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黒猫屋  作者: つじかやこ
1/2

掃除魔

天気のいい午後、ミズキはのんびり店の前を掃いていた。

店の名は《黒猫屋》・・・湯屋である。


兄が何を考えてその名前をつけたのかはわからない。

そもそもうちは猫なんて飼っていない。


が、両親亡きあと家計を支えてくれた兄の決めた名前に異を唱える気もなかった。

その兄が「経営、飽きた。」と言って旅に出てしまい、ミズキが引き継ぐことになった。


もう一人いる弟には「おれ風呂きらいなんだよね~。熱いし長く入れないわ~。」という理由で手伝いを拒否さ

れた。

なんとも自由な家だ。


《黒猫屋》は繁盛していた。天然の源泉があり、黒くとろみのある泉質が人気のようだ。

兄はセンスがあったらしく内外装や備品も評判がいい。

普通に経営しても繁盛間違いなしだが・・・。


ミズキは掃除魔だった。

掃除熱をこじらせた結果、薬品調合にはまってしまった。

薬品を調合したり、香りのよい石鹸や香油を調合したり、商売の役に立っている。


「試したいなあ・・・」


ミズキは先日考案した薬剤の効果が気になっていた。

頑固な油汚れを落とす液剤だ。


残念ながら湯屋はミズキの毎日の掃除によりピカピカだ。

弟の料理屋のキッチンで試させてもらおうか・・・と思ったその時。


視線の先に何ともキチャナイ物体が現れた。


「うわぁ・・・何だあれ、キタネーな」

「これ!近寄るんじゃないよッ」


街の人が慌てて道を開ける中、肥溜めにでも落ちたような臭いが充満する。


「ふ、風呂・・・水・・・」


うわぁばっちい。声からして男?

そんなことを思っていると、ばっちい物体はミズキの前まで来ていた。


「湯を・・・かして・・くれ・・」


間近で聞く声は意外に若そうだ。


「お兄さんどうしたの?すんごい臭いけど」


服はきっちり仕立てられたもののようだが、いかんせん汚れすぎて質感すらわからない。


「糞鳥の・・巣に・・」


地元の人間は近寄らないので存在をすっかり忘れていた。

半日ほど森に入ると糞鳥の巣があって、やつらは糞で作った巣に卵を産み、それを糞でおおって温めて卵を孵す習性があるのだった。


「まさか卵と一緒に温められちゃったの?そんな間抜けなの聞いたことがないよ・・・」


男は気まずそうに身じろぎした。


「川に入ったが、」

「あーダメダメ」


あの糞は油を多く含んでいて、場合によっては燃料にもなる性質だ。


「専用の液剤じゃないと・・・あ!ちょうどいい、ちょっとこっち来て!」


ミズキは温泉の裏口、家畜用の洗い場に男を連れて行った。




「う~んこれは先に濡らしたらまずそうだなぁ。先に質のいい香油を髪になじませないとボロボロになっちゃうよね」


ぐったりした男の全身をうきうき検分する。


「おまえ・・・(なぜそんなに楽しそうなんだ)」


男の反応などなんのその、ミズキはとっておきの香油を出してきて男の髪に塗り始めた。


「これはね、新商品なんだよね。中性的な香りで乾燥して傷んだキューティクルを・・・(ry」


油分を含みつつも乾燥した髪は絡まって固まってひどいことになっていたが、香油を塗り込むことで少し柔らかくなったようだ。


「で、ここに!また新開発の油汚れに強い液剤(注:人体にもつかえる)をかけて・・・」


はしゃぐミズキに男はドン引きだったがおかまいなしだ。


「揉みこんで・・・つけおき!その間に古い角質に浸透するクリームと消臭効果の強い香草石鹸を混ぜて・・・」


下穿き以外はすべてはぎとって塗りつけていく。


「おい、しみるぞ!」

「ちょっと暴れないでよ~香油で保護してるから頭皮にはしみないでしょ!」


最初に塗った液剤の揮発成分が目にしみるのか湯桶をとろうとする男をおさえつけ、自慢の自家製植物スポンジ(超もこもこ泡ができる!)で体の泥垢汚れもふやかして落としていく。

男の体はなかなか鍛えられていて、少々強めにこすっても大丈夫そうだ。


「はいはい立って~股間は自分で洗ってよ?」

「お、おい!」


掃除(?)に夢中になっているミズキをとめられるものはいない。

大事な部分以外をすべて洗いあげてミズキは満面の笑みになった。


「終了~。よし、お湯!」


汲みあげポンプを押してレバーを引くと、大量の湯が男に降り注いだ。


「グ、ゲホゲホ、ゲフ!」


盛大にむせる男だったが、汚れが落ちた姿は輝く銀髪に碧眼、大変な美男子だった。

しかしミズキの意識は薬剤をかけた髪に注がれていた。


「う~ん?すっかり髪が傷んじゃってるなあ・・・これはトリートメントしないと。ほらほら、あらかたの汚れは落ちたから湯屋の中に行くよ!」

「ま、待て・・・そのまえに飲むものを・・・うぐっ」


ミズキは男の言葉なんかお構いなしに引っぱっていく。

素材のよさが災いしたのかミズキのお手入れスイッチは完全にONである。

湯屋は営業前なので思う存分手入れができる。


もはや「洗う」から「磨く」に脱線しているのだが、指摘するものはだれもいない。

バタンと閉じられた裏口の戸を遠巻きに、なりゆきを見ていた人々は呟いた。


「あの髪・・・」

「まさか・・・」

「王族!?」


それに気づかないのはミズキだけだった。


男は実は幼馴染との賭けで糞鳥の卵を取りに行った第二王子だった。

卵を取るまでは順調だったが、騎乗しようとしたところで運悪く飛竜から滑って巣に落ちた。

伴の者をつけていなかったのもいけなかった。糞に埋まったところで親鳥(定期)が帰ってきてしまい、あとは想像通り。


そのまま帰城してはいい笑いものだと、川で汚れを落とそうとしたら冷えたことで汚れが固まってどうにもならなくなってしまったのだった。

そのまま帰るわけにもいかず、城下の銭湯に寄ったところ追い出されてしまい、どこかで城に使いを出してもらおうとさまよってたどりついたのが《黒猫屋》だった。




白石で作られた浴室は明るく、水流式の浴槽のほかに洗い場、長椅子、マッサージ用の溶岩台が備えつけられている。


「まったくもう、すぐに処置しないからすっかりパサパサになっちゃって」


目の前の少年はぶつぶつ文句を言っている。


「み、水・・・」


男は飲まず食わずで街に向かって来たため、湯気を浴びると脱水症状を起こしそうだ。


「え?昨日から水分とってないの?それ美容によくないよ・・・」


渋い顔でお説教する少年だが、問題はそこではない。


「しょうがないなあ、弟の店から飲み物もらってくるからおとなしくしててよ」


ぐったりと溶岩台に身を横たえ、男は周りを見まわした。

それにしても、あの少年はなんなんだ。

普通は相手を気遣うべきところではないのか。

あの目のかがやき、狂気を感じる・・・いや待て、この感じどこかで。


既視感をおぼえたのは王宮で魔術理論を研究するアンタッチャブルな集団。研究オタク。

浴槽からたちこめる湯気で温かいはずなのに、男は寒気で身震いした。




その後、うんちくとともに美容にいいとかいう炭酸果実水を飲まされ、さんざん磨き込まれた男が解放されたのは夕刻のこと。


王宮に戻った男がいつも以上にツヤツヤになっていたために側近に問い詰められ、技術面の問い合わせを受けた黒猫屋の商品が王室御用達になるのはもうちょっと後の話。

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