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〜魔王が生まれた日。【魔王】編〜


「グ、グリュナー侯爵! どうして父上・・・魔王様は、僕たちを急に呼んだのですか?」


 俺と妹を連れ、玉座の間へ向かう長い廊下を無言で歩く侯爵に、俺は意を決して問いかけた。


「それは、魔王様が直接申されるでしょう。・・・それと、王子。この老兵に敬語は不要でございます。どうぞ、御用があれば、堂々と御命令下さい」


「うっ・・・」


 この頃、と言うか今もだが、俺はグリュナーの事が苦手だった。自分の何百倍も生きている歴戦の魔族なのに、上下意識が強く、子供の俺相手でも(へりくだ)ってくる物言いや、そのくせ厳しい顔付きと雰囲気でプレッシャーを与えてくるギャップが、色々な意味で怖かったのだ。


「・・・時に、()()()()()様。近頃、魔法の鍛錬では目覚ましい成長を見せておられるとか」


「へ? あ、はい、じゃなくて、うん。何だか、()()()()()()()()()()()()()()()に、急に色々な魔法が使えるようになったんだ。・・・でも、攻撃魔法は威力の調整が上手く出来なくて、この間は指南役の先生に怪我をさせてしまった」


 珍しく侯爵から名前で呼ばれた事にドキりとしつつも、俺は何とか答えを返す。


 その様子を、ピニーは不思議そうに見ていた。


「左様でございますか。ピュリニー様は、まだ魔力操作の鍛錬を?」


「うん! 昨日も先生に褒められたよ! ・・・でも、お兄様みたいに魔法は上手に使えないんだ」


「何事にも、向き不向きがございます。適材適所。出来る者が、出来る事をやれば良いのです」


「「・・・?」」


 二人して首を傾げる俺と妹に、侯爵は珍しく困った様に黙り・・・そして、少しだけ、本当に少しだけ、悲しげに目を伏せた。


「・・・・・・シャンベル様はシャンベル様にしか出来ない事を、ピュリニー様はピュリニー様にしか出来ない事を成せば良い、と言う事です。そしてきっと、それはもうすぐ分かる事でしょう」


「え・・・?」


 それはどう言う意味かと改めて俺が問いかけようとした所で、俺たち三人は玉座の間の扉に辿り着いてしまった。


「さあ、王子、王女殿下。中で魔王様がお待ちです」


「「っ・・・・・・」」


 俺と妹は二人して緊張に息を呑む。


 そんな俺たちが心の準備をする間、侯爵は辛抱強く待ち、やがて、二人でコクリと頷いて合図を出すと、彼は衛兵に指示し、扉を開けさせた。


「王子、王女殿下をお連れしました」


 低くよく通る声を玉座の間に響かせ、侯爵は俺たちを連れて扉の中へと歩み出す。


「「っ!?」」


 そして、俺と妹は再び息を呑む事になる。


 玉座へと続く長い絨毯の脇に、ずらりと百近い数の魔王軍幹部達が並び、跪いていたのだ。


 俺たちの様な人族に近い容姿の者も居れば、筋肉質な身体に牛の様な頭を持った者、巨大な狼の様な姿の者、蜥蜴の様な頭から長い舌と鋭い牙を覗かせる者・・・あらゆる種族の配下たちが一様に(こうべ)を垂れている様は、壮観であり本能的な恐怖を駆り立てる光景だった。


 しかも、彼らの目は一様にギラつき、まるで品定めでもする様に俺と妹をじっと見つめていたのだ。


「・・・お二人とも、どうぞこちらへ」


「う、うん・・・」


「・・・お、お兄様」


 歩みを止めてしまった俺と妹にさり気なく目配せした侯爵は、自然な所作で振り向き、俺たちに歩みを促す。


 妹は怯えた様に俺の服の袖を掴んでしまったが、俺は軽くその手を安心させる様に握って、再び歩き出した。


 ・・・・・・だが、今思い返せばその一歩を踏み出した事が、俺の最大の過ちだ。


 俺は、この時気づくべきだった。妹が本能的に俺に助けを求めていた事に。


 彼女の手を取って、逃げ出すべきだった事に。


「御前、失礼致します。魔王様」


 玉座の正面まで歩みを進めた俺たちは、先に跪いた侯爵に続いて、拙い所作で頭を垂れる。


「ご苦労。・・・ふん。少し見ぬ間に、二人ともそれなりに育った様だな」


 そして、玉座から響いた、そのどこか軽薄でありながら危うさと威厳を持った声に、俺と妹は更に身を固くする。


(おもて)を上げよ。もっと良く顔を見たい。グリュナー、貴様は下がって良いぞ」


 俺と妹が顔を上げると同時に、侯爵は立ち上がって一礼し、()()()()()()()()()()()()()()()加わった。


「ほう・・・・・ふん。まあ良い」


 それを面白そうに見送った玉座に座る男・・・俺たちの父にして、当時の魔王、ロマネ・ギブレイは、ゆっくりと立ち上がり、階段を降りて来る。


「久しいな。我が子達よ」


 涼しげな相貌に獰猛な笑みを浮かべ、(あか)みがかった黒髪をかき上げながら、その男は俺たち二人の顔を覗き込んだ。


「お、お父様。お久しぶりです」


 先に声を発したのは、妹の方だった。まだ幼かった彼女は、怯えこそあるものの、父という存在に愛情も抱いていたのだ。


「うむ。・・・・・ん? どうしたシャンベル? 久々の再会に嬉しくて声も出んか?」


「・・・・・・いえ。失礼しました。お久しぶりです。()()()()


「何をそんなに(かしこま)っている? 愛する父に会えたのだ。もっと素直に喜んで良いのだぞ? 何なら、この胸に飛び込んで来るが良い」


 からかう様に両手を広げる父に、俺は反射的に苛立ちを覚えた。


「結構です。魔王陛下の腕の中は、屋敷で待ち続ける王妃様の為に空けておいて下さい」


「「「おおっ!」」」


 と、俺が思わず皮肉を込めた言葉を返すと、幹部達の間にどよめきが走り、面白がる様に沸き立った。遠くの方で、口笛を吹いている者すらいる。


「ふはははっ! この俺に皮肉を返すかシャンベルよ! 良い良い。それでこそ我が子だ。どれ、もっと近くで顔を見せよ」


 憤るどころか誰よりも面白がって哄笑を上げた父は、俺を手招きして自分の前へ立たせた。


 そして、じっと顔を覗き込む。


「な、何でしょうか?」


「シャンベルよ。お前、そろそろ一人か二人くらいは()()()()()()()()()()?」


「は・・・・・?」


 俺は父の言葉の意味が分からず、一瞬保けた顔をしてしまう。


「どうなのだ?」


「い、いえ。先日怪我はさせてしまいましたが、殺してなどおりません!」


「ほう?・・・・・・ふむ。自力で()()した訳では無いが、()()の方からお前に擦り寄って来たか。なるほど。血よりも自我が勝る訳だ。これは予想以上の()()だな」


「何、を・・・?」


「なあシャンベルよ。お前は自分の母の事を覚えているか? ・・・いや、()()()()()()?」


「母、とは、義母様では無く、僕を産んですぐ病で亡くなった・・・?」


 そう、父の側室だった実の母は、俺を産んですぐ病で亡くなったと聞かされていたのだ。


「その様子だと、やはり記憶は無いか。まあ無理も無い。あれはお前を産んだ時点で、殆ど全て()()()()()()()()()()()()


「え・・・・・・?」


 父が何を言っているのか、全く言葉の意味は理解できなかった。なのに何故か、自分の心が軋む様な胸の痛みを覚えた。


「うっ・・・」


「ふん。中身まであれに似てしまったのは不本意だが、まあ良い。()()は概ね成功だ。・・・さて、ピュリニー。お前もこちらに来い」


「は、はい!」


 自分も呼ばれたのが嬉しかったのか、妹はここが玉座の間だと言う事も忘れ、笑顔で駆け寄って来る。


「よし。お前たちに、これをやろう」


 そう言って、父は俺と妹に、()()()()()が入った小瓶を渡した。


「これは・・・?」


「何ですか? お父様?」


「なに。大きくなったお前たちに、父からの贈り物だ。・・・さあ、蓋を開けてみよ」


「「「・・・っ!」」」


 と、俺たちが受け取った瓶を不思議そうに眺めていると、何故か幹部たちが一気に固唾を呑む気配が伝わって来た。


「ま、待てピニー!」


「お兄様・・・?」


 不審に思った俺は、反射的に妹を手で制し、父を睨む様にして仰ぎ見た。


「良い目だ。ちゃんと俺の血も継いでいる様で安心したぞ、シャンベル。だが、これは()()()。蓋を開けよ」


 だが、父はそれまで意図的に押さえ込んでいた魔王のオーラとでも言うべき威圧感を解き放つ。


 まだ幼かった俺たちは、父親では無く暴力の権化たる魔王の本性を見せた奴の言葉に、なす術も無く従うしか無かった。


「っ・・・・・・はい」


 返事をした俺は妹の手に触れていた自分の手を戻し、小瓶の蓋に手を掛けた。


「じゃあ、開けるぞ、ピニー」


「う、うん」


 そして、俺たちは同時に小瓶の蓋を開ける。


 その瞬間、脳を揺さぶる程の芳醇で甘い香りが漂った。


「がっ!?」


 俺は、突如自分の中に湧き上がった飢えと渇きに胸を押さえつける。


「っ・・・え? え?」


 そして、隣で同じ様に苦しむ妹に顔を向け、そして、驚愕した。


「っ!? ピ、ピニー!? その目・・・・・・」

 

 妹の両目、その瞳が、瓶の中身と同じ真紅に染まっていたからだ。


「お、お兄様・・・、怖いよぉ・・・!」


「くっ!?」


 訳のわからない感覚に苦しむ俺たちの前に、父はしゃがみ込み、まるで悪魔の囁きの如く邪悪な声で言葉を掛ける。


「恐れる事など無い。それは我が一族、ギブレイにとっては当たり前の衝動だ。・・・さあ、遠慮はいらない。その瓶の中身を好きなだけ(むさぼ)るが良い」


「・・・・・・はい」


「なっ!?」


 まるで、自分の意思を失った様に虚な瞳で返事をした妹は、手に握りしめていた小瓶を傾け、自分の口元へと運んだ。


 俺はそれを止めようと手を伸ばすが、父の大きな手によって腕を握られ、ただ見ていることしか出来なかった。


「っく・・・っく・・・・・・」


「ああ・・・・・!」


「・・・あ、あ、がああああああああああああああああっ!?」


 口を付けた途端、まるで砂漠で渡された水の如く勢いよく真紅の液体を飲み干した妹は、熱に浮かされた様に呆然と膝立ちのまま宙を見つめたかと思うと、途端に自分の体をかき抱いて苦しみもがき始めた。


「あ、熱いっ!? あ、あ、がああああああああっ!?」


「ピニー!? は、離して下さい父上! 離せっ!」


「慌てるな。()()()()()()()()()に身体が追い付いていないだけだ。じき(おさま)る。それより、お前も早く飲め」


「くっ!? こんな物!」


 俺はせめてもの反抗に自分の小瓶を投げ捨てようと振りかぶる。


 だが、その手も父によって押さえつけられた。


「くそっ!?」


「・・・良いのか? 今お前が捨てようとしたこれは、()()()()()()()()()()()()?」


「っ・・・!?」


「教えてやるよシャンベル。お前の母親はな・・・・・・()()()()だ」


「なっ・・・・・・」


 耳元で囁かれた父の言葉に、俺の時が止まる。


「我が一族ギブレイは、人族の血を取り込む事でその真の力を発揮する、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()種族、()()()()()()なんだよ。・・・そして、ピュリニーに飲ませたのは魔力純度の高い王族の血だが、お前が今持っているのは、死の間際あの女が残した血だ。さあ味わえ。きっとすぐにその甘美な味を()()()()


「思い、出す・・・?」


「そうだ。何せ、あの女の血を飲み干して殺したのは、()()()()()()()


「っっっ!?」


 父は言葉と共に、力尽くで俺の手ごと口元に小瓶を近づけて来る。


 次第に強く感じるその液体・・・母の血の甘い香りと、湧き上がる強烈な衝動に俺は意識が朦朧とし始める。


「あ・・・・・・」


「そうだ。それで良い」


 ゆっくりと開けた俺の口に、父は血を流し込もうと瓶を傾ける。


 だが・・・・・・。


「っ! や、やめろっ!」


 俺は、そこで自我を取り戻し、精一杯顔を背けた。


「何? ・・・・・・そうか、ふははっ! あれは呪いにすら抗う力をお前に与えたか! 流石は()()()()()。良いだろう。ならばこれはお前の意思で、好きにするが良い。・・・もっとも、どうせすぐ飲むことになるだろうがな」


「はあ、はあ・・・・・・くっ、ピニー!」


 父から解放された俺は、すぐさまピニーに駆け寄った。


 その時、手に握った小瓶を投げ捨てようとしたのだが、母の物だと言われたそれを、俺は結局捨てる事が出来ず、蓋をしてポケットに仕舞い込んだ。


「お、お兄、様・・・・・っ」


「ど、どうすれば・・・・・」


 相変わらず苦しむ妹の側で、俺は自分の無力に歯噛みする。


 だが、そんな俺たちを放って、父は玉座の間の中央まで歩みを進め、高らかに声を上げた。


「さあ! 継承の儀は成された! 雄々しき我が配下共! 宴の時間だ!」


「「「おおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」


「っ!?」


 父の声に釣られる様にして、玉座の間を震わせる大歓声が響く。


 訳の分からない状況に、俺は妹を抱き締めてただただ怯える事しか出来なかった。


「我が息子シャンベル、娘ピュリニー! どちらもこの俺の血を正しく受け継いだ魔王の器だ! 血に抗う王子か、血に従う王女。好きな方を選べ!」


 その言葉に従い、幹部達は俺と妹、それぞれの後ろにほぼ均等に分かれてずらりと並び直した。


「な、何を!?」


「・・・なあシャンベルよ。俺はな、魔王と言う物に飽きてしまったんだよ」


 戸惑う俺のもとに再び戻って来た父は、愉快げに唇の端を歪めて言葉を投げかけて来た。


「だから、お前達のどちらかに、この玉座を譲ってやる事にしたんだ」


「なっ!?」


「この国の魔王がどうやって決められるか、お前は聞いているか?」


「・・・いえ」


「そう難しい顔をするな。簡単さ。・・・()()()()んだよ。ギブレイの一族同士でな」


「っ!? ま、待って下さい! まさか、じゃあこれは・・・・・」


 父の言葉を聞いて、俺は幹部達の行動の意味を察し、顔を蒼ざめさせた。


「賢いぞシャンベル。そうだ。お前達はこいつらをそれぞれ従え、今から戦争をするんだよ。軍を動かしても構わんぞ? この国の連中は、争う事が好きで好きでたまらない狂った奴らばかりだからな」


「ふ、ふざけないで下さい! そんな事をして何になると言うのですか! 第一、僕らの様な子供が魔王になることに納得する者なんて居るはずが・・・」


「そうでも無いさ。右も左も分からない子供を魔王に担ぎあげれば、その下についた幹部共はこの国を好き放題に出来るからな。寧ろ歓迎しているくらいだ。見てみろ、連中の嬉しそうな顔を」


「っ・・・・・!」


 そう言われて周囲を見回し、俺は気づいてしまう。彼らが、歓喜している事に。


 国を思い通りに出来ること、そして、争えることその物に。それどころか、数多の醜い欲望が、この玉座の間に渦巻いている光景すら幻視した。


 この国は、とうの昔に壊れ、狂っていた。その事実を、俺は初めて知ったのだ。


「流石に血の余韻に酔っているピュリニーを今すぐ殺すのはフェアじゃ無いし、戦争は明日からでも始めれば良いんじゃないか? ・・・もっとも、連中がそれまで待ってくれるかは知らんがな」


「そんな!?」


 父の言う通り、幹部達は今にも俺と妹を放って争い始めそうな程に殺気立血、目を血走らせていた。


「さて、もう理解したな? それじゃあ、そろそろ俺は行くとしよう」


 面倒ごとは終わったとでも言いたげに、父は魔王の証とも呼べる代々受け継がれて来た漆黒のマントを脱ぎ捨て、俺たちに背を向け歩き出す。


「ま、待って下さい! どこへ!?」


「さあ、どこだろうな? 気ままな旅の行き先なんて、俺にも分からんよ。・・・・・じゃあな。愚かで愛しき我が子よ」


 そんなふざけた言葉だけを残して、父は、魔王は、玉座の間を後にし、この国を出て行った。


「「「「おおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!」」」


「っ!?」


 父の姿が見えなくなった途端、玉座の間を阿鼻叫喚とも言うべき様々な雄叫びが震わせた。


「この時を待ちわびたぞ!」


「さあ殺せ!」


「殺し合いだ!」


 幹部共は口々に狂った歓喜の言葉を叫び、矛を向け合う。


「待て!? 待ってくれ!」


「さあシャンベル様! ピュリニー殿下の兵共を早く殺しましょう! 何なら今すぐ殿下も殺してしまえば我らの天下です!」


「「「「おおおおおおおおっ!」」」


「なっ!?」


 俺の方へ群がる配下の一人から発された血も涙も無い言葉に、共感の声が続々と上がる。


「待て貴様ら! まだ殿下は気をやっておられるんだぞ! 俺たちだけで殺しあうべきだろうが! 魔王様の言葉を忘れたか!」


「甘い事をほざくなぁ! 既に()()は去られた! これからはシャンベル様の時代だ!」


「血も飲めなかった腰抜け王子に国を任せられるか! ピュリニー様こそ正当な後継者だ!」


 口々に好き放題罵詈雑言を叫び合う幹部達は、もはや収拾のつかない狂荒状態に(おちい)っていた。


「くっ!? どうすれば・・・・・・」


「お兄、様・・・」


「ピニー!? 気がついていたのか!」


「・・・・・・()()()、下さい」


「え・・・?」


 俺は、そのか細い妹の言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。


「ピニーを、殺して下さい」


「な、何を、何を言っているんだ!? そんな事出来る訳が無いだろう!?」


「・・・分かるんです。ピニーの中の血が、ピニーに、お兄様を()()()()()()しているんです。だから、そうなる前に、ピニーを殺して下さい。お兄様」


「い、嫌だ! 嫌だよピニー! ・・・僕は、僕はピニーと、義母(かあ)様を守るって誓ったんだ!」


「お兄様・・・・ピニーも、ピニーも死にたくありません! ずっと、ずっと、お兄様とお母様と一緒に居たいです! でも、でも・・・っ」


「ピニー!? っ・・・」


 血に抗いもがき苦しむ妹を見ていられず、俺は思わず目を固くつむる。


 すると、今まで以上に周りの言葉がはっきりと、耳に届いて来た。


「殺せぇ! 八つ裂きだ!」


 猛り狂った誰かの声。


「いっその事、王子も王女も殺して俺が魔王になってやろうか!?」


 醜く(ひず)んだ誰かの声。


「シャンベル様! 王妃を、王女の母親を人質にしましょう! ・・・へへっ。澄まし顔のあの女、前から()()()()()()()()()んだよ。きっと良い声で鳴くぞぉ?」 


 汚らしく淀んだ誰かの声。


「っっっっっっ・・・・・!」


 噛みしめた口の中から、生臭い鉄の味がした。


 俺は、どうすれば良い?


 ピニーは俺の側に居れば苦しむ。


 義母様も狙われている。


 どうすれば、二人を守れる?


「ご決断下さい。シャンベル様」


「っ!?」


 と、俺の肩に触れる者がいた。


 思わず振り返ると、そこには相変わらず厳しい顔をした、グリュナー侯爵が立っていた。


「な、何を、何を決めろと言うんだ!?」


()()()()()です。守りたい物があるのなら、それ以外の何もかもをお捨てなさい」


「何も、かも・・・?」


「あなた様には、()()()があるでしょう?」


「僕に、力が・・・・・っ!」


 侯爵が何を言いたいのか、自分が何を為せば良いのか、その瞬間、まるで雷に打たれた様に俺は全てを理解した。


「っ・・・でも、でも!」


 侯爵を再び見上げた俺は、きっと泣きそうな顔をしていた事だろう。


 だが、奴は眉一つ動かさず、じっと俺を見ていた。


「ご決断を。()()()


「っ・・・・・・ピニー」


「お兄、様・・・?」


 俺は、腕の中で苦しみ続ける妹に視線を向け、胸に溢れる愛しさを噛み締めた。


 そして、義母の言葉を思い出す。


『シャンベル。あなたは、あなたの思った通りに行動しなさい。・・・たとえそれで間違いを犯しても、あなたの一番大事な物を、絶対に守り抜いて』


「・・・・・はい。義母様」


 守りたい。何としてでも。


 どれだけ多くの物を、失っても。


 どれだけ多くの物を、()()()()


「ピニー、よく聞くんだ」


「え・・・?」


「ごめんな。本当は、ずっと側で守ってやりたかった。この手で、ずっと抱きしめていたかった。・・・・・・でも、これから僕たちは、離れ離れにならなきゃいけない」


 こぼれ落ちそうになる涙を必死に堪えながら、俺は妹に最後の言葉を紡ぐ。


「義母様のことは、お前が守るんだ。きっと、ピニーなら出来る。だって、僕の妹だからな」


 精一杯の笑顔でそう告げて、俺は床に手を突いて土魔法で小さな檻を造り出す。


「ま、待って! お兄様!?」


「大丈夫。・・・すぐ、終わるから」


 その檻の中に妹を閉じ込め、俺は立ち上がった。


「おおおおっ! シャンベル様がピュリニー殿下を檻に捕らえたぞ!」


「我らの勝ちは決まった様な物だな!」


「ふざけるな! 王女が捕まってもまだ我らが居る! すぐにその首刈り取ってくれるわぁ!」


 相も変わらず口々に好き放題雄叫びを上げる幹部共を、俺はゆっくりと睥睨(へいげい)し、口を開いた。


「黙れ」


「「「っ・・・!?」」」


 そして、ポケットから母の血が入った小瓶を取り出し、蓋ごと瓶の口を噛み砕いて、中身を一気に(あお)る。


「がっ!? ああああああああああああああああっ!?」


 体内を暴れ回る強烈な熱と痛みに、気を失いそうになりながらも、俺は血が吹き出すほど強く己の身体をかき抱き、急激に増大した魔力の奔流(ほんりゅう)を力づくで抑え込む。


「はぁっ、はぁっ・・・・・・これが、ヴァンパイアの力か」


 それまで感じた事の無い、自分の中に(みなぎ)る圧倒的な力に、少しの間俺は酔いしれた。


『やっとお目覚めか? 我らが王』


「っ!? 誰だ!?」


 突如、頭の中に直接響いたその男とも女とも判然としないその声に、俺は正気に戻って視線を巡らせる。


『こちらです』


「なっ!?」


 そして、無意識に『右眼』を凝らして正面を見ると、そこには、鎧の様に硬質な鱗を纏う、巨大な黒い竜が居た。


『我が名はロクサス。地底を司る()()です。王よ』


「精霊、だと・・・?」


()()()()()()()()()()よ。あなたには、()()を従え使う権利がある』


「我ら・・・? っ!?」


 そして、辺りを見回すと、白い虎の姿をした者、美しい女の姿をした者、雄々しい美丈夫の姿をした者など、何体もの精霊たちが、俺に侍る様にしてそこに存在していた。


「「「・・・?」」」


 だが、他の魔族たちには見えていないのか、俺に向けられる幹部共の視線は不審がるそれだった。


『王よ。あなたは力を欲し、その血を受け入れたのでしょう?』


「っ! ・・・ああ、そうだ。お前たちは、俺に力を与える存在なのか?」


()()()()()()()()()()()。我々は、王の矛となり盾となる者に過ぎません。願いがあるのなら、あなたのその魔力を対価に、我々にご命じ下さい』


「・・・・・・分かった」


 精霊という未知の存在に戸惑いこそあれ、黒竜の言葉は、その時の俺に十分過ぎるほどによく伝わった。


「我が妹、ピュリニーに与する幹部共! 貴様らに、矛を納める意志のある者は居るか!? 居るならば、今すぐこの玉座の間を去るが良い!」


「「「っ!?」」」


 俺は、高らかにそう声を上げ、正面にずらりと並ぶ幹部共を睨み据える。


「な、何を言うこの腰抜け王子が!?」


「構うことはねぇ! 今すぐ八つ裂きにしちまえ!」


「わざわざ殺し合いに背を向ける様な奴はこの国に居ねえんだよ!」


 だが、誰一人として玉座の間を後にする事は無く、寧ろ俺に対する殺意ばかりが膨らんでいた。


「愚かな! シャンベル様のご慈悲に背くとは!」


「逃げておけば殺されずに済んだ物を!」


「シャンベル様! この間抜け共は我らがこの手で・・・」


 そして、俺の背後に並んでいた幹部共も、迎え撃つ様に殺気を迸らせる。


「下がれ」


「「「っ!?」」」


 しかし、俺が威圧を込めた視線を向け振り向くと、一様にその動きを止める。


 それを確認して、俺は再び正面の敵対する幹部共の方へ視線を戻し、ゆっくりと歩み出した。


「「「っ・・・・・・!」」」


 視線の威圧はそのままに、俺は最前列に並ぶ幹部共が手を伸ばせば届くほどの距離まで歩を進めた。


「・・・・・・貴様らの意思は分かった。悔いは無いな?」


「く、悔いだと?」


「そんな物、あるはずが無いだろう!」


 額に汗を浮かべながらも、居丈高に叫び返して来る連中の顔を見回した俺は、これ見よがしにため息を吐いて見せる。


「はぁ・・・・・・そうか。残念だ」


「「「・・・?」」」


 俺は自分の背後に控える精霊たちに意識を集中する。


 そして、まるで()()する様に正面へと手をかざし、頭の中に浮かんできたその()()()を告げた。


「・・・・・・『ノア・リヒト』」


 その瞬間、視界の全てが極彩色の光に染まる。


 そして、遅れて響いた大爆音の後、再び目を開けると、()()()()()()()()()()()()()()()


 ピュリニーに与した幹部共は、その滅びの光で空間ごと一人残らず消し炭に変わったのだ。


「「「なっ・・・!?」」」


  それまで猛っていた俺に与する幹部共が、一様にその顔を蒼白に染め後ずさる。


 俺は何も言わず振り返ると、彼らのもとへ再びゆっくりと歩いて戻る。


「・・・よくぞ、ご決断されました。魔王様」


 一人だけ、表情を変えずただ静かに佇んでいたグリュナー侯爵が進み出て、俺の前に恭しく跪いた。


「・・・・・・()()()()()よ、そこに居る我が妹と、屋敷に残った()()()をこの国から追放せよ。場所は任せるが・・・・・・分かっているな」


「っ! ・・・仰せのままに」


 俺が言外に伝えた意図を正確に理解したと言わんばかりに、侯爵は一度目礼してから頭を垂れた。


「お、お兄様!?」


 それまで檻の中で茫然としていた妹は、俺の言葉が信じられないと言わんばかりに目を見開き、悲鳴を上げる。


 だが、俺はちらりと視線を向けるだけに止め、その声を無視して小さく魔法名を唱えた。


「・・・『ラナ・ジェイル』」


「っ!? んぐっ!?」


 すると、檻の中の地面から幾本もの漆黒の鎖が伸び、猿轡(さるぐつわ)の様に口を塞ぎながら妹を縛り付けた。


「これで運びやすいだろう」


「お気遣い、感謝致します」


 再び侯爵は恭しく俺に頭を垂れると、自分の配下に申し付けて屋敷で待つ義母を捕らえに行かせた。


 すると、それまで固唾を呑んで黙っていた幹部の一人が声を上げる。


「お、お待ち下さいシャンベル様! 何故ピュリニー殿下を生かすのですか!? 今すぐ殺してしまえば良いでしょう!?」


「これには()()()()がある。故に生かす。それだけだ」


「し、しかし! なら前王妃まで生かす必要は・・・」


()()決定に不満があるのか?」


「「「っ・・・!」」」


 声を上げた幹部だけで無く、同調しようとした他の幹部共も俺の言葉を聞いた瞬間後ずさる。


「言っておくが、俺が子供だからと言ってこの国が貴様らの自由に出来ると思うなよ? ・・・もし歯向かうなら、すぐさま連中と同じ消し炭に変わると心得よ」


「「「・・・・・・」」」


 黙り込んだ幹部共を一人一人睨み据えながら、俺は未だ体内で膨れ上がり続ける魔力を全身から解放し、圧倒的な威圧感をもって宣言した。


「返事はどうした? 愚か者共。・・・俺が、このシャンベル・ギブレイが、今日から貴様らを統べるこのブルガーニュの魔王だ。跪け!」


「「「っ・・・・はっ!」」」

 

 歴然とした力の差をまざまざと見せつけられた幹部共は、戸惑いや怯え、憎悪を覗かせつつも、それまでの好き勝手な振る舞いが嘘の様に、まるで一つの生き物が如く整然とした動きで俺の前に跪いた。


 それを見届けた俺は、外へ向かう扉に足を向け、父が、先代魔王が脱ぎ捨てた漆黒のマントを拾い、その身に纏う。


「・・・・・・待っていてくれ。ピニー、義母様。俺が、この腐った国を二人が帰って来れる場所に変えてみせるから」


 胸に抱いた決意を一度だけ言葉にして、俺は再び歩み出す。


 この日、歴代最強にして最悪の暴君、シャンベル・ギブレイという魔王が、ブルガーニュに誕生した。

 

かなりシリアスな回なので、今回はいつものふざけた後書きは自粛致します。

長くなるから上下に分けると言いつつ、結果的に下の方がかなり長くなってしまって申し訳ありません。上中下に分割することも考えたのですが、魔王様の絶望と覚醒は同時に描きたかったので、この様な形となりました。

当たり前ですが、まだまだ未熟な己の文章力に歯がみするばかりです・・・。


出来るだけ毎日更新して行く所存なのですが、今回は内容をしっかり練りたかった事もあり、投稿まで二日空いてしまった事も申し訳無く思っております~_~;。


さて、やっと魔王様が魔王様たる背景も描けた事ですし、次回からは再び姫君との関係性を深めて行くお話を描いて行こうと思っておりますので、イチャイチャや日常好きの皆様に楽しんで頂ける物が作れるように頑張ります!


シリーズ最長となってしまった回でしたが、最後までお付き合い頂いた皆様ありがとうございました!

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