〜楔〜
「・・・・・・何のつもりだ? お前たち」
ロマネという障害を排除する為、俺は容赦無く滅尽の刃を振り下ろし、その体勢のまま動きを止めていた。
ただ命を刈り取るには、過剰にして絶対の一撃。触れるだけで何もかも消し炭に変える刃を、確かに奴の身体を両断する間合いで振り抜いた。
後には死体は愚か、ただ空虚な手応えだけが残るのみ。
そのはず、だった。
『・・・すまない。シャンベル』
まるで、俺を抱きしめるように、背後から覆い被さった黒竜―ロクサスが、ひどく優しげな声音で、そう返事をした。
俺の手の中にあった滅尽の刃も、いつの間にか消滅している。理由は明白。その根源たる魔法を放った光の精霊、ソレイユが、魔法を停止したのだ。
他の精霊たちも、気付けば俺を取り囲むようにして佇んでいるばかりで、その動きを止めている。
俺が殺すはずだった男・・・ロマネ・ギブレイは、未だ片腕を失った姿で、呆然と俺を―いや、俺を取り囲む精霊たちを見上げていた。
状況に理解が追いついていないのは俺も同じだ。だが、思考はただただ、目的を果たす為だけに動き続けている。
「・・・どうやら、魔物は殲滅したようだな」
首を巡らせれば、既に周囲に魔物の姿は無く、残されたのは俺とロマネ、そして顕現した精霊たちのみとなっていた。
「まさか・・・」
ロマネは、何かを悟ったようにそう呟き、精霊たちに視線を巡らせる。
しかし、奴が何を考えようが、俺には関係の無い事だ。
「今一度命ずる、精霊たちよ、この男を排除しろ」
半ば意味は無いと予想しつつも、俺は精霊たちに非情な命令を下した。
『『・・・・・・』』
結果は予想通り、精霊たちが動く事は無く、ただただそこに佇むばかりだ。
「・・・そうか。理由は分からんが、お前たちはこの男を殺さない。そういう事だな? ロクサス」
今度は明確に、俺を拘束するただ一体の精霊に問いかけた。
『シャンベル。私達は、霊王の命には逆らえない。・・・たとえそれが、死した後だとしても』
「・・・・・・なるほど」
ロクサスの言葉で、俺は全てを理解した。
「ロマネよ、一度だけ問うぞ。まだ、俺の邪魔をする気はあるか?」
「・・・ははっ。どうしたよ。そいつは随分とお優しい質問だな?」
「答えないならそれでも良い。魔獣を殲滅した今、精霊の力を借りずともお前を殺す事など容易い。ただ、時間の節約の為に聞いただけだ」
どういう訳か知らないが、精霊たちは、恐らく・・・・・・俺の実の母親、先代の霊王の命令で、ロマネを殺す事を禁じられている。理屈は分からんが、優先順位として、今の俺の命令よりもそちらが優先なのだろう。
なら、話は単純だ。俺が独力でロマネを排除すれば良い。
・・・だが、たとえ片腕を失っていても、奴は元魔王。殺し切るにはそれなりの時間がかかる。
「時間の節約、ね・・・なるほど。俺は結局、お前の目を覚ます事も出来なかった訳か」
「・・・?」
ロマネの発言の意図するところが分からず、俺は奴に訝しむような視線を向ける。
しかし、その答えを問いただす間も無く、その視線を遮るように、一人の女が奴と俺の間に割って入るようにその姿を現した。
「前座はここまででよろしいんじゃ無くて?」
 
その女―バルドー第一王女、ムニエ・ノワールは、ただただ愉快げに、笑っていた。
 
 




