ラブ&ピース島
飛行機の車窓から海が見えてきた。午前8時40分、カイトは腕時計で時刻を確認すると、ポール・モーリアの"恋はみずいろ"をかけた。
前方の席では客と客室乗務員が世間話かなんかを
話していた。でもそんな事には気にもせず、カイトは海を眺めていた。
カイトは絶好の機会を得たので、胸を弾ませていた。というのも、20年前に訪れたパラオの島に再び行けるようになったからだ。あの素敵な朧な記憶を確かめるために…。その島はカイトの父親の知人の島で、父親の会社が倒産してからその知人とは疎遠になり、でも知人の息子と友だちになり、その友人に頼んで用事も兼ねて行くことになった。
(確かリリーって言ったかな、その人魚は…。楽しかったな〜僕は14歳で、彼女は少しだけ年上だったよな…そうするといま彼女も30代だよな…まあ歳なんていいや、また会えたらいいな…)
AM11:40
もうすぐパラオに着くというアナウンスが流れた。
飛行機の車窓からは青々とした綺麗な海に連なる幾つもの島々が見えていた。カイトは身を乗り出しそれに見入ると、思い出したかのように仕事用具が入っているカバンから地図を取り出して、目的の島までの行程を再確認した。
カイトは飛行機から降りた。少し強い風が当たって
カイトの気分を高鳴らせた。
空港に着いた後、食事を済ませて、その後橋を渡って隣の島まで行き、そこからボートで目的の島まで行った。島に到着したら、 ボートの操縦者に迎えの連絡は後で伝えると言って別れた。
海に迫る白砂の上を歩いていくと、向こうに古びたコテージが見えた。知人のものだ。もっと進んで確かめると、20年前にはなかったキャンプ場もその近くに設けられていた。さっそくカイトはコテージの鍵を開けると中にはいった。中はきれいに片付けられており、最近来た様子はなさそうであった。床に丁寧にカバンを置き、そして奥に行き早々と用事を済ませようと、壁の棚の引き出しから目的の本である「光の科学」を取り出して帰ろうとしているその時だった。棚の左側にあるコテージの窓の向こうに女性が見えた。森林に囲まれた湖の中を20代ぐらいの麗しい女性が泳いでいた。その女性は近くの丘に上がると尾ひれを震わせた。カイトは驚いて、体を持ち直すと言った。
「尾ひれ!?まさかあの時の人魚かな…」(20年前もあの湖で人魚とあったんだったな…)
すると、カイトはその女性と目があった。しばらくカイトは女性と見つめ合った後、確かめるために本をカバンに投げるように入れて、すぐさまコテージから出ていった。
湖はコテージからそれほど離れてはなく、すぐにたどり着いた。そして、カイトは近くの岩に身を隠してじっと様子をうかがった。湖の畔でその女性はくつろいでいた。そして尾ひれを確認すると、人魚だと確信した。向こうもカイトに気づいたので、カイトは隠れていた岩から出て、近くまで寄っていって話しかけた。
「もしかして、君はリリー?」
「そうよ、あなたはカイトね!」
その人魚は可憐な目をしていて、まるでお姫様のようで、おもちゃの髪飾りをつけていた。(その髪飾りは確かあの時に…)カイトは少し思い出した。
「うん。あの時からすると…君は…」
「若いって言うんでしょ?」
「…うん」
「人魚は人間よりも時の流れは遅いみたいなの。それより久しぶりにあの時作った島に行ってみない?」
「作った島?」
「そう、私達だけの秘密の島よ!まあ、着いてきて!」
そう言うと、リリーはカイトの手を掴み湖の中に潜ろうとした。
「…ちょっと待って、僕はスキューバダイビングの装備もつけてないんだよ!」
そんなことも構わずリリーはカイトを連れて湖の中に潜っていった。そして、ある魚を呼んだ。すると頭に提灯のついた鮮やかな赤と青の縞模様のきれいな魚が寄ってきた。
「なんだい、その魚は?」
「忘れたの?フェアリーライトフィッシュよ、とても賢いの。主人に仕え、私達生き物全てを守ってくれるのよ。それだけじゃないけどね。」
カイトとリリーは湖の中の洞窟をくぐると海へと出た。
「そうだわ!あなたはあの時のこともあまり覚えてなさそうだからあそこに寄ってからにしましょう
」
「あそこって?」
「行ってみればきっと分かるはずよ!深海にある場所よ!」
行き交う魚たちを分け入って200メートル以上進んでいくと、フェアリーライトフィッシュは頭の提灯を光らせあたりを照らした。
カイトはだいぶ落ち着いてきたので言った。
「あの時は聞かなかったけど、君はどこに住んでるの?ご家族はいるの?」
「いるわよ。私達はもっと深海に住んでるの。人間に見つからないようにね。」
「あっ、もうすぐ着くわよ!」
「あれよ!」
リリーが指さした先には薄暗い中海藻らしき生き物が揺れていた。
「あれは確か…」
「回想類という海草よ。かなりご長寿よ。大切な思い出を記録してくれたり、記録した思い出を教えてくれたりするのよ。」
回想類が生えてある海底に着くと、リリーは言った。
「カイト、海草に触れて!」
リリーも海草に触れて言った。
「海草さん、あの時の思い出を教えて!」
すると海草は橙色に輝いてあたりは明るくなった。
。
ー海中で仲良く泳いでいるカイトとリリーー
「なんか聞こえないか?」
「ええ、聞こえるわ」
「向こうの方からだ!」
浅瀬の海底でそのオルゴールはバダジェフスカの"乙女の祈り"を奏でていた。オルゴールを囲むようにして生えている海藻は楽しそうに揺れていた。
カイトはオルゴールを掴むと海中から上半身だけ出して確かめた。オルゴールにはきれいな装飾が施されており、箱の側面の中央には"バダジェフスカ"と書かれていた。
「バダジェフスカ?」カイトは言った。
「リリーは知ってる?」
「いいえ、知らないわ」
ー夜空の流れ星ー
ー髪飾りー
「海中で見つけたんだよ、リリーちゃんにあげるね」
カイトはリリーにおもちゃの髪飾りをつけた。
ー宝物集めー
「アハハッ アハハハハハッ」(カイト&リリー)
「僕は水色のビー玉を見つけたよ」
「私はピンクのビー玉よ」
「そのオルゴールの中にしまっておこう!」
「分かったわ」
「…うんうん、思い出してきたよ。」カイトは言った。
「…よかった。」リリーは言った。
「確かフェアリーライトフィッシュの力を借りて島を作ったんだよね、いや島だけじゃないな、そして、…」
「さあ、行きましょう、秘密の場所へ」
リリーはカイトの腕を強引に引っ張って次の目的地へと向かって上昇した。
「待ってよ、リリー!」
「着いたわよ、あの洞窟だわ」
「そうだね」
カイトとリリーはカラフルな魚の群れの中を分け入って、洞窟に入っていった。洞窟に入るとすぐに上方から光の差し込む場所があって、近づいてみると
天井が空洞になっており、そこから空が見えた。空には二羽の海鳥が旋回していた。上半身だけを出したまま、カイトとリリーはしばらく眺めると、先へ進んだ。しかし洞窟は行き止まりになっていた。
「島は消えちゃったのかなぁ」
「それは違うわ。フェアリーライトフィッシュの出番よ、彼らはイメージを具現化するだけでなく、復元することもできるのよ」
「まあ見てて。お魚さん頼んだわよ」
そう言うと、その魚は、岩のここだという場所を探り当てると、洞窟の先の通路を作った。赤と青の縞模様の通路であった。そしてその先のあの島も作った。カイトとリリーは手を握りしめその通路を進んで外に出た。
マーブル模様の白砂の浜に穏やかに引いては打ち寄せる波、その波打ち際には貝殻、そして、一匹のカニも歩いていた。そして近くの海ではイルカが泳いで飛び跳ねていて、更に遠くの海の方には滝があり、虹がかかっていた。
「ラブ&ピース島よ!」リリーは言った。
「ほんとだね、あの時と全く変わってないね」
カイトは言った。
カイトはすぐさま浜辺に向かうと、しゃがんでカニを触りつつ、足元を見て言った。
「ほら、あの時の僕らの足跡だよ」
「あのオルゴールもあるのかなぁ?」
「多分ね、数年前に来たときにはあったわ」
リリーもカイトの近くに歩み寄って来て、言った。
「ちょっと一緒に探してみないかい?」
そう言うと、カイトは勢いよく立ち上がり、承諾したリリーと一緒にオルゴールを埋めた場所に向かった。
「確かこの辺りだったような…おかしいな~」
「そうね〜フェアリーライトフィッシュの誤算かもしれないわ」
「誤算?」
「復元失敗ってことよ」
「それなら仕方ないか〜残念だな〜」
カイトとリリーは、もとの浜辺へと戻ってきた。
そして、カイトは改めて尋ねた。
「リリーはパラオの島にはしょっちゅう来てたのかい?」
「以前はしょっちゅう来てたわ。でもあなたになかなか会わないから諦めて行くのを控えてたの。でもあなたのことを今日思い出して行ってみようと思ったの。」
「そうだったのか〜僕も色々あって用事ついでにリリーに会えたらなあと思ってたんだよ」
そう言うと、カイトはふとリリーの方を見た。
(おもちゃの髪飾りはずっとつけていてくれたんだなあ…)
そしてカイトは言った。
「おもちゃじゃ今のリリーには合わないな」
すると、カイトは浜を囲んでいる木々の傍に行き、「ごめんね」と言って一輪の薔薇を摘むと、すぐにリリーのもとに戻り、おもちゃの髪飾りを取ると、代わりにそれをリリーの髪に刺した。
リリーは喜んで、「ありがとう」と言った。
「あの時の夜、流れ星に願い事をしたよね。僕は君との出会いを忘れないように、とお願いして、君は、早く人間になりたいとお願いしたよね?何でって僕が尋ねると、君は教えてくれなかった…何で?
」
「相変わらず鈍いのねあなたは…それはあなたのことが好きになったからよ」
「え!?でも女性から言われたの初めてだから嬉しいよ。」
「…でも、君は人魚で、人間にはなれないよね?」
「それは違うわ。人魚は成人すれば、人魚のままか人間になるか選べるのよ。」
「え!?そうなの?」
「深海神殿という場所で誓いのキスをすればいいのよ。」
「誓いのキス!?結婚式をするの?」
「違うわ、人魚の通過儀礼なようなものよ。」
「行く?行かない?どうする?」
カイトは言った。
「決心はつかないよ。でも行くよ。」
二人は手をつなぎ深海神殿へと向かった。
ラブ&ピース島の砂浜の砂に半分埋もれたあのバダジェフスカのオルゴールは、"叶えられた乙女の祈り"を奏でていた。そして、幾分か時間が立つと、ラブ&ピース島は、洞窟の先の通路とともに消えた。
「えーとっ、ここからだいぶ距離があるわ。神殿は9000メートル以上のとても深いところにあるのよ。」
「へえ〜それは大変だね。」
深海神殿に向かう途中で、珍しい発光するクラゲに出くわしたり、錆びれた沈没船なんかもあった。
「うーん、かなり昔のもののようだね」
「そうね、でも人間の痕跡は結構深海にはあるのよ。前にもこの辺できれいな宝石のネックレスを拾ったわ」
「ふーん」
暗い海の中を、フェアリーライトフィッシュの明かりが頼りなくなく感じられてきたその時
「あっ、あれだわ!深海神殿よ!」リリーは下の方を指さして言った。
カイトはリリーの指差す方向を見た。荘厳で物々しい雰囲気の建物があってその周りはきれいに光っていた。
徐々に距離が近くなると、はっきりその様子がわかるようになった。ゴシック建築のような教会は広場の中央に建っていて、広場の周りを幾つもの柱が囲んでいた。その周辺では、フェアリーライトフィッシュの群れが泳いでいた。
カイトとリリーは広場に着いた。
カイトは言った。
「すごいところに来たなあ。」
「ほんとね、私も久しぶりよ。」
静寂に包まれた二人は見つめ合った。
「ねえ、決心はついた?」
「うん、ついたよ」
そう言うと、カイトはリリーにキスをした。広場の柱の間を、フェアリーライトフィッシュの群れがビュッと通り過ぎていった。そして、リリーの尾ひれはなくなり、リリーは人間になった。
リリーのフェアリーライトフィッシュは広場に虹を作り、リリーの好きなピンクのイルカも登場させ、色とりどりの花火を上げた。そして、
二人を包むようにカラフルな世界を作り出した。
深海はぱっと華やいだ。
その後、カイトとリリーは陸上で結婚式を上げると、仲良く幸せに暮らしました。 完