表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦闘力がインフレした世界で、アウトローはダーティに生きる  作者: 士峰
1章 無法都市ロードバンの浮浪児
4/24

弱いからだよ



1章 無法都市ロードバンの浮浪児



 弱いからだよ 1



 ガツンと頭を鉄の棒で殴られた。

 視界で火花が弾けて明滅し、膝が笑って石畳の薄汚い路地裏に崩れ落ちた。


「最近派手にやってるらしいじゃねぇかクソガキぃ?」


 手のひらで鉄の棒をパンパンと音鳴らしながら、僕を見下ろしてくるのは、髪をそり上げて、側頭部にタトゥーを彫った、見るからにチンピラという風貌の若者。


「あそこの露店区画はよぉ、うちがケツモチしてるから。お前みたいなコソドロのガキがちょろちょろしてると、俺らに相談がくるわけよ。わかるぅ?」


 鉄の棒が跳ね、肩を打ち据えられる。

 手に持っていたカビの生えたパンが地面に落ちる。


「どうせ……捨てるゴミじゃないか……」


 露店でパンを売っていた商人が、ゴミ箱に捨てたカビの生えたパンを拾って逃げた。

 露店通りから歓楽街の裏道を抜け、馬車通りを横断して、スラムに繋がる路地裏に入ったところで、このチンピラに足をかけられて、すっ転んで今に至る。


「ギャハハハ! ゴミってお前、ゴミはお前だろ、ぶわぁ~か」


 太ももを鉄の棒で打ち据えられ、激痛に足が跳ねる。


「なんだぴょこぴょこしちゃってよぉ、なんの踊りだそれわぁ」


 笑いながら振るわれる棒は、肩を、足を打つ。

 大怪我はしないけれど、痛い部分を狙って嬲ってくる。


「おい。捕まえたか」


 チンピラに嬲られていると、その仲間だろう男が馬車通りの方から路地裏へと入ってきた。

 太い首と広い肩。見るからに屈強そうな男だ。


「ええ。捕まえましたよアニキ。こいつどうします? 腕の一本くらい見せしめに切り飛ばしておきますか?」


 アニキと呼ばれた男は、僕の横に落ちたカビの生えたパンを拾い上げると、カビが生えた部分だけを僕に放り、残りを手の中で潰して排水路に捨てた。


「阿呆かよ。こいつらみてーなクソガキがいるから、俺らに仕事が回ってくるのよ。平和な街じゃ、俺らの仕事はねーだろ」


「なるほど流石っすねアニキ。じゃあ、こいつらはしっかりコソドロして、俺らに捕まってボコられる仕事をして貰わないといけねえ」


 ゲラゲラとチンピラが笑う。


「いくぞ。クソガキはそいつだけじゃねえんだ」

「へい。……命拾いしたな。ガキィ!」


 去り際に強烈な一撃が背中を打つ。

 息が詰まり、呼吸が止まる。


「そうそう、明日は俺ら休みの予定だから、明日は悪さすんじゃねーぞ」





 路地裏に一人取り残され、残ったカビの生えたパンを見る。


 『弱いからだよ』


 脳裏を駆ける、あの日、ファナティが僕に告げた言葉。


 弱いから、力が無いから。

 

 だから、この手には何も残らないのか……。





 あの日、ファナティは残った村人を狩りつくしてから、迎えに来た他の獣人族と協力して、死体を持って去って行った。


「僕も、ヴィーネも、……殺すのか?」

「狩られた獲物を横取りする趣味はないかなー」


 ボロボロになって縄で縛られている僕は、彼女の眼にはすでに狩られた獲物に映ったのだろう。

 ……そう、獲物に。


 その日の夜。

 縛られ転がされたままの僕たちの元に、20人ほどのガラの悪い男衆がやってきた。

 見るからに性質の悪い連中に僕は抵抗したが、両手を縛られている状態でどうしようもなく、無骨な武器で滅多打ちにされてしまった。


 そいつらがこの都市、無法都市ロードバンの連中だった。


 彼らは僕とヴィーネを、このロードバンに連れてきて、ヴィーネを奴隷商に売り払った。

 僕の事も売ろうとしたのだが、顔中が怪我で腫れあがっていて、呼吸も荒く高熱を出していた男の子供は買取を拒否された。


 そして、僕は捨てられた。

 路地裏に、本当に、ゴミのように。





 路地裏の壁に縄を擦り付けて解き、僕は縺れる足で奴隷商を訪れた。

 門前払いだった。

 入店料、金貨2枚。

 あるわけがない。

 

 衛兵を探して、窮状を訴えようとした。

 この街に、衛兵はいなかった。

 無法都市。

 その名の通り、治安のための都市機能は愚か、行政すら存在しなかった。


 金を稼ぐために仕事を探したが、初等教育すら受けていない子供を雇ってくれる所は無かった。


 9才の、元農家の倅。

 読み書き計算、一切できない。


 街を出ようとして、無法者らしき男たちに止められた。

 出国料金貨20枚と。

 完全に、出す気がない。


 都市は、傷んではいるが高さ20mはある巨大な城壁で囲まれていて、南北にある門以外から出る事は出来ない。


 両親を失った。

 幼馴染の妹分であるヴィーネも守れない。

 今日のご飯も寝床もない。


 コソドロみたいな真似をして、食い繋ぐ事すら、難しい。


 腹が鳴る、口が乾く。

 

 カビの生えたパンの切れ端を見る。

 

 お腹を壊して下痢になると、身体の水分がなくなる。

 そんな時は水を飲みなさいと、そう教わった。


 けれど、この街では水すら有料だ。

 お金は無い。


 けれど、食べる物が無いのも事実で。


(もう1度、露店を狙うか? いや、2度目なんて)


 チンピラの面目を潰すようなものだ。

 今度はそれこそ、腕の一本くらい取られかねない。


 腹が鳴る。


 明日、雨が降る事を願って、カビを袖で擦り、カビを僅かなパンの切れ端ごと口に放り込んだ。





 翌日。

 

 腹の調子が良くない。


 とはいえ、腹に違和感がある程度で、痛くて苦しいような症状はなく、このまま路地裏で横になって1日を終えてしまおうかと考えていた。


(今日はチンピラども、休みって言ってたな)


 そんな事を思い出す。

 つまり、今日ならアイツらに捕まる心配が無いという事だろうか。


 通りに繰り出して、物色するべきか?

 都合の良い希望が首を擡げて来たが、思い直す。


(態々、休みの日を教えてくれる? なんのために?)


 アイツらが僕を生かしているのは、自分たちのためだ。

 休みの日を狙って、僕が好き放題に蓄えたとして、どうだ。


 そんなやつ、生かしておく必要があるか?


「ーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」


 路地裏に走ってくる人の気配を感じて、とっさに日の届かない陰に身を隠す。


 走って来たのは子供だ。

 僕と同じ年くらいで、両手に果物を持っている。


 薄汚れた服で、靴を履いておらず、顔も髪も汚れている。

 僕と同じように、路地裏暮らしの少年なのかもしれない。


「手間かけさせんじゃねぇよクソが!!」


 頭にタトゥーを入れた昨日のチンピラが子供に追いつき、組み伏せると、猛烈な勢いで鉄の棒で子供の頭を殴り始めた。


「ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ヤメテ! ゴベッ?!」

「今日は休みだっつったろうがボケが! 言う事聞けねーガキを、生かしとく必要なんてねーんだよクソが!!」


 本気だ。


 明確な殺意を持って、チンピラは子供の頭を殴っている。


「はぁ、はぁ、はぁ……。へっ。舐めた真似しやがるから、こういう目に会うんだよ」


 チンピラが立ち上がる。

 その足元には、頭の中をぶち撒けた子供。


 両手で口を押えて、悲鳴が漏れないように堪える。

 

 巻き添えなんて、真っ平ごめんだ。


「おい。ガキ、お前はあっちのガキとグルか?」


 気付かなかった。

 すぐ背後、反対側のスラムから来たのだろう。


 僕の背後に、アニキと呼ばれていた男が立っていた。

 感情の無い、無機質な眼で、僕を見下ろして。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ