「あっ、そうだ。言い忘れた事があったよ」
「簀巻きにした後で聞いてやる」
「それでもいいよ。ただ、この事件が僕を簀巻きにした程度で止まると思ってるのかい?」
「何を言って……」
「これはゲーム内のイベントじゃあない。ヒーローと一般人によって抑圧され続けたヴィラン達による復讐なんだよ。だから僕がどんな目に会おうと彼らは止まらない。むしろ知名度が高いだけで戦闘能力の低い僕なんて無視して君達はもっと大切なものを守った方がいい」
「大切なもの……だと?」
「そうだね、例えば君達のカンパニーが所有するビルとか……あれが爆破でもされたら、きっと大変な事になるだろうね」
カンパニーの所有するビルの破壊。それはカンパニーの持つ全ての機能が破壊される事を意味する。具体的に言えば、カンパニーに所属する事で発生するボーナスの消滅。カンパニーに貯蔵しておいた金銭、アイテム、武器の消滅。リスポーン地点の消滅。
詰まる所、カンパニーに所属する全プレイヤーが最も恐れる行為なのだ。
「クソッ!カンパニーに急げ!今ならまだぁ!?」
僕に背を向けて飛び立とうとしたスターマインに袖の中に仕込んでおいた改造銃が火を吹いた。この改造銃は汎用性を高める為に威力、銃声、反動を極限まで抑え込んでいるのでダメージは微々たるものでしかない。
だが、僕のスキルビルドのコンセプトは『究極の嫌がらせ』。スキル[麻痺付与][悪化][状態促進]を事前に発動しておく事で最強ヒーロー(笑)のスターマインであろうと三秒間完全に停止させられる。
そうすると無様な姿のまま勢い良く地面へと向かっていくスターマインが完成するという訳だ。
「ヴィランの言葉を信じるなんてヒーロー失格だよ?」
「ノワァァァァルゥゥゥゥ!!!!!グベッ!?」
アスファルトと熱烈な口付けを交わした瞬間、グライダー部隊の機関銃によって着地狩りを決められたスターマインは物言わぬ死体となった。
このゲームでは死体が一分間は残る仕様になっており、デスしたプレイヤーは一分間死体を俯瞰するような光景を見せ続けられる。普通に考えてクソ仕様だが、この一分の間に僕達はひたすら煽り散らかせるのでありがたい。
現に今もその仕様を知っているグライダー部隊は鳥の糞のようにペイント弾を死体に向かって乱射している。
最高に愉快な死に様をありがとう、スターマイン。君の死に様はきっと忘れない。
「ノワール!さっきの録画しといたから後で鑑賞会しような!」
「本当かい!?ありがとう!友よ!」
やはりヴィランは最高だ。彼らは僕の喜ぶものが何なのかをよく理解してくれている。まさに阿吽の呼吸と呼ぶに相応しい。
「よくもスターマインを!」
「ぶっ殺してやる!」
どうやら感慨に耽っている時間も無いようで、スターマインをキルされた事に怒るヒーロー達が一斉に飛びかかってきた。
こうなっては仕方が無い。戦略的撤退だ。
「フフフ、それじゃあ僕はこの辺りで失礼するよ!」
[煙幕][加速]を併用して全力逃走しつつ中型リモコン爆弾を1つ放り投げておく。僕は導火線に火をつけてタイミングを計ったりするのは苦手なのでデジタル式が一番だ。
「BOM!」
ステージから飛び降りつつ[落下軽減]を使用して無事に着地すると同時に[透明化]。すぐさまスイッチを押すと立ち込める煙幕を爆炎が吹き飛ばし、ヒーロー1人をキルする事が出来た。出来れば全員キルしたかったが、流石に高望みだったようで他のヒーロー達はスターマインの十八番である[空中歩行][超加速]のコンボで透明化した僕を探し回っていた。
この[透明化]は発動から3秒しか持たない&攻撃やスキルを使用すると解除される残念性能で有名だ。おかげで不意討ちされない程度に距離を取って時間切れになった所を袋叩きにするのがセオリーになっている。
なので、今回はそのセオリーを利用させてもらおう。
「もうじきスキル終了だ!袋にする用意しとけ!」
「了解!あっ!見つけ──ブッ!?」
姿を現した僕を見つけたヒーローの顔面に粘着ペイント弾が命中する。これで実質残り2人。とはいえ、マトモにやり合って負けるのはこちらだ。
現に改造銃を撃ち続けているのにまるで当たらない。
そもそも高速で動き回る人間ゴキブリに弾を当てるなんて出来る訳が無い。
となれば、やる事は一つ。
「オラッ!」
向かってくるヒーローの拳を咄嗟にガードするも吹き飛ばされる。今の一撃で体力の4割を持っていかれた。次の攻撃がクリーンヒットすればお陀仏確定だ。
「おかわりだ!」
更にもう一人のヒーローが僕の背後から回し蹴りを放つ。ヒーローらしからぬ汚い蹴りだが、威力は流石なもので今度はガードの上から5割も削られた。残り体力一割、まさに風前の灯火だ。
「酷いなぁ、僕みたいな小物相手に二人がかりなんて卑怯とは思わないのかい?」
「あーあー!何も聞こえねぇなぁ!」
「お前の話なんて聞く気ねぇんだよ!」
「それは残念。じゃあ僕の話を聞きたくなるようにしてあげよう」
そう言ってジャケットを開くとヒーロー二人の足が止まり、僕から三メートルの位置で停止した。どうやら僕の話を聞きたくなってきたみたいだ。やはり同じホモ・サピエンスとしてコミュニケーションの大切さに気付いてくれたのだろう。
「分かってくれてよかったよ。これで平和的な話し合いが出来るね」
「爆弾を腹巻にしてる奴が何言ってんだ」
「黙れよ人間爆弾」
ヒーローとは思えぬ罵詈雑言。余りのショックに胸を痛めた僕は涙を浮かべながらリモコンを取り出した。
「やっぱ話し合いだな!うん!相互理解が大切って言うしな!」
「そうだ!話せば分かる!な!?」
「うんうん、分かってもらえて嬉しいよ。ところで上を見て欲しいんだけど」
「「あっ」」
「ヒィィィハァァァァァ!!」
狂ったような歓声を上げながら突撃してきたクレゴブさんのグライダーに二人まとめて轢き殺され、ついでにペイント弾を喰らっていたヒーローも脳天にショットガンを受けて死亡した。ヴィランとマトモに話し合いなんて出来る訳ないのに真に受けるとは間抜けなヒーローだ。
つい先程、スターマインがやられたというのに。
これだから最近のヒーローはたるんでいる。
「ふぅ。助かったよ、クレゴブさん。ついでなんだけど、上に連れて行ってもらってもいいかい?」
「いいぜ兄弟ィ!ぶっ飛ばすから掴まってろよォ!」
ご機嫌なクレゴブさんの肩に担がれると凄まじいGと共に上空へと舞い上がる。上空から状況を観察してみるとグライダー部隊は大きな損失もなく、集まっていたプレイヤーの大半を爆殺してくれたようで生き残っているプレイヤーは見当たらない。おそらく各々のカンパニーやリスポーン地点でリスポーンしたのだろう。
今頃、彼らは復讐に燃えているはずだ。自分達を騙した汚いヴィランを許すな、と怒りに震える姿が目に浮かぶ。
だが、復讐は良くないと数々のヒーロー達が言っている。復讐は復讐を呼び、負の連鎖が止まらなくなる、と。
なので、僕達もそれに習って負の連鎖を断ち切ろう。復讐など考えられない程、完膚なきまでに叩き潰し、ヴィランの恐ろしさを脳髄にまで刻み込んでやるのだ。
「さてと、それじゃあクレゴブさん、ホバリングしてくれるかい?」
「任せなァ!完璧にビタ止めしてやるぜェ!」
クレゴブさんの宣言通り、グライダーは空中で完璧に静止したのを確認するとエアステージを展開して飛び移った。エアステージは指定の空中に設置出来る超大型ドローンで主にアイドルヒーロー等がLIVEで使っているものだ。
役目を終えて持ち場に戻っていくクレゴブさんにサムズアップで感謝を伝えつつ、アイテム欄から拡声器を取り出す。
さぁ、いよいよクライマックスだ。
『ヒーローと市民の皆さーん!元気ですかー?僕達からのサプライズ、楽しんで頂けたみたいで本当に嬉しいでーす!』
拡声器を通して僕の声が街中に響き渡る。どうやらプレイヤーの大半に声が届いた様であちこちから怒号やブーイングが聞こえ始めた。
『はーい!熱烈な応援、ラブコールありがとうございまーす!グライダー部隊の皆ー!お礼しに行ってあげてー!』
「イエッサァァァァァ!!」
「ヴィランイーツでぇぇぇす!!高評価お願いしまぁぁぁす!!」
「ちょいと早めのサンタさんだぜぇ!!メリークルシミマァァァァァス!!!」
ファン達の声援に応えるべく飛び去って行ったグライダー部隊の活躍によって、あちこちで歓声の悲鳴と爆音をメインにしたBGMが街中に鳴り始めた。
『うんうん!喜んでもらえたようで何よりです!しかし、この楽しいショーもそろそろお時間が迫って参りました!こういった楽しいものは永遠に続けばいいのにと、つい願ってしまいますが、それは叶わぬ夢……何事も終わりがあるからこそ美しいのです』
そう、どんなに面白いアニメや小説でも終わりは必ず存在する。人は終わらないで欲しいと叫びながら、心の奥底では終わりを求めている矛盾した生き物なのだ。
だが、僕達はその矛盾を否定しない。何故なら僕達ヴィランこそ、その矛盾を最も愛しているのだから。
『ですので!誠に勝手ながら、我々はショーの幕引きと共にこの腐り切ってしまったユナイテッドシティにも終焉を迎えさせる事としました!さぁ!皆さん!その目に焼き付けて下さい!貴方達の愛した街の最期の姿を!消え去っていく街の姿を!』
僕の熱を纏った言葉は導火線となり、ユナイテッドシティの地下に仕掛けられていた爆弾達が地下で待機していたヴィラン達によって起動されていく。その数、およそ5万。八ヶ月もの時間を掛けて行われた『WCS計画』は今をもって完遂された。
街中から響き渡る轟音、バランスを崩して倒れていくビル。摩天楼であるが故にビル群はドミノのように綺麗に倒壊していき、街の心臓に当たる中心部は瞬く間に壊滅した。
その有様は世界の名だたる芸術家達ですら息を飲むほど美しかった。全てを破壊する爆発の煌びやかな光。バランスを失って倒壊していくビルの切なさ。ドミノのように連鎖していく摩天楼の迫力。どれをとっても最高の景色だ。
「Foooooo!!!!Amazing!!!!Very very exciting!!!!」
「うぉぉぉぉぉぉ!!スクショ撮りまくれ!!急げ急げ!!」
「ロールバックされる前にこの景色を焼き付けろぉぉ!!!」
地下から出てきたテクノ侍さん率いる工作班達が余りの絶景に歓声を上げ始めた。
その歓声に応えるようにグライダー部隊は奇跡的に生き残ったビルにトドメのミサイルを撃ち込んで、より完璧な景色へと変えていく。
こうしてユナイテッドシティは街の形を失い、大怪獣が暴れた後のような広大な瓦礫の山と化した。
そして第二の目標であるヴィランプレイヤー全員の知名度・大にするという目標も同時達成出来たようで、ステータス画面を確認したヴィラン達はハイタッチしながら喜びを爆発させていた。
「完璧だ……これ以上無いくらいに……」
空から喜び合うヴィランの姿を見た僕は満足感と達成感が胸に溢れ、エアステージの床にゆっくりと座った。こんなにも手間のかかった事をするのは人生初で、最初は上手く行くのかと悩んだものだが、やってみれば最高に楽しかった。これ以上に楽しい事などあるのかと不安になってしまう程に。
───だが、まだ足りない。これではつまらない。ヴィラン達が知恵と力を結集させて街を破壊し尽くし、ヒーローと一般人は絶望の淵に沈む。純粋にヴィランが好きな人には堪らない展開だろうが、これではダメだ。
ヴィランがただ勝つだけのストーリーなど何の面白みも無い。ここはスターマインなんて小物を倒しただけで滅びるような脆弱な街では無かったはずだ。
しかし、現にユナイテッドシティは滅びた。僕達の手によってその原型を失い、瓦礫の山へと生まれ変わった。
たかが半年、されど半年。彼女のいない半年間が街をここまで弱体化させたのだ。
「……これで僕は名実と共にスーパーヴィランだ。そこらのヒーローや一般人では相手にもならない悪の権化になったんだ。……だから、だから!」
スーパーヒーローよ、帰ってきてくれ。また僕を燃え上がらせる至高の戦いを魅せてくれ。
その願いは爆煙混じりの灰色の雲の中に虚しく溶けていった。
その瞬間はいつも突然だ。星々を束ねたような輝きを纏い、銀光の軌跡を宙に刻み込む流星。その輝きに人々は歓喜し、悪人は思わず目を背けてしまう。
それは例えるならば、ヒーローコミックに一人はいるスーパーヒーロー。多くのヒーロー達が力を合わせて挑む巨悪と単身対峙し、見事撃破して帰ってくる最強無双の戦士。並のヒーローでは敵わないスーパーヴィランへの抑止力として生まれた絶対正義。
僕の最大の宿敵にして、この世で一番愛おしい人。ハーフアップにした銀髪を優雅にたなびかせ、青空を思わせる美しい碧眼で世界を見つめる美少女。その名をヴィア。市民が好き放題する環境に呆れ果てた結果、引退してしまったWCS最強のヒーローにして、全プレイヤーの頂点に立つクイーンだ。
「出た……」
「ヴィアだ……」
「飽きて引退したんじゃなかったのか……」
全身から銀色に輝くオーラを放ちながら灰色の雲を引き裂きながら飛行する彼女は僕を見つけるとエアステージにゆっくりと近付いてくる。これ以上無い程の最高のファンサだ。ファン冥利に尽きる。
「久しぶりだね、ノワール。あの時、何か企んでるとは思ってたけど、まさかユナイテッドシティごと破壊するなんて考えもしなかったよ」
「君が引退していなければ、この計画は不可能だったからね。つまりこの惨状は君のせいって訳さ」
「それは責任の押し付けじゃないかな?私はただのプレイヤー。それ以上でも以下でもないよ」
「それは違うね。大いなる力には大いなる責任が伴う、君の好きなヒーローのありがたいお言葉を忘れたのかい?偶然だろうと必然だろうと大いなる力を持ってしまったのなら、それに見合った責任に向き合う必要があるだろう?」
僕の言葉にヴィアは表情を曇らせて考え込む。彼女は優しい上に責任感が強いというヒーロー向きの性格をしている。だからこんな当たり屋理論を相手にこうも考えてしまう。正直、詐欺に合わないか心配になってくるレベルだ。
だが、それは杞憂だった。
「……確かにそうだね。私がいなくなったから、この世界はこんな姿になってしまった。」
「そう……そうなんだよ!だからこそ君はこの罪を償わなければならない!ヒーローとして!一人の人間として!その力に見合った責任を果たせなかった不甲斐なさを恥じて───」
「でも、それでも私は自分だけが悪いとは思わない。今回の騒動は皆が悪いんだよ」
「は……?」
まさかの超理論。ここに来て皆が悪いなんて言葉が飛び出すとは思いもしなかったが為に開いた口が塞がらない。こんな暴論めいた言葉でこの状況をどうにか出来るとでも思っているのか。
「ふふっ、凄い顔してるね。でも簡単に考えてみて欲しいんだ。まずはヴィランを徹底的に攻撃し続けたヒーローと市民。それを退屈に思って辞めた私。そんな現状を放置し続けた運営。その恨みから復讐したヴィラン。そして、私と戦いたいが為に皆を巻き込んだ貴方。ほら、皆悪いでしょう?」
それは子供のような単純な理論であり、正解であり、図星だった。そこらのヒーローが吐いた言葉であれば、綺麗事だと吐き捨てて爆殺していた所だが、ヴィアの言葉となると重みが違う。
そうだ、僕は彼女と戦いが為にヒーロー、市民だけでなくヴィランの皆すら利用した。本気で信じてくれた人達の心を利用してまで自分のエゴを貫くなど本物のヴィランだ。
だが、それでも僕は彼女ともう一度会いたかった。彼女という存在がいなければ僕には何の価値も無いのだから。
図星を突かれた僕は溜息を一つ吐き出し、ゆっくりと立ち上がる。先程まではあんなにも美しかった景色が今はくすんで見える。勝利の愉悦と敗北の懊悩を改めて思い知らされた気分だ。
やはりスーパーヒーローは常に僕の想像の先を行く。
「……そんな暴論で僕を丸め込めるとでも?」
「思ってないよ。でも貴方を責めるつもりなんて少しも無いって事だけは分かって欲しいんだ」
「ハァ……慰めならいらないよ。惨めなだけだ」
「慰めてるつもりはないよ。だって貴方は私にとって唯一のライバルだから」
「……ッ!」
ヴィアの桜色の唇から紡がれたライバルという言葉に胸が高鳴る。これは恋……ではない。これは歓喜だ。僕という存在がスーパーヒーロー直々に認められた。その興奮が僕の胸から溢れ出し、全身の血流を駆け巡っていく。
「フフ……アハハ……アハハハハハ!ライバル……!いいねぇ!最高の響きだ!こんな腐った街を壊した程度でそんな御褒美を貰ってしまっていいのかい!?」
「うん、いいよ。頑張った人にはきちんとご褒美を上げるべきだから」
優しげな笑みを浮かべたヴィアがエアステージに乗るとゆっくりと降下を始めた。そして地上に着くと同時に僕はエアステージから飛び降り、愛しのヒーローに手を差し伸べた。
「お手をどうぞ、レディ?」
「ありがとう、紳士的なのね」
「これから始まる最高の祭りの前に無駄な知性は捨てておきたいだけさ。……さぁ、皆!永らく待ち望んだフィナーレだ!最強のヒーローに挑みたいイカレ野郎は僕と共に来い!最高の夢を見せてやる!」
僕の叫びにヴィアは苦笑しつつ瓦礫の山の頂上にフワリと飛び乗る。そして僕の叫びにヴィラン達は目を見開くと同時に最高の笑みを見せた。
「っしゃぁぁぁ!!今日こそぶっ殺してやらぁ!!」
「ギャハハハハハ!!知名度・大の強さを教えてやるぜェ!!」
「怖かったらおもらししてもいいんだぜ!?綺麗に舐めとってやるからよぉ!!」
「余ってる兵器全部出してもいいですか!?」
「当たり前だ!持ってる兵器全部出しとけ!今日をWCSの命日にするぞ!」
「死体は丁寧に蹴り散らかしてやるから安心しろよなぁ!」
「メスガキはぶち殺すでござるよぉぉ!!」
威勢に満ち溢れたヴィラン達の雄叫びがセントラルシティだった瓦礫の山に響き渡る。数多のヒーローは爆殺、憎き市民は瓦礫に圧殺され、残ったのは僕達の愛する最強のヒーローただ一人。
しかし、ここが最大の山場となる事は誰の目にも明白だった。半年前のヴィアの強さは最強の名に恥じないもので、多くのヴィランは一瞬で蹴散らされ、市民の不意討ちすら歯牙にかけなかった。
だが、それはあくまで半年前の話。全員が知名度・大となった事で特殊スキルを獲得したヴィラン軍団の強さは『ユナイテッドヒーローズ』すら上回るはずだ。机上論に過ぎないかもしれないが、負ける気がしない。
「さぁ、始めようかヒーロー。卑怯とは言わないでおくれよ?」
「もちろん。ヴィラン軍団を相手に出来るなんて滅多にないからね。思う存分楽しませてもらうよ」
ヴィアの全身から銀光が迸る。あれがヴィアの持つ特殊スキル[フォトンエナジー]。発動時間無制限の常時ステータスアップという正真正銘ぶっ壊れスキルだ。一応、ステータスが上がりすぎてアバターを制御し切れないという弱点があるが、ヴィアの手にかかればそんなものは存在しない。
ヴィアの戦闘スタイルは[フォトンエナジー][空中歩行][超加速][軽量化][力場形成]を組み合わせた超高速空中戦闘。簡単に言えば、スターマインをあらゆる面で三倍にしたもので、控えめに言ってラスボスの類。よくもまぁコントロール出来るものだ。
しかし、今日だけはその輝きを失ってもらう。
「[Midnight show]」
僕の指先から一雫の漆黒の闇が生まれ、天へと昇っていく。そうしてある程度まで上昇した闇は薄く広がり始め、僕達をドーム状に覆い隠した。
これが僕の特殊スキル[Midnight show]。善なる者には戒めを与え、邪なる者には祝福をもたらす漆黒の聖域だ。
「へぇ、凄いデバフの数。いいね、楽しくなってきた」
「気に入って貰えて何よりだよ。それじゃあ、その余裕……いつまで持つか試させてもらおうか!!」
僕の叫びにヴィラン達は解き放たれた獣のようにヴィアへ突撃していく。それに応じてヴィアもその輝きをより一層強いものへと変えて突撃する。
全てをこの一瞬に。ヴィラン達の決死の戦いが始まった。
その後、この戦いはゲーム界の一つの伝説として刻まれた。
街を滅ぼしたヴィラン軍団をたった一人で全滅させた最強のヒーロー、ヴィア。かつてのスーパーヒーローは健在であったと、その名を改めて世界に知らしめるように。
◇
運営のロールバックによって修復された摩天楼の地下に存在する薄暗い下水道の中、ランタンの明かりを頼りに歩き続けていると親愛なる隣人のネズミ一家と出くわした。ランタンを振って挨拶すると「チュチュッ」とだけ挨拶を交わして去っていった。どうやら騒がしい隣人と覚えてもらえたようだ。
あの戦いの後、運営はロールバックを宣言。街は元通りとなり、ヴィラン達の知名度も元に戻った。しかし、流石にあれだけ上げた知名度を何の保証もなく、勝手に下げれば大炎上必至とクソ運営も分かっていたようで、今回の騒動に関わったヴィラン全員に知名度に大幅なボーナスが付くアクセサリーがプレゼントされた。
そして緊急メンテナンスと共に行われたアップデートによって、市民に[発見]の弱体化とヒロイックポイントとヒールポイントという新要素が追加された。
これによって[発見]は建造物を貫通しなくなり、一度使うと600秒のクールタイムが発生するようになった。そして、追加された新要素によって市民でもヴィランを倒せばヒロイックポイントが上昇、ヒーローを倒せばヒールポイントが上昇するようになり、一定の値を超えると市民でありながらヒーローもしくはヴィラン扱いとなるらしい。
これのおかげでヴィラン達は多少の変装をすれば大手を振って街に繰り出せるようになり、市民もヒーローを不意討ちする事にデメリットが発生するようになった。クソ運営とは思えない良アプデのおかげで今日もユナイテッドシティでは通り魔、強盗、テロが行われている事だろう。
では、どうして僕はまた下水道を歩いているのか?もちろん愛しのヴィランタウンに行く為だ。大手を振って街を練り歩き、軽犯罪を犯しまくるのも楽しいだろうが、それではいずれ飽きてしまう。
僕はどうせやるならド派手にやりたいのだ。
そんな事を考えながら歩いていると、暗闇の先に光が見え始めた。もうテクノ侍さんは門番をしていない。下水道には罠特化のヴィランによる特殊スキルで作成された大量の罠が張り巡らされている為、難攻不落の迷宮と化した。その為、入ってくるヒーローなどほとんどいなくなってしまったのだ。
そうしてヴィランタウンに入ると何やら広場が騒がしい。何事かと思って近寄ってみると、どうやらトランプを使って大富豪大会をしているようだ。そんな楽しい事をしているのなら誘ってくれればいいのに、と思ったが白熱している所を見るに忘れてしまったのだろう。時々やるカードゲームの楽しさは理解出来るから広い心で許すとしよう。
しかし、今は誰が対戦しているのか……
「えーっと、2を出して8切りから3で上がり。これで私の勝ちだね」
「Nooo!!!!Holy shit!!!!」
「んがぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「ギャァァァァァァ!!!!」
何故か普通に遊んでいるヴィアに敗北したと思しき、テクノ侍さん、ジャックポッター、クレゴブさんの情けない姿がそこにはあった。
「……君達は揃いも揃って何をしてるんだい?」
「ハァハァ……いい所に来たなノワール!頼む!アイツの快進撃を止めてくれ!」
「頼むぜ兄弟ィ!イカサマでもしてんのかってくらい強えんだァ!」
「もう頼れるのはノワール氏だげでござる……拙者達では相手にならんでござる……」
今までどんな逆境もガッツで乗り越えてきた不屈のヴィラン達からこうも情けない声を聞く日が来るとは思わなかった。まさかこのヒーロー、何をやらせても強いとかいう口か。
訝しげにヴィアを見つめると可愛らしく小首を傾げながらトランプを慣れた手つきでシャッフルし始めた。
しかもリフルシャッフル。なるほど、これは猛者の匂いがプンプンする。
そんな時、一人のヴィランが立ち上がった。
「ハッ!ショットガンシャッフルはカードを痛めるぜ!!」
「ふふっ、ゲームの中だから大丈夫だよ。後、正式名称はショットガンシャッフルじゃなくてリフルシャッフルね」
「すみませんでした……」
おそらく言いたかったのであろうヴィランの一人が的確なマジレスを受けて撃沈していった。
可哀想に、後で慰めてあげよう。
「……質問いいかな?」
「罠なら全部突破して来たよ。ちなみに起動から発動までの時間は3フレーム以内にしないと私には当たらないから気を付けてね」
「ご丁寧にありがとう。銀光のゴキブリに改名したらどうだい?」
「それちょっと面白いね。明日からカサカサ動き回ってみようかな」
「冗談を本気にするのはやめてくれ。控えめに言って、君のスピードでゴキブリムーブをされると対処しようがない」
「そっか、それじゃあやめておくね」
「あぁ、是非ともやめてくれ。……もう引退はしないのかい?」
皮肉2割、不安8割の僕の言葉にヴィアは顔を上げると少し考え込み、すぐに笑顔を見せた。
「うん、今の環境は楽しいからね。それに貴方みたいなスーパーヴィランと戦えるのはここくらいだし」
「嬉しいお言葉をありがとう。僕も君みたいなスーパーヒーローがいないとつまらないから助かるよ」
他愛のない会話に花を咲かせている内にヴィアはシャッフルを終えたようで手早くカードを配り始めた。どうやら、このスーパーヒーローはまだまだやる気のようだ。
「それで、ノワールはしないの?」
「僕はどちらでも構わないさ。ちなみに僕は『ヴィラン大集合!チキチキ!大富豪大会』を五連覇しているけど大丈夫かい?せっかくのいい気分が台無しになるかもしれないよ?」
「ご丁寧にありがとう。でもこの人達の中での一番じゃ、そこまで期待出来ないかな。正直、お山の大将にしか見えないよ」
「言ってくれるじゃないか。その笑みを泣きっ面に変えてあげるから今の内に震えておくといい」
「え〜、怖〜い」
「そのぶりっ子、君がやると結構イラッとするからやめてもらってもいいかな?」
「可愛くない?」
「可愛いさ。思わず殴りたくなるくらいには」
軽くメンチを切りながら、しれっとリベンジしに来たジャックポッターとクレゴブさんを入れて、ちょうど四人。これで舞台は整った。
今日こそは僕が勝つ。スーパーヒーローを倒せるのはスーパーヴィランである僕だけなのだ。
誤字、脱字がありましたらご報告して頂けると幸いです。