~幽惑~
「親子のじゃれあいはその程度で十分じゃ無くて?」
「・・・・・・」
バルドー第一王女ムニエは、ロマネを背に庇うようにして立ち、挑発的な笑みを俺に向ける。・・・どうやら、あの男はまだ奴らにとって利用価値があるらしいな。
俺たちと同じように宙に浮いているところを見ると、彼女も魔法はそれなりに達者に使えるようだ。カベルネの話ではあと二人、ピナの姉に当たる王女達が存在する。奴らも魔法を得意としているのなら、城に攻め込んでからもそれなりの戦いはあると考えておくべきだろう。
「・・・ふふっ。こうして間近で見ると、この前とはまるで別人ね。安物のガラス玉みたいだった瞳が、今は最高級の宝石のように深い光を宿してる」
「下らない雑談に付き合うつもりは無い。お前も選べ。そこをどくか、それとも、今すぐ死ぬか」
「あらあら。随分とせっかちねぇ? そんなに慌てなくても、すぐにあの子の所へ連れて行ってあげるわ。その為にわざわざこうして迎えに来てあげたのよ?」
「何・・・?」
「ああでも、案内するのはあなただけ。お供の皆様はここで待つか、お引き取り頂ける?」
そう言って、彼女は俺の後ろに控える和君ジン・ファンダラへと嘲笑を向けた。
「私達が居ては、何か不都合な事でも?」
挑発とも取れるそのセリフと態度に、ジンは僅かな苛立ちを滲ませながら応じる。
「不都合、というより、不要と言った方が正しいわね。私たちにとっては当たり前だけど、ここより先では彼にとっても、邪魔にしかならないわ」
「言ってくれますね。我々はこれでも六帝天。世界でも屈指の力を持つが故に、その名を与えられた魔王達です。威張るつもりはありませんが、小国の姫君に侮られるほど弱くはありませんよ?」
「はぁ・・・・・。まったく、たかが数百年程度の歴史しか無い名に、よくもそこまで誇りを持てる物ね。それに、六帝天なんて大仰な呼ばれ方をしているけれど、実際は、王族を始めとして突出した暴力を持つブルガーニュを、寄ってたかって抑えるための抑止力でしか無いじゃない。そんなあなた達が、本気でこの子の役に立てると思っているの?」
「なっ!?」
「現状が全てを物語っているでしょう? 親子喧嘩の仲裁すらままならない、火の粉の始末がやっとの魔王様? ああ、そうそう。あの不格好な氷の壁ももう必要ないでしょう? 寒い寒いと言ってうるさい子がいるの。消して頂けないかしら?」
「くっ、言わせておけば!? 確かに、六帝天がブルガーニュの抑止力として集ったという側面はあるでしょう。・・・ですが、それはそこにいるロマネが魔王だった頃までの話。今の我々は、歴代最強にして最優の魔王たる終焔様の助けとなるため、ここに馳せ参じたのです! 今更おめおめと傍観を決め込むつもりなどありはしません!!」
彼女がそう宣言すると共に、王都の被害を抑えるため散り散りになっていた魔王達が、戦いの終わりを感じたのか俺の後ろに集まってくる。・・・・・・獣皇コラン・バールの姿だけ見えないが、恐らく下に送った聖母プリムの面倒を見ているのだろう。
「あらあら。これはこれは皆さんお揃いで・・・・・・ふっ。それにしても、最強の次は最優と来ましたか。つくづくあなた方のような者たちは、特別な存在を孤独の奈落に貶めないと気が済まないのね」
「「「っっっ!?」」」
これまでどこか愉快犯的な態度ばかり見せていたムニエが、今のほんの一瞬だけ、魔王達が思わず身構えるほどの凄絶な憎悪の気配を放った。
だが、次の瞬間には嘲笑だけを残して、また元の掴み処の無い雰囲気を纏う。
「ここで問答をしていても仕方が無いでしょう。あなたが決めなさい。シャンベル? ・・・この場所に来たという事は、ちゃんとお勉強して来たのでしょう?」
自分と俺が対等であると主張する為か、或いは単に気まぐれなのか、俺を敢えて名で呼び問いかけてくるムニエ。
だが、彼女にどんな意図があろうが知ったことでは無い。俺の答えは初めから決まっている。
故に、俺は後ろを振り返り、ゆっくりと魔王の先達たる彼らの顔を見回した。
「・・・・・・貴殿らには悪いが、ここより先は俺一人で行かせてもらう」
「終焔、様・・・?」
どこか悲し気に俺を見るジンをはじめ、思い思いの反応を示す六帝天の面々から目を離さず、俺は最後の願いを告げた。
「わがままばかりで申し訳ないが・・・・・後は頼む」
「「っ!!」」
そう告げた直後、彼らの顔が険しくも頼もしい表情に変わる。
「・・・・・・承りました。終焔様、どうか、ご存分に」
彼らを代表するように、ジンは前に出て恭しく腰を折った。
やはり、と言うべきか、俺の言葉の、願いの意味を悟れない者は、この場には居ない。
評してくれたジンには悪いが、やはり俺などより、彼らこそ最優たる王たちだろう。
「どうやら、話は纏まったようね? なら行きましょう。こちらの準備は、もうとっくに終わってるわ」
「・・・・・・ああ」
奴の言う準備というのが何を指すのか、この国、そしてブルガーニュの歴史をさんざん駆けずり回って調べ尽くした今でも、判然とはしない。絵空事じみた予想をするのがせいぜいだ。
だが、バルドーの王族やロマネが何を企んでいようと、今更そんな事に興味は無い。
邪魔をするもの全てを叩き潰し、ピナと義母様を取り戻す。俺がやることは、それだけだ。
「・・・・・・」
ムニエの後を追って城へ向かう俺へ、通り過ぎる直前、ロマネが視線を向けてくる。
だが、俺は奴を一瞥もせず、その視線の意味すら考えることも無く、救うべき者たちが待つ魔窟へと降りて行った。
 




