〜愛に苦しむ魔王の生い立ち〜
「ピナ姫。この国の魔王がどうやって決まるか、知っているか?」
「世襲制、と伺ってはおりますが、魔国の中でもとりわけブルガーニュは情報が少なく、詳細についてはバルドーの元老院にも知る者は居ない、と・・・・・・」
「その通り。我が国は基本的に今まで同盟は愚か、停戦協定すら結んだことも無いほど他国との交流を持ってはいない。世襲制という情報も間違いでは無いが、厳密には少し違う」
「・・・?」
「っ!? コ、コホン!」
あ、危なかった・・・。少し気を緩めたら失神してもおかしくは無い程の可愛さだった。
やはりあの小首を傾げる仕草は指定殲滅級魔法に登録するべきでは無かろうか。
「わ、我が国の魔王は、代々俺の一族、即ちギブレイ家の者から選定される。・・・だが、その方法はとても他国に明かせる様な代物じゃ無い」
どうにか表情をシリアスに繕い直し、俺は再びピナ姫に向かって語り始める。
「・・・それは、私が聞いても良いお話なのでしょうか?」
「構わんさ。他の者ならいざ知らず、魔王の俺が話すのなら、文句を言う者は居ない」
俺はあえて少し偉ぶる様に足を組み替えながらそうのたまう。
・・・・・・正直、いわゆる「魔王っぽい」をやるのはかなり恥ずかしい。
数年前までは別に苦では無かったのだが、精神が成長するにつれ、なんだか自分がとても痛々しい奴なんじゃないかと思うようになってしまった。
この手の振る舞いをする時、いつもは鎧兜で顔が隠れているから幾分かは気が楽なのだが今は素顔だ。
内心、冷や汗かきまくりでのたうち回りながら悶えている事など、決して表情に出さぬよう気を引き締めなければ。
「さっきも話したが、この国の魔族、特に幹部の連中は血の気が多い。そんな奴らを束ねるのだから、求められるのは純粋な暴力だ」
「・・・・・・」
黙ってじっと耳を傾けるピナ姫の様子を注意深く観察しながら、俺は話を続ける。
「そして、この世界で最も凶悪な暴力、魔法に秀でた一族。それこそが代々ブルガーニュの魔王に君臨して来た、ギブレイなのだ」
「では、選定方法とは魔法の才を競わせるという様な類の物でしょうか?」
「・・・今更だが、ここからの話はお前の耳を汚してしまうかも知れない。それでも構わんか?」
「求められた事とは言え、私は先に魔王様のお耳を汚す様な話を致しました。お心遣いには感謝の言葉もありませんが、どうぞ、お好きな様にお話下さい」
「そ、そうか」
今日出会ったばかりなのだから当たり前なのだが、言葉の端々に感じる彼女の距離を置いた物言いは、地味に心にくるものがあるな・・・。
しかも、ここから先の話を聞けば、間違い無く彼女は俺から更に距離を置くどころか、決して自分の意思では近寄らなくなってしまうだろう。
・・・けれど、この話を後回しにして、上部だけの優しさや贅を尽くしたもてなしで彼女に気に入られる事に意味など無いし、そもそも、彼女は俺なんかの側に居るべき者じゃない。
どの道叶わぬ願いなら、早いうちに諦める理由が出来た方がずっとマシだろう。
「ギブレイの魔王選定基準は、魔法そのものの才に秀でた者では無く、魔法でより多く、より強い敵を殺せる者だ」
「っ・・・・・」
息を飲む彼女から、再び怯えを感じた。
だが、本題はこれからだ。
「その優劣をハッキリさせる為、代替わりの際には継承権を持つ者にそれぞれ派閥を従えさせ、争わせる。他国からすれば信じられないだろうが、意図的に内戦を起すのだ。そして・・・俺の時は、当時まだ八つの歳だった妹と魔王の座を争う事になった」
この魔王選定方法を聞いた時、俺は初めてこの国と王族の在り方に疑問を覚えた。
それまでは、ただただ何となく、自分か妹が自然な流れで魔王となり、先代に続いて国を治めて行くのだと思っていたのだ。
「・・・・・・」
ピナ姫の顔から、徐々に血の気が引いていく。・・・・・・やはり、少し省略して話した方が良さそうだな。
「そう青い顔をせずとも良い。争いが大きくなる前に、俺は妹の派閥に与した幹部達を早々に制圧して、内戦を終わらせ、魔王の座に着いた。残念ながら、妹と彼女の母親である当時の王妃は国から追放せざるを得なかったが、この手で殺す事は避ける事が出来たんだ」
「そう、でしたか・・・。あ、と言う事は、魔王様のお母様は、もしかして私と同じように側室の?」
「まあ、そんな所だ。だから俺が魔王の座に着いた時は反発が凄くてな。今でこそ連中も、形だけとは言え大人しく言う事を聞くようになったが、当時は大変だった」
俺は苦笑しながら茶を口に運び、一息つく。
「・・・ふぅ。まあ、これが俺がハリボテの魔王になるまでの経緯だ。そういう事情があるから、俺や妹と同じように、国の都合で利用されるお前に、俺は多分同情している。だから、俺がお前を保護したりもてなしたりするのは、ただの自己満足なんだ。こんな国の、それも魔王の側じゃ落ち着かないのも仕方が無いとは思うが、出来れば気楽に過ごして欲しい」
「いえ、そんな・・・・・・」
ピナ姫は怯えこそ薄れたものの、やはり戸惑いは隠せないようで、俺からそっと視線を外し、ゆっくりとカップに口をつけた。・・・まあ、潮時だな。
「・・・・・・さて。長話はこのあたりでやめにしよう。今日は疲れているだろう。ソアヴェが部屋を用意しているから、風呂にでも入ってゆっくり休んでくれ」
「あ・・・」
と、俺が席を立とうとした所で、彼女は何か言いたげに小さく口を開き、こちらを見つめる。
「ん? どうした?」
「・・・・・・いえ。呼び止めてしまい申しわけありません。その、本当に数々のご厚意を頂き、ありがとうございます」
行儀よく立ち上がって頭を下げる彼女に、俺はどうしたものかと頭を掻いたが、これ以上何を言っても彼女に気をつかわせるだけだろうと思い、さっさと立ち去ることにした。
「礼には及ばん。言っただろう? ただの自己満足だ。ではな」
「・・・はい。お休みなさいませ」
きっと、この程度の距離が俺と彼女の正しい立ち位置なのだろう。
どれだけ焦がれた所で、この手で触れて求める事など、許されるはずが無いのだから。
中二な感覚は卒業した的な事をモノローグで言っている魔王ですが、まだまだ思考はそっち寄りな気がしますねw




