目的は
目的は 1
一人称を僕から俺に変えて数週間が過ぎた。
それで、何が変わったわけでもない。
相変わらず仕事は無いし、コソドロをしてはチンピラに殴られる日常。
以前と変わったのは……。
「またテメーか。どこから見つけてくるんだ。その死体」
「そこら辺に落ちてるよ。この街は。それよりいつものやつ」
肉を喰うようになった事だ。
「肉を持ってくる奴で、買う奴はお前だけだよ。気味の悪いガキだぜまったく」
クソ不味い屑肉だが、腹は満ちる。
代わりに心から何かが失われる事など、目を瞑ればいい。
これより安い食べ物が、この街には無いのだから、仕方がないのだ。
兎にも角にも、腹が満ちれば、やけっぱちでも活力は沸く。
「うし。行くか」
街で聞き耳を立てていると、どうやらこの都市はいくつかの名前を持っているという事が分かった。
1つは、無法都市ロードバン。
ロードバン王家が魔獣の襲来で全滅して以降、行政機能を引き継ぐ者も無く放置された結果、この無法都市が出来上がったらしい。
そして、もう1つの名は、弱肉強食の無法地帯を恩恵と感じる職業、人族の強者、すなわち冒険者の都ロードバンである。
「ごめんねぇ。君じゃ登録の資格が無いのよお」
都市の南門から王宮へと続く南大通りと、王宮を中心に環状に巡らされた馬車道が南門の付近で交差する角地。薄汚い街の中で、ポッカリと小綺麗な建物が、冒険者ギルドという場所だった。
ギルドの中は酒場のようになっていて、飯を食う事も出来るようであったが、今回の目的は飯ではない。
受付のように立っている女性に声をかければ、資格がないときた。
資格ってなんだ。
「冒険者っていうのはね? それはもう儲かる仕事なのよ」
知ってる。だから、冒険者になりに来たのだ。
「未踏破領域を進んで世界の地図を広げ、未知の食物や魔獣を発見して、図鑑を埋める。浪漫と実益、そして人族の存亡をかけた最高かつ最も危険な職業と言われているわ」
「難しい話はいい。言われても分からない。資格ってなんだ」
自慢げに語る女性の話を遮って質問を返すと、女性は少し嫌そうな顔をしてから、それでも律儀に教えてくれた。
冒険者ギルドは、上位ギルドと言われているらしい。
冒険者として登録して仕事を請けるためには、傭兵ギルドや狩人ギルドなどの、戦闘系ギルドで功績を上げた高ランクの者である必要があるという。
根城にしている路地裏から半日かけて歩いて来たというのに、全くの無駄足だった。
冒険者ギルドに登録できず、さっさと建物を後にすると、外には両手を器形にして捧げ上げる物乞いがいた。
冒険者は大層儲かる職業だというから、それを聞いた物乞いだろう。
「施し貰える事あるのか……?」
少々気になったが、物乞いには声をかけず次の目的地、狩人ギルドに足を向けた。
「はぁー……」
結果、狩人ギルドも傭兵ギルドも登録できなかった。
どちらも要求は一緒で、ギルド員である親族の推薦がある事、若しくは、闘神教会が認めた戦闘技術修練場で、ランク2以上の戦闘技術者と認められる事らしい。
そして、誰もが口を揃えて、この街にある戦闘技術修練場は知らない。と答えやがった。
「いっつも詰んでる。くそだなこの街」
くそくそ言ってたチンピラの口調がうつった気がする。
折角根城にしている東のスラムから、南の大通りまで出てきたのだからと、南大通りを都市中央の王宮へ向かって歩いてみる事にした。
横を通りすぎる人が俺に顔を顰めるのは、臭いからだろう。
水浴びする事も無く何週間も経っているのだ、当然だ。
水を有料で売っている街だ。
どこかにただで使える水など、あろうはずもない。
そして、手持ちの金は無い。
つまり、どうしようもない。
「どろぼー!!」
商店から大きな声が上がり、視線をやれば走って逃げる子供と、その正面に立ちはだかるチンピラ風の男。
「ここら辺はハゲタトゥーのチンピラの管轄じゃないのか。死ぬかもな」
何度かコソドロをして捕まった感じ、分かった事がある。
あのハゲタトゥーのチンピラと、そのアニキって奴はかなり優しい部類に入る。
他の奴らは、普通に殺しに来たり、こちらの身体を壊しに来たりする。
今のところ、そういう奴らからはギリギリで逃げきれているけれど、捕まれば命は無いだろうな、と思っている。
いつものよくある光景で、あの子供が死んだとしても、それはこの都市じゃ仕方のない事だ。
俺は気にせず街並へ視線を巡らせて、通りを歩む。
戦闘技術修練場という物を探しているのだが、困った事に文字が読めない。だから、看板が出ている建物を見ても、目的の物か違うのかが分からない。
いつか、財力を身に着けたら、学びも得たいものである。
この都市は、古代都市の建物を利用して増築を重ねられているという話を、立ち聞きした事がある。
人族がまだ、他の種族に脅かされていなかった時代。
栄華を極めた人族が建てた、巨大な建築物群。
そんな時代があったとか、俄かに信じ難いが、この都市の建物は四角い大きな石を城壁のように何段も積上げて作られており、王宮でもないのに、3階建、4階建といった10mを超えるような建築物がひしめき合っているのだ。
開拓村の家はどれも木造の平屋だった事を考えると、古代都市というのは凄い物だと感心する。
と、観光のような真似をして歩く事、1刻ほどだろうか。
ごつい風貌の鎧男に行く手を塞がれた。
「おい。こっから先は浮浪者立入り禁止だ。スラムに帰れ
そういう事らしい。
「分かりました。ちなみに何故ですか?」
答えは返って来ず、手を振って追い払われた。
「向こうに見えてるお城みたいな所まで、行ってみたかったんだけどな」
恨み言を零して背を向ける。
諦めて、飯の種でも探しながら東へ戻ろうと決めた。
1日足を棒にして歩き回り、都市の東側と南側を見て歩いた結果、分かった事がある。
「真っ当な方法では生きていけないな、これは」
コソドロに手を出し、死体運びで飯を得ている身である。
何を今更というものではあるが、由々しき問題なのだ。
浮浪児は幾らでも見掛けるが、年老いた浮浪者はほぼ見ない。
分かってはいた。
こんな生活長く続くはずがないと。
生きられないのだ。
この都市の浮浪児は、子供のうちに死んでいくのだろう。
「けれど、それじゃ困る」
強くなりたいと願った。
なぜか?
ちょっと腕力が強くなったなら、ハゲタトゥーのチンピラを殴り返してやりたい。
もっと強くなったなら、ヴィーネを取り戻したい。
これは腕力というより、財力か。
で、人族の限界を超えて強くなれるような事があったなら、
「一発、ファナティの事も、ぶん殴ってやりてーなぁ」
まず間違いなく、殴る前にこちらの頭が吹き飛ぶだろうが。
腕力と、財力。
どちらも手に入る目途が立っていないけれど、どちらも必ず手に入れなければならないものだ。
「となれば、出来る事からコツコツとやるしかないわなぁ」
スラム街自体は都市の東側を城壁沿いに延々と南北に伸びているのだが、そこに住んでいるのは俺たちみたいな浮浪児ではなく、誰からも無法者と呼ばれるような者達らしい。
強盗、殺人、放火、強姦、誘拐。
5罪背負って1人前、という言葉もあるという。
ふざけた話である。
ちなみ、いわゆる浮浪児は、スラム街に住む事など出来るはずもなく、殆どが馬車道に程近いスラムに続く路地裏で寝起きをしているらしい。
俺と同じという事は、自然とそうなるのだろう。
シンパシーを感じなくもない。
「も、もういいだろう? 十分喋ったじゃないか」
以上の話を教えてくれたのは、俺と同じ浮浪児の子。
名前は知らない。
路地裏で寝転がっているのを見つけて、不意打ちで馬乗りになって首に手をかけながら質問したら色々答えてくれた。
浮浪児の頼れる先輩である。
「最後にもう1個。知ってたらで良いんだけどさ、戦闘技術修練場って、この街のどこかにある?」