弱いからだよ
弱いからだよ 2
「アニキ。……そこに他のガキも隠れてたんすね。気付きませんでした」
すんません。というチンピラの男の前に、首根っこを捕まれて引きずり出される。
すぐ足元には、鼻から上を潰された子供の死体。
アニキという男の手から解放された僕の頭を、今度はチンピラが掴むと、僕の顔を倒れた死体に近づける。
「で、テメーはこいつのグルか? ん?」
「ぼ、ぼくは……」
徒党を組んで盗みを働くなんて発想は無かった。
全く知らない。
「ぼくぅ? 何だお前良いとこのぼっちゃんかぁ、おいおい! ぼぉおおおくちゃぁああん」
「ぼ……俺は、こんな子供知らない。そもそも、この街にだって、先週攫われて来たんだ。知己なんて、いない」
ぎゅっと瞼を瞑り、嘘偽りなど無いのだと、弁明を試みる。
明確に、今、命を握られている。
「どーしてぼくがこんな目にぃとか思ってんのか? あ? 教えてやるよ、それはなぁ、ぼくちゃんが弱者だからだよぉ!」
『弱いからだよ』
また、またそれか。
弱い事は、そんなに悪い事なのか。
「言い返さねえのかよ、つまんねぇクソが。
こいつどうします、アニキ?」
力を緩められて、頭が子供の脳漿に落ちた。
気持ち悪い。
口から吐瀉物が溢れ出すのも構わず、必死で顔についた血を払う。
「グルじゃないなら、良いだろ」
然程、興味も無いのだろう。
アニキと呼ばれた男は、あっさりと僕から眼を逸らした。
「子供の死体は、気にする奴もいる。クソガキ。この死体持って東のスラムに真っすぐ進め。看板もねえ臭い肉屋で買い取ってくれる」
その店を思い浮かべる。
知っている。
小銭貨1枚で焦げた屑肉を売っているスラムの店だ。
道に落ちていた銭貨を拾って、そこで屑肉を買った事がある。生臭くて筋張ってどうしようも無い味だった。
「分かったなら持ってけ。俺たちは行くぞ」
2人は僕たちをその場に残して、馬車通りへと出て行った。
「……」
暫し、呆然とする。
以前、ファナティに、人殺しはいけない事だと言った。
なのに、こんなにも。
「僕たちの命は、なんでこんなに」
「頭にタトゥーいれた人のアニキって人が、この死体をここに持って来いって言ってた」
「正面で声かけんな裏口まわれ」
ぶよぶよに太った髭面の店主は、ぶっきらぼうに言うと、自身も店の奥に消える。
僕の力では、子供の死体を運ぶのは重労働で、引きずった血の跡がそこら中に点在している。
スラムに、そんな事を気にする人がいるのかは知らないが。
「こっちだ。入れろ」
店主に言われるまま、裏口から子供の死体を引きずって中に入れると、銭貨1枚を握らされた。
「ほら。さっさと消えろ」
手の中の銭貨を見る。
転がされた子供の死体。
この店で売っている屑肉。
「……死体なら、なんでも買い取るの?」
「イカれてんのか。……新鮮な奴だけだ。腐乱死体持ってくんなよ。それはスラム街の奴らでも喰わねえ」
不思議だった。
この世界で肉と言えば魔獣肉だ。
入手が困難で、その金額は非常に高い。
村に住んでいた頃、肉は特別な日にしか食べられなかった。
それが屑肉とはいえ、切れ端が銭貨1枚など、安すぎると。
肉を食って育った人と、パンと野菜だけで育った人は、身体の筋肉が違う、と父さんが言っていた事を思い出す。
だから、農家で身体を酷使していても、ムキムキにならないと笑って。
「おっさん……」
店で売っていた屑肉を1つ持って、店を出た。
スラム街は城壁と石造りの建物の陰になっていて、そこから見上げる空は狭い。
口に入れた屑肉は、固くて、何度も何度も噛まなくては、とても飲み込めたものじゃない。
飲み込もうとする度に、何度も吐きそうになるのを堪えて、無理矢理に胃へと押し込む。
『人族が、弱いからだよ』
『ぼくちゃんが弱いからだよぉ』
「うるせえ……くそ。……今日から、僕はやめだ」
口についた脂を血みどろの袖で拭いて、爪が手の平に食い込んで皮膚を破るほど、強く、強く、拳を握った。
「俺は、……強くなりてぇな……クソッ」
流れる涙も、痛む心も、弱い自分も。
強くなるまでは、全部無視して進むのだと。
そう、誓った。