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プロローグ 少年だった日


 プロローグ 少年だった日 3



 いつも彼女が現れるのは、夏の陽が空の頂点に差し掛かる頃と決まっていた。


 いつも彼女は、作りかけの防壁からひょこりと顔を出して、村の中に視線を巡らしてから、僕の顔を見つけて、花が咲いたような笑顔を見せてくれる。


 幻か、それとも夢かと思った。

 けれど……。


「に、兄さま……」

 

 ヴィーネがすり寄ってくる。

 その震えが伝わって、僕の身体まで震えてくる錯覚。

 殴られて切れた口の中が、ぱさぱさに乾く。


「どうして……」


 狩りの練習が中止になったのだろうか。

 それとも、やっぱり狩りの練習より、僕と遊びたくなったとか。

 他愛無い可能性が頭の中を巡る。

 なんと声を掛けたら良いのか。

 何を聞くべきなのか。


「あれ? ステインぼろぼろだね?」


 彼女は、いつも通りに笑った。

 昨日からの僕の事など、彼女が知る由もない。

 それは良い。それは良いんだ。


「ファ、ファナティ……。どうして、何をしに来たんだ?」


 絞り出した問い。

 まさか、という思いと、そんな訳が無いという感情がぐちゃぐちゃに頭の中を走り回る。


 どうか、どうか。

 あの一言だけは、……言わない、言わないはずだろう?


「え? 昨日言ったでしょ? 狩りの、練習♪」





 頭が、真っ白になった。


 ファナティは嬉しそうに畑の向こうに並ぶ村人たちを指さして、武器を持ってる人から、とか、やっぱり最初は人族から始めないと、いきなり魔獣は危ないでしょう? とか。


 ナニヲイッテルカ、ワカラナイ。


「それじゃ、とりあえず一回目。……行くよ」


 彼女の足元が爆ぜた。

 

 獣人族は、人の何倍も身体能力が優れている。

 特に、速さにおいては、この世界に並ぶ者なしと。


 畑の向こう、村人が立ち並ぶ位置まで、直線で200mはあると思う。


 加速の衝撃で爆ぜた土塊に目を瞬かせた瞬間には、先頭に立って棒を構えていた人から、蒼穹に深紅が吹き上がっていた。


 村の男たちの野太い声が上がり、各々木の棒でファナティを叩こうとしたのだろうが、ファナティがその身を捩ったように見えた時には、周囲の男衆が弾け飛ぶように倒れる。


「どうどう? なかなかやるでしょうあたし?」


 呆気に取られている間に、両手に自身の身長より遥かに大きな成人男性を掴んだファナティが隣に戻ってきていて、


「とりあえず、2匹♪ さぁ、どんどん行くよ~」


 どうっと投げ捨てた男性。

 その内の1人は、


「ふぁ、なてぃ……この人は、僕の……」


 父さん……だよ。





 隣で叫ぶヴィーネの絶叫も、遠く吹き上がる血潮も、獲物を自慢するように僕の目の前に積み重ねられた見知った顔たちの遺体も。


 何もかもが、現実感が無い。


 何が起きているのか、理解が、出来ない。


「ファナティ、ファナティ……ファナティ!!」


「ん? どったのステイン?」


 ぽいっと積み重ねられた死体。

 何も見ていない目が見開かれた、知っている人たちの死体。

 十重に二十重に積上げられた死の結末。


「やめろ! もうやめてくれ!!」


 懇願。

 顔をぐしゃぐしゃにして、ただただ願う。

 待ってくれ。

 やめてくれ。

 話を聞いてくれ。

 

 ――こんな、こんなはずじゃなかっただろう?


「どうして? あたしまだまだ元気だよ?」


 力いっぱい、と細腕をぐっと見せる。

 人を軽々と引きずっているとは思えない、少女らしい腕。

 真っ赤に染まった、小さな手。


「なんで、どうしてこんな事をするんだ、ファナティ!」


「え? いや、狩りの練習だけど」


 きょとんと首を傾げる、あどけない少女の顔。

 返り血に唇を濡らし、高揚感に頬を染める、

 ただの、少女の……顔。


『獣人族と人族は、違う生き物なんだ』


 父さんの言葉が、脳裏を過る。

 違う。

 違うってなんだ。


「ファナティ、やめてくれ……もう殺さないでくれ」


「どうして? しっかり練習して、血に酔わないように、殺しを恐れないように、慣れておかないといけないでしょう?」


 頑張るよ! と腕を振る少女に、罪悪の念は無く。

 ただただ、目的に向かって一生懸命に頑張ると。

 健気な姿勢が。


「どうして、どうして人なんだ!? そんな理由で人を殺して、良いわけがないだろう?!」


「……えーと、それは、どうして?」


 どうして?


 どうしてって、なんだ。


 だって、当たり前だ。

 人殺しは、いけない事だ。

 そう、いけない事だ。


「人殺しは、……いけない事だ。なぁ、そうだろう?」

「んー? あ! そうか。ステインは人族だもんね!」


「種族なんか関係ないだろう!!」


 かっと頭に血が上る。


「僕とファナティと何が違うって言うんだ! 村の人だってそうだ! 僕と一緒だ! どうして殺せる?! いけない事なんだよ!!」


 喉が裂けんばかりに叫ぶ僕の事など歯牙にもかけず、彼女は心底おかしそうに笑う。


「なにがおかしいんだ!!」


「だって、ステインおかしいんだもん。

 だって、だってね?


 何が違うって、あたしたちと人族は……」


 ――チガウイキモノダヨ――


「人が魔獣を狩るのと、獣人族が人族を狩る事の、


 いったい何が違うの?」


「……ぁ……ぇ?」


 言葉が出なかった。

 

 何かを言わなければならない。


 言い返さなければいけない。


 人と魔獣を一緒にするな?


 そうじゃない。


 ファナティの、獣人族の中では、人族と魔獣くらい、人族と獣人族は、違う物なのだと。


 そう言っている事が、伝わってしまって。


「安心して? 狩りで得た獲物は、みんなでちゃんと食べるから。ま、人族、美味しくないんだけどね」


 面白そうに笑う、少女の笑顔。

 ここ最近、毎日見ていたその笑顔。

 

 人族と、何が違うんだと思ったその笑顔に。

 

 分からされてしまった。

 気付かされてしまった。


 手が2本、足が2本、目が2つ、鼻が1つ、口が1つ。

 意思の疎通が出来て、感情がある。

 2足歩行をして、両手で何かを持ち、口で物を食べ、喋る事が出来る。


 そんな共通点は、物語に出てくる悪魔や竜だって同じだ。


 彼女が言う、みんなの輪に、人族は含まれないんだ。


 ……ちがう、いきもの。


「そうそう。ステインさっき、どうして人を狩るのかって、聞いたよね? それはさ、とっても単純なことだよ」


 魅力的に見えた笑顔に恐怖する。

 楽しみにしていた声を聞きたくない。


「人族を狩りの練習にするのはね?


 人族が、弱いからだよ」






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