動物ホイホイ
「宰相補佐!どちらへ!?」
「うるさい!ついてくるな!」
毎日毎日うんざりだ。
くだらない陳情書を差し戻しても次の日にはまた送ってくる。
部下がまともに仕事をしていないとしか思えない。
「こんな書類は自分たちで処理しろ!」
「そんな〜」
情けない顔をして取りすがる部下を振り払うと、男は上等な上着を脱ぎ捨てた。
「お待ちください。あ、ああーーーっ!」
最近評判の湯屋《黒猫屋》。
その3階で惰眠を貪っているのは3兄弟の一番下、ハズキである。
もう日も高いというのに・・・王族から下賜されたという最高級(もらったのは兄のミズキ)クッションを抱いてごろごろしていた。
と、廊下を駆けてくる足音とともにドパーンと戸が開け放たれた。
「おいハズキっ。いいかげん起きろよ!掃除できないじゃないか」
「え~~~、まだ寝かせてよぉ・・・」
「だめだっ。こないだ開発した艶出し剤を試すんだから。」
掃除魔のミズキがまた変なものを作ったらしい。
「ん~、もうちょっと・・・」
「そう言って毎日毎日だらだらして!ちょっとは運動してきなよ」
ハイハイ行った行ったと追い払われたハズキはしぶしぶ外に出た。
太陽がまぶしい。
まだ寝たりないんだけどなあ。
ハズキの頭は高速回転で昼寝場所のリストを検索した。
「王宮裏の森!」
あそこなら今の時期は木漏れ日があたってのんびりできるはずだ。
王宮裏の森の中には旧城跡の中庭。
寝ころがっているハズキはなぜか鳥まみれである。
ピチチ・・・(つんつん)
ピル(つん)
体のうえをかけまわり、髪をついばまれ。
「んん〜、やめてよ〜。寝られないじゃないか〜」
鳥たちは「だめー。もう十分寝たでしょ」とちょっかいをかけてくる。
昔からハズキは動物に好かれる。
そのへんの犬とか猫とか家畜にやたらとなつかれる。
とは言え、いたずらされすぎるのも愛が重い・・・。
さらに鳥も数が多いとリアルに重い。
「おもーいっ」
ガバッと起き上がった目線の先。
「ファッ!?」
白狐がいた。
しかもなんかしょぼくれている。
なかなか立派なサイズなのに毛並みがぼさぼさ。
目のしたにもくまが・・・くま?
「・・・」
「・・・・・・」
しばらく無言で見つめあう。
目つきがわるいというほどでもないが、不審そうな顔でみてくる。
へんなやつ。
「こいこ〜い」
とりあえず呼んでみる。
白狐は警戒しながらようすをうかがっている。
なんだ来ないのか。
じゃあいいや。
鳥たちは捕食者の登場で逃げていったし、寝よう。
もういちど転がってうとうとする。
うとうと・・・
うとうと・・・
なんかくすぐったい。
パチっと目をあけてあったのは白狐のドアップで。
「「ギャアアァ」」
飛び起きたはずみで頭突きをかましてしまったのだった。
白狐はしばらく起きなかった。
起きないのをいいことにハズキはもふもふした。
「なんか・・・つかれてんなーこいつ・・・」
肩でも凝ってんのかな、とマッサージをしてやると、やさぐれた顔がましになってきた気がする。
必殺☆動物マッサージである。
「狐界にも上下関係とかあるんかな。ごくろうさんです」
この微妙な毛並みをミズキに見せたら手入れしたがるだろうな、とか思っていたら白狐が起きた。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
ものすごいジト目で見てくる!
「なんなんだよおまえ~。目つきわるいぞ?」
ご機嫌とりに耳のつけねを軽くもんでやる。
ちょっとましになった・・・かもしれない。
「そろそろ帰るけど。おまえ、うちよってく?」
傍からきけば「一杯やってく?」みたいな、明らかにおかしいノリで白狐をさそうハズキ。
頭突きしたおわびに風呂をおごってやろうというつもりで、返事もきかずに抱きあげて歩きだした。
そんなハズキを見る白狐の目はやはりジト目だった。
再び《黒猫屋》。
「ふ~んふんふんトリのふん~♪たっだいまーぁ。あれ?ミズキは?」
「研究室にこもっていらっしゃいますよ」
「またかー。」
「今日のお夕飯は狐の分も?」
「おねがい」
「お部屋にお持ちしますね」
従業員もハズキが動物を拾ってくるのはいつものことなので慣れたものである。
「飯の前に風呂風呂~♪」
部屋に入るとスパッと服を脱ぎ捨てて風呂にむかう。
《黒猫屋》は大浴場だけでなく、全部屋風呂つきで源泉かけ流しなのである。
湯かげんをかなりぬるめにし、冷蔵庫から出してきた果実水をサイドテーブルに置く。
「はい脚洗おうね~」
さすがに動物、いきなりお湯をぶっかけてはまずい。
タライに白狐を入れ、静かにそそいでいく。
脚以外はあまり汚れていなかったので体にかけ湯をして一緒に浴槽へIN。
「お湯加減どうですか~」
ゴキゲンでもてなすが、冷静に見れば頭だけ出して湯につかる姿はシュールでしかない。
先程までのジト目もゆるみ、白狐は今にも寝そうだった。
「む・・・これではおぼれてしまうな。そろそろあがろうか~」
しんなりした白狐をひきあげ、魔道具で乾かす。
兄・ミズキ開発のオイルブラシで全身を整えたらあらふしぎ。
「おお!高級毛皮!」
それを聞いた白狐はふたたびジト目になったが、従業員がもってきたごちそうを平らげると、ハズキのこだわり・動物をだめにするクッションに陣どってくつろぎはじめた。
「今日も疲れたな~」
ハズキも横ににじりよってごろごろしているうちに、眠くなってしまった。
「狐、おやすみ」
身をよせあって眠るほほえましい様子に従業員が布団をかけていく。
いつしか夜は更けていくのであった。
そのころ、王宮は大さわぎになっていた。
狐獣人の宰相がおしつけられた仕事にヒステリーを起こし、出奔したまま帰らないのである。
「うわあぁぁん、宰相があぁぁ、帰ってこないよー」
「これに懲りたらいくら話しかけたいからってどうでもいい仕事持ち込まないことですね」
街中を謝罪行脚して仕事復帰してもらうのに2日。
ブラック労働を改めることを確約させた宰相が素性を隠したまま《黒猫屋》に居つくようになったのはそれからまもなく。
「なあシロ、おまえいつもどこ行ってんの?」
日中どこかいくわりに毎日帰ってくるので首をかしげるハズキ。
ジト目のまますっとぼける白狐がそこにいた。
今やツヤツヤの毛並みをもつそれが宰相だと気づかないハズキだった。