閑話〜変わらない物〜
※このお話は、本編以前の時間軸に起きた出来事を描いたスピンオフです。
雪がしんしんと降り積もる年の瀬。
武闘派国家ブルガーニュと言えど、年の終わりを迎える頃まで戦いに明け暮れている訳では無い。新たな年を迎えるその時を、皆それぞれの家庭で静かに待ち侘びていた。
もちろん、それは魔王の家族が住まう屋敷であっても同じ。
・・・・・・最も、その家主たる魔王本人は、今日も今日とていつも通り、屋敷を空けていたのだが。
「義母様、お兄様はお部屋にこもって何をなさっているのですか?」
長椅子に掛ける母の膝の上で、その幼い少女は不思議そうに首を傾げていた。
母によく似た紫がかった黒髪に、猫のような愛らしくも勝気な瞳。・・・けれど今は、その表情が少しだけ曇っている様だった。
「さあ? 何かしら。シャルはピニーに何も言わなかったの?」
膝の上に座る娘の頭を愛おしそうに撫でながら、柔らかな微笑みを浮かべて、その女性は問い返す。
娘と同じく紫がかった長い黒髪は背中で一つに纏められ、格式張ったそれとは違う、ゆったりとしたワンピースドレスに身を包んでいた。その装いがまた、彼女の包み込むような雰囲気をより温もりの満ちたものにしていた。
「お兄様は何も言ってくれませんでした! 『後で教えるよ』って、そればっかり! お父様も全然帰って来ないし・・・・・・」
「ふふっ。本当に困っちゃうわね。うちの男の子たちは」
「お母様は、寂しくないのですか? お父様ったら、お屋敷に帰って来ないでお外ばっかり。お国に帰って来ても魔王城から全然出てこないのですよ?」
「あの人が外をフラフラしているのは昔からだから、もう慣れちゃったわ。・・・それに、今はあなた達が側に居てくれるもの」
「むぅ・・・。でも、お兄様だって少し前からお食事の時以外は殆どお部屋にこもってばかりで、全然ピニーと遊んでくれないのです。ただでさえいつもお勉強や魔法の訓練ばかりしているのに、あれではカビが生えてしまいます!」
「まあまあ、それは大変ね。ふふっ。でも、多分そろそろ出て来るんじゃないかしら? ・・・・・・あの子ったら、変な所で隠し事をするのも、本当にあの人によく似ているわ」
「あー!! やっぱりお母様は知ってるんですね!?」
「どうかしらねぇ。でも、多分ピニーが喜ぶことじゃないかしら?」
「ピニーがですか? んん〜?」
と、再び少女が首を傾げた所へ、トコトコと駆ける様な足音が近づいて来る。
「お待たせ! ピニー! 義母様!」
扉を開けて慌てて飛び込んで来たのは、彼女たちより少し赤みがかった黒髪の少年。
嬉しそうな顔でその両手に抱えていたのは、ガラスで出来ていると思われる透明な球体。
「お兄様、これは・・・・?」
ゆっくりと彼がテーブルに置いたそれを、少女は不思議そうに覗き込む。彼女を膝から下ろした女性は、ただただ微笑ましそうに、そんな二人を見ていた。
「二人とも、よく見ててね! ・・・・・・よしっ」
少年は意気込んで両手をその球体にかざすと、ほんのりとガラスの奥に光が灯る。
そして、見る見る内に、その中で何やら物体が形成され始めた。
「わぁ!?」
「シャ、シャル、あなた・・・・・・・」
急に目の前で始まった不思議な現象に、少女は目を輝かせて喜んでいる・・・が、女性の方は、その微笑みが何故か引きつり始めていた。
「もう・・・ちょっ、とぉ!!」
額に汗をかきながらも、少年はその手に魔力を送り続け、それにともない球体の中の物資が徐々にその形を変えて行く。
その時、少年の背後で『仕方が無い・・・』とでも言いたげな、ため息を吐くような気配が生じたが、その場に居た者は誰も気付かなかった。
やがて、球体の中にある物質は、彼らにとって見覚えのある姿へと変わって行く。
「凄ぉ〜い!! これ、ピニー達ですか!?」
少女の言う通り、それは、彼ら四人家族が、一家団欒で過ごす風景だった。
なんと、少年は何をどうやったのか、魔法でガラスの球体の中に精巧な模型を作り出したのだ。
「ふぅ〜〜〜!! 何とか出来た! どうですかお義母様!?」
「す、凄いわね・・・・と言うか、これ、どうやって作ったの?」
嬉々として問いかける少年に、女性はまだ引きつりの残る笑顔で問い返す。
「ふふん! えっとですねぇ、まずは炎魔法で素材を全て溶かして、それから風魔法を使ってガラスだけ先に形状を整えました! もちろん中に入れた素材は水魔法で表面を覆って、また固まらない様に保存しつつここに持って来て、それから・・・」
「も、もう良いわ! ありがとう! とにかく凄く頑張ってくれたのね! とっても嬉しいわ!」
「へ? まだまだ説明して無いことが沢山あるのですが・・・でも、喜んで貰えて良かったです。えへへ」
「お兄様、これをずっと作っていたのですか?」
「うん。何回も失敗しちゃったから時間がかかったけど、どうにか今日には間に合ったよ。ピニー、お父様が帰って来なくてずっと寂しそうにしてただろ? だから、これを見て一緒に居る気分だけでも味わえたら、その、少しはマシかなって。せっかく、新しい年を迎えるんだしさ」
頬を掻いて照れながらそう言う少年に向かって、少女は満面の笑みを向ける。
「お兄様、大好きーーーーっっっっっっ!!!!!」
「わっ!? ちょ、ピニーっ!? く、苦し・・・・」
「えへへへへっ!!! お兄様ぁ〜〜」
抱きついて離れない妹の背中を、少年は困った顔をしつつも撫でてやる。
「ふふっ。やっぱり、二人はとっても仲良しね。・・・・・・・それにしても、こんな凝った、というかもはや発明レベルの物を作っちゃうなんて、一体誰に似たのかしら? って、あの人じゃないのだから、一人しか居ない、か」
再び穏やかな微笑みで二人を見守る女性の瞳は、どこか遠くに居る誰かを想う様な、そんな寂しげな温もりを少しだけ帯びていた。
「お母様?」
「義母様? どうかされたのですか?」
「へ? ・・・・・・うんう。今年もあなた達と過ごせて、とっても幸せだったなって、そう思っていただけよ」
そう言いながら、女性は愛しい娘と息子を優しく抱きしめた。
「わっ!」
「ぼ、僕もですか!?」
「当然でしょう? 二人とも、私の大事な子供達なのだから」
新たな年を迎えるその時も、彼らの屋敷はほんの少しの寂しさと、溢れんばかりの温もりに満ちていた。
++++++
「出来たぞ! お前ら!!」
かつての年の瀬、家族の温もりに満ちていた屋敷で、今は一人の魔王と多くの配下達が過ごしていた。
そして、毎年の恒例行事に、魔王は瞳を輝かせ、配下達はややうんざりした様な表情を見せていた。
「シャル様・・・・今年もその、例のプレゼントを頂けるのですか?」
頭痛を堪える様な仕草をしながら皆を代表して問いかけたのは、メイド長のソアヴェだった。
いつもの澄まし顔はどこへやら、今は微妙に迷惑そうな表情に歪んでいる。
「ああ! 今年は特に会心の出来だ!」
そう言って、屋敷の主人たるブルガーニュ国が魔王、シャンベル・ギブレイが軽快に指を鳴らすと、扉の向こうから幾つものガラス玉が宙に浮いてゆっくりと飛んで来る。
そして、メイド達、執事達、年の瀬という事で招集されたカベルネ達の様な外で働く者達の手元へ、その一つ一つが飛んでいき、すっぽりと収まる。
「よし、準備は出来たな。・・・・・はあああああああっっっっ!!!!!」
全員揃って微妙な顔をしている配下達を差し置き、シャンベルは一人、絶好調のテンションのまま魔力を練り上げ、彼らの持つガラス玉に文字通り魔法をかける。
すると、その一つ一つに光が灯り、持ち主そっくりの模型が、球体の中に形成された。
「っはぁ、はぁ、はぁ・・・・・・どうだ!? 素晴らしい出来だろう!? いやぁ、今年は苦労したんだ。しかもよく見てくれ! 中で雪が降っているんだ!」
「・・・・・・はぁ。そうですね」
彼の言う通り、球体の中ではどういう仕組みなのか、しんしんと雪が降り、無駄に季節感全開の仕様になっていた。
だが、そんな素晴らしく精巧な出来の作品にも、配下達は何とも言えない反応だ。
それもそのはずである。何せ、毎年、自分の姿の模型を贈られるのだ。
しかも、ただでさえ忙しい主君が、いつも以上の気合とオーバーワークで仕事を全速力で終わらせ、寝食も忘れて必死に作って渡してくれるのである。いくら微妙な贈り物でも、いらないなどとは口が裂けても言えない。
・・・・・もっとも、配下達の本音は、『そんな物作ってないで、年の瀬くらいゆっくり休んでくださいよ!!!!』、という一言に尽きるのだが。
「・・・お前達には、今年も世話になったからな。この程度の礼で申し訳ないが、いつもありがとう。お前達が居てくれるお陰で、俺は魔王を続けていられる。もうすぐ新たな年を迎えるが、お前達が幸せに過ごせるより良い国となるよう、今年以上に努力し、邁進すると、改めて誓おう」
「・・・・・まったく、本当に困った魔王様ですね」
「ソアヴェ?」
「私達は、もう十分に幸せです。だから、少しは休むことを覚えて下さい。ここに居る配下達にとって、あなたはもう、最高の魔王様なのですから」
「っ・・・・・!!! ま、参ったな・・・・」
照れてそっぽを向シャンベルへ、配下達は困り顔をしつつも、温かい視線を向ける。
その温もりは、いつかの家族を包んでいたそれと変わらない、優しさに満ち溢れていた。
魔王様の幼少期、そして姫君がブルガーニュに来る以前の年の瀬を書いてみました。でも今更ですが、この話を大晦日に書けよって感じですねw
何だかクリスマスとお正月がごちゃ混ぜになった様なお話になってしまいましたが、楽しんで頂けていれば何よりでございます。
今話もお読み頂いた皆様、読み続けて下さっている神様、ありがとうございました!
次回は本編に戻る予定なので、生暖かい目で見守って頂けると幸いです。




