〜勇者〜
‘‘勇者’’
それは、人族の国に於いて、単独で魔王を倒せる力を持つ、言わば‘‘突然変異種’’だ。
通常、人族は魔族に対して、一対多数の戦法を取る。多数は人族側だ。
これには二つ理由が有り、一つは単純に、人族の方が魔族よりも出生率が高く、人口が十倍近く多いから。そしてもう一つは、『魔力操作』という、あらゆる身体機能を高める技能を、魔族が持っているからだ。この技能の特徴はそれだけで無く、精霊との交信を介さず魔法を発動出来るという人族から見れば反則とも言える恩恵を彼らにもたらしている。
これにより、白兵戦での有利は言わずもがな、魔法の『発動速度』に於いて、魔族と人族では圧倒的な差が生まれる。普通に戦えば、まず一対一で勝つことは不可能だろう。
だが、だからと言って必ずしも魔族と人族の戦争が一方的な結果になるとは限らない。もしそうなっていれば、今頃人族は滅ぼされていたか、或いは奴隷として家畜のような扱いを受けていた事だろう。実際、過去にはそう言った歴史もある。
しかし、人族は今日まで魔族に屈する事無く生存し、国を繁栄させている。その理由は、多数による戦術の幅と、『殲滅級魔法』と呼ばれる、不利な戦況を覆す切り札を持っているからだ。
この『殲滅級魔法』とは、文字通り数千という兵を一撃にして殲滅する事が出来る、超高威力かつ広範囲の魔法だ。
そのカラクリは、戦闘向きな魔法特性を持つ一体の精霊に、特殊な魔法陣を用いて、『神官』と呼ばれる魔法適正の高い者が、百人ほど集まり同時に魔力を注ぎ込むという、あまりに大掛かりな物だ。
だが、一旦発動すれば戦局は決まったも同然。たとえ敵の軍に魔王が居たとしても、まず防がれる事は有り得ない。・・・・・・もちろん、例外は存在するが、その話は置いておこう。
何が言いたいかと言うと、その様な戦略や協力を必要とせず、一般兵の魔族どころか魔王とすら一対一で戦い、勝利する事が出来るという、極めて特殊で稀有な存在こそが、‘‘勇者’’という人族の最高戦力だ。
歴史上でもごくごく稀にしか誕生せず、血統や親の能力にも関係無く生まれ落ちるその存在は、半ば伝説と言う名の空想とすら考えている者も少なくは無い。
しかし、とある人族の国に、彼の存在は突然、何の前触れも無く現れた。
「・・・・・・素晴らしい」
その国の王は、満足げに頷いた。
目の前で繰り広げられた光景は、一言で言えば、蹂躙だった。
玉座に座る彼の視線の先では、その身に纏う立派な鎧を無惨に破壊された、数十人の屈強な騎士たちが倒れ伏していた。まるで、巨大な獣に食い荒らされた様な惨状だ。
それだけで無く、周囲の床や壁にはあちこちひび割れたり燃えた様な跡があり、今にも崩れ落ちそうな箇所も少なく無い。特殊な金属と鉱石を使い、あらゆる建造物の中で最も強固に作られているはずの王城の床や壁が、である。
恐らく強大な、それも殲滅級に近い大掛かりな魔法が発動した痕跡だろう。
しかし、そんな悪夢のような光景の中で、唯一、その白銀の鎧に傷一つ付けること無く立つ、小柄な人影があった。
倒れている騎士たちに比べれば、遥かに小さく華奢に見える体躯だが、なんとこの光景を作り出した張本人だ。
「ハッハッハッ! 良かろう。貴様こそ、‘‘勇者’’の称号に相応しい騎士だ」
普通なら怯えて腰を抜かしてもおかしくない光景を前に、あろうことかその王は心底愉快げに笑いながら、手を叩いてその騎士を・・・いや、今この瞬間、新たに誕生した‘‘勇者’’を称賛した。
「・・・・・・称号などどうでも良い。それよりも、一刻も早くあの偽りの魔王を、私の前に連れて来い」
不遜を通り越して命令とも言える勇者の物言いに、王は憤慨するどころか更に笑みを深めた。
「そう逸るな。心配せずともあの男との約束通り、舞台は用意してやろう」
ゆっくりと玉座から立ち上がったその王は、威風堂々とした足取りで勇者へと歩み寄る。
「改めて、このバルドー王、ネロ・ノワールの名に於いて、貴様がこの国の勇者を名乗る事を許そう。名もなき騎士よ」
「・・・ふん。白々しい。狂った快楽主義者め」
「ハッハッハッ! それは、貴様の父親も同じだろう」
「・・・・・・」
再び高らかに笑い声を上げた王の言葉に、勇者は返事をする事も無く玉座の間から音も立てずに立ち去った。
その小さな背中に、王は更に口元を歪めて呟きを漏らす。
「・・・・・・せいぜい派手に踊るが良い。操り人形らしく、滑稽で無様にな」
かなりきな臭い事になって参りました。・・・・・・お、おかしいな。書き始めた頃はもうちょっとマイルドなシリアス感を想定してたと思うんだけどなぁ。
とは言え、走り出してしまった物は仕方ありませんので、全力で駆け抜けようと思います。・・・まあ、休憩は多分に挟むと思いますがw
読んで頂いた皆様にも、飽きずにお付き合い頂ければありがたいです。取り敢えず、作者は今のところ楽しんでおりますw
今話もお読みいただき、ありがとうございました!
 




