〜愛しさの記憶〜
「・・・・・・無様だな」
既に周りに居た配下の者たちは、私に一撃を加えようとしたグリュナー侯爵以外その全員がこの玉座の間から尻尾を巻いて逃げ出した。
・・・・・・結局は、力で押さえ付けて従えていた者達だ。主人の命よりも、自分の身が大事なのは当然。お兄様なら、きっと、もっと配下達に愛され、慕われ、皆が身命を賭して守るような王になっていた筈だ。
私は目前に倒れ伏す偽りの王を見下ろし、剣を逆手に構える。
奴は既に虫の息だ。だが、仮にもお兄様を差し置いて、歴代最強と恐れられた男。とどめを刺すまで、油断はしない。
「・・・これでやっと、やっと私のお兄様が帰って来る!!!」
万感の思いを込めて、私は白銀の剣を、奴の心臓目掛けて振り下ろした。
「せぁぁぁああああああっっっ!!!!!」
「っっっっ!?」
突如、剣を伝って激しく私の身体を衝撃が打ち据える。
反射的にその場から飛び退くと、偽りの王の前に、一人の男が立っていた。
「貴様ぁっ!! 我が主人に何をした!?」
青髪に吊り目のその男は、漆黒の短刀を振り抜いた姿勢のまま、鬼の様な形相でこちらを睨んでいた。
どうやら、侯爵以外にも奴を助けようという物好きが居たようだ。
「・・・あらあら。意外と面白い展開になって来たわね」
バルドー第一王女ムニエは、愉快げにその男を見ると、私に軽く視線を向けて、コクりと頷いた。・・・・・・相手をしろ、と言うことか。
「答えろ下郎っっっ!!!!」
「見ての通りだ。そこの負け犬は、私の剣で刺し貫かれ倒れた。たった今、トドメを刺そうとした所だ。邪魔をするな」
「我が主人が貴様如きの剣で貫かれただと・・・? ふざけるな!! どんな卑怯な手を使った!?」
「何も。ただ正面から打ち負かした。それだけだ」
「口から出まかせをっ!?」
「・・・?」
妙だ。何かがおかしい。
奴を殺すことに注意を取られていたとは言え、この男は私の剣をあの華奢な短刀一本で弾き返した。何らかの魔法や身体強化を施していたとしても、相当な実力だ。
なのに、先ほどから睨みつけて罵声を浴びせるばかりで、私に攻撃を加えようと動く気配が無い。
・・・・・・それに、何だ? 先程から感じる、この背中をざわつかせる様な気配は?
偽りの王からは、もうろくな魔力など感じない。無様に倒れているだけだ。・・・・・・待て、魔力を感じない?
「・・・どういう事だ? 死にかけていると言うのに、回復に魔力を使っていない、だと?」
「・・・・・・」
おかしい。いくら奴が偽りの王とは言え、使っているのはお兄様の身体だ。その身に流れるのは私と同じ、希少にして最強の種族ヴァンパイアの血。
戦闘で著しく身体が傷つけば、勝手に防衛本能が魔力操作を促し、治癒に魔力を回し始める。
なのに、今の奴からは、その魔力の動きを一切感じない。・・・いや、それどころか、息があるにも関わらず、一滴の魔力すら感じ取れない!?
「っ!? 貴様、まさか最初から何かの時間稼ぎを!?」
「・・・・・・ふんっ。今更気づいたか。勇者とやら。貴様は身体こそ派手に動かせる様だが、頭の方は動きが悪いらしいな」
「っっっ!? 見ていたのか!? ただ影に隠れ、私たちの戦いを!?」
「勘違いするな下郎。我が主人は病的なまでに心優しく純粋なお方だ。・・・他の配下を傷つけまいと、そして、貴様を殺してしまわぬよう、手加減をなさっていた。故に、私が助けに入るまでも無しと判断していただけの事。今出てきたのは、貴様の無礼極まりない振る舞いが我慢ならなかっただけだ」
「っ!?」
「くふふっ。どうやら今度はこちらが一杯食わされたようね・・・」
驚愕する私を横目に、ムニエは心底面白いと言わんばかりに含み笑いを漏らす。
「・・・・・・貴様、分かっていたのか?」
「さあ? どうかしら? くふふっ」
この女が何をしたいのか、私には分からない。だが、お父様はこの女に従えと言った。そこに疑問を挟む余地など無い。
「それと、時間稼ぎと貴様は言ったが、それは少し違う。これはただの余興だ」
「余興だと?」
「今ここには、私以外の配下は居ない。グリュナー侯も既に外へと運び出し、城に仕えている者達も、避難は済ませた」
「っ! いつの間に・・・・・・」
確かに、先ほどまでそこに倒れ伏していた侯爵はおらず、改めて城中の気配を探っても、ここに居る者達以外の魔力は感じ取れない。・・・・・・まさか、配下どもが逃げ出したのも、この男が我々に悟られぬよう指示を出していたのか?
「加減していたとは言え、貴様は我が主人に一撃を入れた。その行いは万死に値するが、裁きを下す権利を持つお方は、この国にはただ一人のみ。この身に許されるのは、ただその命に従う事だけだ」
「・・・・・・何が言いたい?」
本当は、聞くまでも無い問いだった。だが、思わず言葉が漏れ出たのだ。
この男が行っていたのは、時間稼ぎと呼ぶにはあまりに周到な、舞台の用意。
己の主人に嵌められた枷を、この短い時間で全て取り払ったのだ。
「・・・お待たせ致しました。我が主人よ。どうか、ご存分に」
青髪の男は、倒れ伏したままの主人に向かって、一切の無駄を排した動きで跪き、頭を垂れた。
見間違えようも無く、確信がある者の動きだ。
「・・・・・・・・痛ってて・・・まったく。本当に良く出来た配下だよ。お前は」
「っっっっ!?」
片手で腹を押さえながら、奴は・・・・・偽りの王は、笑いながら立ち上がった。
何故だ? 何故立てる? 心臓こそ外したとは言え、渾身の一撃で腹を刺し貫いたのだ。どう言う意図かは知らないが、回復に魔力を使ってすらいないあの男が、何故立ち上がれる?
「もったい無きお言葉」
「いざと言う時、とは言ったが、まさかこんなに早くお前を頼ることになるとはな。・・・まあ、いつも頼ってはいるか。カベルネ。俺はもう大丈夫だ。屋敷の方が気になる。一仕事終えた後で悪いが、すぐに向かってくれるか?」
「はっ! 我が主人の御心のままに」
再び頭を垂れると、青髪の男はこちらに一瞥もくれる事無く、その場から消えた。
「さて・・・・・・待たせたな。ピニー」
「っっっっ!!! ・・・・貴様が、貴様がその名で私を呼ぶな!! 偽りの王!!!」
「偽りの王、ね・・・。ははっ。何を吹き込まれたのか、いや、どんな洗脳を受けたのか知らないが、お前にその呼び方をさせるとは、相変わらず最悪に良い趣味をしているな。あの男は」
「洗脳など受けていない!!! お父様は私に言った! 貴様を殺せば、お兄様を取り戻せると!」
何故だ? 私はどうしてこんなにも焦っている?
既に奴は死に体も同然。今だって会話するのがやっとの筈だ。
なのに、あの余裕はどこから来る? どうして、笑っていられる?
「どうして笑ってるんだ?・・・って顔してるな」
「っ!?」
「・・・ふっ。決まってるだろ。嬉しいからだよ」
「何、だと?」
「・・・・・・まさか、こんな形になるとは思わなかった。もっと堂々と、それこそ偽りの王なんて呼ばれない様な、立派な王になってから迎えに行きたい・・・なんて、子供じみた夢だと分かっていながら、それでも希望を捨てきれず、無様に足掻き続けて来た」
「何を、何を言っている!?」
分からない、分からない分からない分からないっ!? この男が何を言っているのか、どうして、偽りの王のくせに、偽物のくせに、お兄様みたいな顔で、お兄様みたいな言葉で話すの!?
「それでも・・・・・・やっぱり、こうして目の前にお前が居ると思うと、触れて、抱きしめられる場所にお前が来てくれたんだと思うと、嬉しくて、笑ってしまうよ。ピニー」
「っっっっっ!?」
やめて!? そんなにも嬉しそうに、愛おしむように、慈しむように、その顔で、その声で、私の名を呼ばないで!?
「恨まれても仕方が無いと思っていた。憎まれてもそれが報いだと思っていた。・・・・・・けど、それは結局、俺の独りよがりだったんだな。・・・だって、お前はまだ、俺をお兄様と呼んでくれた」
「うるさいっ!!! もう、もう、黙れぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!」
堪え切れず、気がつくと私は剣を構えて駆け出していた。
「ああああああああああああっっっっっ!!!!!」
「大丈夫だよ」
奴の心臓に切先が届こうとした、その瞬間、酷く温かくて、胸を締め付けられるその声が聞こえた。
「っっっっっっ!?」
その直後、まるで奴の身体に触れた側から崩壊する様に、白銀の剣は粉々の塵となって、空気に溶けて行った。
「おいで」
「なっ!?」
刺突の勢いのまま、剣を失った私は体勢を崩し、体当たりするような形で突っ込んだ。
それを躱すでも無く、奴は私を受け止め、胸の中に誘うように抱きしめた。
すると、剣と同じ様に、私が纏う白銀の鎧が、跡形も無く塵と化して消え去る。
剣の邪魔になるからと、肩の上で短く切り揃えたお母様似の紫がかった黒髪、鍛えても鍛えても華奢なまま成長しなかった身体、その全てが鎧から解き放たれ、ただの少女となった私が、そこには居た。
「あっ・・・・・!?」
「・・・今度こそ、もう離さない。僕が、絶対に守るから」
「っっっ・・・・・・」
抱きしめられた温もりが、優しく撫でるようなその声が、私の意識を漂白して行く。
そして、気がつけば私は、こう呟いていた。
「お兄、様・・・・・・?」
恐る恐る、見上げた先にあったのは、懐かしい、頼り無くも、愛しい笑顔。
その両眼は深緑に染まり、闇夜の様に漆黒だった髪は、まるで夜明けの空を思わせる様な輝く純白に変わっていた。
私の知っているお兄様とは、かけ離れたその姿。
けれど、柔らかいその面差し、優しい声音、身を委ねたくなる温もり・・・・・・その全てが、紛れも無く、私のお兄様だった。
「おかえり。ピニー」
微笑んだお兄様の腕の中で、私は、ただただ、涙を流し続けていた。
やっとここまで来た、という感じですが、まだまだこの章は激動が続く予定ですw
がっつりフラグも立てまくっているので、ここから力の限り走り抜けたい、と、思って・・・・・うん。いますよ? いや、走り抜けます!w
そう言えば、忍者もどきくん遂に大活躍でしたね。と言っても大してバトッたりはしてませんが、美味しいところを持って行きましたw
今話もお付き合い頂いた皆様、見守り続けて下さっている神様、ありがとうございます。
次話もなる早で投稿する所存なので、よろしくお願いします!




