〜ヘタレな魔王と頼もしいメイド?〜
「・・・・・ふん。まあ、及第点ですね。これならピナ様にお出ししても、問題無いかと」
ティーカップを傾け、俺が淹れた茶をコクリと飲みこんだソアヴェは、ほんの少しだが口元を綻ばせて頷いた。
「ふぅ〜。良かった! 緊張したぁ・・・」
以前に茶の淹れ方を習ってから何度かこうして試飲して貰ったのだが、合格点を出されたのは初めてだった。
「淹れ方をお教えするとは言いましたが、別に、最初からピナ様に飲んで頂いても良かったのでは? 好みは徐々に知って合わせていけば良いのですから。あの方なら私の様に厳しい評価はしないでしょうし」
「ああ・・・、まあ、確かにそれはそうなんだが、彼女の場合、好みに合って無かったり美味しいと思ってなくても、気を使って飲んでくれそうだからな。でも、ソアヴェにちゃんと味を見て貰ってからなら少なくとも不味い物は出さなくて済むだろ? 厳しい評価なら尚更、信頼出来るしな」
「っ! ・・・な、なるほど。でも、あの方も誰かさんに似て嘘をつくのがお上手では無さそうですから、その心配は杞憂かもしれませんが」
「・・・・・・誰かさんて誰だよ」
「手鏡をお持ちしましょうか?」
「分かった。もう分かったから大丈夫だ」
「ふふっ」
「・・・厳しいのは茶の評価だけで良いんだよ。まったく」
楽しそうにくすくすと口元を隠して笑うソアヴェに、俺はジト目を向ける。
「それはそうと、及第点も取った事ですし、今日にでもピナ様をお誘いするのですか?」
「いや、時間も少し遅いし、持ち帰った仕事もあるからな。明日、早めに仕事を終わらせて帰って来るよ」
それに、心の準備もしたいしな・・・。前に俺から誘った時は話を聞く必要性もあったし、半分成り行き
だったけど、今回は純粋な俺の願望だ。どうしても構えてしまう。
「・・・ヘタレ」
「やかましいわ! って、何かデジャビュだなこれ・・・・・・」
精霊にしても配下にしても、俺、魔王なのに舐められ過ぎじゃない?
久々に国内で派手目の魔法でもぶっ放す? いや、割と身体に限界来てるからそんな無駄なことする余裕無いんだけどさ・・・・・・。
「まあ良いですけど。それなら、そろそろお願いするべきでは?」
「ん? お願いって、茶に誘う以外何かあったかな?」
「とぼけないで下さい。・・・七年もお仕えしているのです。私がシャル様のご不調に、気づかないとでもお思いですか?」
「っ! ・・・参ったな。お前にまで気づかれていたか」
魔力の繋がりがある精霊たちはともかくとして、まさかソアヴェにまでバレていたとは・・・。なるべく表情や仕草には出さない様にしていたつもりだったんだが、彼女の言う通り、俺は嘘が下手らしい。
「吸血に抵抗があるのは、やはり、お父上の血を疎まれているからですか?」
「・・・・・・そう、なんだろうな。自分でも良く分かっていないんだ。他者の血を吸うという行為自体への抵抗もあるし、お前が言った様に、あの父親と自分が同じ存在だと認めるのが、嫌で仕方が無いのもあるだろう。でも、それ以上に・・・・・・」
「それ以上に・・・?」
初めて母の血をこの身に受け入れた時、そして、やむを得ず他者の血を吸った時の事を思い出し、俺は無意識にシャツの胸元を握りしめていた。
「・・・・・怖いんだ。他者の血を取り込むと、全身に力が漲ると同時に、まるで自分が自分で無くなる様な、頭も身体も、得体の知れない何かに侵されて行く様な感覚があるんだ。もし、もしも、いつか俺がそれに抵抗出来なくなったら、父親や、歴代たちの様な残虐な魔王になってしまうんじゃ無いかっ
って・・・。そんな事ばかり考えていると、とても血を吸う気になんてなれなくてな」
口にしてみると、ただただ自分が情け無くて、俺は下手くそな苦笑いしか出来なかった。
まったく、本当にとんだヘタレだな、俺は。
「大丈夫ですよ」
「え・・・?」
だが、そんな俺とは対照的に、ソアヴェはただただ自然に、まるでそれが当たり前であるかのように、淑やかに微笑んでみせた。
「シャル様なら、たとえ血の呪いにどれだけ侵されたとしても、己を保つ事が出来ます。それに、もし仮にシャル様が抗えなくなったとしても、その時は私が・・・いえ、私たちが、あなたを正気に戻してみせます」
「ソアヴェ・・・・・・」
力強く微笑むソアヴェの顔を、俺はただただ見つめることしか出来なかった。
「御身の為なら、この血を捧げる事も厭いません。ですが、本来は人族の血の方が望ましいのでしょう?」
「・・・多分だが、そうだとは思う。俺は母親が人族だった影響なのか、魔族の血でも糧に出来る。けど、魔族の血を飲むと、破壊衝動とか闘争本能とか、そう言った類の感情がより顕著に現れるんだ」
「なら、やはりお願いするべきでしょう。ピナ様に。・・・あの方なら、きっと受け入れて下さいます」
「・・・・・・少し、考えさせてくれ」
「はい。ごゆるりと」
「っ・・・!」
てっきりまたヘタレとか言われると思っていたのに、笑顔で一礼したソアヴェに、何だか俺はむず痒くなって、思わず顔を背けて黙り込んでしまった。
コントなのかシリアスなのかフワッとした感じのお話になってしまいましたが、やっぱりこの二人の信頼関係を描いて行くのは楽しいです。もちろんメインヒロインは姫君なのですが、メイド長さんにもガンガン活躍して貰う気満々なので、彼女のことも応援して頂けると嬉しいです!
次回は遂に、魔王様が姫君をお茶に誘います! ・・・・・・誘えるかな?w




