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〜待ち人はいつまでも遠く〜


「・・・・・・ソアヴェさん。お兄さ・・・兄は、まだ?」


 私が朝の廊下掃除をしていると、清楚な純白の普段着用ドレスに身を包んだ、小柄な少女に声をかけられた。


 紫がかった黒髪と、猫のようなくりりとした愛らしい吊り目が特徴的な、美しい少女だ。・・・・・・顔立ちこそ全然違うけれど、その髪色や体格は、つい先日までこのお屋敷に居た、妹のように大切に想っていた少女を思い出させる。


 けれど、今目の前にいる彼女は、私が仕える主人の正真正銘の妹君だ。意味も無く憂い顔を見せるなど、メイド長の名折れ。私は表情を使用人のそれへとしっかり作り直し、彼女へと向き直った。


「おはようございます。ピュリニー殿下。・・・はい。シャル様はあれから一度もお屋敷にはお帰りになっていません。魔王城の方には何度か足を運んでいる様ですが、すぐに他国へと向かわれては戻っての繰り返しだそうです」


「そう、ですか・・・・・・」


 ピュリニー殿下が目を覚まされたのは、ほんの二日前だ。魔力の消耗が激しく、また、長い間精神を洗脳されていた反動もあってか、命に別状は無く体調こそ安定していたものの、目を覚まされるまで()()もかかった。


 その間、シャル様は屋敷にある書物を全て調べ終えると、次は魔王城の大書庫にこもり、遂には国内外に関わらず血眼になって飛び回りながら、何かを探している。・・・・・・この七日間、一度も屋敷に帰る事無く、だ。


「あ、それと、ソアヴェさん。私を呼ぶ時、殿()()()()()()()。追放された身の私は、もうこの国の姫ではありませんから」


「っ・・・・!」


「・・・? ソアヴェさん?」


「い、いえ・・・・・では、ピュリニー様、とお呼びしても?」


「様、も別にいらないけど・・・まあ、何も無いのも余計に気を使いますよね。でしたら、兄と同じように略称で、ピニーと呼んで頂けますか?」


「・・・・・・かしこまりました。ピニー様」


 いつかの()()()()やり取りと良く似た会話に、思わず息が詰まった私は、お辞儀をしてどうにか表情を隠す。


 つい先日意識を取り戻したばかりという事もあってか、妹君の・・・ピニー様の雰囲気は、どこか儚げで、それが尚更、居なくなってしまった彼女と重なって、目を合わせるのも正直、辛い。


「・・・朝食のご用意が出来ておりますので、お好きな時に食堂にお越し下さい」


「・・・・・・・はい。ありがとうございます」


 どうにか食事の案内だけして、私は逃げるようにその場を去った。


 勝手に感傷に浸っている私のせいで、ピニー様との会話は、このようなぎこちない、事務的な物ばかりになってしまっている。


 けれど、どれだけ自分に言い聞かせても・・・・・・言い聞かせれば言い聞かせるほどに、彼女との、ピナ様との楽しかった日々ばかりが頭の中を巡って、私は、表情を作るので精一杯のままだった。



++++++



「・・・・・・・」


 夜空に浮かぶ月を見上げながら、私は夢のように温かった時間と、その時そばに居てくれた方々を想い、一人、冷たい部屋でただただ夢想していた。


()()()()でどうしたの? まるで、囚われの姫のような顔をして」


「お姉様・・・・・・」


 いつの間にか、()()()()の入り口に立っていたのは、バルドー第一王女、ムニエ・ノワール()()()だった。


「お姉様? ・・・・・ああ、なるほど。今日は()()()()()なのね。こんなカビ臭い部屋に引きこもっているかと思ったら、どうりで」


「このお城で私に許された居場所は、ここだけでしたから。・・・・・・私は、もうシャル様のお屋敷には、帰れないのですか?」


「あら、帰りたいの?」


 意外そうに目を見開いた彼女に、私は躊躇いつつも、自身の想いを口にする。


「・・・・・・そうする事で、シャル様にご迷惑をおかけするなら、私はここに居ます。けれど許されるなら、あの方の、あの方々の側に! 私は居たいのです!」


「へぇ・・・・・・ここに居た頃は()()()()だったのに、随分とあの子、いえ、()()()()()()()()()()


「お姉様達の仰っている事は、私には分かりません。・・・・・けれど、この身がたとへあなた方の道具であったとしても、シャル様やソアヴェさん、お屋敷の方々は、私に沢山の温もりを与えて下さいました! 私は報いたいのです! 私に、()()()を与えて下さった、あの方々に!」


「ふーん・・・・・・まさか、()()()とは言え、ここまで執心させるなんてね。ロマネから()()()は出来損ないだと聞いていたけれど、父親譲りで女を口説くのは上手なのかしら?」


「シャル様はそんな軽薄な方じゃありません! いつも誠実で、優しくて、少しだけ、臆病で・・・でも、誰よりも頼もしい、ご立派な魔王様です!」


「あらあら、好きなのね。あの子の事が」


 可笑しそうに口元に手を当てて笑うお姉様の言葉に、私は一瞬、頭の中が真っ白になる。


「へ・・・・・・? なっ!? わ、私はただ、シャル様の名誉を守ろうと・・・」


「好きでものない男の名誉なんて、女は心から守ろうとしないわ。・・・・・ふっ。器と言えど、やっぱり()()()()()()()()()()()なのね」


「私、も・・・?」


「・・・・・・いいえ。何でも無いわ。でも、一つだけ覚えておきなさい」


「・・・?」


 急に真剣味を帯びた彼女の表情に、私は思わず首を傾げた。



「月を見上げるのは構わない。・・・・・・けれど、手を伸ばすのは、絶対にダメよ。愛しいのなら、尚更ね」



「え・・・・・・?」


 ムニエお姉様はその言葉だけ残すと、それ以上は口を開かず、私の部屋から去って行った。


 私は彼女の言葉の意味を、本当はもう知っている気がした。・・・・けれど、まるでそれから目を逸らすように、再び月を見上げて、一雫だけ、涙を流した。


後半は初めてのピナ視点でのお話でした。どうしてここまで彼女視点のお話が無かったのか、違和感を感じていた方もいらっしゃるとは思いますが、少しだけ第一王女さんが漏らしていたように、徐々にその謎も解き明かされて行きそうです・・・・・・・多分w


今話もお付き合い頂いた皆様、読み続けて頂いている神様、ありがとうございました! 


若干のフラグは立てましたが、次話は久方ぶりにあのモンスターが登場しそうですw

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