〜蠢く蝕み〜
「ロマネよ。貴様の愚息、何やら派手に動き出したようだぞ?」
「愚息? 冗談よせよ。あんな化物の出来損ないが、俺の子な訳無いだろ? たまたま俺の代で生まれただけさ」
薄暗いその食卓を囲むのは、たった二人。
バルドー現国王、ネロ・ノワール。
長い髭を蓄えたその相貌は威厳と風格に満ちているが、今その顔は、新しいおもちゃを見つけた子供のような笑みを見せていた。
そんな彼に酷く軽薄な笑みで返すのは、ブルガーニュ元国王、ロマネ・ギブレイ。
ネロと大して歳は変わらないが、その涼しげな相貌は人族の基準で見れば、まだせいぜい二十と少しを数えた程度にしか見えない。
「その出来損ないに、娘の方はあっさり取り返されてしまったでは無いか。わざわざ余計な手間までかけて、アレを‘‘勇者’’なんぞに仕立て上げてやったワシの苦労も水の泡だ」
皮肉を口にしている割に、ネロは心底愉快げな様子で酒を煽っている。
「勇者に仕立て上げたのはそっちの都合だろう? 俺はムニエの従者にしろって言っただけだぜ?」
「おや、そうだったか? ・・・まあ、やかましい他国を黙らすのに、勇者の存在は都合が良かった。人族の最高戦力がこちらにあると思わせておけば、ブルガーニュに我が国がどれだけ干渉しようと、連中は文句が言えんからな」
「何が我が国だよ。お前、この国の事なんて何とも思ってないだろうが?」
「幼い子供共々、自分の国を捨てた男に言われたくはないわ」
「・・・・・・ふん。違い無い。結局、俺たち男は、惚れた女より大事に出来る物なんて、何一つ無いのさ」
「女たらしの貴様と同類にされるのは不本意だが、否定はせん」
現国王と元魔王。その肩書きと瀟洒な食卓には似つかわしくない、まるで場末の酒場で安酒を煽っているような雰囲気が、二人の間に流れていた。
「あら、その惚れた女とは、私の事ですか? あなた」
と、その男臭い空気を切り裂く、凛とした刃の様に鋭い声が突然割って入った。
「おいおい、聞かなくても分かってるだろ? お前のことも愛してるよ。ヴォーネ」
そこに現れたのは、元魔王ロマネ・ギブレイの妻、ヴォーネ・ギブレイ。
紫がかった長い黒髪を揺らし、同色のドレスを身に纏ったその立ち姿は、元王妃と言うより、女王の風格を漂わせている。
「・・・・・・はぁ。どうしてあなたはそうつまらない軽口を叩かないと会話が出来ないのかしら。昔は無口で静かで、女の子みたいに可愛らしい坊やだったのに」
「何十年前の話だよ。それを言うなら、誰かさんはぺったんこで筋肉質で、それこそ男と見間違えるくらい・・・」
「はい?」
「凛々しい美人だったぜ」
一瞬で手のひらを返したロマネに、ヴォーネは再びため息を吐き、ネロはくっくっと忍び笑いを漏らしていた。
「そうツンケンするなよ。愛してるってのは本当だぜ? だからこそ邪魔をされるのも覚悟の上で、こうして自由にさせてるだろ?」
「・・・・・・あの子と、また戦うのですか?」
「俺にその気が無くたって、あっちから来るだろ? 今も虎視眈々と準備してるみたいだぜ。・・・ま、大体見当はつくが、相変わらず的外れな事にばかり精を出してるんだろうよ」
「的外れなのは、あなたの方では? こんな周りくどいやり方をしなくても、あの子なら・・・・・・」
「それでは、ワシの目的と違えてしまうのだよ。それに、どれだけ才能があろうが、美しい心根を持っていようが、あれは所詮出来損ないの器、言うなれば欠けた月だ。この男の目的を果たすには、どの道、力不足というものよ」
「・・・・・・・シャル」
どこまでもふざけた態度で酒を煽る現国王と元魔王の横で、ヴォーネは一瞬だけ母の顔で、七年前に置き去りにした、我が子の様に愛する義理の息子を憂いていた。
暗躍する大人達の回となりました。若干おふざけが入ってしまいましたが、元魔王さんのキャラという事でどうかご容赦をw
何気に義母様は回想以外では初の登場です。・・・・・・女王w
今話もお付き合い頂いた皆様、読み続けて下さっている神様、ありがとうございます。
クライマックスクライマックスと言いつつ長い章になってしまいましたが、どうか最後まで生暖かい目で見守って頂けると幸いです。




