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〜六帝天〜


 俺は円卓に座する五名の魔王たちに、深々と頭を下げた。


 本来、国を背負って立つ者がそう易々(やすやす)と他国の王に頭を下げることなど、あってはならない事だ。

だが、俺が彼らに頭を下げるのは、既に()()()()()()()


 以前頭を下げたのは、当時の魔王会談の際に、とある魔王にソアヴェを侮辱(相手は俺に軽口を叩いただけのつもりだったらしいが・・・)され、頭に血が上ってその魔王を国ごと滅ぼしかけた時。


 彼らが体を張って仲裁に入ってくれなければ、俺は今頃、‘‘勇者’’でも無いのに‘‘魔王殺し’’の異名を世界に轟かせる事になっていただろう。


 そして、今回もまた、俺は自身の荒ぶる感情に突き動かされるまま、脅迫の様な真似をしてこの会談の場を混乱に陥れてしまった。・・・・・・まったく、外交が聞いて呆れるな。


 たとえ、純粋な暴力では俺が彼らに(まさ)っていたとしても、この円卓に座するお歴々は、()()()()遥かに俺よりも優れた魔王たちだ。


 そんな彼らを相手に、力をひけらかして脅迫じみた頼み事など言語道断。俺の身勝手で、俺だけで無くブルガーニュという国そのものまで世界中から敵視される様な事があっては、それこそ魔王失格だ。


「・・・・・・頭をお上げ下さい。()()()


「ジン殿・・・?」


 俺が頭を下げてから最初に声を発したのは、それまで状況の説明をしてくれていた、和君ジン・ファンダラ殿だった。


 ん? 何か今、呼び方がいつもと違った様な・・・・・・。


「元はと言えば、お二人の身柄をお預かりしていた私どもの不手際が招いた事。当然、微力ながらお力添えさせて頂きますし、私からも、お頼み申し上げます。六帝天に名を連ねる至上の魔王方、どうか、我々にそのお力をお貸し下さい」


「っ・・・」


 ある意味で、()()()()()()の最大の被害者と言っても良い彼女が一番に手を挙げ、それどころか共に頭を下げてくれた事に、思わず言葉を失う。


 ・・・散々圧力をかける様な真似をしておいて何だが、正直、彼女の事はクセの強い六帝天のお歴々の中でも、今日まで()()()()としていた。

 何を考えているか分からない()ました表情や、たまに感じる妙に熱を()びた視線に、訳も無く不気味さを(おぼ)えていたのだ。


 だが、その認識も今日で改めなければならないだろう。流石は、人族と初めて手を取り合った魔王だ。俺が史上最凶の魔王なら、彼女は史上()()の魔王と言えるだろう。‘‘和君’’の二つ名はやはり、彼女にこそ相応しい。


「それに、国家機密でありご自身の弱点ともなり得る妹君、そして義母(はは)君のことを明かされてまで頭を下げた彼の覚悟は相当な物です。偉ぶるつもりはありませんが、魔王、そして六帝天の先達として、若き王に手を差し伸べるのもまた、この魔王会談の意義に則していると思いますが?」


 援護とも言えるその言葉と共に微笑んだ彼女は、その神秘的な美貌を抜きにしても、とても神々しく、美しく見えた。・・・・・・二人を預かってくれた今までの事も含めて、本当に、感謝しても仕切れないな。


「・・・・・・終焔殿、一つ、お尋ねして良いか?」


「何なりと。覇空ガムザ殿」


 重苦しい空気の中、次に口、と言うか(くちばし)を開いたのは、この中では俺の次に若い鷲人(イグルス)の魔王、‘‘覇空’’ガムザ・パミッド殿だった。


「今までの話を要約すると、和君殿の治める中立国『カリフォニア』に預けていた妹君と義母君が、行方をくらましていた先代ブルガーニュ王、ロマネ・ギブレイに攫われた、という事だろうが、それは、()()()()()()()()()()のだろうか? 二人にとって彼は父であり、夫なのだろう? なら、危害を加えられる様な心配は要らないのでは無いか?」


「「「「・・・・・・」」」」


 ガムザ殿の当然とも言える疑問に、俺を含めた他の魔王たちは思わず押し黙る。


「あ、あの、覇空殿? その質問はちょっと・・・・・・」


「む?」


「・・・良いんだ。ジン殿。心遣い感謝する」


 取りなしてくれようとしたジン殿を、俺は手で制した。


「覇空殿は、二年前からこの魔王会談に参加している。先代ブルガーニュ王や、七年前に玉座に着いた終焔殿の事情を知らないのも無理は無い。その事については、今回の主催(ホスト)である我から説明しよう」


 (おごそ)かな声でそう切り出したのは、‘‘海王’’アルバ・リーニ殿。もしかしたら、ジン殿と同じ様に気を遣ってくれたのかもしれない。


 俺は任せるという意味も込めて、こちらに視線を向けた彼に目礼を返した。


「ブルガーニュが魔国の中でも屈指の武闘派国家である事は、覇空殿も既知の事かと思うが、その魔王選定方法についてはご存知か?」


「いえ、我が国はブルガーニュから遥か遠方ゆえ、この魔王会談以外では交流も無く、そこまでは聞き及んでおりません」


「うむ。それは致し方なき事。・・・彼の国の選定は熾烈(しれつ)でな、王族であるギブレイ家の子供たちに配下を与え、争わせるのだ。政争などと言った生温い物では無く、文字通り、玉座を勝ち取るまで殺し合うという、凄惨(せいさん)な内戦の末、ブルガーニュ王は選ばれる」


「何と・・・!」


 それまで泰然(たいぜん)としていたガムザ殿も、この話にはその目を大きく見開いた。


「故に、歴代のブルガーニュ王は皆、奪う事に躊躇(ためら)いの無い暴虐(ぼうぎゃく)の限りを尽くす悪辣(あくらつ)な王ばかりであった。代を経るごとに()()()我々の話に耳を傾ける様になったが、先代のロマネもまた、力と欲に支配された王であった事に変わりは無い」


 そこで一度言葉を切ったアルバ殿は、再び俺に視線を向ける。


「・・・が、ここに居る終焔()()()()()殿は、そんな歴代のブルガーニュ王の中でも最強と言える力を持ちながら、彼らとは異なる価値観を持っている。争いを好まず、()()()()()他国を攻め滅ぼす様な真似はしない。妹君と先代王妃が生きている事は我も今初めて知ったが、彼の気質を考えれば、別段驚く様な事でも無いだろう」


「アルバ殿・・・・・・」


 少し()()()言い回しではあったが、すっかり見抜かれていた事に気恥ずかしさを覚えつつも、俺は素直に彼の言葉を嬉しく思った。


「そんな彼と妹君を殺し合わせようとした父親が、二人を(さら)ったのだ。心配するなという方が酷であろう?」


「・・・・・・ご事情は理解しました。ですが、そうであるならやはり、私は・・・いや、我が国は()()()()()()()


「「「「っ!?」」」」


 はっきりとそう告げたガムザ殿の方へ、俺以外の魔王たちは一斉に視線を向けた。


 だが、俺には彼の言いたいことは良く分かっていた。俺が逆の立場でも、恐らく同じ答えを口にしていただろう。


「・・・先程の終焔殿の様子から察するに、妹君と自分を争わせた父親への憎しみは相当だとお見受けする。同情はするが、万が一、二人の争いが我が国で起これば、甚大な被害は避けられない。終焔殿の絶大な殲滅級魔法はもちろんの事、先代ブルガーニュ王であるロマネの力もまた強大。矮小(わいしょう)なこの身では、民の盾になる事すらままならないでしょう」


「つまり、終焔様とロマネの争いに自国が巻き込まれる事は避けたい、と。覇空殿はそう仰るのですか?」


 温度の下がった声音で問い返すジン殿に、ガムザ殿は無言で頷いた。


 他の魔王たちも、本音は彼と同じなのか、さり気無く俺から視線を逸らしている。


 彼らの懸念はもっともだ。俺とて、自国で魔王に暴れられるとなれば、力ずくでも止めるだろう。


 故に、彼らの気持ちを動かすのに必要なのは、『力』では無く、『言葉』だ。


「ガムザ殿の意見は、一国の主人(あるじ)として当然の物だ。私・・・いや、()自身ですら、()()()の様に自制心を失い、望まぬ破壊をもたらしてしまうのではと懸念している。・・・同じ過ちを犯さないと断言するには、俺はあまりにも未熟だ」


 懺悔(ざんげ)の様に、俺は一つ一つ、正直に自分の思いを、自分の言葉で紡ぐ。


「魔王になったあの日、俺は、妹の下についた配下を()()()()()()()()事で、内戦が始まる前に終わらせた。・・・それ以外に、この手で妹の命を奪う事を避けられないと判断し、実行したんだ」


「「「「「っ・・・!」」」」」


「魔王になってからも、国を自分の思い通りに動かすため、この手を血で汚してきた。殺した数こそ違えど、俺もやっている事は結局、歴代のブルガーニュ王と同じなんだ」


「・・・それは幾らなんでも自分を卑下(ひげ)しすぎじゃ無いかい? 同じ武闘派国家を治めてるアタシから見ても、ブルガーニュは()()()()たった七年の変化とは思えないほど()()なった。奴隷制度の廃止、農業の拡大、教育の改善・・・アタシが知ってるだけでもこれだ。国を動かしたなんてもんじゃない。()()()()()()()()()様なもんだろ?」


 半ば呆れるように声を上げたのは、‘‘獣皇’’コラン・バール殿だった。苦笑に歪めた顔は彼女の獰猛さを表している様でいて、どこか優しさも滲んでいる。


「獣皇殿の申された通り、ワシはこの中で最も長く生きておるが、ここ数年のブルガーニュほど劇的(げきてき)に変化した国は他に思い至らん。多少強引な手段も使ったのだろうが、それは終焔殿。貴殿だけに限らず、王の座に着いた者は誰もが通る道。・・・我々とて、手を取り合えぬ者を切り捨てた事は一度や二度では無い」


 ゆっくりと、語り聞かせる様に落ち着いた声音で言葉をこぼしたのは、‘‘密林の(おさ)’’アルフォ・ラベリー殿。含蓄(がんちく)のある彼の言葉に、他の魔王たちも頷きを見せている。


「コラン殿、アルフォ殿。(はげ)ましの言葉感謝する。けれど、それでも俺が、自分の凶悪な力をひけらかして政治を推し進めている事に変わりは無い。現に、今日ここに来た時も、ジン殿をはじめとして貴殿らから有益な情報を一つでも多く引き出すために、あのような脅迫とも言える手段を取った。・・・結局、俺はこの力に依存してしまっているんだ」


「それの何が悪いってのよ? アタシらがアンタの力にビビってるのは事実だけど、自分達も国に帰れば魔王の立場から何から利用して、やりたいようにやってんだ。使()()()()()()使()()。王として国を背負って立つからこそ、そうあるべきだとアタシは思うね。仮にアタシがアンタの立場だったら、ここに居る連中みんな叩きのめして言う事聞かせてるよ」


「・・・獣皇殿。いささかそれは行き過ぎた発言では? 終焔様はあなたと違って繊細(せんさい)なのです。もう少し柔らかい言葉をお選び下さい」


「何を清楚ぶってんのよ。このムッツリ魔王。大体、その()()()って呼び方、自分で言ってて気持ち悪いと思わないの? 若作りしててもアンタ、アタシと歳変わらないでしょ?」


「だ、誰がムッツリですか!? そちらこそいい歳なんですから、そんな露出(ろしゅつ)の激しい()()()()()()()なんてしてないで、もう少しお(しと)やかさを覚えたらいかがですか?」


「あ? これは一族の伝統装束だぞ。喧嘩売ってんのか?」


「そのような意図はありませんが、そちらがそのつもりなら、和君と呼ばれる私とて、引くつもりはありませんよ?」


 何故かいきなり一触即発(いっしょくそくはつ)(にら)み合いを始めたコラン殿とジン殿。


 ・・・そう言えばこの二人、昔から仲悪かったな。でも、この空気で俺が口を(はさ)んだら余計ややこしい事になりそうだし、どうしたものか?


「獣皇殿、和君殿。静粛(せいしゅく)に。今は終焔殿が話しておられる。個人的な(いさか)いは後にして貰おう」


 二人に向かってピシャりとそう言ったのは、海王アルバ殿だった。


 彼の厳かな声にハッとして、コラン殿はバツが悪そうに、ジン殿は恥ずかしげに互いから顔を逸らす。


「終焔殿。続きを」


「あ、ああ。助かった、アルバ殿。ええと、少し脱線してしまったが、そんな訳で、貴殿らが俺の事を警戒するのは、(いた)し方無い事だと理解はしている。だが・・・・・・、」


 俺はそこで一度言葉を切り、改めて彼ら先達の魔王たちの顔に一人ずつ視線を向ける。


 そして最後に、ガムザ殿の方を向いて、再び口を開いた。


「それでも改めてお願いしたい。俺に、この終焔シャンベル・ギブレイに、力を貸してくれ」


 そう言って、俺はジン殿から受け取った物とは別の、一枚の羊皮紙を円卓に置いた。


「っ! これは・・・」


()()()だ。万が一、俺と父との戦いで貴殿らの治める国、そしてそこに生きる民たちに被害が及んだなら、俺は玉座から降り、全ての領土を貴殿らに差し出す事をここに誓おう。勿論、その場合は()()()も貴殿らの所有物となる。殺すなりこき使うなり、好きにして貰って構わない」


 絶句したガムザ殿を始め、俺以外の六帝天は全員、暫く言葉を失っていた。


 だが、その沈黙を破ったのは、他ならぬガムザ殿だった。


「・・・確かに、正式な誓約(せいやく)書のようだ。しかし終焔殿、この後に及んで意地の悪い事を言わせて貰うが、貴殿の力は、このような紙切れ一枚の誓約など幾らでも(くつがえ)せるほどに強大だ。やろうと思えば獣皇殿の申した通り、我々を屈服させて言うことを聞かすことも出来るのだから」


「ああ。ガムザ殿。貴殿の言う通りだ。だから、()()()なのだ。この誓約書、そして、貴殿が今言った様な行為に及んでいないことが、俺の見せることが出来る最大限の誠意。・・・これ以上、俺が貴殿らに示せる物は何も無い」


 そう言って、俺は彼らにもう一度深々と頭を下げた。


「・・・・・・」

  

 再び、ガムザ殿は沈黙する。他の魔王たちも口を閉ざしたままだ。


 彼らの協力が得られない事は覚悟の上。いざとなれば脅迫してでも、と言う考えが頭をよぎらなかった訳では無いが、彼らが敵で無いと分かった以上、それだけは出来ない。


 ブルガーニュを、()()()()()()()が帰って来れる国にする。その為に、俺は歴代たちとは違う、新たなブルガーニュの魔王になる()()があるのだから。


「・・・では、主催(ホスト)として決を取らせて貰う。終焔殿に協力する者は、その場で立ち上がって欲しい。否という者は、そのまま座して待たれよ」


 重い口を開いたアルバ殿の声が円卓の間に響いた瞬間、俺は思わず目を閉じていた。


 ここで彼らの協力が得られなければ、奴に(とら)われた二人が見つかる可能性はぐっと下がってしまう。

 ・・・・・・それでも、あらゆる手段を使って探し出して見せるが、時間がかかることは避けられないだろう。その間にもし、二人に何かあったらと考えるだけで、俺は今にも頭がおかしくなりそうだった。


 そんな事を考えている内、どれくらい時間が経っただろうか。数秒か、数十秒か。もしかしたら、数分か。


 いずれにしても、いつまでも目を閉じている訳にはいかない。


 俺は、祈る様な気持ちで、ゆっくりと(まぶた)を持ち上げた。


「っ・・・・・・!」


 六帝天。


 未熟なこの身には余る偉大なこの称号を、俺は生涯(しょうがい)(ほこ)るだろう。


 彼らと名を連ねた、栄誉(えいよ)と共に。


「終焔殿。貴殿の覚悟、しかと聞き届けた。一度は(おく)したこの軟弱者に、もう一度手を差し伸べる機会を貰いたい」


 その王者の風格を表す巨大な翼を生やした腕を差し出すガムザ殿に習う様に、俺の前に立ち上がった()()の魔王は、頼もしく頷いて見せた。

今回はいつも以上に書くのに時間がかかったお話でした。間が空いてしまい申し訳ないです(-。-;


終始真面目に行くつもりだったのですが、例のモンスターに若干暴れられてしまいました。すいません。止められなかった作者が全て悪いのですw


何だかんだとこの『魔王会談編』は全体を通してシリアスみが強くなってしまいそうですが、ご覧の通り悪ふざけも多分に含んでいくと思いますので、飽きずに読んで頂けると幸いです。


今話も長くなりましたが、お付き合い頂いた皆様、新たにブックマークを頂いた神様、本当にありがとうございます。超励みになっておりますので、引き続き生暖かい目で見守って頂けると嬉しいです。


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