~純位~
弟の名前を修正致しました。
「魔王になれなかった・・・・・・そうね。確かにあの方は、魔王にはなれなかった」
何かを堪えるように、掌を握りしめながら俯く亡霊の姿は、やはり、俺の知るピナとは全くの別人と言えるほど乖離した印象を受ける。
ピナの中には無かった、どこか暗闇めいた感情が、その様子からはありありと伝わって来るのだ。
「当時魔王になったのは、奴の弟、ガメイ・ギブレイ。セントヴァンは奴の手によって殺された。・・・・・理由は、国家反逆罪。元々弟に比べ力の弱かったセントヴァンはこのバルドーと秘密裏に手を組み、ガメイを含めた当時のブルガーニュ政権を打倒し支配しようとしていた。だが、その企みがジョレヌに露見し、逆に弱みとなって断罪された。・・・これが、ブルガーニュとバルドーの歴史上唯一の接点とも言える事件だ」
「へぇ? よく調べているじゃない。で? そこから、あなたはどんな答えを導き出したの?」
第一王女ムニエはいつの間にか亡霊のそばに寄り添い、茶化すように俺へ向けて言葉を投げかける。
「答えと言える物なんて何も掴めていない。何故なら・・・・・・その事件には、ピナ・ノワールという名どころか、姫君の事など一切出てこないからだ。この際、亡霊だろうが生まれ変わりだろうがどうでも良いが、そもそも貴様らと奴との接点が見えて来ない」
「・・・・・ま、そんな所が限界かしらね。寧ろこの短期間にしては」
「だが、一人だけ、明確にセントヴァンと繋がりを持ったとされる人物が存在する」
「っ!」
ムニエの言葉を遮り、俺は自身の推論が更に荒唐無稽な方向へ走り続けていると自覚しつつも、はっきりと言葉を紡ぐ。
「当時、バルドーは今とは比べ物にならない、それこそ武闘派国家であるブルガーニュと渡り合えるほどの力を持っていた。その最大の理由は、“勇者”という規格外の戦力を有していた事だ。そして、最初にセントヴァンと友好的な関係を結んだのも、その勇者だったという。・・・・・ここからは、どこにも記されていない俺の推測だが、この、勇者との出会い自体が、奴が反逆の意思を持つきっかけになったんじゃないか? そして、亡霊」
「・・・・・何かしら?」
相変わらず泣いているようにしか見えない彼女の笑顔を見て、俺は確信する。
「その勇者・・・・・シャサーニュの正体は、お前だったんじゃないか? ・・・同じ名で勇者を演じていたピニーが身に着けていたあの鎧は、装備者の魔力特性を誤認させる効果があった。しかもそれが、忌み子と蔑まれ、表に顔を出すことも無く隔離されて育った姫君の物なら、王族だと判別する事はまず不可能だ」
夢で一度だけ見た、狭い部屋で孤独に過ごすピナの姿。あれはきっと、亡霊の記憶だ。
あのように隔離され、必要な時だけ勇者として鎧を纏い、戦場に赴き戦う。なんと哀れで、むごい仕打ちだろうか。・・・・・そんな異常な環境にさらされていれば、敵の言葉とはいえ甘言にそそのかされても、不思議は無い。ましてやその相手が魔王に近しい力を持ち、異性であるというならなおさらだ。
「千年後のこの時代まで魂を残し、自分の器を作り上げるなんて馬鹿げた魔法を行使できるお前なら、勇者を名乗るに十分な力を持っていても不思議は無い」
「・・・・・・素晴らしいわ。シャンベル。まさか、そこまで自力で辿り着けるなんて」
欲しくも無い賞賛と共に、彼女はゆっくりと歩きだし、鎖に縛られた俺のもとへと近づいて来る。
それに続いて、三人の姫君も俺を囲うようにそばへと歩み寄る。・・・・・・間違い無く、何らかの儀式を始めるつもりだろう。
だが、そう簡単に奴らの思い通りにはさせない!!
「「「っっっ!?」」」
バキンッ!! と、音を立てて俺の両腕を縛っていた鎖が砕け散る。
実に七年ぶりの行使で調整の為、無駄話で時間稼ぎする必要はあったが、どうやら使い物にならないほど錆びついてはいなかったらしい。
「舐められたものだな。仮にも魔王である俺が、精霊魔法しか使えないとでも思っていたのか?」
両腕に精霊を介さない自力の魔法で生み出した深紅の雷を刃のように纏った俺は、足に絡んだ残りの鎖も瞬時に断ち切り、一足飛びに踏み込む!!
そして、片腕だけ魔法を解除し、亡霊の頭を鷲掴みにしようと手を伸ばした!!
・・・・・何らかの魔法で亡霊の意識がピナの身体に植え付けられているというのなら、その術式に俺の魔力を直接流し込んで崩壊させてしまえば良い。そうすれば、彼女の身体を傷つけずにピナの意識を取り戻せるはずだ。
「無駄よ」
「なにっ!? がはっ!?」
けれど、彼女に手が届く、その寸前、俺は不可視の衝撃を腹に受けてくの字に身体を折り曲げながら吹き飛ばされた!
今のは、風か?
「っ!? ぐはっ!? なっ・・・!?」
そして、僅かな思考すら許される間もなく、突如地面からせり上がってきた岩壁に激突し、更にその岩壁の表面が枷のように形状を変化させ、全身を拘束される。
「くっ!? ・・・・そうか。優先順位とは、そういう意味か!!」
・・・・・・今俺が受けた魔法は、どれも発動速度で勝るはずの魔族が行使するそれを、遥かに凌駕する速度で発動した。
そんな芸当が可能な人族は、現代では存在しない事を、ほかの誰でもない俺自身が証明している。
けれど、相手が千年前の亡霊だと言うのなら、話は別だ。・・・・・どうりで、姫君でありながら勇者なんて化物扱いされる訳だ。
何より、今の彼女の容姿が、その事実を否応なく俺の瞳に刻み込んでいる。
「そうよ。シャンベル。私は、半分だけあなたと同じ存在」
そう口にした彼女の長い髪は、色が抜け落ちたように白く、暗闇が宿ったその瞳は、深緑に輝いていた。
彼女は、千年前の霊王だったのだ。




