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〜夢か現か〜


「・・・はぁ。まだ収穫は無し、か」


 ()()()()()、魔王城で公務を片付けた俺は、各国から届いた調査報告書に目を通しながら、深い溜息を吐いていた。


 緊急事態とは言え、()()()の問題で国政を蔑ろにする訳にはいかない。・・・と、割り切っているつもりでも、やはり頭の中はピニーと義母(かあ)様の事で埋め尽くされていた。


 もちろん、何もしていない訳では無い。彼女達の捜索のため、数少ない信頼出来る配下、グリュナー侯爵やネビオーラ伯爵の息がかかった者たちを密かに各国に派遣している。


 だが、それでもやはり、今すぐ彼女達を探しに城を飛び出したいという衝動は、俺の中で燻り続けている。


「魔王様、そうお気を落とさずともよろしいのでは? カリフォニアの王からは、お二人の魂に異常は見られないと報告が来ているではありませんか」


 斜め向かいの執務机で俺と同じ様に報告書に目を通していたメルロから、淡々とした声がかけられる。


 いつもは少し苦手に感じる彼女の冷たい声が、今は昂っている気を鎮めてくれるようでありがたい。


「・・・・・・そうだな。やはり、目的は俺を煽る事なんだろう。こうして焦っていることすら、恐らく()()術中だ。分かっている。・・・分かっては、いるんだ」


「でしたら、せめて身体だけでもお休め下さい。今日中に済ますべき執務はとっくに終わっています」


「それはそうなんだが・・・仕事でもしていないと、気がおかしくなりそうでな。悪いが、もう少し付き合ってくれないか?」


「・・・はぁ。甘えているんだか自分に厳しいんだか、分からない事を仰いますね。でしたら、城に引きこもって机仕事をするよりも、外に出て視察にでも行かれては? その方が多少は気も晴れるというものでしょう」


「今の俺が外に出て、帰ってくると思うか? 屋敷と城の往復だけでも、飛行魔法を使って飛び出そうとする自分を抑えるのに精一杯なのに?」


「そんな間抜けな伝書鳩みたいな事を・・・・・・いえ、失礼しました。魔王様の心情を鑑みれば、私の方が間抜けな発言をしていましたね」


「半分は冗談だよ。そう謝らないでくれ」


「半分本気な時点で、気を遣うなと言うのは無理なお話です。それに、魔王様に気を遣わなければ、誰に気を遣えと? たまにご自覚があるか怪しくなりますが、あなた様はこの国で一番偉いのですよ?」

 

「立場だけは、な。本当に偉いのは、国を支えてくれているお前達だよ。・・・俺がもし使い物にならなくなっても、メルロや侯爵が居れば、国は安泰だ」


 ダンッ!!


「っ!?」


 苦笑しながら俺が言葉を溢した直後、メルロはいきなり机に手を叩きつけ勢い良く立ち上がると、ツカツカと早い足取りで俺の正面まで歩いて来る。


「縁起でも無い事を仰らないで下さい! 何を弱気になっておられるのですか! ()()()()()()は歴代最強の魔王なのですよ!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、へこたれない! 残りの公務は私がやっておきますから、今日はもう帰ってあの姫君に肩でも揉んで貰いなさい!」


「は、はい! ・・・って、お、お前なぁ」


 まるで教師だった頃の様な彼女の凄まじい勢いのお説教に、俺も思わず当時の様に返事を返してしまった。


 だが、冷静に考えたらつい先ほどまで「偉いんだから自覚しろ」的な真逆のお説教をされていた事を思い出し、突っ込もうと再び口を開く。


 しかし・・・、


()()?」


「はい先生! 今日もありがとうございました! お先に失礼します!」


 絶対零度も生やさしく感じる程の温度皆無な視線で問い返され、迷わず執務室を後にした。


 ・・・・・い、いや、あれだよ? 本気で怖かった訳じゃなくて、配下の演技を伴った気遣いに乗っただけだからね? 気遣いに気遣いで返しただけだからね?


 なんて、誰にしているのか分からない言い訳を内心で繰り返しながら、俺はそそくさと帰路に着いた。


 ・・・・・・幸か不幸か、それともここまで含めて彼女の気遣いだったのか、城から屋敷までの短い道中で、俺が変な気を起こす事は無かった。教師系配下、恐るべし。


++++++


 早足に城を後にしたお陰で、いつも以上にあっと言う間に屋敷へ着いた俺は、何となく早く帰ったことに罪悪感を覚えつつも、扉の向こうの気配に心を温めた。


「ただい・・・まっ!?」


 だが、扉を開けた瞬間、その気配の主・・・ピナが取った()()()()()()に、呼吸すら止めて目を剥いた。


「・・・・・・おかえりなさいませ」


「ピ、ピナ!? おま、な、何を!?」


 彼女は、()()()()()()()()()()()、上目遣いに熱い吐息の様な言葉を漏らす。


 そう、彼女はいきなり俺に抱きついてきたのだ!


 もちろん避けようと思えばそう出来たが、それでは彼女が怪我をしてしまうし、抱き止める他無かった・・・っていやいやいや! んな事考えてる場合じゃ無いだろ!? これどういう状況!?


「ふふっ・・・・・」


「っ! これは・・・?」


 だが、相変わらず俺に抱きついたまま上目遣いに微笑んで顔を見上げてくるその瞳に、違和感を覚えて冷静になる。


 一目見ただけで分かる。明らかに正気じゃない。


 まるで、ここでは無いどこか遠くを・・・・・・いや、()()()()()()()を見つめている様な、そんな眼差し。


 黒真珠の様なその瞳は、いつもの清らかな輝きとは違う、深淵を思わせる暗闇が宿っている様に見える。


「この瞳、どこかで・・・いや、そんな事より、いったいこれは何なんだ? 魔法の気配も無いし、体調に異常がある様にも見えないぞ・・・・・・」


「・・・好き・・・・・・」


「・・・・・・・・・・へ?」


 だが、そんな冷静な思考も、彼女の口から零れ落ちたあまりに破壊力のあるその言葉に、一瞬にして吹き飛んだ。


「・・・・・好き、大好き。もっと、もっとお側に。私を抱きしめて、そして・・・」


「ファッ!? ちょっ!? ピ、ピナ!? 待て!? 正気に戻れ!」


 俺の首に腕を回し、その熱く甘い吐息が掛かるほどの距離まで顔を近づける彼女に、俺は混乱してあわあわと慌てふためく事しか出来なくなる。


「・・・・・・お願い、()()()()、私・・・を・・・・・・・・」


「っっっっ!? ・・・・って、ピナ?」


 と、そこで言葉と共にピナの動きが止まり、そのまま急に身体から力が抜けた様に、俺の首から腕を解いて崩れ落ちそうになる。


「おっと!? あ、危なかった・・・・・・」


 何とか地面に落ちる前に彼女を抱き止めた俺は、その顔を覗き込む。・・・・・・やはり、魔法の兆候も精霊の気配も無い。だが、だとしたら今の行動はいったい・・・?


「・・・・・・シャル、様?」


 俺がやっと落ち着いて思考を巡らせ始めたその時、どうやら気絶していたらしい彼女が、目を覚ました。


「ピナ! ・・・良かった。もう大丈夫そうだな」


 瞼を開けた彼女の瞳は、いつも通りの清らかな輝きを宿し、先ほどまでの得体の知れない暗闇は綺麗に消え失せていた。


「私、どうして・・・・・・? ソアヴェ様にシャル様の気配が近づいていると伺って、エントランスでお待ちしていたはずなのですが・・・」


「ああ。まだここはそのエントランスだ。・・・・もしかして、俺が帰って来てからの記憶が無いのか?」


「・・・はい。申し訳ありません。何だか、不思議な夢を見ていた様な気はするのですが」


「夢・・・? い、いや! 無理に思い出さなくて良いんだ! もしかしたら、慣れない魔国で過ごして無意識に疲れが溜まっていたのかも知れない。俺の世話は良いから、今日はゆっくり休め」


 彼女が口にした『夢』という言葉に引っかかりを覚えたが、先ほどの出来事に対する羞恥心と彼女の身の心配が勝り、意識はすぐに切り替わった。

 

 俺はピナを横抱きに抱え直して、彼女の部屋へと向かうことにした。


「・・・重ね重ね申し訳ありません。何だか、身体に力が入らなくて」


「良いんだ。いつもは俺が何かと世話を焼いてもらっている。体調が悪い時くらいもっと甘えてくれ」


 実際は、何度見ても彼女の身体に異常がある様には見えないのだが、彼女が嘘を吐くと言うのはもっと考えられない。


 ・・・・・・本当に単なる疲れならまだ良いのだが、先程の彼女の異常な様子を考えると、俺にも見抜けない何らかの魔法が作用しているのか、或いは特殊な体調の異変である可能性も十分あり得る。


 何より、もしそうなら、()()()()()()()で偶然起こったとは考えられない。


 激しい胸騒ぎに駆られる内心を必死で隠しながら、俺はピナを抱き抱えたまま彼女の自室へと連れて行き、眠りにつくまで、側に寄り添った。


 

相変わらず色々ごちゃ混ぜですいません。でもシリアスオンリーはやっぱ苦手で・・・w


この章は本編に大変触れ辛いので、どうしても後書きがいつもより短めになってしまいますね。(←寧ろそっちの方が読んでる人的には面倒臭くなくて良いまである)


ではでは今話もお読み頂いた皆様、新たにお読み頂いた皆様も、ありがとうございます。

お陰様で楽しく書けておりますので、引き続きお読み頂けると嬉しいです。

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