〜愛を知らない姫君の生い立ち〜
「ピナ姫。これだけはハッキリと言っておく。俺は、お前の望まない事をするつもりは無い。だが、政治が絡んでいる以上、すぐにお前を国に送り返してやる事も出来ない」
俺はそこで一度言葉を切り、少しでも緊張をほぐそうと紅茶を一口飲んでから、再び話を続けた。
「心細いかもしれないが、少なくとも、何か口実が出来るまではこの屋敷で暮らしてもらう事になる。・・・・・・だから、その、言いづらいかもしれないんだが、ここに来る事になった経緯を話して貰えると助かる」
くっ!? どうして俺はこうぶっきらぼうな言い方しか出来ないんだ! でも、涙が出ちゃう、だって魔王なんだもん!
「・・・・・・」
また怖がらせてしまったかとも思ったが、彼女はただただその大きな目を丸くし、じっと俺を見ていた。
「ど、どうした? ああ、もしかして、茶が冷めてしまったか? ならすぐに代えを用意させるが」
「いえ、その・・・・・・。申し訳ありません。ただ、魔王様はどうして、私にそこまで良くして下さるのかと、少し、驚いてしまって」
「へっ!? あ、ああ、いや、それは・・・・・・」
い、言え無い。一目惚れしたから手厚くもてなしているなんて・・・・・・。下心丸出しにも程がある!
「・・・・・・ですが、お気遣いは無用でございます。戻った所で、国に私の居場所はありませんから」
「居場所が、無い?」
この屋敷に来て初めて彼女が見せた笑みは、玉座の間で見た気丈な物とは違う、酷く儚げなそれだった。
「はい。人族の国では、私の様な容姿の者は忌み子として疎まれているのです。・・・・・・しかも、側室の子ではありますが、私は王族。本来なら、その存在が世に知られる前に、処分される運命でした」
「何? 人族の国ではこんなにも美しく生まれた我が子にそのような仕打ちをするのか?」
「え?」
「え? ・・・・・・あ。ああいや! 美しいと言うのはだな、その、一般論としてだな、他の人族と比べて、お前は整った容姿に見えるという話で!」
お、おおお俺はいきなり何を口走っているんだ!?
余りにも理解出来ない人族の行いを聞いて頭に来たのは確かだが、だからってなんてキザったらしい浮ついたセリフを!?
・・・け、軽薄な男と思われてしまっただろうか? ただでさえ魔王という立場で要らぬ誤解を与えていると言うのに。
「あ、その、容姿と言うのはそういう事では無く、この瞳と髪の色が問題で・・・・・・」
「そ、そうか! ・・・・ん? だが、それなら尚更何の問題があるんだ? そんな物は人によってそれぞれ違うのが当たり前だろう?」
普通に問いかけたつもりだったが、ピナ姫はまた少し怯えたような様子を見せた。
「・・・・・・恐れながら、その、魔王様も、私と同じ黒い瞳と黒い御髪をお持ちでらっしゃいますよね」
「ああ。魔族にも色々と居るが、人の姿に近い俺の様な種族は、殆どの者がそうだろう」
俺は彼女の真っ直ぐに伸びる艶やかな髪とは対照的な自分の癖っ毛を弄る。
その様子を見て、彼女は瞳を伏せ、小さく口を開く。
「・・・私もいっそ、魔族に生まれていた方が良かったのかもしれません」
「どういう事だ?」
「人族の国では、魔族と同じ黒い瞳と髪を持って生まれた子供は、不吉の象徴。生まれた家に不幸をもたらすと言われているのです」
「っ!」
「王族である私が家にもたらす不幸は、すなわち国にもたらされる不幸。帰ることなど、誰にも望まれてはいません」
「・・・・・・では、どうして今まで生かされていたんだ?」
恐らくロクな答えが返ってくる事は無いだろうと分かっていたが、それでも俺には、この問いの答えを聞く義務がある。
それが、魔王である俺の義務であり、背負うべき業だろうから。
「正に、今私がここに居る事が理由でございます。・・・・・・人には忌み嫌われるこの容姿も、魔族になら気に入られるかもしれないと。王族の血も、献上品にするのなら寧ろ都合が良いと考えたのだと思います」
「やはり、か・・・・・・」
予想はしていた。だが、それでも奥歯を噛み締め顔を歪める事は抑えられなかった。
胸糞悪いなんて物じゃ無い。だが、今のこの世界は、魔族と人族が散々殺し合った歴史の上に築かれ、そして今もなお互いに憎しみを抱えている。
昔に比べ政治が発展し、戦争自体は徐々に減りつつあるものの、それはこういうずる賢い知恵を働かせたり、卑劣な手段を裏で用いている者達が増えたというだけの事。
それで失われる命の数こそ減ったかもしれないが、彼女の様に、皆で背負うべきはずの重荷を押し付けられてしまう者達は、きっと増え続けている。
そして俺は、そんな存在を二人知っている。
俺の非力なこの手では救う事の出来なかった、大切な存在を。
「魔王、様・・・?」
思わず血が出るほど強く掌を握り締めてしまった俺の顔を、ピナ姫は不安そうに見つめる。
・・・・・・ダメだな。この程度の事、今までだって散々知ってきた。客人の前で感情を露わにする魔王なんて、失笑ものだ。
「いや、すまない。よく話してくれた。茶のお代わりを持って来させよう。ソアヴェ」
「失礼します。先ほどと香りの違う物をお持ちしました。こちらでよろしかったですか?」
わざわざ全て指示せずとも、我が屋敷の優秀なメイド長は新しい茶の支度をして部屋に入って来た。
「・・・・・・ああ。流石だな。これなら落ち着く。助かるよ」
少し甘さのある、心を安らかにさせるような香りのそれをカップに注いだソアヴェに、俺は軽く礼を言う。
「いえ。私は歴代最高の魔王様にお仕えするメイドでございます。この程度の事でお褒めになる必要はありません。・・・・・・では、失礼致します」
澄ました顔でそんな事を言いつつも、どこか嬉しそうに口元を緩めた彼女は、俺とピナ姫の前にカップを置いて、楚々とした足取りで出て行った。
「まったく。素直じゃ無い奴め。どうだ? ピナ姫。この茶は口に合いそうか? いつも疲れている時に淹れてくれる物なんだが、俺は中々気に入っている」
「・・・はい。お茶は王宮で私に唯一与えられた娯楽でした。でも、先ほど頂いた物も、このお茶も、今まで飲んで来た物とは比べ物にならない程美味しいです」
そう言うピナ姫の顔に浮かぶ淡い笑みは、儚さこそ拭えないものの、先程よりどこか柔らかく、熱が通っている様な気がした。
「そ、そうか。ここに居る間は、好きなだけ飲んでくれ。・・・いや、別に茶以外でも、欲しい物ややってみたい事があれば好きに言ってくれ。ここには、お前を忌み嫌う者など居ないのだから」
「っ! ・・・・・・ありがとう、ございます」
「う、うむ。・・・よし」
どこかまだ不安げな彼女を少しでも安心させるため、俺は、自分自身の事について、彼女に話す覚悟を決めた。
ほんの少しですが、姫君がやっと本物の笑顔を見せてくれましたね。
さてさて。お次は魔王のお話です。




