〜眠たい魔王と厳しい配下?〜
「ふぁ、眠いな・・・」
執務室へ続く魔王城の長い廊下を、俺はあくびを噛み殺しながらゆったりとした足取りで歩く。
いつもなら早足にさっさと執務室へ向かい、急な襲撃への対応といった余計な仕事が増える前に公務を片付けるのだが、今日は何だか、そんな忙しない日々とは違う過ごし方をしたい気分だったのだ。
きっと、昨日ピナのお陰で軽くなったこの胸の内が原因だ。
決して己の罪を忘れたわけでは無い。けれど、罪の象徴たる魔王シャンベルじゃ無く、俺自身の、シャルの存在を認めてもらえた気がした。
・・・・・それで気が緩んだのか、昨日は持ち帰った仕事や勉強をする気にもならず、倒れるようにベッドへ転がった直後から夢も見ずに爆睡してしまった。
「いや、いかんいかん。せっかく久しぶりに熟睡したと言うのに、いつもよりぼーっとしていたんじゃ、それこそピナに合わせる顔が無い」
そう、ここは屋敷では無く魔王城。気を引き締め直さねば。
「こんな廊下の真ん中で、朝から何をお一人で百面相してらっしゃるのです?」
「うおっ!? い、居たのかメルロ・・・」
寝起きで油断していたとは言え、俺の背後に気配を感知させず忍び寄るとは・・・。
彼女の名はメルロ。カベルネが外で活躍する腹心なら、彼女は内でその実力を発揮してくれる頼りになる配下だ。
後ろで一つ結びにされた灰色の長髪は彼女のクールな性格をより引き立て、その隙間からちょこんと見える猫族独特の愛らしい耳は、ドライな言動を和らげてくれる。
身体機能を魔力操作で補完出来る魔族には珍しいメガネを掛けた姿も、様になっているから不思議だ。
「陛下。私の気配にも気づかないとは、少し気が緩んでいるのでは?」
「・・・・・・面目無い」
メルロは、魔王就任時から俺の公務補佐として仕えているのだが、幹部には珍しい若い配下という事もあり、ソアヴェやカベルネ達を相手にする時に近い接し方をしていた。
しかし、若いとは言え俺より八つ歳上故、気後してしまう部分があるのは否めない。・・・まあ、年齢だけが理由な訳でも無いんだがな。
「・・・まさかとは思いますが、あの人族の姫君に籠絡されて夜のお疲れで呆けられている訳ではありませんよね?」
「なっ!? そ、そんな訳無いだろ! 第一、彼女はそんなふしだらな女性じゃ無い!」
「彼女、ですか・・・。随分と必死で庇われるのですね? 貢物である以上、既に陛下の所有物とは言え、あの方は敵国の姫君ですよ? どうしてそこまで入れ込んでらっしゃるのか、私には不思議でなりません」
「いや、別に所有物とかそんな風には思っていないが・・・・・・」
「では、どう思っておられるのですか?」
「うぐっ・・・・・・」
眉一つ動かさず淡々と問いかけて来るメルロに、俺は思わず後ずさる。
「・・・・・・はぁ。シャンベルくん? この程度の問答で言葉に詰まっている様では、血を流さない政治なんて、夢のまた夢ですよ?」
「・・・魔王城でその呼び方はやめてくれよ。先生」
露骨にため息を吐きながら、俺を敢えて昔と同じ様に名で呼ぶ彼女から、俺は気まず気に顔を逸らす。
「細やかな罰です。私は今でこそ公務補佐ですが、同時にあなたの元教師でもあるのですから」
そう。彼女はまだ俺が魔王になる前、ただのシャンベル・ギブレイだった頃、屋敷へ学問を教えに来ていたのだ。
その頃の名残もあって、立場こそ上なれど、俺は今だに彼女に頭が上がらない。
「本気でやめて欲しいのなら、そうご命じになれば良いでしょう? あなたにはその権利があるのですから」
「私的な理由で権力を振りかざせば、俺が忌み嫌って来たこの国の腐った連中や、あの男と同類になるだろうが。そんな事の為に魔王の権力はある訳じゃ無い」
「なら、その魔王の権力であの姫君を匿ってらっしゃるのはどうしてなのですか?」
「いや、それはバルドー王がどういうつもりで彼女を送って来たのか探る為にだな・・・」
「彼の国の動向が怪しい事は存じております。ですが、他の国家に付け入る隙を与えてまで、彼女をこの国に留める価値があるとは、私には思えません」
「っ・・・・・・!」
メルロが今口にした懸念は、俺も考えていた事だ。
同盟こそ保留とした物の、ピナの身柄と引き換えにバルドーとの停戦を受け入れるという事は、すなわち他国が同じ手段を取って来た時も同じか、或いは近い対応をしなければならないという事だ。
もちろん、こちらから一方的に話を蹴る事は可能だ。だがその場合、今後『戦争』では無く『外交』によって他国との関係を維持しようとした際に、間違い無く軋轢が生まれる。
分かっていた事だ。だが、俺はどこかで、その問題をきっと無意識に後回しにしていた。
「私に言われずとも、あなたならその程度の事には気づいていた筈です・・・。それでも、彼女を手元に置くのはどうしてなのですか?」
「それ、は・・・・・・」
彼女を、そして自分自身を、理屈で納得させられるだけの答えを、俺は持ち合わせていなかった。
だが、理屈じゃない答えなら、この胸に、もうあるんだ。
「・・・・・・ただ、必要だと感じたからだよ。俺にとっても、この国にとっても」
「っ!」
珍しく驚いたのか、目を見開いたメルロに、俺は下手くそな言葉で少しずつ想いを口にしていく。
「ある意味で私的な理由である事は否定し切れない。けれど、それ以上に、忌子として母国で迫害を受けて育ちながらも、純真で優しい心根を育んだ彼女の在り方は、戦い支配する事でしかその存在価値を示すことの出来なかったこの国の民達に、別の生き方を与えるきっかけになる気がするんだ。・・・まだ漠然としか伝えられないが、いずれ、きちんとした言葉や行動で、納得出来る理由を示すと約束しよう。だから、もう少し見守ってはくれないだろうか?」
あまりに抽象的な言い回しだと、自分でも思うが、これが今の俺の偽らざる本心だ。
そして、それはきっと彼女にも伝わっている。
「・・・・・・まったく。魔王になっても、中身は何も変わりませんね」
その呟きと共に、メルロは懐かしい苦笑を見せた。
「公務補佐として、私は言うべき事は言いました。それでも陛下が選んだ道なら、このメルロ・グリュナー、伏して付き従いましょう」
顔をいつもの無表情に戻した彼女は、俺に向かって恭しく頭を垂れる。
その姿は、俺の苦手な彼女の祖父によく似ていた。
・・・・・・だから、先生の事も昔から苦手なんだろうなぁ。
新キャラが続々登場です!
ちょっとおふざけ成分が足りない気もしますがご容赦をw
土日はなるべく多く投稿したかったのですが、今週はちょっと色々ありまして・・・・・(T . T)
いつも読んでいただいてる方も、初めての方も本当に嬉しく思っておりますので、温かく見守って頂けると幸いです。
今回もお読み頂き、ありがとうございました!




