~重影~
ムニエに先導されるまま、俺は城の屋上に設けられたテラスに降り立った。
「ふうん。流石は“あの方”の器。可愛い顔をしてるのね」
「嗚呼、哀れな道化の子・・・・・。ごめんなさい。あなたに罪は無いというのに、手を差し伸べる資格すら無い私達には、どうすることも出来ないの」
すると、二人の姫君が近づいて来る。
先に声を漏らした方は、溌溂な容姿の印象とは対照的に、気だるげな雰囲気を纏っている。
もう一方の悲壮な声を漏らした女もまた、温和な顔の造りに似合わない陰鬱な表情をしている。
この状況でわざわざ顔を見せた事や、豪奢な服装から見るに、間違いなく第二王女、第三王女だろう。どうやら、後継争いにこそ敗北はしたものの、命までは取られなかったようだ。
だが、いずれにしろこんな所で時間を無駄にするつもりは無い。
「貴様らに用は無い。ピナと義母様はどこだ?」
「ピナはどこだ、ね・・・・・・ふふっ。黒髪のあの子なら、さっきまでここに居たけれど、もう奥に引っ込んでしまったみたいね。安心なさい。すぐ、会えるから。それと、ヴォーネなら別に拘束している訳じゃ無いから、私たちも城のどこに居るかは知らないわ」
「何だと?」
どこまでも俺を小馬鹿にするように嘲笑を見せながら、ムニエはあっさりとそう告げる。
「そんなに驚くこと無いでしょう? 私達に必要なのはあなただけ。ロマネはそれなりに利用価値があったから協力させてあげていたけれど、あなたがここに来た以上、餌としての役目が終わったヴォーネは別に使い道も無いし。邪魔をしない限りは、排除する理由も無い。放置するのが妥当という物よ。・・・もっとも、万が一にも邪魔なんて出来ないでしょうけど」
「・・・・・・」
色々と気になる点はあるが、こいつらが義母を害していないというのは光明だ。・・・・・戦力として数えるつもりは無いが、最悪、ピナだけでも義母様に城の外へ連れ出して貰えれば、後は六帝天たちがどうにかしてくれるだろう。
「さあ、中へ」
「ああ・・・・・」
ドアを押し開けながら、ムニエは俺を城内へと誘う。
躊躇い無く踏み込むと、まだ昼間だと言うのに、城の中はやけに薄暗かった。
先頭を歩くムニエと、その後ろ付いていく俺、そして更にその後ろから追従する二人の姫君。たった四人の足音が、やけに大きく聞こえるのは、他の物音が一切しないからだろう。
窓は全てカーテンで覆われ、廊下を照らすのは細い蝋燭の明かりのみ。衛兵一人立っていない所を見ると、俺の襲来を予期して予め避難させたのか。・・・・・だとしたら、こいつらは護衛などいなくとも、俺に殺されない自信があったという事だ。
こいつらだけじゃない。これから会うであろう、バルドー現国王、ネロ・ノワール。奴もまた、俺に対して警戒をするつもりは無かったようだ。
ムニエの言動を鑑みても、初めからロマネに俺を殺させる気は無かった、或いは、殺せると期待すらしていなかったとしか思えない。
俺だけが必要だと言ったあの言葉にどんな意味があったのか。さんざん回りくどい手で俺を翻弄し、逆鱗に触れてまで奴らが俺から引き出したかった物は何なのか。
そして、度々ムニエが口にしている・・・・・あの方という存在。
もし、俺の考えが正しいのなら、奴らがやろうとしている事は、神の御業、或いは、悪魔の所業とも言える“奇跡”の具現だ。正気の沙汰とは思えない。
だがそれでも、ピナの中から現れた、彼女がもし、その奇跡の欠片だと言うのなら、眉唾だが可能性はある。
だとすれば、奴らが何故俺を欲しているのかも検討が付く。
「何をしようが、考えようが、意味なんて無いのに・・・・・はぁ」
俺の思考を察したように、後ろからため息が聞こえてくる。ルビーの髪を持つ姫の方だろう。
「・・・・・・でも、そうやって考え過ぎてしまうところ、あの方とよく似ているわ。嗚呼、あの時、少しでも私がそのお心を察していられれば・・・・・・」
エメラルドの長髪を持つ姫が零したのは懺悔の様な言葉だが、その悲痛な声色からはただただ悔いしか感じず、赦しよりも罰を求めているように聞こえる。
どちらの言葉も、返事など求めていないだろう。俺とて狂人の戯言に構ってやるつもりも無い。
そうして、暫く黙ったままムニエの後ろに続いていると、城の中でも特に古めかしい巨大な扉の前に辿り着く。
見るからに堅牢な金属で出来たその扉は傷だらけで、どこも光を跳ね返せなくなるほどに表面が削れている。
・・・・・と、そこでムニエが、扉の中心に埋め込まれた深緑の輝きを持つ鉱石に手を翳す。
「っ!?」
すると、鉱石はそれに反応するようにより強い輝きを放ち、数秒その状態が続くと・・・・・巨大な扉が、地響きのような音を立てながら、ゆっくりと左右に開いた。
「・・・・・・魔道具、か?」
「ええ。恐らく現代に残っている物の中では最古のね。・・・ふふっ。やっぱりこういう物には、興味が沸くのかしら?」
何が面白いのか、ムニエはどこか皮肉さの取れた、ただただ愉快気な笑みを浮かべた。
しかし、それも一瞬の事。すぐに彼女は扉の奥へと歩み出し、ちらりと振り返って言外に付いて来いと俺に視線を向ける。
俺はつまらない疑問を頭から消し去り、彼女の後に続いた。
「っっっ!?」
だが、再び息を呑む事になった。
扉の向こうにあったのは、底が見えない奈落へ続くような、長大な螺旋階段だったのだ。
まるで地獄へ向かって自ら歩むかのようなその不吉な階段は、王城にふさわしい豪華な装飾は施されておらず、代わりに、まるで異界の文字とでも表現すればいいのか、複雑でありながら何らかの規則性を感じる彫刻が施されていた。
思わず歩みを止めた俺へ向かって再び振り向き、第一王女ムニエは、姫君とは思えないどこまでも蠱惑的な笑みで、熱い吐息の様な言葉を漏らす。
「この先に、あの子が居るわ。・・・・・・さあ、いらっしゃい」




