〜揺らめく終焔〜
※こちらのお話は、あのモンスター・・・では無く、魔王会談に参加していた、‘‘和君’’ジン・ファンダラの従者、カルメ・ネールの視点でお送りします。
「・・・・・・来るわ。あの方が!!」
「いや、何で分かるんだよ気持ち悪いな」
「っ!!」
ピンと来た!とでも言いたげに、目を見開いて玉座から立ち上がったご主人様・・・魔王ジン・ファンダラ陛下に、人族の王プリム・ティーヴォ陛下は、ウジ虫でも見るような視線を向ける。
白銀の髪を揺らし、無駄に凛々しい立姿のご主人様と、亜麻色の髪をかきあげ、玉座にゆったりと腰掛けるプリム陛下は、黙っていれば宗教画もかくやという絵になる美しさなのだが、どちらも言動や行動が酷く残念なので、正直一時でも彼女らを神聖視していた頃があるかと思うと昔の自分を殴り殺したい衝動に駆られる。
・・・・・・とは言え、今はそんなどうでも良い事を考えている場合じゃなさそうだ。
私はピンと伸びたうさ耳を折り曲げ、慇懃な姿勢で問いかける。
「・・・ご主人様。あの方、というのは、もしやブルガーニュ王、シャンベル・ギブレイ陛下が?」
「その通りよカルメ! この感じ、間違い無いわ!」
「いやだから、何で分かるんだよ。君、魔族のくせに普段は僕よりずっと鈍感だろ。それとも、あの坊やにだけ反応する特別な感覚機関でも付いているのかい?」
「な、何てことを聞くのですか!? はしたない・・・・・・」
「僕が悪いのか!? いやどう考えても変態は君だろ!!」
「誰が変態ですか!!」
「ご主人様方!! 今はそんな事で言い争っている場合では無いのでは!? あの方がいらっしゃるなら、それ相応の準備をしないと・・・・・・」
私は慌ててお二人のいつも通りの戯れを止めに入ります。
けれど、お二人とも私の思っていた物とはそれぞれ全く別の反応を返す。
「はっ! そうね! 法衣とは言えこんな普段着みたいな格好じゃ失礼だし、すぐ着替えて来るわ!」
「え〜、面倒い。別に大丈夫だろ? あの坊やの事だから、どうせ単刀直入に聞きたい事だけ聞いて帰るだろうし、歓待の用意とか多分要らないよ。・・・・・・あ、マジで来てる。でもまだ結構距離あるぞ? ジン。君、冗談抜きで本当に気持ち悪いな」
「せめて冗談と言って下さい!! って、そんな事より! カルメ、どうしましょう!? 何を着れば良いと思いますか!?」
「・・・・・・・・・・はぁ」
本当に、どうして我が国の王は揃いも揃って、こう緊張感が無いのでしょうか?
確かに、先日お話を聞いた感じでは、シャンベル陛下は真面目で心根の優しい青年という印象でした。・・・・・・けれど、その身に宿る狂気と圧倒的な力は紛れも無く本物。黒竜の姿で現れたあの時、無意識に私は死を覚悟していた。緊張するなと言う方が難しい話です。
・・・・・・・まあ、それとは別に、正直、従者として彼の背後に控えていた、あの老将が少し羨ましくもありましたが。
若いのに威厳と責任感が有り、おまけに家族思いで誠実。その強すぎる力と危うさを差し引いても、身命を捧げ仕える王として、シャンベル陛下より理想的な存在は他に居ないでしょう。
「シャンベル陛下がいらっしゃったら、転職の相談しようかな・・・・・」
「ん? カルメ? 今何か、とても不穏な事を言いませんでしたか?」
「変態の君に愛想が尽きたから、立派に魔王をやってる坊やの配下になりたい、と言ったんだよ」
概ねその通りですが勝手に代弁しないで下さいプリム陛下、と、私は視線で抗議します。あなたも大概ですよ。
「なっ!? そ、それは本当ですかカルメ!? その愛らしいうさ耳を、あの方にモフモフして頂きたいと!?」
「ご主人様じゃあるまいし、そんな事は少しも考えておりませんよ?」
「こんな時だけ凄く愛らしい笑顔!?」
「ただ少し、『ご主人様』とか強制的に呼ばせて来るセクハラ変態魔王様より、誠実で紳士な魔王様にお仕えした方が私は幸せなのでは、と」
「変態って言った!! 私ご主人様なのに!? 魔王なのに!?」
「あははははははっ!! ザマァ〜」
愕然とするご主人様を指差しながら、ゲラゲラとお腹を抱えて下品に笑うプリム陛下に、私は鋭い視線を向ける。
「あと、自堕落で面倒のかかる聖母(笑)様のお世話にも疲れたので、きちんと日々の苦労を労って頂けそうな真面目で優しい魔王様の元でなら、従者の仕事にもやりがいを感じられるかも、と」
「ねぇ今、聖母の後に(笑)って付けたよね? 絶対鼻で笑ったよね?」
「ぷぷぅ〜!! 聖母(笑)ですって! お似合いですねぇ〜!!」
子供のような無様な言い争いを繰り広げるお二人に呆れ、私はひっそりと深い溜息をこぼす。
「・・・・・・はぁ〜〜〜」
「ご、御前、失礼致します!! ブ、ブブ、ブルガーニュ王、シャンベル・ギブレイ陛下がお見えになりっ!! 至急、え、ええ謁見を賜りたいと申されておりますっ!!」
と、玉座の間とは思えない緊張感の無いやり取りをお二人がしていた所へ、やけに慌てふためいた、というか、怯え切った様子の憲兵が、シャンベル陛下のご到着を知らせに来た。
「分かりました。すぐに支度します。・・・・・それはそうと、どうしたのですか? そんなに震えて。あの方に限って、兵を脅して急かすような真似はされなかったでしょう?」
いつの間にか公務用の‘‘和君’’の顔に戻ったご主人様は、憲兵に優しく問いかけた。
「は、はいっ! 武闘派国家ブルガーニュの凶王というお噂とは程遠い、と、とても丁寧なご挨拶を頂きました! 私のような一兵卒には、も、勿体無いほどの労いのお言葉も」
うんうん。ですよねぇ〜。魔王会談の後、わざわざ私たち従者にも丁寧に挨拶してから帰られていたし。あ〜、転職したい。
「・・・・・・あ〜、なるほど。うん。怯えるのも無理無いね」
「プリム陛下?」
だが、私の納得とは別の方向で、プリム陛下は何かを視て、納得の表情を見せていた。
「・・・・・その、恐れながら、威厳、とでも申し上げたら良いのか、私が臆病すぎるだけかもしれませんが、纏われている雰囲気が、その・・・・・」
「良いよ。無理に言わなくて。どうせ会えばすぐ分かる事だし。寧ろ、その状態で良くここまで知らせに来てくれたね。今の彼を前にして立っていられただけ立派だよ。君は優秀な兵だ。謁見の許可だけ門番に伝令すれば、案内は必要無いだろう。下がって心を休めなさい」
「は、はっ!! 勿体無きお言葉! 失礼致します!」
プリム陛下のお言葉を聞いて、憲兵は青ざめていた顔に少しだけ赤みが戻り、未だガクガクと震える足でどうにか玉座の間を後にした。
「プリム様、今の、と言うのは・・・?」
「・・・・・この間の魔王会談で大分落ち着いていた様だし、妹ちゃんの魂もいつの間にか正常に戻ってたから、心配いらないと思ってたんだけどね。何かあったかな、これは」
「寧ろ、んんっ! この感じ、会談の時よりも・・・? 終焔様・・・・・・はぁ、はぁ」
何故か一人でゾクゾクし始めたご主人様に、プリム陛下も私も呆れた視線を向けます。
「ジン、向こうは真面目な要件で尋ねて来ているのだから、せめてその気持ち悪い顔だけでもどうにかしておきたまえよ」
「わ、分かっています! プリムこそ、いつまでもだらしない座り方をしていないで、きちんと背筋を伸ばしなさい! あと、私の顔は気持ち悪くありません!」
「その訂正は多数決で否決だ」
「カルメまで!?」
「・・・・・・はぁ。扉を開けて参ります」
さらりとご主人様をスルーし、私は玉座の間唯一の入り口である大扉へと早足に向かう。
王が主に謁見や儀礼事に使う部屋という事もあり、城の門からこの玉座の間までの距離は短い。もうすぐそこまでシャンベル陛下はいらっしゃっている事だろう。
・・・・・と、私がいつもと同じように、大扉に手をかけた、その時。
「っっっっっ!?」
ぞくり、と、背中が粟立つ様な本能的な恐怖を感じ、思わず扉から一歩後ずさる。
そして、落ち着いて扉の外の気配に『眼』を凝らし、ようやく憲兵が震えるほど怯えていた理由を悟る。
本来なら、王の護衛を兼ねている従者の私は、この扉を開けず、第一に後ろに居るご主人様とプラム陛下を避難させる手段を考えるべきだ。
だが、扉の外の気配は、私の様な矮小な存在の浅知恵など、小指の先で弾くようにいとも簡単に力尽くで捻じ伏せてしまうだろう。
「・・・・・・」
「カルメ、構いません。お通しして下さい」
「ご主人様? しかし・・・・・・」
「大丈夫だよ。もしもその気なら、今頃僕たちはこの王城ごと消し炭になってる。その証拠に、君が扉を開けるまで、律儀に待ってるだろ? なに、多分ちょっと虫の居所が悪いだけさ」
「プラム陛下・・・・・・かしこまりました」
私は僅かに逡巡したが、主人が通せと言うのであれば、是非も無い。
再び扉に手を掛け、ゆっくりと引き開ける。
「・・・お、お待たせして申し訳ありません。ブルガーニュ王、シャンベル・ギブレイ陛下」
思わずどもってしまったのは、扉一枚挟むのとそうで無いだけで、彼の纏う異様な雰囲気が放つ迫力が桁違いに凄まじかったからだ。
咄嗟に深々と頭を下げて隠しはしたが、私が冷や汗をかいて内心震えている事は、恐らく気付かれているだろう。
「従者殿、頭を上げてくれ」
「は・・・・・・え?」
言われるがまま、折っていた腰を正し、意を決して正面から彼の顔を見据えると、その表情は・・・・・透き通るような微笑だった。
その身から今も感じる迫力と表情の食い違いに、私は思わず間抜けな顔を晒して見入ってしまう。
「こちらこそ、突然の訪問となり申し訳ない。先日協力を快諾頂いたとは言え、こちらが無作法な振る舞いをしている事は承知している。・・・従者殿にも、いらぬ心労をかけている様ですまない」
「い、いえ! 私如きに寛大なご配慮、痛み入ります!」
己の主人でも無いのに、気がつけば私は、シャンベル陛下の前に跪いていた。
憲兵が口にした、‘‘威厳’’とは少し違う。けれど、今の彼には、無意識に私の様な小者を平伏させるような、それでいてどこか危うさを感じさせる、何かがある。
「おいおい、うちの可愛い従者をいきなり寝取らないでくれないか?」
「そんなつもりは無いんだが・・・・・・こうして顔を合わせるのは久しいな。聖母殿」
「聖母なんてよしてくれよ。庇護するべき民衆ならともかく、立場上とは言え同格の者にそう呼ばれるのは、背中が痒くなる」
プリム様は、いつもの調子で飄々と会話されているが、その瞳は真剣な色を帯びている。
「では、プリム殿、と呼ばせて頂こう。和君・・・いや、ジン殿も、先日ぶりだが、健勝そうで何より。会談では多大な助力を頂いた。改めて、この場を借りて感謝申し上げる」
「いえ、そんな・・・私は当然の事をしたまでです」
「「(うっわ・・・)・・・・・・」」
いつもの公務より三割り増しで和君オーラを纏って話すご主人様に、一瞬だけプリム陛下も私も緊張を忘れて白けた視線を向ける。
だが、シャンベル陛下はそんな我々の様子に気づいているのかいないのか、特に触れる事無く話を続けた。
「あそこで和君殿が手を上げてくれなければ、他の魔王達の協力はきっと得られなかった。そう謙遜しないでくれ」
「しゅ、終焔様・・・・・・」
「「(うえぇ!!)・・・・・・」」
良い歳こいて若い男性の言葉に頬を染めている和君(偽装)に、私もプリム様も吐き気を堪えるので精一杯でしたが、何とか緊張感を取り繕い直します。
「そ、それで? 随分と急いでここまで来たようだが、坊やの用件は何だい? 誰かさんが協力すると偉そうに啖呵を切っておいて申し訳ないが、生憎とこちらはまだ、有益な情報はろくに掴めていないぞ?」
「ああ。奴らの居場所については概ね俺の方で検討がついている。情報収集は今後、最低限で結構だ」
「なんと! では、やはり何か、進展があったと言う事ですか?」
思わずと言った調子で前のめりになるご主人様に、シャンベル陛下はどこまでも落ち着いた様子でゆっくりと頷き返します。
「それについては追々話そう。一先ず、今日ここに来た用件は二つ。一つは、この王城に所蔵されている、歴史に関する書物を調べさせて欲しい。可能であれば、全て」
「書物を・・・・? それは構いませんが、我が国はまだ歴史が浅い故、大した文献は無いと思いますよ?」
「良いんだ。どんな些細な事柄でも、今は調べる必要がある。この国自体の歴史はともかく、外交の為集められた、他国の歴史に関する文献なども恐らくあるだろう? 本命はそちらだ」
「へぇ・・・・・・。なるほど。坊やが何を調べたいのかは知らないが、欲しいのがどういう類いの情報なのかは分かったよ。うちは他国に隠すような機密も大して無いからね。好きに調べると良い。必要なら人手も貸そう」
「プラム殿・・・寛容な配慮、痛み入る」
「わ、私もお手伝いしましょう! 書庫については私が誰より詳しいですから!」
「そうか、ジン殿。頼りにさせて貰おう」
私も私も!! と、飛び跳ねそうな勢いで手伝いを申し出るご主人様。
もはや私とプリム陛下は目も当てられ無いと言わんばかりに、片手で己の瞼を覆い隠した。・・・・・もう、恥ずかしいから黙っててくれないかな。
「はぁ・・・・・それで? 二つ目の用件とは何かな?」
気を取り直したように、プリム陛下はシャンベル陛下へ問いかける。
「ああ、こちらは今すぐに、という訳では無いんだが・・・・・」
「「「っっっ!?」」」
と、彼がその続きを口にしようとした時、ほんの一瞬だが、纏う雰囲気がより鋭く、より危うい気配を発し、思わず我々は全員身構えた。
「‘‘聖母’’プリム・ティーヴォ、‘‘和君’’ジン・ファンダラ。貴殿ら二人の血を、俺に捧げてくれ」
一度しか登場しておらず、しかも久々の出番のキャラで一人称視点という物凄く読みづらい仕様になってしまい申し訳有りません。一応前書きに補足は入れさせて頂きましたが、分かりにくかったですよね^^;
でも、この子は登場した時からいじっていきたいキャラだったので、ここでぶっ込んでみましたw
シリアスな章の中にあっておふざけ要素七割強の今話でしたが、楽しんで頂けていれば嬉しいです。
読んで頂いた皆様、引き続きお付き合いくださっている神様、ありがとうございます!




