〜欠片の目覚め〜
「・・・・・・ん・・・ソアヴェ、さん?」
「っ! ピナ様、お目覚めになられたのですね。お加減はいかがですか?」
シャル様のお言い付けで、私は眠り続けていたピナ様のお側に控えていた。
何だか今日は嫌な胸騒ぎを感じていたし、私としても体調の優れない彼女を一人にはしておきたく無かった。
「身体は、もう何とも。少しまだ、頭がぼうっとしていますが、大丈夫です。・・・申し訳ありません。お仕事もあるのに、わざわざ看病までさせてしまって」
「良いのですよ。屋敷の仕事はメイド長の私が居なくても、他の子達だけで十分こなせます。それに、ピナ様のお側に控えるよう、シャル様から仰せつかっていますから。これも仕事の内です。もちろん、個人的にも心配はしましたが」
「・・・ありがとうございます。本当に、私はこのお屋敷に来て、沢山の物を頂いてばかりですね」
苦笑する私に、ピナ様は少し懐かしくも感じる儚い微笑みで返して、胸の前でぎゅっと手を握り込んだ。
その姿がどこか遠くに感じられて、思わず私は、自分の手をそこに重ねる。
「ソアヴェさん・・・?」
「ピナ様。何かお辛いことや、体調の異変を感じた時は、すぐ私やシャル様に仰って下さい。心配をかけたくない気持ちは分かりますが、頼って頂けない方が、ずっと寂しいです」
「っ・・・・・」
「それに、シャル様の過保護はもはや病気ですから、何も無くてもどうせ心配するんです。ならいっそ、思い切り甘えてしまった方が、お互いの為になると思いませんか?」
「・・・ふふっ。そう、かもしれませんね。すみません。これからは、すぐご相談します。でも、病気は少し酷いと思いますけど」
「アレはもう病気です。寧ろ末期ですね。・・・義母君や妹君の事があって、身近な存在に害が及ぶ事に過剰な反応をするようになったのだとは思います。けど、それにしても何かにつけいつもやり過ぎなんですよ。あの方は。知ってます? 私達の部屋一つ一つに、屋敷の者以外を対象にしたトラップの魔法が仕掛けられてるんですよ? それ以外にも、私たちがこの屋敷に住むようになってから、お風呂の照明を回復魔法の魔道具にこっそり変えてたりとか」
「ふふっ。確かに、少し病的かもしれません。・・・・・でも私は、シャル様のそんなお優し過ぎる所が、とても、とても・・・」
「ピナ様・・・・・っっっっ!?」
ピナ様のお顔から憂いが晴れ、和やかな空気が私たちの間に流れた、その時。
とてつも無く強大な魔力が爆発の如く膨れ上がる気配を感じ、私は思わず冷や汗を流しながら振り返る。
「この方角は、魔王城・・・? でも、この魔力は・・・・・・」
一つは間違えようも無くシャル様のそれだ。けれど、もう一つの魔力は、まるでモヤがかかった様に上手く読み取れない。何かの魔法か、あるいは魔道具で阻害されている可能性がある。
「・・・いえ。考え事は後回しね。ピナ様。私は急用が出来ましたので、少し失礼します。念のため、ピナ様はこの部屋で安静にして、私が帰るまで絶対にお屋敷からは出ないで下さい」
「・・・・・・逆よ」
「え? 申し訳ありません。今、何と?」
私の聞き間違いだろうか。今、ピナ様の口から‘‘逆’’だと聞こえたような・・・?
「あなたじゃ、あの方の助けにならないわ。使用人さん。大人しくここで、主人の帰りを待ちなさい」
「ピナ様・・・・・? っっっっっ!?」
突然、いつもとは明らかに違う態度、違う口調で、私に命令を下すピナ様の異常な様子に驚いて、思わずそのお顔を覗き込んだ私は、脱兎の如く扉の前まで瞬時に後ずさった。
「あなた、誰なの!?」
「へぇ・・・・・・分かるのね。まあ、今はそんな事はどうでも良いわ。とにかくあなたはここに居なさい。あなたの主人を悲しませたく無いのなら、ね。あの方の元へは、私が行く」
ピナ様の身体を使って話す誰かは、その暗闇が宿った瞳を私に一瞬だけ向けると、ベットを降りてこちらにゆっくりと歩いて来る。
「動かないで! 私は、ピナ様のお世話をシャル様から仰せつかっているの。彼女の身体で、好き勝手にはさせない!」
「・・・・・そう。愛されているのね。あなたの主人も、この子も」
ピナ様本人がする儚げな笑顔とは少し違う、まるで遠い過去に亡くなった誰かを思うような、二度と叶わない夢を思い出すような、そんな寂しげな苦笑をしながら、彼女は自分の胸元へ手を置く。
「でも、それなら尚更、私は行かなければ。・・・安心して。あなたの主人は、必ずここに帰すから」
「何を言って・・・・・」
「だから、『下がりなさい』」
「っっっ!?」
か、身体の自由が効かない!? それどころか、勝手に足が、扉から退くように動いて!?
まさか、何かの魔法!?
「視ない方が良いわ。あなたは少し、‘‘眼’’が良過ぎるようだし」
「待っ!? ・・・がっ・・・・・・・」
どれだけ魔力操作で力を流し込んでも、身体がびくともしない。それどころか、言葉を発することさえままならなくなる。
「・・・・・・さようなら。優しい使用人さん」
「っっっ!?」
扉から彼女が出ていく直前。どうにか魔力を振り絞り、瞳に集中させて視えたその後ろ姿は・・・・・・。
まるで、どす黒い汚泥に塗りつぶされた様な、形容し難いおぞましい何かだった。
またもや触れにくい話に・・・・・・。すいません。
兎にも角にも、物語が激しく動く今回の章ですが、どうか最後までお付き合い頂ければ幸いです。
いつも以上に短めの後書きになりましたが、物語の雰囲気を壊すのもアレなので、この辺で失礼致します。
今話から初めましての皆様、読み続けて下さってる神様、お陰様で書くの超楽しいです。ありがとうございます。
なるべく年末はハイペースでお話を進める所存ですが、まだ筆が拙いものですから、生暖かく見守り続けて頂けると嬉しいですw
・・・あ、メリークリスマス!!
 




