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〜魔王が生まれた日。【シャル】編〜


「・・・・・・ん、んぅ?」


 その日、屋敷の庭で本を読みながら微睡んでいた俺は、暖かな木漏れ日と、頭を撫でられる優しく柔らかな感覚に、目を覚ました。


「おはよう、シャル。こんな所でお昼寝なんて珍しいから、見つけた時は倒れているのかと思ってびっくりしたわ。昨日も遅くまでお勉強していたの?」


 視界がはっきりして来ると、俺の顔を覗き込んでいた女性と目が合った。


 紫がかった肩ほどまである黒髪に、垂れ目がちな大きな瞳。線は細いが、抱きしめられると安心する華奢な腕と、綺麗な手。その全てが優しさに満ちている様に、当時の俺は感じていた。


義母(かあ)、様・・・?」


 そう、彼女こそ先代魔王の妃、つまり前王妃にして、俺を育ててくれた義母、ヴォーネ・ギブレイだ。


「はい。そうですよ。寝坊助(ねぼすけ)さん」


 そう言って悪戯っぽく笑う彼女の顔をはっきりと認識して、俺は慌てて飛び起きた。


「・・・はっ!? も、申し訳ありません! 王妃殿下! 寝ぼけていたとは言え、無礼な態度を! その、わざわざ起こして頂き、ありがとうございます!」


 すぐさま(ひざまず)いた俺は、彼女に向かって深々と頭を下げる。


「こぉら! お屋敷の中ではそんな仰々しい態度は取らないでって言ったでしょう? 今まで通り、義母様って可愛く呼んでちょうだい」

 

「か、かわ・・・コ、コホン! いえ、()()、もう十歳です。王子として、節度ある振る舞いを心がけねば、いずれ配下となる貴族達に示しがちゅかにゃいいいいいいい!?」


 背伸びをして慇懃な態度を取ろうとした俺の両頬を、義母は絶妙に痛くない力加減で左右にグニグニと引張った。


「そんな事言って大人ぶる子は、こうしてくれるわ〜!」


「にゃっ!? にゃにをしゅるのでしゅかぁぁ!?」


「ほれほれ〜! 参ったかぁ?」


「ふにゃおおおおおおおおお!?」


 もはや為すすべも無く頬を揉みくちゃにされていた俺は、猫の様な奇声を発しながら逃れようとジタバタもがいた。


 と、そこへ、トコトコと軽快は可愛らしい足音が聞こえて来る。


「もう! お母様ったら、またお兄様で遊んで! 早く離してあげて下さい!」


 幼く愛らしい声ながらも、気丈な態度で義母を諫めたその少女は、腹違いの俺の妹、ピュリニー・ギブレイだ。俺や義母は愛称で、ピニーと呼んでいた。

 

 義母に良く似た紫がかった黒髪と、それこそ猫の様につり目気味な勝気な瞳。内向的で室内に篭りがちだった俺とは対照的に、活発で明るい笑顔の似合う少女だった。


「あらあら。私の方が怒られちゃった。ピニーは本当にシャルの事が大好きね?」


「当然です! お兄様は、ちょっとだけ引きこもりがちだったり!」


「うっ・・・」


「ご本ばかり読んでお友達もろくに作らず!」


「ぐふっ!」


「ピニー以外の女の子とは上手くお話も出来ないけれど!」


「がはっ!?」


「でも! いつもピニーを守ってくれて、泣いている時は慰めてくれる、とっても素敵なお兄様ですから!」


「・・・・・・(チーン)」


「あ、あの、ピニー? 肝心な所を聞く前に、シャルがダメージを受け過ぎて抜け殻の様になっているのだけど・・・」


「へっ!? わわっ!? お兄様!? どうされたのですか!?」


 無自覚に俺を言葉の槍でめった刺しにしたピニーは、慌てて心配そうに駆け寄って来る。


「き、気にするな妹よ。少し、自分の在り方を見つめ直していただけさ」


「え、えっと・・・?」


 俺の大仰な物言いに、ピニーは戸惑った様に首を傾げた。


 そんな俺たちを見て、義母は困った様に笑いながら頬杖を突く。


「その言葉遣いこそ見つめ直すべきだと思うのだけど・・・。まったく、どこで覚えて来るのかしら? って、本か()()()くらいよねぇ」

 

「っ! ・・・いえ。僕は、父上からなんて何も学んでおりません。言葉も知識も、全て義母様と書物が与えてくれた物です」


「シャル・・・」


 当時の俺は、義母や俺達兄妹を屋敷に放ったらかしたまま、配下達を率いて戦場ばかりを駆け巡っていた魔王である父に、反発心を抱いていた。


 父のその在り方は、ブルガーニュの魔王としては正し過ぎる程に正しかった。だが、まだ幼かった俺は、どれだけ背伸びをしても子供らしい感情に抗えず、自我が確立されて行くにつれ、苛立ちを覚えていたのだ。


「そう邪険にしないであげて。あの人は不器用だから、ちょっと寄り道が多くなってしまうだけなのよ」


「邪険になどしていません。父とは言え魔王様です。ブルガーニュの王族として、尊敬と崇拝の念は忘れていません」


「そう言う事では無いのだけど・・・」


 再び困った様に笑った義母は、言葉を探して口籠る。

 

 と、そこで隣にいたピニーが、不思議そうに俺の顔を覗き込んで来た。


「お兄様は、お父様がお嫌いなのですか?」


「・・・・・・別に、嫌いな訳じゃ無いさ。でも、僕はともかく、もうちょっとピニーや義母様に会いに来ても良いじゃないかって、思ってるだけで」


「っ! ・・・えへへ。やっぱり、ピニーはお兄様がだぁい好きです!」


「わっ!? ちょ、ピニー、くっつくなって」


 そう言いつつも、いつまで経っても幼子(おさなご)の様にじゃれついて来る妹の事を、俺は子供ながらに愛おしく思っていた。


「ふふっ。私の言葉なんかより、ピニーの猛アタックの方がシャルには効果抜群みたいね」


「そ、そんなことはありません! ・・・その、義母様の優しい言葉も、ちゃんといつも、嬉しいから」


「あら。やっぱりシャルはまだまだ私の可愛い息子だわ」


「なっ!? か、からかわないで下さい!」


「うふふ」


 顔を真っ赤にして抗議する俺を楽しげに笑いながら見つめる義母と、相変わらず嬉しそうにじゃれついて来る妹。


 この時の俺は、幸せという言葉の意味もろくに理解してはいなかったけれど・・・・・・この温かな日常を守りたいと、そんな風に、漠然とした想いだけは抱いていた気がする。


 だが、そんな俺の幼く浅はかな願いは、この日、一瞬にして灰へと変わり、風にさらわれて行く事になる。


「っ! 誰っ!?」


「「っ!?」」


 義母の鋭い声音に、それまでじゃれ合っていた妹と俺は、思わず息を呑む。


「失礼致しました。王妃様」


 木陰から音も無く現れ、義母に恭しく(こうべ)を垂れたのは、雄々しい一本角を生やした老齢の男。ブルガーニュ魔王軍が幹部、フェルト・グリュナー侯爵だ。


「驚かせるつもりは無かったのですが、何ぶん火急の用件故、御目(おめ)通りのご許可無く馳せ参じた事、お詫び申し上げます」


「火急の用件、ですか・・・。分かりました。伺いましょう」


 先程までの優しい母の顔では無く、怜悧な王妃の顔で侯爵に向かい合う義母を、俺とピニーは固唾を呑んで見守る。


「では、恐れながら申し上げます。王子、王女殿下を、速やかに玉座の間へお連れするよう魔王様から仰せ使って参りました」


「あの人が、この子達を? ・・・っ! まさか!?」


 何かを思い至ったのか、顔を一気に蒼白に染めた義母は、侯爵に詰め寄ろうと一歩踏み出す。


「尚、王妃様は屋敷から出ぬ様にとの言伝も預かっております」


「くっ・・・・・」


 だが、機先を制する様に侯爵は言葉を続け、義母を押し留める。


「お気持ちは分かりますが、これはもう決まった事。お受け入れ下さい」


「・・・・・・分かり、ました。あの人が決めた事なら、私は従います。ただその前に、この子達と、少しだけ話をさせて下さい」


「・・・承知致しました」


 口惜しげに顔を歪めていた義母は、侯爵から顔を背けると、振り返り様に俺たち二人を抱きしめた。


「っ!? お、お母様?」


「ど、どうしたのですか?」


「っ・・・・・!」


 ただただ戸惑う俺たちを、義母は強く、強く、抱き締めた。


「・・・シャンベル、ピュリニー。よく聞きなさい」


「「っ!」」


 義母が俺たちの名を愛称で無くそのままで呼ぶ時、それは、とても大事な話をする時だと、俺たちは知っていた。


「シャンベル。あなたは、あなたの思った通りに行動しなさい。・・・たとえそれで間違いを犯しても、あなたの一番大事な物を、絶対に守り抜いて」


「・・・はい」


 どんな状況なのか、全く理解は追いついていなかったが、それでも、義母の言葉は驚くほどすんなりと俺の中に入って来た。


「ピュリニー。あなたは、どんな時でもシャンベルの言う事をちゃんと聞いてね。きっと、あなたの大好きなお兄様が、道を切り開いてくれるから」


「う、うん・・・」


 ピニーがその時、義母の言葉をどの程度理解したのかは分からないが、それでも、彼女はきちんと義母の目を見て頷いた。


「もう、よろしいですかな?」


「・・・・・・ええ。構いません。私の可愛い子供達を、よろしくお願いします。グリュナー侯爵」


「っ! ・・・・・・かしこまりました。では、王子、王女殿下。参りましょう」


 義母と侯爵の口数少ないやり取りで、一体どんな思いが交わされたのか、俺には知るよしも無い。

 

「い、行って来るね! お母様!」


「・・・行って来ます。義母(かあ)様」


「ええ。行ってらっしゃい。シャル、ピニー」


 その優しくも儚げな見送りの笑顔が、俺が最後に見た、義母様の顔だった。



如何でしたでしょうか。ソアヴェの回想では虚な表情ばかりのショタ魔王様でしたが、魔王になる前のシャル君は、どうやら今以上に感情豊かだった様です。・・・既に厨二な兆候は見えておりますが、そこはご愛敬w


この『魔王が生まれた日。』というサブタイトルは、一応自然に思いついたのですが、出来た後にすぐ、某反逆のお兄様なアニメの一話のサブタイトルとドン被り(『王』と『神』の違いはありますが)だった事に気づきまして、どうするか大変悩みました。もちろん、作者もあの名作は大好きですし、影響は多分に受けていると自覚もあります。


ただ、やはり最初のインスピレーションを大事にしたかったのと、某反逆のお兄様とうちの魔王様は、立ち位置こそ似ていても、キャラクターの方向性は真逆なので(そう言う意味では某フェニックスなライバル寄りとも言えますが・・・)、このまま採用させて頂きました。もしご不快に思われる方がいらっしゃったら、申し訳ありません~_~;


前回の後書きで、長くなるので分割する、的な事を書かせて頂きましたが、分ける上での構成は、結果的に『上』『下』の二部構成になりそうです。

ただ、個人的に思入れ深い話になりそうだったので、単に上下では無く、上部は【シャル】編と、聡明な皆様はもう予想が付いているでしょうが、下部は【魔王】編に分けて描かせて頂きます。・・・多分w


長々と失礼致しました。今後も楽しんでお読み頂ければ幸いです!

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