~砕かれる願い~
前章と場面が繋がっているのであまり新章感がありませんが・・・・・ともかく過去と、そしてピナ・ノワールという少女を遂に解明していく章に突入しました。
作者の筆の拙さ故長々となっておりますが、どうか彼らの行く末を見守って頂けると幸いです。
涙を流しながら動きを止めた亡霊の少女・・・・ピナ・ノワールが呆然と見つめる先で、その青年の身体を借りたもう一人の亡霊は、ただただ柔らかく微笑む。
「少し会わなかった間に、随分と泣き虫になったみたいだね。・・・・・まあ、泣かせてばかりの僕に言えた義理じゃないか」
「どう、して・・・・・・まさか、自力で復活したのですか?」
「ははっ! 分かってて聞いているのかい? 僕にそんな事出来る訳無いだろう? 増してやいくら弱っていても、彼は歴代最強の魔王だよ? そういう風に造ったのはほかの誰でも無い君じゃないか」
「それは・・・・いえ、だとしても、私を除いてシャンベルと対等に戦える者がいるとするなら、あなたしかいません。ヴァン様」
「買いかぶり過ぎさ。そんな力が本当に僕にあれば、きっと、君を幸せに出来た。・・・・・・それはそうと、そろそろこの拘束を解いてくれないかい? 窮屈で仕方ないんだ」
「・・・・・・」
「・・・・ふっ。仕方ないね。彼の身体であまり勝手はしたく無いんだが・・・」
青年・・・・セントヴァン・ギブレイは諦めたように短く息を吐くと、おもむろに目を閉じた。
・・・・・・すると、青年の身体を縛っていた闇が、風化したように崩れて空気に溶けた。
「ふぅ! 久しぶりだが何とかなるものだね。と言っても、僕にはこれしか出来ないんだけどさ」
ぐるぐると肩を回しながら、彼は気安い声音で自嘲を口にする。
「十分凄まじいお力です。・・・・・・ヴァン様の独自魔法、『ヴァース・ハース』。魔法を喰らう魔法。私の様な精霊を頼らなければ何一つ出来ない者相手には、無敵と言っても過言ではありません」
「僕が君の敵になる様な事はあり得ないし、独自魔法と言うには、あまりに使い勝手が悪いんだけどね。・・・・・何よりこの魔法のせいで、僕は他の魔法が一つも使えない」
「・・・・・ご安心下さい。その身体であれば、ヴァン様は自由に魔法を」
「ダメだよ」
「「「っ・・・!?」」」
青年は特に語調や声の強さを変えた訳では無い。笑顔も柔らかいままで、殺気と言えるような鋭い気配を発した訳でも無い。
ただ、少女の言葉を遮ったその一言は、耳にした者全ての意識を縛り付けた。
「この身体はシャンベルの物だ。今は君と話す為に少し借りているだけだよ」
「・・・・・そういう事、ですか。あの子と、話したのですね」
「ああ。僕や弟と血が繋がっているとは思えない、真っ直ぐな良い男に育ったね、彼は。まだ未熟だが、きっと素晴らしい魔王になるよ。・・・ん? いや、もうなってるんだったか」
「ヴァン様!!」
まるで世間話でもするような調子のセントヴァンに、それまで淡々とした声音で言葉を発していた亡霊の少女は、感情を激発させるように声を荒げた。
「どうしたんだい? 急に怖い顔をして」
「今すぐお戻り下さい!! そんな不安定な状態で長時間憑依していては、いつ拒絶反応が起こってもおかしくありません! 少しお待ち頂ければ、適切な形でヴァン様の魂をその身体に定着させます」
「構わないさ。言っただろ? 君と話せれば、それで十分なのだから」
「どうして!? やっと・・・・やっと再会できたというのに、どうしてその様な事を仰るのですか!?」
涙を流しながら掠れた声で嘆く少女とは対照的に、青年の声はどこまでも落ち着いている。
「違うよ、ピナ。これは再会なんかじゃない。僕が君に背負わせてしまった“呪い”だよ。千年もの間、君を苦しめ続けた男の亡霊が、言い訳の言葉を遺しにきただけさ。・・・・だから、君の望みは叶わない」
「っ・・・・・ヴァン様は、全て知った上で、そう仰っているのですか?」
「君の事なら何でも分かるさ・・・・・・と、言いたい所だが、最後の最後で僕は間違えた。己の死が君に与えた“呪い”と、そのせいで心が壊れてしまった君が、何を望むのか。あの時の僕は、そこまで考えが至っていなかった。だけど、もう間違えないよ、ピナ」
そこで青年は言葉を切り、おもむろに歩み出す。
誰よりも愛しくて大切な、少女のもとへと。
「っ・・・・いや・・・いやっ!」
怯えるように後ずさるピナにつられる様に、彼を囲む三人の姫君もその身をこわばらせる。
「僕は、絶対に君の望みを叶えない。幾星霜の時が経とうと、この手は、君を抱きしめる為だけにあるのだから」
「ヴァン、様・・・・・・・」
「・・・・だから、僕は君を、殺さない」




