〜二つの願い〜
ソアヴェに茶の淹れ方を教わった翌日、俺はいつも通り魔王城の執務室で公務に勤しんでいた。
本当は上達するまで屋敷で茶を淹れる練習をして、一日でも早くピナ姫を茶の席に誘いたいのだが、それは悪魔で俺の、シャルの個人的な願望だ。
魔王シャンベル・ギブレイとして優先させるべきは国の平和と繁栄。最も時間を割くべきは公務であり、戦う為に生まれたこの身は、国の盾としてのみ存在を許された物。
・・・そう。だから、全力で今日の公務を終わらせて、敵が来れば速攻で倒し、一秒でも早く屋敷に帰る!!! ・・・・・・なんてな。はぁ。
「・・・ん? ああ、もう帰って来たのか。入れ」
と、やや現実逃避気味な思考とほぼ自動で動き続ける手を止め、ドアの向こうに生じた気配へ声をかける。
「失礼致します。麗しき我が主人」
「あ、ああ。早かったな。カベルネ。ご苦労だった」
いつも通り、大仰な所作で執務机の前に跪いた青髪の青年に俺は頬を痙攣らせつつも、何とか労いの言葉をかける。・・・これ、俺が慣れなきゃいけないのかなぁ。
「勿体無きお言葉、光栄の極みでございます」
「あー・・・うむ。で、首尾は?」
「は! やはり我が主人の見立て通り、バルドーの王室は不審な動きを見せております。・・・いえ、端的に申し上げれば、狂っている、と言うべきかと」
「っ!・・・詳しく話せ」
俺はカベルネの尋常ならざる物言いに目を眇め、続きを促す。
「は! まず、現在バルドーは、実質的な内戦状態に有ります」
「何? 内戦だと?」
「はい。彼の国は王都と、その周辺を固める三つの州に分かれているのですが、その州をそれぞれ治めている第一王女、第二王女、そして第三王女の三人が、跡目を争い戦っております」
「なっ!? 待て、それじゃまるで・・・・・・」
予想だにもしなかったカベルネの報告を聞いて、俺は血と涙しか流れなかった過去の戦いを思い出す。
この手で、初めて命を奪った、あの戦いを。
「・・・はい。我が国で行われて来た魔王の後継争いと、状況的には酷似している様に思われます。ただ、解せぬ点が幾つか。まず、彼らはどうやら、その争いを楽しんでいる様なのです」
「楽しむ、だと?」
目を見開いて問いかける俺に、カベルネは慇懃に頷く。
「兵や民を駒の様に扱い、まるでチェスでもしているかの様に戦わせ、負けようが勝とうが、愉快げにせせら笑っているのです。・・・あれでは、剣を交え血を流している彼らも報われません」
語りながら、彼はまるで自身が血を流しているかの様に眉根を寄せ、顔をしかめる。
「・・・失礼致しました。報告を続けます」
「いや、構わん。・・・その場に居たのが俺なら、感情に任せてその王族共を消し炭に変えていたかも知れん」
・・・・・・どうして、どうしてこの世界には、誰かの命を悪戯に弄べる奴らが存在しているんだ。
俺だって、そんな連中に憤る資格すら無い外道だ。だが・・・、どうして奪わなくても良い命を奪い、流されなくても良い涙を流させる? そんな物を積み上げた歴史に、何の意味があると言うのだろう?
「そして、もう一点。彼の国、と言うより、奴ら王族の間ではどうやら、ピナ殿下は国内で、第四の勢力として見られている様です」
「・・・は? それは、どう言う意味だ?」
「言葉の通りです。国王は、今もなお内戦を続ける我が子達に、『いずれ第四王女ピナがブルガーニュの魔族を引き連れ内戦に参画する』と、内々に伝達している様なのです」
「どうしてそんなふざけた真似を・・・。有り得ない。そもそも、彼女は貢物として送られて来たんだぞ? 仮に国王の思惑通りに俺が彼女を娶ったとしても、そんな真似をあの姫がするとは思えない」
「分かりません。・・・ただ、我が子達の争いを最も楽しんで見物しているのは、あの国王に思えました」
「っ・・・・・狂っている、か。ははっ。確かにその通りだな。王という存在は、どいつもこいつも本当にろくな奴が居ない」
俺は乾いた笑いと共に、灼熱も生やさしい程に煮え滾る憎悪を言葉にして吐き出す。
「我が主人。恐れながら、その言葉は間違っております。少なくとも、あなたは決して奴らの様に壊れてはおりません」
「・・・どうだろうな。俺もこの手でどうしても殺したいと願う男が一人居る。それも、自分の父親だ。そういう意味では、俺も奴らと同類だろう?」
「違う! あなたは純粋過ぎます! ・・・奪われなくても良い命があるのと同様に、奪わなければならない命もある。それがたとえ、血縁者であったとしても。兵を駒にして戦争ごっこをしているあの連中と、心を切り刻みながら自らの手を汚しているあなたとでは、天と地ほども差がある!」
「だとしても! 俺は、俺はもう・・・・・・」
俺は、自分の大切な物を守る為に、自身の都合で、妹の派閥に与した四十八人の幹部を皆殺しにした。
「シャル様・・・・・・」
「・・・・・報告は以上か? なら、引き続き他国の情勢を調べ、バルドーに繋がりのある国家を洗い出せ」
「・・・・・・は。我が主人の御心のままに。失礼致します」
追い出す様にカベルネを下がらせた俺は、テーブルに突っ伏す。
「何をしているんだ。俺は・・・っ」
嗚呼、俺は、どうして、どうしてこんなにも、子供なんだろうか。
コミカルな序盤に反してかなりシリアスみが強い終わり方になってしまいましたが、今後彼らの行く末を描いて行く上で必要だと判断した為、重い内容になるのを承知で書かせて頂きました。
作品タイトルからほのぼのとしたライトな日常系ファンタジーを期待して頂いた方はがっかりさせてしまったかも知れませんが、作者的には苦悩や傷を抱えた彼らが幸せになる物語を描いて行きたいと思っておりますので、シリアスパートもお付き合い頂けると嬉しいです。
もちろん、ほのぼの日常系も大好きなので、シリアスパートをぶっ壊す勢いでコミカルパートもどんどん描いて行く所存です!
長くなりましたが、貴重な時間を割いてお読み頂きありがとうございますm(__)m




